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◇077 エルフの里へ





 オボロから降りて、護衛騎士のターニャさんとメイドのアリサさんが地面に安心感を抱いているのを横目で見ながら、私はエルフの森をつぶさに観察していた。

 ゲームで見た背景と同じだ。ただ、森の中央にそそり立つおそらく精霊樹と思われるものから、キラキラとしたエフェクトがない。

 精霊樹に何かあったのだろうか……? あ、違う! ゲームの中でも精霊樹は弱っているんだった! 『精霊樹の葉』をもらったエステルが、【聖なる奇跡】で癒すんだった。キラキラするのはその後か!

 自分の勘違いに気付き、ホッとする。……いや、ホッとしてる場合じゃないな。エルフたちにとっては大問題だろうし。

 でもひょっとしてエステルが精霊樹を癒してあげれば、お礼に『精霊樹の葉』をくれるかもしれない。

 実際ゲームではエルフの族長の娘さんが病気になっていて、精霊樹と彼女をエステルが治すことで『精霊樹の葉』をもらえた。とりあえずそこに賭けるしかない。


「では参りましょう。先頭は私が。部下二人が殿しんがりを務めます」


 パトリック団長が先頭を行き、その次にターニャさんとアリサさん、そしてビアンカ、大きくなった琥珀さんに乗った私、エステル、律、最後に護衛騎士二人という並びで森へと向かっていく。

 オボロはエルフたちを刺激するかもしれないのでお留守番だ。


「キッチンカーで行ってもよかったんだけどね」

「それはやめておきましょう。わざわざエルフたちを刺激することはないかと」


 ま、そうだけどね。いきなり見知らぬ乗り物で乗り付けたら怪しさ大爆発だし。エルフに余計な警戒心を持たせてしまう。

 森の入り口に差し掛かったところで、先頭を行く団長さんの足下に一本の矢が突き刺さった。

 団長さんやターニャさん、ビアンカたちが剣の柄に手を伸ばす。


「そこで止まれ! 何者だ! ここをエルフの里と知ってやってきたのか!」


 どこからかこちらを誰何する声が飛んできた。見ると森の木の上に、矢を構えた数人のエルフたちの姿が見える。


「我が名はパトリック・ファゴット! フィルハーモニー公爵家に仕える騎士である! そしてここにおわすお方はフィルハーモニー公爵家御令嬢、サクラリエル・ラ・フィルハーモニー様である! エルフの代表の方と話がしたい! 取り次いではもらえないだろうか!」

「帰れ! 長は決められた使者以外と会うことはない!」


 団長さんの言葉に取り付く島もないエルフたち。皇国とエルフの里はまったくやり取りがないわけではないのだが、長とは決められた使者以外とは会うこともできないらしい。

 エルフの貴重な品を狙った貴族とか商人がやたらとやってくるそうで、何度も追い返したりしてるって聞いたけど、そりゃ警戒するよね。

 こんなことなら皇都からエルフの里担当の外交官をキッチンカーで連れてくるんだったな。

 そんなことを思っていると、私を乗せた大虎状態の琥珀さんがエルフたちへと向けて前に進み出た。


『エルフたちよ、弓を納めよ。神獣たる我に矢を向けるとは精霊王たる我があるじ、ひいては神々への敵対と見做すが、その覚悟はあるのだろうな?』

「と、虎が喋った!? 神獣……精霊王だと!?」


 エルフたちに初めて動揺が表れる。木の上にいたエルフたちが警戒しながらも地面へと降りてきて、琥珀さんを凝視する。

 琥珀さんの本当のあるじって誰なんだろうね? 精霊王ってのが、その人なのかしら? でも女神様たちより上の神様って言ってたような。よくわからんけど、精霊王ってことは精霊より偉いんだろう。精霊を敬うエルフからすればとんでもない相手のはず。敵対するとは思えないが……。


「……本当に神獣様、なのか……?」

『疑うのならば精霊に仕える巫女を連れて来い。それで疑惑が晴れるのならば、ここで待つことにしよう』


 そう言って琥珀さんはその場に伏せてゴロンと横になった。えええ……? いいの? なんかあの人らオロオロしてるけども。


「ミューティリア様に連絡を! 大至急だ!」

「はっ!」


 数人のエルフが森の中へと消えていく。他のエルフたちは遠巻きにこちらを警戒してはいるが、武器は下ろしてくれたようだ。


「大丈夫かな……?」

『問題ない。それよりも我が神獣かどうか、見抜けない巫女だった方が問題だ。ま、その時は精霊自体を呼びつけてやるが』

「精霊って琥珀さんより下の存在なの?」

『精霊は神の作りし存在。属性を司る大精霊ならまだしも、普通の精霊ならば神の使いである我よりもかなり下だな』


 エルフが崇める精霊がかなり下って……。それってもうエルフは琥珀さんに逆らえないんじゃないの?

 そんな存在に護衛をさせているのか、私は……。


『どうした? 小さなあるじよ?』

「い、いやあ……精霊よりも偉い琥珀さんに私の護衛なんかさせていいのかな、と……」

『かまわぬ。九女神様に言われたからというのもあるが、我は存外そなたを気に入っている。どこかあるじと似ているからな』


 神様と似ていると言われても畏れ多いだけで全然嬉しくないよ……まあ、嫌々仕えているんじゃなければいいかな……。

 私がなんともいえない気持ちになっていると、森の中から多数のエルフたちが慌てたようにやってきた。

 先頭でやってきたのは一組の男女。どちらも二十代半ば。いや、エルフだから見た目通りの年齢とは限らないけれども。どちらも美形だ。さすがエルフ。

 男性のエルフは長い金髪に金のサークレット、節くれた長い杖を持ち、緑と白のローブを着ていた。

 あ、この人は知ってる。エルフの里の長だ。ゲームに出てきた姿そのまんま。私が見たのは十年後の姿だけども。たぶんエルフだから歳を取らないし、見た目が変わらないんだな。

 女性の方も金髪ロング、白い神官のような服の上にレースの美しいローブを纏っていた。この人が精霊に仕える巫女さんとやらかな?


「どうだ? ミューティリア」

「ま、間違いありません。この神気、この威風……神獣様でなければ説明がつきませぬ」


 エルフの長に尋ねられた巫女さんがそう答えると、慌ててその場に跪いた。

 すると残りのエルフも全員同じようにその場に跪いて、首を垂れる。うわ、琥珀さんの効果絶大。これは交渉するまでもないかもしれない。


「神獣様に御目文字叶いまして光栄にございます。精霊樹の巫女ミューティリアと申します。よしなに……」

「これの父にして、このエルフの里の長、レクスラムと申します。この度の無礼、なにとぞお許しいただきたく……」

『うむ。こちらに被害はない。故に許そう。我が名は琥珀。四神の一にして西方と大道を司る……まあ、それは今はよい。そなたたちエルフに頼み事があってやってきた』


 うわぁ、もうこれ琥珀さん無双やないか……。高慢ちき(人間からすると)なエルフが全員ビビってるよ。

 エルフの長が顔を上げ、琥珀さんに尋ねる。


「神獣様が我らに頼み事……? そ、それはいったいどういう……?」

『うむ。「精霊樹の葉」を何枚か貰いたいのだ』

「せ、『精霊樹の葉』、ですか……! それは……!」


 琥珀さんが要望を口にした途端、エルフたちが驚いてざわめきだした。あれ? なんか困ってる感じ……?


「申し訳ありませんが、『精霊樹の葉』をお渡しすることは難しく存じます……」

『む? 何故だ? 精霊樹の精霊が拒んでいるのか?』


 精霊樹の精霊? 精霊樹に宿る精霊ってことかな? ゲームでは一切出てこなかったけど。精霊樹自体が精霊のようなものだったし。


「いえ、そうではなく……」

「お父様。見ていただいた方が早いと存じます。精霊樹の下へご案内します。どうぞこちらへ」


 私たちはエルフたちの案内により森の中へと足を踏み入れた。

 エルフの森は古代魔法の結界により守られている。侵入者があれば、ただちにエルフたちに伝わるし、悪意を持った者はエルフの里まで辿り着けない。結界の力によって方向感覚を狂わされ、下手をすれば永久に森の中を彷徨う羽目になる。

 私たちもエルフたちから離れてしまうと結界の罠に捕らわれ、森の中を迷うことになりかねないのだ。まあ、琥珀さんならそんな結界もうち破れるだろうし、律ならオボロを呼んで空から脱出できると思うけど。

 案内されて森の中を歩く間、私はエルフたちにチラチラと視線を向けられているのを感じた。

 そりゃそうだよね。神獣たる琥珀さんの背に乗って主人扱いされている人物なんだから、気になるのも無理はないよ。

 確かにエルフたちと話をつけやすくするため……要はフィルハーモニー公爵家が舐められないために、作戦として私は琥珀さんに跨っているのだが、なんとも居心地の悪い時間を味わっている。神輿はつらいよ。

 私が何度目かのため息をついた時、突然目の前の森が急に開けた。

 鬱蒼とした森が終わり、木漏れ日が降り注ぐ光が満ちた場所に出る。

 そこらから大きな巨木が大地に何本も根を下ろし、その木の上には家が建っていた。

 いや、建っているというよりは木と一体化している? 登るための階段と、落ちないように手摺があり、木の家から木の家へは吊り橋で繋がれていた。

 まさにツリーハウスだらけの村だ。そしてその村の中心に一際大きな巨木が鎮座している。あれが精霊樹だ。ゲームで見た背景スチルと同じ。


「ようこそ、エルフの里へ。神獣様をお迎えできたことを光栄に思います」


 すでに私たちの来訪が伝えられていたのか、出迎えたエルフの一人からそんな言葉をかけられる。

 『神獣様を』ってところが少し引っかかるね。私らはおまけみたいに考えてる?

 先ほどから村のエルフたちの訝しげな視線も気になるし。

 視線を言葉にするなら、『神獣様がなぜ人間なんかと?』と、言ったところだろうか。


「申し訳ありません。里の者はほとんどが人間と関わり合いになったことがないので、不躾な目を向けてしまうのです。ご容赦下さいませ」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」


 精霊樹の巫女であるミューティリアさんが私に頭を下げてくる。ちょっとイラっとしたのを気取られたか。

 ただ、この人や長のレクスラムさんなんかは、そこまで私たちを下には見ていないような気がする。この人たちは少しは人間と接したことがあるのかな?

 精霊樹の巫女とエルフの里の長だもんね。そりゃ少しは人間とも交流はあるか。

 さっきからちょっと引っかかってるのが、私の知っているゲームで病気だった族長の娘さんってミューティリアさんじゃないんだよね……。もう一人娘さんがいるのかな?

 私がそんなことを考え、ミューティリアさんを見ていたら、向こうもこちらに視線を向けてきた。


「ええと……それでなぜ公爵家の御令嬢が神獣様と……?」

「あ、それはですね……」

『小さきあるじは『聖剣の姫君』だ。神々から我を護衛にとのお言葉を賜った』

「聖剣の……! な、なるほど、それで……!」


 琥珀さんの言葉に、ミューティリアさんが驚きつつも納得したように小さく頷く。周りのエルフたちも目を見張り、先ほどとは違う感情の視線が私に飛んできた。

 まあ、どっちもいたたまれない気持ちになるのは変わらないけど、さっきよりはまだマシかな……。というか、聖剣の話はエルフの里にまで届いているのか……。

 そういやエルフにも吟遊詩人っていたわ……。本当にどこまで広がっているのか……。

 何回もため息をついていたら、もう精霊樹の根本まで来てしまった。


「これが精霊樹……」


 空から見るよりも迫り来るような大きさを感じる。

 エルフたちが崇める精霊の宿りし巨木が、私たちを静かに見下ろしていた。








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