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◇079 エルフの家族





 黄金蟲は全て駆逐したが、精霊樹はまだ力を取り戻してはいないようだった。まあそんなに早く回復するとは思ってなかったけど、こちらもグズグズしてはいられない。解呪薬が遅れれば遅れるだけ被害が拡大するのだ。


「とはいえ、他の素材もまだ集まってはいないでしょう。ここは精霊樹が力を取り戻すまで待つしかないのでは? 不完全な素材を持っていく方がむしろマズい気がします」

「む、う……」


 悔しいけどアリサさんの言う通りなんだよなぁ……。

 他の素材が集まるまで、どう考えてもあと二日以上はかかる。私たちだけが素材を持って帰っても結局は待つ羽目になるのだ。なら、少しでも精霊樹が回復してから素材の葉を貰った方がいい。

 それはわかっているんだけれど……。


「とりあえず今宵は我が家にお泊り下さい。精一杯のおもてなしをさせていただきます」


 里の長であるレクスラムさんにそう言われては仕方がない。勧められるまま、私たちはレクスラムさんちに一晩ご厄介になることにした。

 長の家というだけあって、レクスラムさんの家は他の家より大きい木の上にあった。

 木に取り付けられた螺旋階段を上ると、まるでペデストリアンデッキのように、木の周囲に板が張り巡らされている。


「こちらです。さあどうぞ」


 案内されたところは木の幹をくり抜いて作られた家であった。

 くり抜いた、と言っても、斧やのみなんかで木を削ったり彫ったりしたわけじゃないようだ。

 なんというか、まるであらかじめ部屋の形に何かを置いて、そこの隙間を下から木が成長していったような。そして成長してからその何かをどかした? みたいな感じ。うまく説明できないな……。

 よくガードレールとか鉄の柵とかの近くにある大木が、成長過程でそれらを飲み込んでいるような写真とかあるじゃない? あの状態から飲み込んだやつを取り除くと、ぽっかりとくり抜かれたように見える……そんな感じ。

 私の予想通りに作られたとするなら、ものすごい年月をかけて作ったんじゃないの、この家……。

 まあ、エルフにとっては大した時間じゃないのかもしれないけどさ。


「いらっしゃいませ。レクスラムの妻、エーファです」

「えっと、いらっしゃいませ。レクスラムが娘、エルティリア、ですっ」


 レクスラムさんの家で私たちを出迎えたのは見た目二十代前半のエルフの女性と、まだ十にもなっていないエルフの少女であった。

 あ、この子だ。エルティリアちゃん。ゲームの中で出てくる病気の少女。やっぱりもう一人娘さんがいたのか。

 ゲームではこの子の病気をエステルが治して、『精霊樹の葉』を手に入れるんだよね。

 というか、エルティリアちゃん、ゲームで見た姿とほとんど変わらないんだけども……。


「あの、レクスラムさん、エルフはどれくらいで成人となるのですか?」

「そうですな……。だいたい一五〇歳くらいでしょうか。氏族によって多少の差はありましょうが。それがなにか……?」

「エルティリアさんはおいくつ?」

「ちょうど九〇歳です。こほっ」


 きゅうじゅっさい。私らの誰よりも年上だった。えっとゲームの世界は今から十年後だから、あの時点で百歳だったのか……。

 エルフってゆっくり歳をとるんだっけか。んで、見た目二十歳過ぎくらいで成長が止まる、と。羨ましい限りだ。

 レクスラムさんの家で夕食をいただくことにする。

 アリサさんがこっそりと『毒味はどうしますか?』と言ってきたのだが、琥珀さんが自分がいるから大丈夫だと太鼓判を押した。

 毒が入っていれば匂いでわかるんだってさ。大丈夫かな? さっきのハバネロとかの匂いで鼻がきかなくなってたりしない……?

 出てきた料理は豆のスープ、コールスローサラダ、鳥肉野菜炒め、キノコの串焼き、ナッツ、焼きリンゴ、と毎日食べてたら痩せるんじゃないかと思われるメニューであった。

 そういや、エルフで太っている人ってまだ見たことないな……。こういった食事だから太らないのか、それとも不老の種族特性で太ったりしないのか。

 パトリックさんと部下の騎士二人は黙々と食べているけど、私たちは微妙な気持ちであった。

 もてなしてくれるのはありがたいんだけど、やっぱりね、味がっすいの。

 ほとんど塩味。焼きリンゴにはバターと砂糖が欲しかった……。

 皇都公爵家の食事を知っているみんなもたぶん味気ないとは思ったんだろう。それを口に出したりはしないが。

 後で自室に戻ったらなんかお菓子でも取り出して食べようかな……。

 というか、ここで出してしまおう。こちらが精霊樹の葉をくれってお願いする立場なのだから、お礼として、ね。

 私は収納ポシェットから、駄菓子類を取り出してエーファさんたち女性陣に差し上げた。レクスラムさんにはお酒だ。


「美味しいです! 皇都のお菓子ってこんなに美味しいんですね!」


 ミューティリアさんが興奮してスナック菓子をもぎゅもぎゅしている。いや、それ皇都のお菓子じゃないから。向こうで売ってないから。


「これ本当に美味しいです! こほっ、こほっ」


 ……さっきからエルティリアちゃんが小さな咳を繰り返しているのが気にかかる。

 ちょっとむせたってくらいの咳だが、ゲームの中じゃこの子、咳して寝込んでたんだよね。

 まさかとは思うけど、十年前から患っていた? だとしたらエステルの【聖なる奇跡】で治るはずだけど。


「ねえ、エステル。エルティリアちゃんにこっそりと回復魔法かけてあげられる? 面倒な病気かもしれないから」

「え? はい、できますけど……」


 私はエルティリアちゃんの気を引くために、質屋から買ったクマのぬいぐるみを取り出してプレゼントしてあげた。赤い上着をきた黄色いあいつだ。


「うわあ! ありがとうございます!」


 喜ぶエルティリアちゃんの後ろからエステルがこっそりと近寄り、背中から回復魔法をかける。力を加減すれば相手に気付かれずにかけることもできるらしい。

 そのぶん時間がかかるそうなので、私はポシェットからいろいろ出してエルティリアちゃんの気を引き続けることになった。

 やがてエルティリアちゃんの後ろにいたエステルが小さく頷く。どうやら無事終わったようだ。

 それからしばらくエルティリアちゃんと話していたが、先ほどのような咳は一度も出なかった。さすが【聖なる奇跡】と言われる『ギフト』なだけあるな。

 私たちはお酒を飲み始めたレクスラムさんにおやすみの挨拶をして当てがわれた部屋へと案内してもらった。もちろん男女別だ。

 案内された部屋はソファとテーブル、あとはベッドがあるだけのシンプルな部屋だった。

 ここは大人数が泊まれるように大きなベッドが四つある。

 子供なら一つのベッドに二人寝れる。なので、私、エステル、ビアンカ、律の四人で二つのベッドを使い、残りの二つをアリサさんとターニャさんで使おうと提案したんだけど……。 


「お嬢様に窮屈な思いをさせて寝ることなどできません。私達はソファで寝ますので、お嬢様はこちらのベッドをお使い下さい」


 と、アリサさんが言い出した。いやいやいや。別に窮屈ってほどじゃないけど。せっかくベッドがあるのにソファで寝ることはないでしょうが。

 揉めに揉めて、なんとかアリサさんとターニャさんにこの条件で飲んでもらった。

 寝る前から疲れたわ。さて、休むとするか……と、思ったら、今度は私と誰が寝るかでエステル、ビアンカ、律がバチバチと火花を散らし始めてしまった。なんで?


「ここは『親友』である私が一緒に寝るべきかと」

「なにを言う。護衛である私が共に寝なくてどうするんだ」

「新参者ではありますが、この役は譲れません」


 ホワイ? なんでそんなに本気で睨み合ってるの……?


「「「サクラリエル様は誰がご希望ですか!?」」」

「え……? 誰でもいいけど……」


 私がそう答えると、三人とも、ぐむぅ、と眉根を寄せて黙ってしまった。いや、誰でも一緒でしょ。ものすごく寝相が悪いとかじゃなければ別に問題ないと思うけど……。


「ここはトランプで勝負といきませんか?」

「いいだろう。勝つのは私だがな」

「絶対に負けません」


 結局三人はトランプを始めてしまった。私をほったらかしにしてである。

 私もまぜてほしかったけど……ふぁぁ……正直眠気が限界。早々とソファで丸くなっている琥珀さんに影響されたかな?

 トランプに興じる三人をよそに、私は収納ポシェットから出したジャージに着替え、先にベッドの中へと潜り込んだ。みんなも夜更かししてないで、早く寝な……。



          ◇ ◇ ◇



 朝起きると、横にはエステルが寝ていた。どうやらトランプ勝負はエステルが勝ったらしい。

 なぜか私にしがみついている彼女を引き剥がし、ベッドからむくりと起き上がると、すでにアリサさんが起きていてモーニングティーを淹れてくれていた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう。……ひょっとして寝てないとかないよね?」

「ターニャと交代で寝ましたよ」


 向こうのベッドではターニャさんが寝ていた。どうやら交代で起きていたらしい。ちゃんと寝て欲しかったが、二人は私の護衛役でもあるから、これは仕方ないことなのかもしれない。敵地ではないが、エルフはあまり人間に好意を持っていないって話だからね。警戒するのは当たり前か。

 レクスラムさん一家は好意的でも他のエルフがどうかはわからないし。たぶんパトリックさんの方も交代で見張りをしていたのかもしれない。何かあったらすぐに動けるように。

 ま、この様子だと何もなかったようだけどさ。……ん? 交代で寝るならベッドは一つでよかったよね? 昨日の騒ぎはなんだったのか……。

 アリサさんが淹れてくれた紅茶を飲もうとティーカップに私が手を伸ばした時、右手のサモニア様の紋章がまたレベルアップしているのを確認した。

 え!? なんか昨日レベルアップする要素があった?

 エルフの里にやってきたこと……? それとも精霊樹に上ったこと? あ! そうか! エルティリアちゃんの病気を治したことか!

 本来ならエステルとリオンの二人がこなすイベントだ。ゲームではもっと重篤な状態からの回復だったんだけれども。

 ふむ、全て謎は解けた! これは棚から牡丹餅。楽して新店舗ゲットだぜ!

 私はご機嫌な気分でアリサさんの淹れてくれたモーニングティーを一口飲んだ。





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