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◇070 領地の特産品





 領都に来て一週間が過ぎた。いつの間にかうちに滞在することになった、リオンが来て四日経つ。

 なるべくリオンとは距離を置くようにして、彼の面倒は全部エリオットとジーンに丸投げした。変なフラグが立つと困るからさ……。

 それでも当たり障りのない会話くらいはする。リオンは知識欲が高いので、私の【店舗召喚】で呼び出した地球の商品に興味津々だった。

 特に質屋にあった茶道具と香炉、そしてデジタルキッチンスケールにものすごく興奮していた。

 

「これがあれば調合の時の細かい分量を間違いなく決めることができます! なんて素晴らしい魔導具なんだ!」


 うん、この世界の分量って、上皿天秤で重りを載せて計るのが一般的だからね。時間がかかって面倒だし、重りの分銅や天秤が錆びたりすると正確に計れなくなる。

 まあ、デジタルスケールも電池が切れたら計れなくなるんだが、言わぬが花か。

 興奮気味に語るリオンにデジタルスケールを売り、ついでに電池も売っておく。

 なぜかファッションセンターに電池が売っていたから予備は充分にあるのだ。ボタン電池とかはないけども。


「お嬢様、仕立て屋の主人がこれを持って参りましたが」


 皇后様とお祖母様、お母様にエステルと私の五人(ビアンカはジーンと訓練中)で『ラヴィアンローズ』でお茶をしていると、メイドのアリサさんが大きな布で包まれたものを店内へと持ち込んできた。

 仕立て屋さん? あ、ひょっとして、注文していたものができたのかな?

 思ったより早いな。公爵家からの頼み事とあって無理したんじゃなかろうか。休暇中に出来上がればいいか、くらいの感じだったんだけれども。


「サクラちゃん、なにか作ったの?」

「ええ、まあ。ここの領地にあるもので、他の領地でも売れるものができたらな、と……」


 お母様にそう答えながら、縛られた細い麻縄を解き、布を広げて、中のものを取り出していく。

 それを見た皇后様が首を傾げる。


「これは……なにかしら? クッション?」

「いえ、布団です。羽毛布団。寝具ですよ」


 そう。私が仕立て屋さんに頼んでいたのはガチョウ(グース)の羽毛を詰めた、羽毛布団である。

 一般的に羽毛布団にはアヒル(ダック)ガチョウ(グース)があって、グースのほうが一つ一つの羽毛が大きく軽い。保温力が高く、高級な羽毛布団ができる。

 市場でガチョウが売られているのを見て、その羽毛をなんとか使えないかと思ったのだ。

 市場のガチョウは毛を抜かれて丸裸にされていた。羽毛は下処理の段階で捨てられているのだ。というか、むしったあと燃やされている。なんてもったいない。

 一羽一羽から取れるダウンと呼ばれる羽毛はわずかだけど、チリも積もれば山となる。羽毛も積もれば布団となるのだ。

 羽毛布団一枚で百羽から百五十羽くらいだっけかな? よくわからないけどそれぐらいだと思う。

 布地は贅沢なシルク。肌触りも問題ない。基本、この世界の布団は羊毛布団である。羊といっても魔獣らしいので、私が知ってる羊毛じゃないらしいんだけど。普通の羊毛よりは軽いやつらしい。

 地球の北欧とかだとずいぶんと早く羽毛布団が作られていたって先輩が言ってたな。九世紀ごろのヴァイキングの墓から見つかったとかなんとかテレビで見た気がする……。

 この国はそこまで寒くはないし、羊毛布団の方が作りやすかったのかね?


「あら、すごく軽いわね。それにとてもあったかいわ」

「羽毛が空気を含んでいるので体温の熱を逃さないんですよ」

「これは冬場はありがたいわね」


 うん、お祖母様の言う通り、冬ならあったかくていいよね。

 なんでこの暑い夏に羽毛布団なんか作った? という声が聞こえてきそうだけど、冬に売れるものを冬に作ったところで間に合わないんだよ。

 夏の今のうちに量産を始めないと冬に稼ぐことができないじゃないか。

 それともう一つ、作ってもらったものがある。


「じゃん!」

「モコモコの服? あ、その中にも羽毛が入っているの?」

「はい! ダウンジャケットっていいます」


 私が呼び出したファッションセンター『いまむら』は、どうも初来店時が春から夏にかけての時期だったらしく、冬服はなかったんだよね。

 お母様が私が取り出したダウンジャケットを受け取り、袖を通す。ナイロンやポリエステルのような性質を持つ安い魔獣の皮を使い、なるべく軽く仕上げている。


「これも軽くてあったかいわ。……というか暑いわね……」


 いや、まあ今は夏だからね……。『ラヴィアンローズ』のエアコンもガンガン効いているんだけども。


「冬になったら売れると思うんですけど……」

「売れるとは思うけど……」

「そうね、ある程度は売れると思うわ。でも……」


 あれ? なぜかお母様もお祖母様もしょっぱい反応だ。皇后様も苦笑いしている。な、なにか致命的な欠点があるのかな!?


「な、何か問題が……?」

「可愛くない」

「貴族が着るにはちょっとね……」


 え?


「こうもモコモコしてると太って見えるし……」

「色もちょっとね……」


 困ったようにお二人がそんなことを口にする。え? ダメなのってデザインと色!?

 確かに色はカーキ色だし、おじさんが着るようなデザインになっちゃったけどさ!

 言っとくけど、私が指定したんじゃないからね!? 仕立て屋さんにざっくりとした説明しかしなかった私も悪いけれども!


「えーっと、ま、まだこれは試作品なので、ここからおしゃれなものも作っていこうかと……」

「あら、そうなの? じゃあ首元に毛皮を付けたらどうかしら?」

「羽毛の量を少し減らしてウエストのあたりを絞れば、いい感じになりそうよ」

「色ももっと明るい色がいいわね」


 わいわいとお母様たちはどんなダウンジャケットにすればいいか話し始めた。

 私はそっと四次元ポシェットから質屋で売っていたノートと文房具をお母様たちに差し出す。色鉛筆も付けといた。

 もう三人は私たちを置いてどんなダウンジャケットにするか、デザインを始めていた。ま、まあ、この世界のファッションセンスは現地の人に任せておいた方がいいよね。


「サクラリエル様! この羽毛布団ってふわふわで気持ちいいですね!」


 そう言って屈託のない笑顔を見せるエステル。天使や、天使がいてはる……。



          ◇ ◇ ◇



 結局、ダウンジャケットの方はお母様が中心になって進めることになった。貴族たちのファッションリーダーたるお母様が、おシャレなダウンジャケットを着ていれば、他の貴婦人たちも欲しくなるに決まってる。

 羽毛布団の方はお父様だ。煌びやかな刺繍を施せば、貴族たちの間で流行ること間違い無しだってさ。

 今までむしって捨てていた羽毛がこうして我が公爵領の名産と……までにはならないだろうな。

 なぜなら他の領地でも作ることができるから。

 初めは飛ぶように売れるかもしれないけど、そのうちパクったような商品が出てくると思う。絶対。

 そうなったら質の良さやブランド性でこっちも勝負していくしかない。

 この領地でしか作れないものか、秘匿した技術でできるものじゃないと独占は難しいよね……。

 この世界、著作権とか特許とか無いからなぁ……。

 そもそも、ダウンジャケットや羽毛布団を作ったところで、公爵領うちにお客さんが来てくれるかって話だ。

 ここに来ないと体験できない、見られない、味わえない、楽しめない……そんなものが必要なんだよね。

 温泉でもあれば温泉旅館とか、雪が降るならスキー場とか作れるんだけども。

 お父様から聞く限り、この辺に温泉はないし、雪もそれほど積もらないらしい。

 遊園地でも作るか? フィルハーモニーランド的な……。

 マスコットキャラは琥珀さんで。着ぐるみが歌って踊る夢の国を……って、建設費がいくらかかることか。さすがに一朝一夕には無理だろうなあ。

 いずれ私が継ぐ領地なら、今のうちに手を付けておいた方がいい気もするけど、ものがものだけに勝手に作れないしね。

 羽毛布団やダウンジャケットだけでもそれなりに儲けられるとは思うけど、それだけじゃなあ……。

 商売の法則として、『誰に』『なにを』『どうやって売るか』。これが決まらないと話にならない。

 さらに言うなら『なにを売るか』より『誰に売るか』の方が重要だと聞く。

 つまりは漠然と売るのではなく、ターゲットを決めないとダメだということだ。

 ターゲットねえ……。貴族か平民かとなれば、大きく稼ぐなら貴族相手だろうな。平民向けとなると安い商品を多く作らないといけなくなる。

 いや、貴族相手でもある程度は量産しないとダメなんだろうけども。

 貴族でもどういった層に売るかによって、売るものもまた変わってくるよねぇ……。

 年齢層や性別、在地、上級貴族か下級貴族か……。

 一番大雑把に分けるなら性別で、かな。男性か女性か。

 貴族の男性に売る、あるいは貴族の女性に売る……。なにが売れるかな? なにを欲しがっているかによるけどさ。

 たとえば【店舗召喚】によって酒屋から手に入れたお酒の購入者はほぼ男性だ。これはお父様を通して飛ぶように売れているらしい。

 だけどお父様によると、このお金は公爵家のものとせず、私の個人的な貯金としているという。

 私としては購入費は家から出ているし、使ってくれても構わなかったのだけども。

 購入費は儲けから差し引いているし、いずれ【店舗召喚】で大きな買い物をする時に必要になるぞ、と諭されて、一応もらっておくことにした。

 一千万円の高級車が欲しいと思ったら、十倍の一億円が必要になってくるのだ。あって困るもんじゃない。

 まあ、高級車販売店なんか行ったことないけどさ……。

 話がずれた。

 まあ、貴族男性の欲しいものなんて正直言って私にはわからん。まだ女性の方がわかりやすい。

 おしゃれな服とか美味しい食べ物とか。美容関連もいけそうだ。

 美容関連といえば……肌荒れに良い軟膏の作り方とか薬師のお婆さんから教わったけど、貴族の女性は手作業とかしないから、それほど荒れていないんだよね。

 この世界の貴族の女性はみんな化粧をしているけれど、あくまでそれは薄化粧というレベルで、濃いめのメイクは流行はやりではないらしい。

 あ、ヒメジョオンとかハルジオンとかで化粧水が作れるって先輩が言ってたな。ヒメジョオンとハルジオンには美白成分があって、個人によって効果の差はあれど、メラニン色素を抑えて肌を整えてくれる。

 作り方は簡単で、花と根っこを焼酎に漬け込むだけ。

 ああ、ホウセンカとかからマニキュア的なものもできるって言ってた。確かカタバミの葉も混ぜると色が鮮やかになるんだっけ? カタバミなら普通にそこらにも咲いてる。虫刺されの痒み止めにもなるんだよね。

 だけど、ヒメジョオンやハルジオン、ホウセンカなんてものがこっちの世界にもあるんだろうか? あっても名前がちがうかも……誰かそっち方面に詳しい人に聞いてみようかな? 植物に詳しい人っていうと……。

 パッと浮かんだメガネの少年の顔を、イヤイヤ、と端に追いやる。

 確かにリオンなら薬草以外の植物関連にも詳しそうだけどさ……。っていうか間違いなく詳しいわ。主人公エステルとの出会いのシーンからしてそんな場面だったわ。

 花壇にあった見たこともない花に見とれていたエステルに、偶然通りかかったリオンが花の名前を教えてあげるってシーンだ。

 まあ、花の名前だけじゃなく、香りの効能までペラペラと語ってエステルを若干引かせるんだが。

 だからたぶん、私が思う花、あるいはそれに似た花を知っているはず。


「ぐむう……仕方ない。一応聞いてみるかー……」


 背に腹は代えられぬ。【店舗召喚】でコスメショップとか召喚されればなぁ……。






 


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