◇082 店舗召喚11
律を襲った男たちは、『ギフト』と魔法を封じる手枷をされて、檻に車輪がついた監獄馬車とでもいうようなものに入れられた。エルフたちが近くの町まで運んでくれることになり、彼らは町の教会で『ギフト』と魔力を永久に封印され、罪の重さによって改めて裁かれる。
少なくとも律に対する殺人未遂、公爵家と知った上での私に対しての傷害未遂? あ、あとオボロに対しての誘拐? の罪もあるか。オボロもフィルハーモニー公爵家預かりなわけだし。公爵家の一員を攫って売ろうとしたわけだよね。
軽くても間違いなく鉱山送りだよねぇ。一生暗い洞窟で、いつ落盤するかわからない恐怖に怯えながら働き続けるわけだ。
余罪によっては斬首かもしれないと隊長さんが言っていた。仮にも皇族の血を引く公爵家を襲ったんだからね。その可能性もある。
シンフォニア皇国ではないけれど、他所の国では斬首刑を下された犯罪者に恨みを持つ者は、その怨恨が正しいものであるなら斬首する権利を買えるんだそうだ。
オークションのように金を出し、一番高く出したものが恨みを晴らす。当然斬首の経験など無い者が多いから、まともに首を刎ねることもできず、受刑者は苦しみながら死んでいくらしい。
そんな話まで聞きたくなかったよ、団長さん……。
ともかく、襲撃者どもはエルフたちに任せて、私たちはオボロに乗って一路フィルハーモニー公爵家へと帰参する。
帰りもやはりアリサさんとターニャさんは、ガチガチに緊張してオボロの背の上で震えていた。まあこの高さはすぐには慣れないよね……。
三時間半ほどのフライトで領都ハルモニアへと到着する。お昼前に着いちゃったな。
オボロから降り立つと真っ先にお父様が飛んできて、挨拶をする間もなく抱き上げられた。
「無事かい!? サクラリエル!」
「大丈夫です……。琥珀さんもいるんだからどうにかなるわけがないでしょう?」
あー、もう……。心配してくれるのはありがたいんだが、ちょっと恥ずかしい……。うちのお父様はちょっと心配症過ぎる。お母様もそれを感じているのか、呆れたような笑みを浮かべていた。
その次に突撃してきたのはお留守番をしていたリオンである。
「サクラリエル様! 精霊樹の葉は!? 精霊樹の葉は貰えましたか!?」
「え、ええ。貰えたわよ」
興奮して鼻息が荒くなっているリオンに、お父様が警戒するように私を抱いたまま少し遠ざける。
お父様に下ろしてもらって、ポシェットから手に入れた精霊樹の葉を取り出してリオンに渡した。
「うわぁ、これが精霊樹の葉……! 精霊力の残滓が視認できるなんて……! これはかなり貴重な素材ですよ! あっ、品質が低下する前に保存処理をしなければ! 失礼します!」
ダッ! と感想を述べるだけ述べて、父親であるトロイメライ子爵のところへと飛んでいった。ホント忙しないなぁ……。
「解呪薬の調合は順調なのですか?」
「今のところはね。あとは『天神木の実』と『月光蜂の蜜』が揃えば解呪薬の調合に入れる」
今は皇都から取り寄せた『ミノタウロスの胆石」と『バンシィの涙』の効果をより良くする処理をしているんだそうだ。
『ミノタウロスの胆石』なんかは細かく砕いて粉にするそうだが、これがものすごく硬く、魔法を使ってゴリゴリとヤスリをかけるように削っていくらしい。下準備だけでも面倒だね……。まあ、調合ってのはだいたいそういうもんだけどさ。
「あ、そうだお父様。私、また『ギフト』の祝福をいただいたのですけれど」
「……またかい」
もう驚くのも疲れた、というように、お父様がスン……とした顔で反応する。いやまあ、気持ちはわかるけれども、少しは隠してよ。
「まあ、また新しいお店を喚べるのね。今度も美味しい物が食べられるかしら」
「なにか変わった食べ物がいいわね」
「私はあっさりとした物が食べたいわ」
お父様とは反対に、お母様、お祖母様、皇后様はきゃいきゃいとまるで女子高生のようにはしゃいでいた。
なんで食べ物屋限定なんだろ……? いや、前世で立ち寄ったお店をトータルすると、圧倒的に飲食店が多いとは思うけど……。
でもたぶん、一番行ってるのはコンビニだと思うんだけどなあ。さらにそのコンビニだってそれぞれ違う店舗に行ってるわけだし。確率的に出やすいはずなんだけどな……。
考えてみると、銭湯や質屋、酒屋に模型店なんかはほとんど行ったことのない店だ。もしかして行った回数が少ない店が出やすい、とか……? だとしたらコンビニなんか絶望的じゃん……。
そんなどうでもいいことを考えているうちに準備は整い、私は裏庭で新たな店を呼び出すために魔力を集中し始めた。
「【店舗召喚】!」
光彩陸離の渦の中、私の中から魔力がスッと抜けていく。あれ? あんまり多くないな……。キッチンカーと同じくらい……。いや、それより小さい?
光が収まったあと、私の目の前に現れたのはなんとも奇妙な姿をした店だった。
前面にはガラスでできたショーケース。その横にはレジカウンター。天井の枠組みには白い小さな暖簾のような物が垂れ下がり、カウンターの背面には何もない。
まるで屋台のような形になってはいるが、これは……。
「サクラリエル、この店は……?」
「えーっと、おにぎり屋さん……ですね……」
お父様の質問に私はそう答えるしかできなかった。
ショーケースの中にはこれでもかとばかりにいろんな具材を詰め込んだおにぎりがラップに包まれて並んでいる。
この店は私が通っていた専門学校のある都市の、駅構内にあったおにぎり専門店、『むすびまる』だ。
駅構内に並んでいた店舗の一つで、その店だけが切り取られたようにここにあるため、なんとも変な形になってしまっている。
背後に回って普通にレジカウンターに入れた。ガラスのショーケースとレジカウンターのみの店ってどうなんだろ……? いや、駅の店もそうなんだけれども。
「おにぎりってこれのことかしら? あら? これって『おこめ』よね?」
「そうね、チャーハンやライスに使われているのと同じものだと思うわ」
お母様とお祖母様がガラスのショーケースを覗き込みながらそんなことを口にする。ううむ、すでにみんな『豊楽苑』でお米の存在を知っているから説明は楽だけど……。
「つまりおにぎりってのは、具材を米の中に入れて丸めた携帯食ってことかい?」
「そうですね、その考えで間違いないかと」
お父様がいつものようにパチリとカウンターに金貨を載せる。
「全部同じに見えますね……」
「でもこれは色が違うぜ?」
ガラスケースを覗き込んだエリオットとジーンがそんなことを口にする。色が違うのはそのおにぎりは混ぜご飯だからだね。
ここのおにぎりはおにぎりの上にちょんと具が載ったような、おしゃれな感じのおにぎりではなくて、中に具を入れて、一枚の海苔で下から挟んだシンプルなおにぎりだ。
なのでなんのおにぎりかはラップにシールでそれぞれ書いてあるのだけれども、みんな日本語は読めないからなあ。
「えーっとですね、こっちのが鮭。魚を焼いた物が入ってます。これが昆布。海藻を甘辛く煮付けた物が……」
端から一つ一つおにぎりの中身を説明していく。脇に控えるメイドのアリサさんは、後で使用人のみんなに説明するために私の説明を細かくメモしていた。
梅干し、鮭、ツナマヨ、昆布、おかか、高菜、明太子、ネギ味噌、肉味噌、いくら、たらこ、ネギトロ、しらす、ちりめん山椒、牛カルビ、ワサビ漬け、豚キムチ、葉唐辛子、鮭バター、チーズ、煮卵、枝豆、きゃらぶき、ベーコン、天むす、赤飯、鶏五目、わかめおにぎり、焼きおにぎり、塩むすび。
三十種類もあるので、説明するのが大変だった……。塩むすびが一番簡単だったよ……。
説明が終わるとそれぞれみんな好みのおにぎりを注文していく。私が注文したのはシンプルな梅干しが入ったおにぎりだ。
ぱくりと頬張ると酸っぱい梅干しの味が口いっぱいに広がる。これだよ、これ。ああ、懐かしい味……。ご飯に梅干し。最強タッグだよね。
ここの梅干しはカリカリとした小梅ではなく、大きな本格的な梅干しが入ってる。なんでも自家製の梅干しだとか書いてある。すっぱ~い。
「単純な料理なのに美味しいね」
「手づかみはちょっとお行儀が悪いけど、食べやすいし、いろんな具があって楽しいわ」
お父様とお母様もおにぎりを気に入ったみたいだ。ちなみにお父様は鮭、お母様はツナマヨを食べている。
あっ、味噌汁も売ってる。私はカウンターの端っこに置いてあったインスタント味噌汁を買い、アリサさんにポットのお湯をもらって入れた。
くあ……。味噌汁美味しい……。シンプルな長ネギの味噌汁美味しい。
私が味噌汁を美味しそうに飲んでいるのを見て、みんなもそれぞれ違う味噌汁を飲み始めた。
ジーンなんか、肉カルビおにぎりに豚汁の組み合わせだ。どんだけ肉好きなのさ。
味噌汁だけじゃなく、小さなプラ容器に入った沢庵とか、梅干し、しば漬けなんかの漬け物も売ってる。おにぎりに漬け物は外せないよね!
私は沢庵を一つ買って、ポリポリと味わった。あ、これ紫蘇の味がするんだ。美味しい。
沢庵を欲しそうに見ていたお父様にもあげた。ポリポリと幾つも口にしている。気に入ったらしい。
「あとでトロイメライ子爵にも差し入れしよう。ろくに食事も取らず頑張っているからね」
お父様がいくつかのおにぎりを買い、沢庵とともに脇に控えるメイドさんに次々と手渡していく。
食事どきくらいは休憩してほしいけど、あの親子のことだから早食いしてすぐ調合に戻りそうだ。
私が薬草オタク親子に心の中で呆れていると、領地屋敷の家宰、バスチアンがこちらへやってくるのが見えた。
「旦那様、騎士団総長様がお越しになられました。『月光蜂の蜜』を届けにきたと……」
「なに!? もう届いたのか!?」
お父様がびっくりして声を上げる。私もびっくりだ。『月光蜂の蜜』のある場所は、エルフの里を除いたらここから一番遠くにあるため、まだ時間がかかると思ってたのに。
皇都に送ったキッチンカーも、もう二十四時間経っているから消えているはずなのに……速すぎる。いや、いいことなんだけどさ。
「なんでも『速駆鳥』で夜通し走り続けたそうです」
「また無茶なことを……」
お父様によると速駆鳥というのは、ダチョウのように飛べないが、足が馬よりも速い鳥なんだそうだ。うちのキッチンカーと同じくらいのスピードが出せるらしい。数が少なく、うちの国では十頭もいないとか。そんな鳥に乗ってやってきたのか……。
だけど、当たり前だが生き物なので、その速さを持続するのは難しい。なので長距離を走るならキッチンカーの方が速く着く。
そんな鳥を夜通し走らせたとは……。鳥にとっても人にとってもキツいだろうに。
そんなことを考えていると裏庭の方に軽装姿の騎士団総長さんがやってきた。
「『月光蜂の蜜』、確かにトロイメライ子爵に渡してきましたぞ。お、なんだジーン、美味そうなものを食べてるな」
「親父……」
まったく疲れを見せずにやってきた総長さんが、ジーンの食べていた牛カルビおにぎりを見て、にこやかに声をかける。
「よろしければスタッカート卿もいかがかな?」
「これはありがたい。皇都からなにも食べずに来たもので……」
お父様の言葉に笑顔で答え、おにぎり屋『むすびまる』のカウンターへ向かう総長さん。
カウンターに置いてあった袋入りのおしぼりで手を拭きながら、私の説明をメモっていたアリサさんの説明を聞いた上で彼が選んだのは、ジーンと同じ牛カルビと肉味噌おにぎりだった。
やっぱり体育会系の男性は肉に引き寄せられるのだろうか?
肉味噌おにぎりを食べながら、総長さんがお父様に話しかける。
「解呪薬の素材はこれで全部揃いましたか?」
「いや、まだ『天神木の実』が届いていない。昨日には届くと思ったのだが……」
「ふむ。私の方が速かったか……。早く解呪薬を作らねば商人や旅人を介して、いずれ皇都にも呪病はやってくるでしょう。いや、もう入り込んでいるかもしれない。できるだけ早く対処したいのだが……。一応、皇都に入る者は氷水による感染検疫をするように伝えましたがね」
銀魔病が発生した村に直接行った者でなくても、その者と接触して感染した者が皇都に来る可能性もある。
氷水チェックで皇都都民へ感染するのは防げるかもしれないが、すでに入り込んでいる可能性だってある。やはり早急に解呪薬を作らないといけないよね。
しかし『天神木の実』を取りに行ったうちの騎士団が帰ってくるのが遅い気がする。
『天神木の実』がある霊峰エルドラは、ここからキッチンカーを使えば半日とかからず到着するはず。
そこから『天神木の実』を手に入れて、村や町で馬を借りて戻れば、お父様の言った通り昨日あたりに着いてもいいような……。
ここらへんゲームだと『仲間が手に入れた』としか説明がなかったからな……。
「お父様、『天神木の実』ってどういったものなんですか?」
「『天神木の実』は、この国では霊峰エルドラの麓にある遺跡周辺にしか生えていない霊樹でね。春から夏にかけて丸い実をつける。未熟な物や種の中には毒もあるが、その皮と種を取った実が優れた素材になるらしい。基本的に錬金術師や薬師などが冒険者に依頼して取りに行ってもらうのだよ」
え? 冒険者に? ゲームではさらりと流されていたけど、そんなに収穫するのが大変なの?
「霊峰エルドラの麓には魔獣が多く、稀にアンデッドなんかも出るんだ。冒険者でもなければ近づけないんだよ」
アンデッドか……。それは大変そうだ。エルドラの麓は元は戦場だったのだろうか。出現するのはスケルトンとかリビングメイルとか、そこまで上級のものではないらしいが。
「それにしてもエルドラへ向かった者がまだ帰らぬとは……。これはひょっとすると……」
おにぎりを食べ終えた総長さんが顎に手をやり考え込む。うむ、イケオジは絵になるなあ……。
私がそんな益体もないことを考えていると、一人の騎士が慌てたように部屋に飛び込んできた。
「どうした!?」
「エ、エルドラ遺跡にデュラハンが出たそうです! 騎士数人が怪我をして近くの村に戻ったと伝書鳩で報告が!」
「やはりか……!」
総長さんが悪い予感が当たったと言わんばかりに顔をしかめる。
デュラハン? デュラハンって首無し騎士のことだっけ?
どうしてこうすんなりと集まらないかなあ……。