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◇081 因縁の決着





「引っかかりやがったな! 俺様の【闇顎やみのあぎと】に!」


 【闇顎やみのあぎと】は罠の神・トラップ神の『ギフト』だ。

 事前に設置することができ、外部からは隠蔽され見ることができない。その場所に獲物が入ると、鋭いあぎとが獲物に噛み付く。

 仕掛けるのに少し時間がかかる、一度に一つしか仕掛けられない、殺傷能力が低い、と欠点が多い『ギフト』だが、使いどころを間違えなければ確実に相手をめることができる。


「くっ……!」


 動かすと激痛が走り、右足だけがその場から動かすことができない。食らいついた黒いあぎとはギリギリと噛みちぎらんばかりに律の足首に食い込んでいる。


「安心しな。シームルグは俺様が高く売ってやるぜ」

「外道め……! 七音の恥晒しが……!」

「くはは! なんとでも言え! いいか? この世はなあ、最後まで生き残った奴が強えんだよ! お前ら! っちまえ!」


 韻の命令に従い、三人の男たちが律に襲いかかる。律は背中にあるポーチから取り出した、ハバネロ・唐辛子エキス入りの水鉄砲を三人の男の顔面目掛けて連射した。


「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!?」

「目がッ!? 鼻がッ!?」

「ぎひぃぃぃぃ!?」


 男たちが顔面を覆いながらその場に倒れ込み、転がるように悶絶する。黄金蟲を退治した時に貰ったものだが、持っておいてよかったと律は思った。

 続けざまに韻へと目掛けてもう一発撃つが、慌てて後ろへと飛び下がった彼には届かない。

 

「毒か……! せこい真似しやがって……!」


 実際は毒ではないのだが、律に訂正する気はない。毒だと思って警戒してくれれば多少は有利になる。


「即死の毒じゃねえようだが……。おい、お前ら! 近づかずに殺せ!」


 韻の命令を受け、残りの黒づくめの男たちが手にした星形の投擲武器を放つ。


「くっ……!」


 右足が固定された状態でも、上半身を動かして躱しつつ、右手に持った短刀でいくつかの手裏剣を弾く。

 だが律が避けた手裏剣が、背後にいたオボロに当たってしまった。


「クァァ……!」

「オボロ……!」


 こうなると迂闊に躱すこともできず、律は防戦一方となった。

 魔法でなんとか防ぎたい律だったが、彼女が使える魔法は風魔法だけで、さらに魔力量もさほど多くない。

 実は先ほど精霊樹を飛び降りる時に使った【エアスフィア】で魔力をほぼ使い切ってしまっている。

 残りの魔力では敵一人を風で吹き飛ばすのがせいぜいだ。この状況を打開する手段にはならない。

 一方的な遠距離攻撃に、幼い子供がいつまでも耐えられるわけもなく、やがて疲労の色が見えてくる。


「ぐっ!?」


 星形の手裏剣が右腕に当たり、律はついに短刀を落としてしまった。


「今だ! っちまえ! これで七音ななねの長は俺様のもんだ!」


 韻が高笑いとともに、手裏剣を振りかぶり、律へ向けて全力で投擲する。これまでか、と律の胸中に諦めの気持ちが浮かぶ。

 悔しい。やっと叔父の手から七音を取り戻せたというのに、また奪われるのか。

 やっと仕えるべきあるじを見つけたというのに、なにもできず終わるのか。


「っ、ふざけるな……!」


 こんなところで終わってたまるか! 絶対にこの男だけは倒してやる。道連れにしてでも……!

 律は左手に持っていた水鉄砲を投げ、韻が投擲した手裏剣を撃ち落とす。水鉄砲はバラバラに砕け、中身の赤い液体が周囲に飛び散った。

 その隙に落とした短刀を拾い上げ、韻の『ギフト』に挟まれた右足を切断しようと振りかぶる。片足でも全力で跳べば刃が届くかもしれない。

 一か八かの賭けに律が出ようとしたその時、韻の黒い『ギフト』が粉々に砕け散った。


「な……!?」


 不意に解放された右足にバランスを崩し、その場に膝をつく。四つん這いになりながら顔を上げると、そこには真っ白な虎に跨った、おのれあるじの姿があった。


「サクラリエル様……!」



          ◇ ◇ ◇



「うちのメイドにずいぶんと勝手なことしてくれたわね」


 琥珀さんに乗って追いかけなかったら危なかった。あのあと気になって琥珀さんに尋ねたら、オボロが集団にやられているかも、って言うんだもの。慌てて追いかけたよ。そういうことはもっと早く言ってほしい。

 駆けつけたらオボロは網に囚われているし、律は変なものに噛みつかれているし。

 すぐさま【聖剣】を抜いて斬り裂いた。なにかの『ギフト』だね、これは。


「律、こいつらは?」

「叔父上の息子……韻とその配下です」


 あー、あの呪いを返した裏切り者の叔父さんの。ってことはアレが律の従兄か。

 私は一人だけ偉そうにしている、弁髪に蛇の刺青を側頭部にした男に視線を向ける。趣味悪っ。


「このメイドとそこのシームルグはフィルハーモニー公爵家預かりの者よ。それを知っての狼藉かしら?」

「フィルハーモニー公爵家だぁ!? 知ったことかよ! そいつはなあ、親父の仇なんだよ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」

「あらそう。じゃあ私もアンタの仇ってことになるけど。アンタの父親に呪いを跳ね返したのは私だし」


 どう見ても自分の父親の仇を取りたいって表情かおじゃない。貧民街スラムによくいた、抵抗できない子供を甚振いたぶり、憂さを晴らしたいってクズな大人と同じ表情かおだ。

 こういう人種が私は大っ嫌いだ。


「るせぇ! 邪魔すんならお前も殺すぞ、クソガキがぁ!」


 私に向けて韻とやらが手裏剣を放つ。それを聖剣でスパッと切り捨てる私。身体強化を使っているわけじゃないから、これくらいでは筋肉痛にはなるまい。


「琥珀さん、まとめて吹っ飛ばせる?」

『うむ。問題な──』

「待って下さいッ!」


 私が琥珀さんにこのムカつく輩の排除を頼もうとすると、律が怪我した右足でふらつくように立ち上がった。


「あの者とは私が。悪しき因縁を断ち切りたく思います」

「いや、でも──」


 と、言いかけて私は口を噤む。律の目に譲れない意志を見たからだ。

 律にとってあいつらは七音ななねの恥なのだ。その後始末まで私がしてしまっては、頭領として立つ瀬がない。律なりのケジメなのだろう。

 だが危険だ。あの手の輩は汚い手段をいくつも持っていると思う。安全にカタがつくならその方がいいに決まってる。

 私が一言『退がれ』と言えば、律はその命に従うだろう。だがそれは律のあるじとしては、言ってはいけないことだと私は直感していた。

 はぁ、とため息をついて私は聖剣を消し、ポシェットから回復薬ポーションを取り出して律に投げ渡す。


「どうしても危なくなったら割って入るからね?」

「はいっ!」

 

 律は手渡された回復薬ポーションの蓋を取り、ごくりと一気に飲んだ。右足と右手の怪我が一瞬にして治る。さすがリオン特製の回復薬ポーションだね。効果は抜群だ。

 琥珀さんには対決を邪魔されないよう、あいつの仲間の方を押さえてもらおう。


「他国の貴族に尻尾を振るかよ。落ちぶれたモンだなァ、律」

「その言葉そっくり返してやる。ただの賊に成り下がった貴様に言われる筋合いはない。呪いに手を出し、返されてみじめに死んだ、考え無しの父親とそっくりだ」

「テメェ!」


 韻が懐から取り出した手裏剣を何枚も律に向けて投げる。飛んでくる手裏剣を律は手にした短刀で全て打ち落とした。


「なぜ斬りかかってこない? ああ、自分の前に仕掛けた『ギフト』の罠がバレるからか?」

「ちっ……!」


 どうやらあの男はさっきのトラバサミのような『ギフト』を自分の目の前にセットしていたらしい。見破られてしまったら罠の効果は半減するよね。

 それがわかっているからか、韻は腰の刀を抜き、今度は律へ向かって斬りかかっていった。


七音ななねは俺様のもんだ! くたばれや、クソガキィィィ!」

「貴様が七音を語るな。反吐が出る」


 律は腰のポーチから『それ』を取り出し、韻に向けて全力で投げつけた。

 投擲されたものがなにかわからずも、反射的にそれを手にした刀で斬りつける韻。次の瞬間、斬られたティーポットから飛び散った熱湯が、韻の身体に降り注ぐ。


「ぐあっ!?」


 どんな時でもティーセットを用意するのはメイドの嗜みだとアリサさんが言ってはいたが、本当に持ち歩いているとは。

 熱湯で怯んだ韻に律が全力で詰め寄り、手にした短刀で斬りかかる。

 韻がそれを防ごうとしたのか、左手を前に翳した次の瞬間、あの黒いトラバサミがその左手から現れ、律の右腕にガブリと食いついた。


「ぐっ!?」

「また引っかかりやがったな! 俺様の【闇顎やみのあぎと】は自分の身体にも設置できるんだよ!」


 地面に設置していた罠が見破られた時に、すぐに解除して自分に設置し直したのか。

 律の右腕が韻の左手から出たトラバサミに固定され、動きを封じられる。韻の左手からは黒い鎖のようなものが伸び、トラバサミと繋がっていた。

 律は武器を封印されたが、相手の手にはまだ刀が握られている。これはまずいか?


「もう逃がさねぇ。命乞いするまでいたぶってやるよ!」

「逃がさないのはこちらも同じだ! 【風よ吹け、舞い上がる旋風、ワールウインド】!」


 振り下ろしてきた刀を躱し、韻の背後に回った律が呪文を唱える。律と韻を中心にゴウッ! という旋風が巻き起こり、繋がったままの二人が十メートルほど上空へと舞い上げられた。


「なにを……!? テメェ、まさか……!」


 律は空中で姿勢を変えると、韻の背中にしがみつき、強引にその両腕を自分の腕で押さえつけた。

 そしてそのまま頭から落下してくる。


「やっ、やめろ! 放せぇェェェェッ!」

「七音飯綱落とし!」


 律にしがみつかれた韻がゴキャッ! という音と共に首から落下する。韻よりも小さい律は韻が緩衝材となって怪我一つなかった。

 黒いトラバサミが消え、ばたりと韻がその場に倒れる。完全に白目を剥いているが、死んではいないようだ。それほど高くなかったからかな?

 律が落ちた短刀を拾い、韻に歩み寄ろうとするのを私が止める。


「ごめん、殺すのは待って。いろいろ聞き出さなきゃいけないし、まだ仲間がいるかもしれないし。大丈夫、公爵家の者を襲い、その令嬢に刃を向けたんだから間違いなく『ギフト』は封印、こいつは一生鉱山送りになるから」

「……はい」


 なんとか従ってくれた律にホッとする。気がつけば残りの襲撃者も琥珀さんが全て倒してしまっていた。


「サクラリエル様!」


 声に振り向くと、エルフの衛士たちを連れたビアンカがこちらへ向かって駆けてくるところだった。

 ビアンカが連れてきたエルフの人たちが、倒れた男たちを次々とロープで縛りあげていく。

 そのうちエステルたちもやってきて、怪我をした律に治癒魔法をかけていた。

 オボロも解放され、律と無事を喜び合っていた。やれやれ、大事おおごとにならないでよかった。




 




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