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◇069 領都での日々





 身体が軽い。

 呪われる前よりもよく動くように感じられる。ずっと鉛の鎧を着させられたような倦怠感もなく、締め付けられるような痛みもない。

 私は解放された。叔父上の『呪い』から解放されたのだ。

 律は呪いからの解放感にずっと浮かれていた。


「ふふふふ」

「律様?」


 横を駆けるじい──げんに訝しげな視線を向けられる。


「すまぬ。身体が思うように動くのが嬉しくてな」

「なるほど」


 弦は納得したように微笑みを浮かべた。弦に続く、ぎんめい調しらべつづみ。呪われてからずっと私を守ってくれた者たち。その恩に報いねばならない。そして叔父上に報いを受けさせねばならない、と律は決意を新たにした。

 足を止める。街道からだいぶ離れた森の中。ここならば目立ちはしまい。


「【翼類使役】!」


 天に向かって手を翳し、一心に念じる。……繋がった!

 しばらくすると遠くの空にポツンと黒い点が現れた。それはだんだんと大きくなり、やがて巨大な翼をはためかせ、律たちの目の前にバサリと降り立つ。

 霊鳥シームルグ。猛禽類に似た象を掴むほど巨大な体に、五彩七色に煌めく冠羽と尻尾を持つ、律の相棒である。

 律の『ギフト』【翼類使役】は、翼のある生物ならなんでも使役することができる強力な『ギフト』であった。

 しかし使役するには厳しい条件があり、相手と心を通わす必要がある。見ず知らずの出会ったばかりの鳥を従えることはできない。


「オボロ!」

『クァァァ』


 律がシームルグに駆け寄ると、巨鳥は首を低く下げた。そのまま首に抱きついてきた律をされるがままにして、くるくる、とまるで猫のように喉を鳴らす。

 このシームルグ……オボロは律が卵から孵した鳥であった。

 卵は律の授かった『ギフト』を知った彼女の亡き父が、遠くの国より取り寄せてくれたものだった。

 三歳であった律はいつも卵のそばにかかりきりとなり、ずっと抱きついて暖め、見事それを孵化させたのだ。

 卵から孵った霊鳥の雛は、律を親として認識し、彼女の『ギフト』を受け入れることになんの抵抗も示さなかった。

 律とオボロは意思疎通ができるようになり、遠く離れていても念話のようなもので繋がることができた。

 しかし律が呪いを受けて倒れてからは、オボロは情緒不安定となり、誰の言葉も受け付けなくなってしまう。

 あまつさえ高価なシームルグの素材に目が眩んだ律の叔父がオボロを襲ったため、オボロは里から姿を消した。


「ごめんね、心配かけて。もう元気になったから大丈夫だよ」

『クァ』


 律がすり寄せてくるオボロの頭を撫でる。仲のいい主従の姿を見て、邪魔することを躊躇っていたじいことげんだったが、さすがに長すぎると声をかけた。


「あの、律様。そろそろ」

「あ……いけない」


 久しぶりの再会とオボロの羽毛の気持ちよさに時を忘れていた律が我に返る。


「オボロ、みんなを乗せて里まで頼めるかな?」

『クァァ』


 ひと鳴きしたオボロが律たちに背を向けてその場にうずくまる。

 六人全員が乗ってもまだ余裕があるほどオボロの背は広い。十人以上乗れるだろう。

 オボロの首にはベルトがあり、そこから何本かの飾り紐が伸びている。律たちはオボロの背に乗ると、それらをしっかりと握った。


「行くよ、オボロ!」

『クァァァァァ!』


 バサリ、と、大きく羽ばたいたオボロが空へと旅立つ。優雅に飛び立ったシームルグは森の上空をくるりと回り、方向を見定めると、目的地を目指して飛行を開始した。



          ◇ ◇ ◇



 領都に来てから早三日。私たちは思い思いに過ごしていたが、お父様は特に領地のここ最近の状況報告や役人たちとの会議、商人たちとの話し合いなど、精力的に動いていた。最近暑いし、無理しなきゃいいんだけど。

 私の方も市場で思い付いた物を仕立屋に注文し、特別料金を支払って、大急ぎで作ってもらっている。できれば領都にいるうちに完成させたいからね。

 で、そんなこんなしているうちに、攻略対象であるリオン・レムス・トロイメライが公爵家うちにやってきた。……やってきやがった。


「この度はお招き下さり、ありがとうございます」


 呼んでねえですよ。呼んだのはそっちの馬鹿皇子だよ。

 ……とは口が裂けても言えず、私はにこやかな微笑みを浮かべるだけであった。


「お、リオン! よく来たな! よし、模擬戦しようぜ!」

「ええ!?」


 ひょこっと現れたジーンが脳筋らしいことを言いながら、来たばかりのリオンを玄関から引き摺っていく。

 剣術は男性貴族の嗜みだから、理系少年のリオンもある程度は使えるはずだ。

 面倒なのが消えるのは大歓迎なので、あえて私は口を挟まない。微笑みをもって見送るだけだ。

 玄関に残っていたエリオットに、にこやかな笑みを浮かべてエステルが話しかける。


「皇太子殿下も私たちに構わずにどうぞあちらへ」

「え? いや、僕は……」

「いえいえ。私どものことはどうかお気になさらずに。殿方だけでご親睦を深めてきて下さいな」

「そ、そうかい? じゃあ……」


 有無を言わさぬエステルの圧力に屈したエリオットがそそくさとジーンたちを追っていった。


「ふう。邪魔者は消えましたわ」

「邪魔者ってお前な……。一応皇太子殿下なんだぞ。その言い方はマズいだろ」


 エステルの吐き出した毒舌にビアンカが呆れたような声を漏らす。いや、『一応』ってアンタも充分不敬だからね?


「だってせっかくサクラリエル様やビアンカさんと朝から晩まで一緒にいられるのに、あの方たちまで一緒なんて……邪魔じゃないですか」

「いやまあ、それは私もちょっとそう思ったが……」


 ビアンカも思ったんだ。うん、私も思ったけどね!

 なにが悲しくて厄介ごとを持ってくる輩と一緒にいなきゃならんのか。リオンだけじゃなくて、さらに他の攻略対象まで領地に寄ってきたら泣くぞ、私は。

 気の合う女友達と遊んでいた方がよっぽど楽しいわ。

 でも攻略対象との出会いイベントをこなすと新しい店舗が召喚できるようになるかもなんだよね……。いやいや、攻略対象に会わなくてもイベントはこなせるから。

 まあ、イベントのほとんどは皇都なので、帰るまではレベルアップは無理かなあ。

 待てよ、リオン関連のイベントなら……って、ダメダメ、君子危うきに近寄らず。欲をかくと碌なことにならない。


「それで、なにをしましょうか? あ、久しぶりに絵画なんかどうです?」

「サクラリエル様とエステルは上手だからいいけど……私は絵を描くのは苦手だな……」


 エステルの提案にビアンカが難色を示す。

 私は前世ではデザインの専門学校に通っていたので、それなりの絵心はある。プロの絵描きになるレベルではないが、商品のポップイラストとか、簡単な説明イラストとかも描いていたからね。

 ところがエステルに至ってはそんな私が裸足で逃げ出したくなるくらい絵が上手いのだ。

 ご両親と違い、あまり活動的ではなかったエステルは、家で絵を描いていることが多かったという。『天は二物を与えず』というが、ありゃ嘘だね。それともこれが主人公ヒロイン属性ってやつなのかしら?

 もっとも絵が上手いってのはこちらの基準で、写実的な上手さである。

 なんというか、デッサン力とか画力とかはあるんだけど、どうにもデフォルメした絵や、マンガチックな絵は馴染みがないらしく、私の絵にとても興味を示していた。


「あ、ならマンガでも読んでみる?」


 私はポシェットから【店舗召喚】で呼び出した質屋にあった少年漫画を取り出した。

 あいにくと文字は日本語なので私しか読めないが、この作品は舞台がファンタジー世界なので、二人にも理解しやすいと思う。アニメにもなった小説のコミカライズ版だ。正統派ファンタジーってやつ?

 四阿あずまやの椅子に腰掛けて、テーブルに単行本を開いた私の左右にビアンカとエステルが陣取った。

 私はコマや吹き出しを指し示しながら、セリフや擬音を読んでいく。

 初めは付き合い程度に聞いていた二人だったが、そのうち話の内容に引き込まれたのか、はたから見ても夢中になって私の話を聞いていた。

 一巻を読み終わる頃には二人は完全に漫画の虜になっていた。


「さ、サクラリエル様! この続きは!?」

「えーっと、ごめん。これしか売ってなかった……」

「くっ……続きが気になる!」


 エステルとビアンカが残念そうに肩を落とす。実を言うと、この作品、私は原作小説も読んでいてアニメも見ているので、この先どうなるか全部知っている。

 だけどもその話をすると、どうして知っているのか、という話になってしまうしな……。

 ごめん、本屋が召喚できるようになるまで待って下さい。


「しかしこのマンガというものは、とてもわかりやすく内容が頭に入ってきますね。人物の表情でその人の感情もすぐにわかりますし……」

「うむ。『モレンド国のオルフェリア』なんかマンガにしたらとてもわかりやすい話になるのではないか?」

「あ、いいですね! そんなのがあったら読んでみたいです!」


 『モレンド国のオルフェリア』って確か、なんかの舞台劇だっけ?

 五百年くらい前にあった実話を元にしたお話で、何度もいろんな劇団が舞台でやっているお話だとか。

 内容的には国を失った王女が様々な困難にもめげずに立ち向かい、最終的には復興を果たすというお話だ。

 ただ、劇団によってお話の展開がまちまちで、オチも某国の第二王子様と結ばれて終わりだったり、神に仕える聖女となったり、国を弟に任せて一人冒険の旅に出たりとマルチエンディングの如くはっきりとしない。

 伝言ゲームのように人の口を伝わっていくたびに形を変えていったのだろう。

 地球でも似通った神話とかあるしね。

 こっちの世界にあるお話って、基本的に神話か史劇なんだよね。あまり完全な創作ってのがない。

 吟遊詩人なんかを使って自国の英雄や、君主の功績なんかを広めたりするから、どうしてもそんな感じになるんだろうけど。

 市民には娯楽でも貴族にとっては伝聞を広めるためのものだからね。

 私もやられてるし……。そのうち『聖剣の姫君』なんて舞台劇や本が出てきたらどうしよう……。

 今でさえ話に尾ヒレどころか背ビレ胸ビレまで付いているのに、これ以上盛られたら恥ずかしくて町を歩けないよ。

 どうかそんなことにはなりませんように。女神様、ホント頼むよ。








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