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◇068 視察の午後





 ぱくりと口の中に放り込めば、芳しい香りが鼻から抜け、程よい辛味と旨味が口内に広がる。

 これだよ、これ! 本格的なカレーじゃないけど、間違いなくこれはカレーだ!

 私のカレーライスを食べる手が止まらない。ジャガイモもニンジンもホクホクしてすごく美味しい。福神漬けは最高のパートナーだ。パリポリとした食感がたまらない。

 お昼になったので、領都の視察から帰ってきた私たちは、出しっぱなしにしていたラーメンチェーン店『豊楽苑』でお昼ごはんを食べていた。

 私は朝からずっと食べようと決めていた、念願のカレーライスを食べて御満悦である。

 私と同じくカレーライスを注文したエステルとビアンカも夢中で食べている。どうだい、美味しかろう。

 エリオットは味噌ラーメンを、ジーンはまたチャーシューメンを食べていた。

 私の横では琥珀さんが山盛りの餃子を食べている。


「市場は面白かったかい?」

「ええ。いろんなものがあって楽しかったです」


 斜向かいに座っていたお父様に、カレーを食べる手を止めてそう答える。お父様はチャーハンセットを食べていた。チャーハンと中華スープ、餃子がセットになったやつだ。

 市場を見学した私たちは、領都にある史跡を巡り、風光明媚な景色を堪能して帰ってきた。


「なにか領都の特産品になりそうなものはあったかな?」

「いくつかいけるんじゃないかな、というものはありましたよ」


 私がそう答えると、お父様は意外そうな顔をして、ちょっと目を見開いた。


「お父様の言う通り、この領地はやはり観光が経済の基盤となっていると思います。旧皇都なだけあって、歴史のある建物や、美しい景観があり、それを目的に訪れた観光者へ向けて、宿泊施設や食事、お土産、娯楽施設などでお金を落としてもらうのが一番かと」


 お父様がポカンとしている。しまった、六歳児がベラベラと喋りすぎたかしら?


「ええと、まずは美味しい食事がこの都のホテルで食べられるなら、泊まってみたいと思う人も増えると思うんです。たとえばラーメンとかは難しいかもしれませんが、その餃子ならこちらの食材で作れますし」

「ふむ。これが食べられるなら領外からも客を呼べるかな……」


 お父様は手元の餃子をフォークで刺して口の中へと入れた。

 醤油があれば醤油ラーメンを作るのも可能だったかもしれないけどね。

 店内の席にある醤油や胡椒を持ち出して使えるかと思ったんだけど、ダメだったんだよね。なんでだろう? 自由に使っていいもののはずなのに。

 いや、普通に考えたらアウトか。ラーメン屋に入って食べ終えた後にそこにある醤油を根こそぎ持っていこうとしたら、『ちょっ、お客さん!?』ってなるよね。

 キッチンカーのガソリンとかも取り出せなかったし、売り物じゃないものはやはり店外へは持っていけないんだろう。

 いや、売り物であっても、基本的に店内で食べる物なんかは持ち出せないっぽい。買った後にラーメン自体をそのまま持ち帰ろうとしたけどダメだった。

 丼がダメなのかと思ったけど、別の器に移し替えてもアウトだったし。『ラヴィアンローズ』みたいにお持ち帰りOKなら問題ないみたいだが。

 でもキッチンカーのタバスコは水鉄砲に入れることができたんだけどな。あれは店内……車内のものじゃなかったから? そこらへんよくわからないな。

 そういやここって冷凍餃子や麺のお持ち帰りとかもあった気がするんだけど、私が初めてこの店に来た当時は無かったのか、メニューにはなかった。残念。


「それとお父様、腕のいいお針子さんとか紹介してくれませんか?」

「お針子……? 公爵家専任の仕立屋はいるけど、なにを作る気だい?」

「まあそれはできてからのお楽しみということで」


 できるかどうかわからないから、変に期待させてもアレだしさ。

 お父様は少し困ったような顔をしていたが、後で紹介すると約束してくれた。

 さて、お昼ごはんを終えたらお勉強である。

 領地に来たからといって、勉学や淑女教育をおろそかにしていいというわけではない。

 ここらへんはエリオットやジーンも同じだ。一緒についてきた家庭教師にこってりと絞られている。

 私は出された課題を来る前に一通り終わらせたからちょっとした復習程度なので余裕である。

 ジーンは勉強が苦手らしく(まあそうじゃないかと思ってはいたが)、特に厳しくされていた。

 皇太子殿下の護衛騎士見習いである以上、ただ剣に強ければいいというわけじゃない。その地位にふさわしい立ち振る舞いや知識も必要となる。

 まあ、ゲームでのジーンはそれなりに優秀な成績を修めていたからやればできる子なんじゃないかな。

 ひと通りの勉強が終われば夕食まで自由時間だ。

 詰め込まれた勉強の鬱憤を晴らすかのように、ジーンはビアンカを捕まえて剣の模擬戦を始めた。

 私たちはキッチンカーを呼び出してのおやつタイムだ。

 ジーンとビアンカの試合を見ながら、スティックアップルパイを頬張る。んまい。


「ビアンカも強くなりましたね。前はもっとジーンとの差があったように思います」

「そりゃあ毎日頑張ってるもの。そのうちジーンより強くなるわよ」


 エリオットに冗談っぽくそう返した私だったが、本当にそうなる可能性も高いと思っている。

 ビアンカは辺境一の剣士と言われるユリアさんの指導に加え、時たま『皇国の獅子』と呼ばれるお祖父様からも手ほどきを受けている。

 お祖父様もビアンカの才能を認めたのか、教えがいがあると、かなり熱の入った指導だった。どうでもいいけど、こんなにちょこちょこ出てきて、お祖父様の領地は大丈夫なんかな……?

 すでにビアンカは私がゲームで知っていたビアンカとは別人になっている。

 魔剣も手に入れ、フィルハーモニー公爵家の騎士としての道を日々邁進している。完全にジーンルートは潰れたと思う。

 目下のところ問題なのは……。


「殿下。殿下宛のお手紙でございます」

「ああ、ありがとう」


 エリオット付きの護衛騎士が一枚の封筒に入った手紙を持ってきた。

 それを受け取ったエリオットがペーパーナイフで封筒を開き、さらりと目を通す。誰からだろ? 皇王陛下からかな?


「サクラリエル、三日後にリオンがこちらに来るそうです」

「………………あん?」


 思わず公爵令嬢としてふさわしくない声が出てしまった。今なんつった? リオンがこっちに来る……?

 なんでよ!? 攻略対象はあんたらだけでもうお腹いっぱいなんですけど!?


「もしよかったらこっちに来ないかと誘ってみたんですけど、トロイメライ子爵からお許しが出たみたいですね。サクラリエルもあまり話せなかったでしょう?」


 お・ま・え・の・せ・い・か! これだから攻略対象あんたらと一緒に行動するのは嫌なのよ! 連鎖的に繋がってくるから!

 『スターライト・シンフォニー2:再演』のリオンルートでは、シンフォニア皇国に謎の病が蔓延し、リオンとエステルはそれを食い止めるために奔走する。

 失われた治療薬のレシピを発見し、仲間の力を借りて素材を集め、見事病を駆逐するのだ。

 このルートのどこにサクラリエル(わたし)が絡んでくるかというと、お察しの通り、感染者として登場する。

 『1』で国外追放されたはずのサクラリエルは、性懲りも無くエステルに復讐しようと皇国に舞い戻り、ひと騒動を起こすのだ。

 まあ、それはあっさりと鎮圧されてしまうのだが、追い詰められたサクラリエルが突然バタリと倒れ、病を発症する。

 エステルは自分の『ギフト』、【聖なる奇跡】でサクラリエルを治した。もちろんサクラリエルはそのまま逮捕され、牢屋行き。

 問題はそこではなく、感染したサクラリエルにより、すでに皇国中にその病がばら撒かれてしまったことだった。

 感染率の高いこの病気は、高熱とともに全身に銀色の斑点が浮かび、半年ほどで死に至る。

 エステルの『ギフト』をもってしても、一日に助けられるのは数人のみ。日々増えていく感染者の前には焼け石に水だった。

 リオンは実家の書斎から、この病気が古代に存在した『銀魔ぎんま病』であることを突き止める。

 そこからリオンとエステルが治療薬のレシピと素材を集めようと奔走するのだけれど……。

 ゲームの中のサクラリエルは、リオンと直接的にはなにも関係がない。だから何かのイベントが発生してしまうということはないはずだ……たぶん。

 とはいえ、できることならば関わりあいたくはないのが攻略対象。

 ジーンの時も出るはずがなかった黒騎士が現れたしさ……。私、病気にかかってないよね?

 まあ、かかってたとしてもエステルの『ギフト』、【聖なる奇跡】で治してもらえるけど。仲の悪かったゲーム中でも治してくれたんだからきっと大丈夫……と信じたい。

 ちら、とそのエステルの方を見ると、ものすごく嫌そうな顔でエリオットを睨んでいた。え?

 私の視線に気づくと、すぐにエステルは花の綻ぶような笑顔を浮かべる。


「男子の楽しい集まりを邪魔してはいけませんわね。私たちは私たちで楽しむのでどうかお気遣いなく」

「え? 別にみんな一緒にでも……」

「いえいえ、殿方の仲のいいご友人同士の場に割って入るなど、無粋の極み。淑女としてとてもできませんわ。ねえ、サクラリエル様?」

「え? あー……まあ、そう、かな……」


 なんだろう? エステルの言葉が『男は男同士で勝手にやってろ!』って突き放したようなセリフにも聞こえるんだけども。……気のせいかな?

 まあ、実際あまり関わり合いたくはないし、いちお客さんとして扱って、接待役はエリオットたちに任せよう。それが一番角が立たないだろうし。皇太子が接待役ってのも変な感じだね。

 まあリオンの方はエリオットたちに任せて、私たちは私たちで楽しもう。

 

「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

「うん? どうしたの?」


 家令のバスチアンさんがやってきて、私に話しかけてきた。その後ろには領地邸のコック長が真剣な目をして控えている。


「こちらのコック長がハンバーガーをぜひ食べたい……いえ、研究したいと申しまして。自分にも作れる可能性があるなら是非にと」


 あー……。ラーメンやチャーハンは確かに無理かもしれないけれど、ハンバーガーなら可能性はありそうとか、誰かが言ったのかな?

 言葉にすればパンに肉を挟んだだけの料理だし。それなら自分にも! と思ったのかもしれないが……。

 ま、口で説明するより食べてもらった方が早いか。

 私はキッチンカーでコック長とバスチアンさんにオーソドックスなハンバーガーを注文してあげた。

 その後、コック長の顔が旨さに対する驚きと、これを作るのか……? という絶望に染められたのは言うまでもない。

 






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