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◇078 精霊樹と黄金蟲





 精霊樹を見上げる。

 やはりゲームで見たようなキラキラとした輝きは見られない。

 精霊樹には螺旋状に太い木が絡まっていて、根本から上の方にそこを歩いて登れるようになっている。葉っぱを取るならそこを歩いていかなければならないのだが……。


「こわっ」


 私は琥珀さんにしがみつきながら眼下にどんどんと小さくなっていくエルフの里を眺めた。

 だってさ、二車線ほどの広さがあると言っても、盛り上がった半曲線の木の上で、手摺りもなし、それなりに風が吹いているんだよ? 落ちたらひとたまりもないじゃん。怖いよ。

 オボロの時と違って命綱がないからか、こっちの方が怖い。琥珀さんが私の命綱だ。

 パトリック団長とかは平然と歩いてるけど、高いところが苦手なターニャさんやアリサさんは精霊樹側にピタリと寄って、幹に沿うようにして歩いている。ビアンカやエステルも同じだ。

 律は割と平然と歩いてるけど。普段からオボロに乗ってたから高さには慣れているんだろう。


「もう少しで着きますので」


 ミューティリアさんが振り返りながらそう口にするが、それ、もう少しで着かないやつ……。

 結局それから十五分もかかってやっと幹のてっぺんまできた。ここから枝が上の方にいくつも分かれて伸びている。

 枝には葉が茂り、上を見上げれば枝と葉で空が見えない。わずかに差す木漏れ日が緑色の空間を作り上げていた。まるで木々のドームだ。


「これをご覧下さい」


 ミューティリアさんが近くの幹から生えていた若い葉っぱを一枚ぷちりとちぎった。

 するとスマートフォンほどの大きさの緑色の葉が、たちまち茶褐色に変化してボロボロと崩れていく。


「枯れた……?」

「精霊樹の霊力が枯渇したのです。精霊樹から切り離されると数秒と持ちません」

『むう。先ほどから精霊の気配が感じられないと思ったが、そこまで弱っているのか……』


 精霊樹の精霊が弱っているから葉っぱも弱ってるの? だから本体から切り離されるとすぐに枯れてしまうってこと?


『どうしてそこまで精霊が弱っているのだ?』

「黄金蟲のせいです」

「黄金蟲?」


 私が首を傾げると、長のレクスラムさんが上の方を指差した。げっ……!?

 そこには黄金の虫が何百匹も枝に群がっている姿があった。

 なにあれ? アブラムシに似てるけど、大きさが野球ボールくらいあるよ!?


「あの黄金蟲は精霊樹の霊力を吸って成長しています。毎年数十匹やってきてその度にエルフ総出で退治するのですが、今年は異常に数が多く、私たちも手を出せない状態なのです」

「このまま放置しておくの? 精霊樹がさらに弱ってしまうんじゃ……」

「冬になれば黄金蟲もここらの寒さには耐えられません。それまでなんとか精霊樹が持てば……」


 冬までって。まだだいぶあるよ? 冬になるとここの森は氷点下まで下がるらしく、さすがに虫とかはそんな極寒では生きてはいられないとか。

 だけどそれまで精霊樹が持つかな……。ゲームでは十年後も存在していたのだから、耐えられたんだろうけど……。


『我がまとめて吹き飛ばしてくれようか?』

「い、いえ、強引に引き剥がそうとすれば、黄金蟲は周囲に雷撃を撒き散らします。そうなると精霊樹がさらに傷付いてしまうのです。いつもはそれを覚悟で攻撃するのですが、こうも群がってしまうと、一匹が放った雷撃に反応して他の黄金蟲も雷撃を放ち、とてつもない被害を及ぼす可能性が……」


 なるほど。確かにそれは困る。連鎖した凄まじい雷撃で、精霊樹やエルフの里が燃えたりしたら大変だ。

 こちらから攻撃さえしなければ、あの黄金蟲とやらは電撃を放ってこないらしいが、だからといってただ指を咥えて精霊樹が弱っていくのを見ているわけにもいかないよね……。


「【聖剣】で攻撃してみる?」

『無駄であろうな。聖なる属性に弱い魔物ならまだしも、精霊樹の霊力を糧とする虫だ。【聖剣】からの耐性も高いだろう。普通の剣で攻撃したのと変わらんと思うぞ。おそらく雷撃を食らうだろうな』

 

 むう。【聖剣】といっても万能じゃないんだなあ。


「あの、寒さに弱いっていうなら氷属性の魔法などでこの辺一帯を冷やすことはできないのですか?」

「できなくはないだろうが、エルフは氷属性の魔法を苦手としている。里に数人使い手がいるが、さすがに何日もアレらを冷やし続けるのは不可能だ」


 エステルの提案をレクスラムさんが却下する。エルフが得意とする魔法は水と風だっけ? 水で冷やすこともできなくはないだろうけど、氷点下までは無理っぽい。

 【店舗召喚】で駄菓子屋とか酒屋を呼び出して、冷蔵庫から氷をたくさん集め、蟲の周りに敷き詰める……ってのは、無理だな。とても氷が足りないし、それくらいでずっと冷やせるわけがない。

 皇王陛下に頼めば氷魔法の使い手をたくさん派遣してもらえるかな……? 

 あ、確かジーンの姉のセシルは【氷剣】という氷系の『ギフト』を持っていたな……。でもアレは氷を剣に纏わせて刀身を大きくしたりするのに使うんだっけ? なら周りの空気を氷点下まで冷やすとかは無理かな……。


『むう……大きな虫の魔獣ならば何匹も倒したことがあるのだがな……。このように小さいのとなると……畑に群がる虫をルーリエット様が撃退していたのを見たことがあるが……』

「ルーリエット様って、九女神の? 豊穣の地母神?」

『うむ。ルーリエット様は自ら畑を作り、野菜などを収穫していたからな。その手のことも得意であった』


 料理したり野菜作ったり、ルーリエット様は食に対してのこだわりが深いな……。農業関係の人たちから信仰を集めるはずだよ。というか、神様の世界にも畑ってあるんだ?

 私も前世の実家ではお母さんが家庭菜園をやっていたから、野菜などを作るのがどれだけ大変かわかっているつもりだ。

 特に害虫はねぇ……。油断するとすぐにムシャムシャやられるからな。お母さんも困ってた。だから……。


「ん?」

『どうした?』


 ひょっとして『アレ』が効くかも。アブラムシっぽいし。ダメかもしれないが、試してみる価値はある。

 私は思いついたことを実行するべく行動を開始した。



          ◇ ◇ ◇



『くわっ!?』


 琥珀さんが顔を顰めて私のそばから逃げていった。琥珀さんは鼻がいいからキツいだろうなあ。というか私もキツい!


「パトリックさん、私の手の先だけ結界って張れる?」

「張れますぞ。これでいいですかな?」


 私の肘から先に丸い半球型の結界が張られ、だいぶ臭いが穏やかになった。

 パトリックさんの結界は、何を通して、何を防ぐかある程度の選択ができるらしい。ま、そうじゃないとオボロの背中で使っていた時、酸素不足で死んでるか。強い風圧は来なかったけど、そよ風くらいはあったもんね。

 私が何をしているかというと、収納ポシェットから取り出した薬研やげんで、【店舗召喚】の八百屋で手に入れた唐辛子とハバネロをゴリゴリとすり潰している。手につかないようにちゃんと模型店で売っていた使い捨てのビニール手袋をしているよ。

 私が作ろうとしているのはいわゆるカプサイシンを利用した虫除けスプレーだ。

 転生前のお母さんは、唐辛子を焼酎に漬けたものを水で薄めて使っていたが、黄金蟲には原液で使う。精霊樹の樹皮は硬いそうなのでたぶん大丈夫なんじゃないかな。

 ゴリゴリとすり潰した真っ赤な液体を、焼酎の入った瓶に入れ、軽くシェイク。あっという間に濃いオレンジ色の液体が出来上がった。

 本当なら一ヶ月くらい熟成させるんだが。お母様がいたら『ギフト』でやってもらうんだけどねぇ。ま、効果があるかどうか試すくらいだし。


「あとはこれを水鉄砲に詰めて……と」


 実家ではスプレーボトルに入れていたんだけど、これってば薄めてないし、霧が風で私たちの方にきたら目とかやられそうだったので、遠くまで飛ばせる水鉄砲にした。

 ま、撃つ時はパトリックさんに結界を張ってもらうつもりだけど。

 問題はこれが効くかってことだけど……ま、ダメで元々、やってみるにこしたことはないよね。

 水鉄砲に入れていても匂いを感じるらしく、琥珀さんは私から少し離れていた。

 とりあえず黄金蟲の近くまで行き、パトリックさんに私たちの周りだけ結界を張ってもらう。

 これは黄金蟲の雷撃対策じゃなく、私が撃つ激辛液対策だ。もちろんエルフの人たちにも入ってもらう。

 さて、効果はあるだろうか……。


「発射!」


 結界から少し出た銃口から、びゅうっ! と激辛液が発射され、狙った一匹の黄金蟲に降りかかる。

 その瞬間、激辛液をかけられた黄金蟲が動きを止めたかと思ったら、やがて枝からポロリと落ち、コロリと腹を上にして動かなくなった。


「え? 死んだ?」


 あれ? 唐辛子スプレーって殺虫剤じゃなくて除虫剤なはずだけど。てっきり枝から逃げ出すのかと思っていた私は予想外の展開にポカンとしてしまった。

 パトリックさんが抜いた剣の先で、コロンと転がっている黄金蟲をつつく。


「死んで……いや、麻痺しているのか? 僅かにだが動いている。失礼」


 パトリックさんは私たちに断ると、黄金蟲に剣を突き立てた。雷撃は放たれなかった。


「……大丈夫のようですな」

「すごい! すごいですぞ、これは! これならば黄金蟲を楽に駆除できる!」


 長のレクスラムさんが興奮している。

 とりあえず確認のため、そのあと二、三匹に激辛液をかけてみたが、最初の一匹と同じく、コロンと転がって動かなくなった。そこをエルフの人たちが槍で串刺しにしてトドメを刺しても、やはり雷撃は放たれなかった。

 なんだ? 異世界の虫はカプサイシンに弱いのか? それともこの虫だけ? 結果的には良かったけどさ。

 麻痺するってすごいよね……。いやまあ、辛いものを食べたりしたとき『舌が痺れる』とは言うけれども。


「よし! 皆の者、手分けして全ての黄金蟲を駆逐するのだ!」

『おう!』


 レクスラムさんの声にエルフの皆さんが気合いの入った声を返す。その手には私が出した水鉄砲が握られていた。もちろん中には激辛液が入っている。

 一応、目や鼻に入らないよう注意するように言ったが、大抵のエルフは風魔法を使えるらしいのでそこらへんは心配ないとのこと。風で自分の方にかからないよう身を守るんだそうだ。

 やがて数時間後には精霊樹から全ての黄金蟲が消えていた。


「サクラリエル殿! どうかこの実を我らに分けては下さいませぬか! これがあればこれからも精霊樹を守ることができましょう!」


 長のレクスラムさんが唐辛子とハバネロの実をくれと言ってきた。来年また来るかもしれない黄金蟲対策として、今から種を蒔いて育てたいんだとか。


「別に構いませんけど……」

「ああ……ありがとうございます。貴女は精霊樹の救い主です。精霊樹の巫女として、心よりの感謝を」

 

 ミューティリアさんに拝まれてしまった。唐辛子とハバネロで感謝される救い主ってのも微妙な気持ちだなぁ……。





 


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