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◇074 悪い知らせ





 領都に来てから二週間が経った。真夏の間のひと月はこちらにいる予定らしいので、半分ほどが過ぎたことになる。

 相変わらず暑い日が続いているが、私たちはエアコンのついた店舗のお陰で快適に過ごしている。領主城で働いているみんなにもアイスのお裾分けをしたりした。いくらかは暑気払いになったんじゃないかと思う。

 そんな中、私はコック長の作った黒い塊を口に入れて、もごもごと味わっていた。

 

「うん、だいぶ近づいてきたんじゃないかな」


 苦味と甘味が程よいバランスで共存している。舌触りはまだちょっと良くないが、それでもだいぶ改善されてきた。

 口に入れていたのはチョコレートである。【店舗召喚】で呼び出した店のやつじゃない。こっちの世界にある材料だけで作ったやつだ。

 市場で見つけたカカオを使い、先輩から聞いた情報をもとに、なんちゃってチョコレートを作ってみたのだ。

 発酵させ乾燥させてから、丁寧に焙煎し、カカオニブ(胚乳)を取り出し、熱を加えないように徹底的に細かくすり潰し、どっさりと砂糖とバターを加え、練って練って練って練って練って、テンパリング、テンパリング、型に入れて冷却!

 先輩に作り方を聞いちゃあいたが、こんなに面倒くさいものだとは。まぁとにかく大変!

 最初に出来上がったものは、苦いしなんかジャリジャリするしでとてもチョコレートと呼べるシロモノではなかった。

 とりあえず最初は自分で作り、工程をコック長に教えられたので、そこからは丸投げである。

 駄菓子屋のチョコレートや、『ラヴィアンローズ』のチョコレートケーキを見本として、完成形を目指す苦難の日々が始まった。……コック長の。

 いやだって、そういうのはプロに任せた方がいいじゃない。私じゃ料理の技術も知識もないし。

 時々味見させてもらって、感想を述べるくらいがちょうどいいと思う。コック長もやる気になってるしさ。

 メキメキと腕を上げていったコック長の作るチョコレートはかなり食べられるものになってきた。

 私的には充分じゃないかと思うのだけれど、まだまだ地球のチョコレートには敵わないと、コック長は納得できていないらしい。

 地球と同じようなチョコレートができれば、間違いなく大儲けできると私は確信している。

 なにせ、上級貴族の御婦人、御令嬢がすでにお母様のお茶会によってその虜になっているからだ。

 カカオ自体は皇国うちで作られたものじゃなく、ティファのメヌエット女王国から輸入しているらしい。

 チョコレートの製造法ができれば、外交のカードとしても使えるだろう。

 この国がベルギーのように、チョコレートで有名になればいいな。

 とはいえ、あまり食べすぎると色々と問題は出てくるけども……。

 ちょっともちもちとしてきたお腹を撫でながら、私は『ヤベェ』と小さく声を漏らした。

 領地に来てから食っちゃ寝食っちゃ寝した賜物である。まあ、そうなるよね……。

 これはいかん、と『いまむら』で買ったジャージを着て、運動しようと中庭へと向かうと、相も変わらずジーンとビアンカが模擬戦を繰り広げていた。


「【三重奏トリオ】!」


 ビアンカが三人に分かれる。ビアンカの魔剣、『アンサンブル』の能力だ。

 三人になったビアンカがジーンを取り囲む。三方向からの集中攻撃を始めのうちはなんとか躱していたジーンだったが、次第に捌ききれなくなり、気がつけばアンサンブルを首筋に突きつけられていた。


「それまで。ビアンカさんの勝ちですわ」

「やった!」


 審判をしていたエステルの言葉にビアンカが喜びの声を上げる。


「くそ……! やっぱりその魔剣ズルくねーか!?」

「何を言う。お前の魔剣だってまともに受けたらこちらの剣が真っ二つになる可能性もあるんだぞ? まあ、わかっているから受けたりしないが」


 だんだんとビアンカはジーンにも勝てるようになってきた。まだ魔剣無しの戦いでは勝率は低いが、それでも十回に四回は勝てると思う。ほんとゲーム中でのビアンカとは比べ物にならないくらい強くなったよね。


「あ! サクラリエル様!」


 ジャージを着て現れた私にエステルが駆け寄ってくる。エステルも私と同じジャージを着ていた。ビアンカも。最近運動する時はみんなこれだ。動きやすいし、着替えが楽だから。


「サクラリエル様も稽古に?」

「うん、お腹周りが……あ、いや、最近ちょっと忙しくて剣を握ってなかったからね」


 ダイエットのためとは言えず、私はエステルの質問をそんな風に誤魔化した。そんな私にジーンが話しかけてくる。


「サクラリエルもやんのか? あ、あの『せいけんもーど』とかいうのもっかい見せてくれよ。どんだけ強いのか試してみてえ」

「馬鹿か? いや、馬鹿だったな、ジーンは。【聖剣】の力を引き出すとサクラリエル様のお身体に負担がかかるのだぞ? そうほいほいとやれるものではないのだ」


 ビアンカがジーンを呆れたようなため息と共にこき下ろす。まあね、あれやると次の日の筋肉痛が酷いからね。


「いいよ。やろっか」

「え!? サクラリエル様!?」


 だけど私はジーンの提案を快諾する。私も日々のトレーニングで少しは鍛えられてきたし、それに律の呪いを斬った次の日ほとんど痛みはなかった。

 たぶん十秒、二十秒くらいなら負担なく使えると思うのだ。

 すでにやる気になっているジーンと対峙して、手の中に聖剣を呼び出す。プラチナ色の光を纏い、髪の色が真っ白に変わっていく。ん、大丈夫だな。ここからさらに────。


「よっしゃ、いくぜ!」


 斬りかかってきたジーンの剣を横にステップを踏むように躱す。そしてそのまま空振りしたジーンの後ろに周り、その首筋に刹那の速さで聖剣をピタリと当てた。


「はい、終わり」

「え……?」


 わずか三秒にも満たない。本当の戦いならそれでジーンの首は落ちていた。

 戦っていたジーンも周りのみんなも開いた口が塞がらないという感じで呆けている。まあね、私もそう感じているけど。

 おっと、聖剣モードを解除しないと。この秒数なら明日に支障はあるまい。


「な、なんですか今のは!? サクラリエル様が一瞬消えたかと思ったらもう勝ってました!」

「前にも聖剣を抜いたサクラリエル様の動きを見たことがあるが、ここまで速かったのか……!」


 エステルとビアンカが驚いたような声を上げる。そんなに速かったかな? 自分の感覚ではまだ遅く感じるんだけど。

 今のは二段階めの聖剣モードだ。聖剣モードレベル2とでも言おうか。

 聖剣の身体強化には車のギアのように段階があって、それを一つ上げるだけでその名の通り段違いの能力を発揮する。もちろん負担も増すのだけれど、あれくらいの短時間ならば問題はないと思う。


「マジかよ……。聖剣使ったら親父よりもぇえんじゃ……」

「たぶんね。だけど長くは使えないし、数で来られたら負けると思うよ。技術も体力もないし。だから訓練するんだけど」


 聖剣を使えるからって無敵って訳じゃない。この聖剣は、魔を討ち邪を祓う神の剣。対人用としてはそこまで強い訳じゃないんだよね。

 ものすごいスパスパ切れる剣を子供が持っても、ナイフを持った達人の方が強いってこと。結局は使いこなす私が強くなけりゃ意味がないのだ。

 公爵令嬢にそんな強さが必要あるのかといえばないのだけれど、貴族たるもの最低でも自分の身を守れるくらいの強さは持っておかないといけない。

 身を守っているうちに味方が助けに来てくれるかもしれないからね。


「てなわけで、一緒にやろっか、エステル」

「はい! お願いします!」


 聖剣を消して中庭の木に立てかけてあった木剣を手に取る。エステルは私と同時に剣術を始めたから、実力的にもちょうどいいのだ。

 客観的に見て、体力と力ではエステル、素早さと技術では私の方が上だと思う。まあ上っていっても、どんぐりの背比べだけどさ。

 もともとご両親が冒険者だったエステルは田舎で育ったためか、それなりに体力がある。私といえばろくに食べ物もない貧民街スラムで育ったためにそこまでの体力はないのだ。どっちかといえば薬を作ったりのインドアだったし。

 だからこう……エステルに防御に回られると、すぐにへばってしまうんだ。


「やっ!」

「あっ!?」


 振り抜いたエステルの木剣が、私の木剣を空中に弾き飛ばした。くるくると回りながら木剣が地面に落ちる。


「それまで。勝者エステル」


 審判役のビアンカがそう告げると、私はその場に腰を下ろした。あー、やっぱりキッツい。もっと体力つけないとなー。


「だ、大丈夫ですか、サクラリエル様?」

「あー、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと疲れただけ」


 心配してくるエステルに私は笑顔で答える。幸い、みんなは私が病気で療養していたと思っているため、これほどまでに体力がないのを不思議には思ってはいない。

 もう少し走り込みかな……。筋トレとかもした方がいいんだろうか? あまりにも筋肉ムキムキの御令嬢ってのもマズい気がするけど。


「おいおい、俺に勝ったサクラリエルがエステルに負けんなよ……」

「これは訓練だもの。負けても問題ないわ。絶対に負けられないときなら、どんな手を使っても勝つけどね」


 ボヤくジーンに私はそう返した。なんでもかんでも聖剣の力に頼ってはいけない。もっと私自身の力を鍛えないと。

 もちろん剣術だけじゃなく、知識や知恵、社交術や交渉術などもだ。私はいずれこのフィルハーモニー領の領主になるのだから。国外追放とかで廃嫡されなけりゃね……。


「サクラリエル様!」


 私が決意を新たにしていると、屋敷の方からメイド姿の律が慌てたように走ってきた。

 あれ? 律の今日の予定はアリサさんのマナー講座だったはずだけど。何かあったのかな?


「先ほど、じい……いえ、げんがこれを届けにきました」


 そう言って律は一枚の紙を私に差し出してきた。弦とは律の育てのじいやであり、現在七音の一族を統率する副頭領である。

 頭領である律が私の側仕えで動けないため、基本的には弦のじいやが七音の一族を率いているのだ。

 その弦からの手紙。たぶん私が頼んでおいた例の件に関することだろう。

 おそるおそるその手紙を開く。そこには結論だけが、簡潔な言葉で書かれていた。


『発病者多数』


 その文字に私はぐらりと視界が暗転しそうになるのをなんとか堪えていた……。









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