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◇073 店舗召喚10




 次の日。

 予想通りにサモニア様の紋章が増え、私はベッドの上で跳ね起きるなりガッツポーズを取る。

 もはや新しい店舗を呼び出せることになっても、まったく驚かなくなってしまった両親に許可をもらい、さっそく新たな店舗を呼び出すことにした。

 すっかり慣れてしまったエステルたちも私と同じようにワクワクしているのがわかる。

 なんだろうね、段々とガチャでも引いているような気持ちになってきたよ。

 前世の生涯で行った全ての店なんて、そうたくさんはないとは思うけれど、新しい店に一年平均十件行っていたとしても、二百もの店のストックがあるわけだ。

 でも【スターライトシンフォニー】のイベントってシリーズ全部通してトータルでいくつあったっけ……?

 ……いま気がついたのだけれど、そのうち今生で行った店も呼び出せたりするのかもしれないな。これからはなるべくお店を回るようにしよっと。

 いや、異世界限定の店を狙うなら行かない方がいいのか……? 基本的に貴族は店に行かずに商人を呼びつけるから行く機会もあまりない気はするけどさ。

 ま、いいや。とにかく召喚だ!


「【店舗召喚】!」


 まばゆい光と共に新たな店舗が召喚される。これは……!

 現れたのは緑の軒先テント、その下に色とりどりと並べられた野菜たち。

 ザルやカゴに入った野菜には、手書きでの値札が置かれている。中にはダンボールのまま積まれている商品もある。

 一歩引いて見上げれば、ちょっと錆が浮いている緑のトタン看板に『八百熊』の白文字。

 なぜ熊かというと、店主さんが熊田さんだから。

 この店は私の実家近くの商店街にあった八百屋さんだ。確か今でも営業は続いているはず。経営は息子さんに譲ったそうだが。


「サクラちゃん、これはお野菜を売っているお店……よね?」

「……そうですね、八百屋さんです」


 そう尋ねてきたお母様に私は淡々と答えるしかなかった。正直なところ、微妙だなぁ……と私も思ったよ。熊田のおじさん、ごめんね。

 基本的にこちらの世界にある野菜は似たようなものが多い。味もそれほど変わらなかったりする。

 なもので、今までのような『地球ならでは!』という商品ではあまりないのだ。

 まあここの八百屋さんはいくつかの珍しい野菜も仕入れていたようだから、それなりに知らない野菜はあるかもしれないが……。


「これがサクラリエル様の『ギフト』なんですね! 素晴らしいです!」

「そうだろう、そうだろう。『聖剣の姫君』たるサクラリエル様は、召喚の女神・サモニア様からも祝福されているのだ」


 初めて見る私の『ギフト』に、メイド服を着た律が目をキラキラとさせている。そしてそれにどうだと言わんばかりに自慢げに頷いているのはビアンカだ。

 うーん、またなんか話が大きくなっているような……。

 藪蛇になりそうなのでそっちはスルーして『八百熊』の店内に足を踏み入れる。

 この店は駄菓子屋と同じく、奥が住居となっているため、そちらへは入れないようだ。

 商品自体はみずみずしいな。トマト、きゅうり、キャベツ、じゃがいも、ダイコン、ピーマン、パプリカ、ニンニク、トウガラシ、にんじん、ネギ……あ、ゴーヤなんてのも売ってる。アボカドもあるのか。どっちも私は好きじゃないけど。

 いちごにりんごにバナナ、レモンにキウイ……果物も売ってるね。あれ? いちごって果物だっけ? 野菜だったっけ? 


「お父様、お金を」

「ああ、わかった」


 八百屋の奥にあるカウンターにお父様が金貨を乗せたのを見届けると、私はそこにあったりんごを一つ取り、シャリっと齧り付いた。


「お嬢様、はしたのうございますよ?」

「ごめん、今日だけ見逃して。これも『ギフト』の確認だからさ」


 その場でりんごを齧り出した私にメイドのアリサさんが咎めてきたが、ここは許してほしい。

 うん、美味しい。なんの変哲もない普通のりんごだ。

 もう一口食べて、こちらをじーっと見ているエステルに気づく。


「……食べる?」

「いいんですか? いただきます!」


 そう言ってエステルが私の持っていたりんごを奪い取った。あれ? 私の齧りかけのじゃなくて、こっちの新品のを食べるかって聞いたつもりだったんだけども。


「もったいないからこっちでいいです! んっ! 美味しいれふ!」

「そ、そお?」


 気にしないならまあ、いいけど……。恍惚とした表情でりんごを齧るエステルにちょっとたじろいてしまう。変な成分混じってないよね?


「琥珀さんも食べる?」

『我はあまりりんごは好まぬ。いちごをくれ』


 琥珀さんの前にいちごの入った籠をひとつ置くとそれをむしゃむしゃと食べ始めた。口の周りがいちごの果汁だらけだよ。あとで洗ってあげないと。


「あらあら、どれも新鮮で美味しそうね。……ねえ、サクラちゃん、これはどう食べるの?」


 お母様がバナナを手に持って不思議そうな顔をしている。あれ? バナナはこっちの世界にないのかな?

 私はぽきりと房になっているバナナの一本をもぎ取り、皮を剥いてお母様に差し出した。

 未知の食べ物に躊躇いつつも、甘い香りに引き寄せられたか、お母様がパクリとバナナを口にする。


「美味しい! あら? これ、食べたことあるような気がするわね?」

「え? ああ、そういえば『ラヴィアンローズ』のメニューにフルーツパフェがありましたね。それに入っているバナナってやつです」

「元はこんな形なのね」


 フルーツパフェに入っているバナナはスライスされたものだからなあ。実際に見てみないとわからないよね。

 お母様に触発されたのか、お祖母様や皇后様もバナナやいちごを口にしていた。果物系はそのまま食べられるからいいよね。


「うわ、苦っ……!」


 ふと横を見ると、ピーマンを丸齧りしたジーンが顔を歪めていた。え、そのまま齧ったの? そりゃ苦いよ。

 というか、ピーマンもこの世界になかったっけ? ジーンには果物っぽく見えたのかね? 緑なのに?


「こっちのならそこまで苦くはないよ」


 私がピーマンの横にあったパプリカを手に取ってジーンに手渡す。

 そもそも緑のピーマンはまだ熟していない状態のもので、完熟すると赤くなるのだ。未熟なものなのだからそりゃ苦い。その苦さが美味しかったりするんだけどもね。

 子供に不人気の野菜ベストテンにいつも入っているピーマンだ。ジーンが顔を歪めても仕方がないか。

 赤いパプリカを手にしたジーンが疑り深そうにこっちを見ている。さっさと食え。

 恐る恐るといった感じでジーンがパプリカを齧った。


「……苦くねえ。少し甘いくらいだ。これなら食える」


 まあ、苦いピーマンの後にパプリカを食べたら甘く感じるわな。この店のパプリカは赤と黄色があるけど、確か赤は甘みが強く、黄色は少し酸味があるんだっけかな?

 私も黄色いパプリカを手に取り、齧ってみる。


「ん。美味しい」


 それほど酸味は感じられないかな。このままでも美味しいけど、サラダとかにしてドレッシングで食べたらさらに美味しいと思う。

 あ、ミニパプリカなんてのも売ってるな。こっちはピーマンと同じくらいか、それよりもちょっと小さいやつだ。これもサラダにしたら美味しいんじゃないかな。


「どれどれ。僕も一つもらおうかな」

「え? あっ!? ちょっ……!」


 ひょい、とお父様がミニパプリカの横にあった、それとよく似た野菜を手に取って半分ほど齧り付いた。

 私はそれを見て、うわ!? と、目を剥いてしまう。

 なんでそれがミニパプリカの横に置いてあるのか。同じ種だし、似ているから近くに置きたい気持ちもわからなくはないんだけど!

 ミニパプリカの横にハバネロは置いちゃいけないでしょ、熊田のおじさん!

 

「ほわぁぁぁぁァァァァァァ──────!?」


 お父様が目を見開き、顔を汗だくにして口から火を吐かんばかりに絶叫した。

 『八百熊』にいたみんながその声に驚いてこっちに視線が集中する。

 なんだろう、お父様は地球の辛いものを口にしなければならない呪いでもかかっているのだろうか。


「みっ、みず……っ!」


 ミミズ? とボケたい気持ちを抑え、収納ポシェットから水筒を取り出そうとしてやめた。牛乳にしよう。

 水だと辛さが口の中に広がるだけで、あまり効果はないと思う。

 牛乳なら乳製品に含まれる蛋白質の一種である『カゼイン』が、カプサイシンと結びつき、舌に辛さを感じさせるのを和らげるはずだ。

 『藤の湯』で買った瓶入りの牛乳をポシェットから取り出して、お父様に手渡す。

 引きちぎるように蓋を取り、そのまま一気に牛乳を飲み干したお父様が、私へ向けて、ビシッ! と人差し指を一本立てる。はいはい、もう一本ですね?

 追加の一本はゆっくりとゆすぐように飲み干したお父様が、ふーっ、と大きな息を吐いた。


「死ぬかと思った……」


 そんなに? ホットドッグのホットソーススペシャルを食べたことのあるお父様なら、そこまでダメージは無いかとも思ったのだけれども。

 生ハバネロがキツかったのか、不意打ちがキツかったのか……。

 もしも間違って食べたのが、エステルやお母様たちだったら、ショックで倒れていたかもしれん。そう考えると食べたのがお父様でよかったよ。いや、よくはないんだけどさ。


「これは素晴らしいことですよ……! 見たことのない異界の野菜でも、種さえあればこちらの世界でも育てられるかもしれない。これは大発見です! 新種発見と言っても過言ではない!」


 見たこともない野菜たちにテンションが高いのは植物オタクのリオンだ。横にいるエリオットとジーンが引くくらい野菜をめつすがめつ眺めている。

 確かに種さえあればトロイメライ家の家宝、『促成の鉢』ですぐに苗にして育てられるからな。新種発見というのも、まあ間違いではないか?


「言っとくけどその新しい野菜の研究も、公爵家うちとの共同研究ということにさせてもらうわよ?」

「もちろんです! もとはと言えばこちらの野菜なのですから、それは当然のことです」


 利益を横取りされてたまるかと私が一応釘を刺すと、リオンがあっさりと認めた。

 あ、利益云々(うんぬん)より、ただ研究したいだけだな、こりゃ。

 野菜の育て方なんて私にはわからないし、種を蒔く時期なんかもわからない。そこらへんは全部トロイメライ家に丸投げすることになるだろう。これはお父様案件だな。交渉は任せようっと。

 私は地球の野菜や果物がこの世界でも普通に食べられるようになればいいなと思いながら、パプリカをもうひと齧りした。



          ◇ ◇ ◇



 その頃、とある村のはずれで……。


「なんだぁ?」

「おい、どうした?」


 くわを地面に振り下ろした男が漏らした声に、隣で同じ開墾作業をしていた髭男が尋ねる。


「なんか硬いもんに当たった。なんだべ?」

「岩が埋まってたか? それとも切り倒した木の根っこか?」

「わかんね。まったくこんなとこを畑にしろなんざ、お貴族様はようわからんことさせるわ」

 

 ブツブツと文句を言いながら男は鍬を使い、その周囲を掘っていく。

 この土地の領主からここを開墾するよう命じられたのは三日前だ。なんでも新しい農作物を実験的に作るのだとか。

 こんな乾いた痩せ地で農作物が育つのかと男は疑問であったが、貴族からの命令は絶対である。やるしかなかった。

 岩か何かを取り出すため、面倒くさそうに土を掘っていた男の顔が、だんだんと険しくなっていく。


「お、おい、これ……」

「な、なして、こんなのがこんなところに?」


 男たちの前に土中から姿を現したのは、ひとつの黒いひつぎであった。

 普通の柩ではない。その表面には金の装飾が施されており、どう見ても身分の高い者が納められる柩である。

 柩の表面や側面にはびっしりと金の刻印が刻まれている。農民の二人であっても、この柩がとんでもないものであることがわかった。


「ど、どうする?」

「……お偉いさんの棺桶なら、中に宝石とかが入ってるかもしんねぇな……」


 ごくっ、と生唾を飲んだのはどちらだったか。

 貴族が亡くなると、その思い出の品や、装飾品、あの世で使うための金貨などを一緒に柩に入れることがある。

 故にそれを狙う墓泥棒から守るため、貴族の墓地には墓守の一族がいるのだ。

 幸い、他の開墾仲間は昼飯に村に戻っている。中にある宝石の一個や二個をちょろまかしたところで、いや、全部盗んだところで誰にもわかりはしまい。

 二人は顔を見合わせ小さく頷くと、ゆっくりと柩の蓋に手をかけた……。







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