表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/91

◇007 運命の出会い×2





「リシェルとエリオットは覚えてるかしら?」

「ええと……」


 お祖母様が皇后様と皇太子に目を向ける。皇太子の方は覚えてるが、それはゲームの中での話だ。


「……小さかったから無理もないわね。こちらが皇后のリシェル。で、こっちの子が皇太子のエリオットよ」


 お祖母様は私が記憶を失っていることを知っている。先ほどのは思い出すかもしれないと思っての言葉だろう。思い出せず申し訳ない。


「久しぶりね、サクラリエル。私とは一度しか会ってないから覚えてなくても仕方ないわ。エリオットも小さかったからサクラリエルを覚えてないでしょう?」

「はい、母上。なので……初めましてサクラリエル。エリオット・リ・シンフォニアです」


 金髪翠眼のエリオット皇太子がにこやかに挨拶してくる。さすが攻略対象。子供の頃からでも破壊力のある笑顔だ。いかんいかん、惑わされないぞ。


「初めまして、エリオット皇太子。サクラリエル・ラ・フィルハーモニーです」


 それを躱すように私は再びカーテシーで応える。確かに魅力的な笑顔だが、所詮は子供の笑顔だ。可愛らしいという感情以外は浮かばない。

 失礼にならない程度に距離を置き、極力関わり合いにならないようにしなくては。あくまでいとこ同士。それ以上でもそれ以下でもない関係。それが理想だ。


「私、先日『ギフト』を授かりまして。皆様にそれで得たお土産を持ってきましたの。喜んでいただけると嬉しいのですけれど」


 事前に渡してあったお土産がお城のメイドさんたちの手によって運ばれてくる。

 駄菓子に炭酸飲料、玩具類などだ。駄菓子は小包装を開けて、皿に盛られて運ばれてきた。まあ、毒味とかあるしね。


「これは……! 見たこともないものだな……」

「こちらのは菓子類です。甘いのもあれば、しょっぱいのも、辛いのもあります。飲み物は少し刺激が強いかもしれませんが、美味いですよ、兄上」


 ニヤリとお父様が笑う。そうね、初めて炭酸飲んだ時、お父様ってばかなり目を白黒させてたもんね。おそらく陛下にも同じ目に遭わせようという魂胆だろうけど。


「これはなんですか? アクセサリー? インテリアかな?」


 エリオット皇太子があるものを手に取り、不思議そうに首を傾げている。よし! 食いついた!


「これは『六面パズル』というものです。六面バラバラになっている色ですが、こうすると……」


 私はエリオットが持っていたミニサイズの六面パズルを受け取り、カシャカシャと高速で動かしてものの数分で六面全ての色を揃えた。

 ふふふ、前世のお父さんにコツを教えてもらったから、これ得意なのよね、私。


「すごい! 全部違う色で揃った!」

「難しいですがやってみますか?」

「はい!」


 念入りに色をバラバラになるように動かしてエリオットに手渡す。

 エリオットは夢中になって六面パズルを動かし続け、一人の世界へと入っていった。

 うむ、排除完了。エリオットは何かに集中するとのめり込むタイプなのは知っているのだよ。

 計画通り……ニヤリ。


「まあ! このお菓子、すごく美味しいわ! ほろ苦いのに甘くて!」


 お、皇后様がプチチョコケーキをお気に入り下さったようで、なにより。

 その横では皇王陛下がサイダーを飲んでびっくりしたような顔をしていた。それを見てお父様がニンマリしている。


「まさかこんなに美味しい氷菓子が食べられるなんて……。城で出される果物の氷菓子とは比べ物にならないわ」


 お祖母様はアイスクリームに舌鼓を打っていた。こちらにも氷菓子はあるようだが、果物を凍らせたものをシャーベット状にしたものがほとんどらしい。


「サクラリエルは素晴らしい『ギフト』をいただいたのね」


 アイスクリームを味わいながら、お祖母様が私に微笑む。

 【店舗召喚】は限定的だけど役に立つ『ギフト』には違いない。本音を言えば、戦闘に役立つような『ギフト』が良かったけれど……。


「はい。まだいろいろと成長の余地はあるようなのですが、まだそこまで使いこなせてなくて……」

「『ギフト』は神の恩恵。努力すればさらなる力を得ることができますよ。うふふ、今から楽しみね」


 いわゆるこっちで『祝福』と呼ばれるものだな。

 ぶっちゃけゲームでいう『ギフト』のレベルのことなんだけれども。

 悪役令嬢であったサクラリエルは知らないが、ヒロインの『ギフト』【聖なる奇跡】はレベル1だとちょっとした治癒魔法、レベル2で回復魔法……といった感じに使える能力が増えていく。

 あ、治癒魔法ってのは身体の傷や怪我を治す魔法、回復魔法ってのは体調や体力、病気を治す魔法ね。レベル3になると、これに聖なる召喚魔法が加わる。レベルが上がるにつれて治癒も回復も強化されていくから本当にとんでもない『ギフト』なのよ。さすが主人公といったところ。

 私の【店舗召喚】のレベルアップは、おそらく『新しい店舗を呼び出せるようになる』だと思うんだけど……。まさか『店舗が拡張する』とかじゃないよね?

 あの店は潰れるまであの広さだったし、それはないと思うけど。

 待てよ『新商品の入荷』って可能性も……。いや、それなら【店舗召喚】じゃなくて【駄菓子屋召喚】になるよね?

 むむむ……、と自分の『ギフト』について考察していると、皇王陛下が酢イカを齧りながら話しかけてきた。


「異界よりこういった未知の品物を呼び出す『ギフト』は過去にもいくつかあった。しかしそれはせいぜい一つか二つで、呼び出した品物もどういったものかわからないという例がほとんど。これほどの量を呼び出せるなど聞いたことがない。サクラリエルの場合、よほど召喚の女神・サモニア様に気に入られたとみえる」


 そうなのかな? 私は【獣魔召喚】を下さいって念じたつもりだったんだけど……。

 ある意味、私の存在自体がこの世界に召喚されたとも言えなくはないからなあ。それで気に入られたのかしら?


「エリオットの【重力変化】もかなり使える『ギフト』ではあるが、サクラリエルの『ギフト』の方が臣民には受けがいいかも知れんな」


 エリオット皇太子の【重力変化】はその名の通り、射程範囲内の自分以外の重さを変化させる『ギフト』だ。

 今はどれくらいのレベルなのかはわからないが、ゲーム終盤時の時点で、人間一人をまったく動けなくさせるくらいの力はあった。動けなくされたのはヒロインに逆ギレした悪役令嬢わたしだったけど。

 確かに【重力変化】よりも【店舗召喚】の方が、まだ国政には役立つかな。商品を転売してお金にするのもアリだし、そのまま下賜してもいいし。


「その『ギフト』、王家のために役立ててもらえると嬉しいのだが。どうだ、サクラリエル。よければエリオットと婚約────」

「あ、お断りします」


 その先は言わせないよ!

 王様の提案をピシャリと断った私に、周りの人達の動きが止まる。いや、当の本人であるエリオットだけは、いまだ夢中になって六面パズルと格闘していた。話を聞いてないな、あれは。

 公式の場なら不敬に当たり、いろいろと問題があるので断れなかったかもしれないが、ここは私的な場。身内しかいない。多少の失礼は許される。というか、ここしか皇太子との婚約を断るチャンスはない。なのでキッパリと断るよ!

 

「あ、え、と……。な、なにか理由があるのか?」


 王様がポカンとした顔を首を振りながら戻して、理由を尋ねてきた。それに対して私はビシッと指を三本立てる。


「理由は三つ。まずひとつ、私は結婚相手は自分で決めたいです。貴族であれば家のため、望まぬ結婚もあるのでしょうが、それが原因で家庭の不和を招き、家を滅ぼした例は枚挙にいとまがありません。本人同士の気持ちが一番大切だと思います。ふたつめに、私は同年代、年下に興味はありません。お父様のような、年上の頼れる殿方が好みです。最後に私はお父様、お母様の元から離れるつもりは微塵もありませんので。末永くお側で親孝行したく存じます。お二人がさっさと嫁に行けと言うのであれば、寂しくはありますが従うしかありませんが……」

「言うわけないじゃないか!」

「そうよ! いつまでもおうちにいていいのよ!」


 両サイドにいたお父様とお母様が私に抱きついてきてサンドイッチ状態になる。くくく、計画通り。どうだい王様、この仲良し親子を引き裂けるかな?

 皇王陛下の隣にいた皇后様がくすりと笑う。


「ふふふ。あなた、これは無理なようですわね」

「……の、ようだな。ま、仕方あるまい。だが、この国のため、フィルハーモニー家の一員として力を貸してはくれるのだろう?」

「はい。それは喜んで」


 よっしゃああぁぁぁっ! 婚約者フラグへし折ったあぁぁぁぁっ! きっとこれで勝つる!

 この国は女性でも爵位を継げるし、王位にも就ける。フィルハーモニー公爵家は私に弟が生まれない限りは私が継ぐ可能性もあるのだ。嫁になんて行ってられっかい!

 …………あれ、いま気が付いたけど、ひょっとして私って皇位継承権がある? しかもなにげに高い?

 皇位継承権第一位がエリオット皇太子でしょ? 第二位が皇弟であるお父様。第三位が……私?

 皇室の血を継いでいると考えたらそうなるの、かしら?

 エリオット皇太子がヒロインと結婚して子供が生まれればまた変わるだろうけどね。それは気が早いか。

 あるいはエリオットに弟妹が生まれるか。あれ? ゲームでエリオットに弟妹っていたっけか……?

 とりあえず一仕事終えた私は完全に気が抜けて、それからは大人たちの会話に口を挟まず、借りてきた猫のように大人しくしていた。時折りお祖母様とおしゃべりして、初めての皇室との顔合わせは無事に終了したのである。

 エリオット皇太子は最後まで六面パズルに夢中になっていた。なんとか一面だけは揃えられたようだが。

 気に入ったのならこちらの大きいのを差し上げます、と通常サイズの六面パズルを取り出すと、ものすごく喜ばれた。いろいろな意味で、彼へのお詫びとしてはそれでは申し訳ないくらいだ。

 お父様はまだ皇王陛下と用事があるそうなので、お母様と私は先にお暇することにした。


「皇太后様も喜んでくれてよかったわね」

「はい。次に来るときはもっと喜んでもらえそうなものを……」


 お母様と護衛のターニャさん(ユアンはお父様と庭園に残った)の三人で、城門前へ向かう広い廊下を歩いていると、どこからかすすり泣くような声が聞こえたような気がした。

 辺りを窺ってみると、廊下に立つ柱の陰に、小さな女の子がうずくまって泣いていた。

 歳の頃は私と同じくらい。明るい亜麻色の髪が、窓から差し込む光を浴びて淡く輝いていた。ショートボブの下の顔は泣き顔に歪んでいる。

 貴族の子かな? 着慣れていないようなミントグリーンのドレスはそこまで高級そうではないが。


「どうしたんですか?」


 私の声に驚いたように顔を上げた少女は、目をぐしぐしと擦り、涙を拭って立ち上がった。私より少し背が高い。私、チビだからな……。

 

「あ、あのっ、わ、私、はじ、初めて、お、しろに来たから、元の部屋がわかんなくなって……!」

「あらあら。あなた迷子なの? どこのお家の子かしら。お家の名前は?」

「あの……ごめんなさい、わかりません……」


 お母様の質問に、少女は俯いて答える。家名がわからないってどういうこと? 貴族じゃないのかな?

 質問に答えられなかったのが情けなかったのか、少女はまた泣き出しそうになる。

 私は慌ててポケットに入れてあった飴玉をその子の手に握らせた。


「あげる。甘くて美味しいよ」

「え?」


 渡された飴玉にキョトンとしている彼女の前で、私は同じ飴玉をポケットから取り出して包み紙を開き、自分の口の中へと入れる。うん、美味しい。

 女の子もおずおずと包み紙を開き、その飴玉を口へと入れた。


「甘い……! 美味しい……!」

「やっと笑った」


 美味しいは正義だね。やっぱり女の子は笑っていた方がいいよ。特にこの子は笑うとすごく可愛い子だった。泣いてちゃもったいない。

 よし、お土産に渡さなかった残りのお菓子をあげちゃおう。

 ターニャさんに言って、飴玉の入った袋と、ベビーカステラ、板チョコ数枚を紙袋に入れて持ってきてもらった。

 それを、はい、と女の子にそのまま渡す。

 

「え、あの、いいんですか……?」

「いいのいいの。余ってるから。よかったら食べて。私はサクラリエル。サクラリエル・ラ・フィルハーモニー。あなたは?」


 家名はわからなくてもさすがに名前はあるだろう。しかし私の自己紹介に、女の子は大きく目を見開いた。


「フィ、フィルハーモニー!? フィルハーモニー公爵家の……!? はわわ、あ、あのあの、わ、わたしは……!」

「エステル!」


 廊下の向こうから大きな声が届き、何人かの男性がこちらへと走ってくる。あれ? 先頭の男の人に続いてこちらへやってくるのは、うちのお祖父様じゃ?


「お父さん!」

「探したぞ! 勝手に離れるなと言っただろう! 心配したじゃないか……!」


 女の子が一番先頭で駆けてきた男の人にダイブする。

 お父さんに会えてよかったね。そして感動的な父娘おやこの対面の横では、昨日ぶりの父娘おやこの対面が。


「お父様? なぜここに?」

「アシュレイ? サクラリエルも? 昨日言っただろう。このロバートが此度こたびの防衛戦で叙爵じょしゃくすることになってな。このあと陛下から男爵位をいただけることになっているんだ。その付き添いだよ」


 叙爵じょしゃく。確か爵位をもらって貴族になることだっけ? ああ、だからこの子は家名がわからなかったのか。まだもらってないから。


「男爵というと、ユーフォニアムの地を?」

「うむ。今空いている手頃なのはあそこだけだからな。いまは荒れているが、なに、数年もすれば復興も進むさ」


 ……んん? ユーフォニアム?

 あれ? ちょっと待って……。さっきこの子のことなんて呼んでた? 

 エステル? エステル・ユーフォニアム? エステル・クライン・ユーフォニアム!?


「あっ、あああああああああ────────ッ!?」


 私はお父さんに抱きしめられている、その子を指差して大声を上げてしまった。

 少女だけじゃなく、周りの大人たちもびっくりして目を丸くしている。

 しかし私の頭はそれどころじゃなかった。

 ヒロインだ。『スターライト・シンフォニー』のヒロインであるエステル・クライン・ユーフォニアム。

 ゲームでプレイヤーの分身となる主人公。そして、悪役令嬢わたしを攻略対象たちと追い詰める、破滅フラグの元凶がそこにいた。


 








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ