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◇067 領都視察





 朝からラーメン、餃子、ご飯にチャーハンとがっつり食べてしまったが、今日は軽く領都を回る予定だ。

 もちろん昼には帰ってきて今度はカレーライスをいただく。

 ちなみに『豊楽苑』は城の裏に出しっぱなしにしてあるので、使用人さんたちにも開放している。もちろん大好評だ。

 一人、絶望に打ちひしがれるようにラーメンを食べていたコック長がいたけれども。……なんかすまん。

 昨日の腕に縒りをかけて作った料理より、朝のラーメンの方が高評価だったからね……。

 だけどこれにめげずにもっと腕を磨いていただきたい。公爵家の人間は舌が肥えてしまったのだ。……私のせいだけれども。

 ま、それはそれとして、今日は領都見学ツアーだ。

 今回はちゃんとした公爵家の馬車で市街へと向かう。

 メンバーは私、エステル、ビアンカ、エリオット、ジーンの子供組と、護衛としてターニャさんとエリオットの護衛騎士数人。あと琥珀さんね。

 お父様は溜まっている領地の報告書と格闘、お母様は皇后様とお祖母様とでお茶会である。……ラーメン屋で。

 『豊楽苑』はラーメンだけじゃなく、ソフトドリンクも置いてあるし、アイスクリームなど軽いデザートもあるからなあ。そしてエアコンが効いている……。

 エアコンのために私たちについて来た皇后様たちだ、入り浸るのはわかっちゃいたけども……まあいいけどさ。

 数台の馬車に分かれて私たちは領都の市街へと走り出した。


「久しぶりに普通の馬車に乗ると振動をかなり感じるわね」

「確かに。サクラリエル様のキッチンカーに比べてしまうと……」

「お前らなあ。これが普通なんだぞ。これでいつも移動している俺らにしたら向こうがおかしいんだ」


 私とエステルの会話に呆れたようにジーンが口を挟む。

 エステルがうちに来る時はお母さんであるユリア先生の運転するキッチンカーでやって来る。その途中でセレナーデ子爵家に寄って、ビアンカも乗せて来るので、二人は最近ほとんど馬車には乗らない。もちろん帰りもキッチンカーで帰る。

 訓練が休みの日とかで日を跨ぐと、貸していたキッチンカーが消えてしまうので、次の日の朝は馬車で来ることがあるけどね。

 一方、エリオットとジーンがうちに来る時はほぼ馬車である。

 それでも皇家の馬車であるから普通の馬車なんかよりは遥かに乗り心地はいいはずなんだけど。

 この馬車も公爵家の馬車なので最高級、あるいはそれに準ずる馬車のはずなのだけども、やはりガタガタと衝撃がくる。

 サスペンションとまではいかないが、せめてゴムタイヤならなぁ。キッチンカーのタイヤが外せるなら使うんだけれども、『店舗』は分解というか破壊不可能だからねぇ。

 タイヤ専門店にも行ったことはあるから、そのうち【店舗召喚】で喚べるようになるかもしれないが。

 馬車がお城前の緩やかな坂を下っていく。やがて領都の大通りに差し掛かり、賑わう街並みが窓から私たちの視界に飛び込んできた。


「昨日も思いましたけど、すごく人が多くて賑やかですよね。私のところの領都とは比べ物になりません」

「かつての皇都なのだから、それは仕方ないだろう。エステルのところは辺境に近いし、前の領主がいろいろとしでかしたらしいからな」


 エステルとビアンカが窓に流れる景色を見ながらそんな会話をしている。

 エステルのお父さんが治めるユーフォニアム男爵領は、前領主が汚職塗れで処刑されており、その負の遺産がけっこう厳しいとも聞く。

 国からも公爵家うちからもある程度の支援はしているので、今すぐどうこうなるものでもないが、なにかしらの財政を立て直す方法は必要なんだろうな。

 さすがに十年も二十年も領地経営がままならないとなると、能力不足とされて改易もあり得るわけだし。

 なにか自分の領地でもできるものはないかと、エステルもここに見学に来たようなものだからね。

 お母様の話だと、観光地としてしかこれといって特徴がないということだけど……。


「サクラリエル、まずはどこへ行くんですか?」

「やっぱりまずは市場。どういったものが売られていて、どういったものが売れるのか。それを知らないことには始まらないわ。市場調査ね」


 エリオットの質問に私はそう返した。何があって、何がないのか。それを知らないと新しい特産品を考えることもできないからね。

 たとえばハンバーガーを作るにしたって、トマトはうちの国ではほとんど作ってないらしいから、トマト抜きのハンバーガーになってしまう。

 同じ理由でトマトサンドもミネストローネもミートソースも作れない。

 まあ、トマトはお隣のプレリュード王国では作っているらしいから、輸入すればできなくはないんだろうけども。

 馬車はガタゴトと揺れる石畳の道を進み、市場へとたどり着いた。

 馬車から降りると雑多な賑わいといろんな匂い、そして注目の視線が向けられる。


「みんな見てるね……」

「そりゃ公爵家の馬車で乗り付けたらみんな見るだろうよ」


 私の呟きにジーンが、何言ってんだ、お前? という口調で答える。

 ううむ、キッチンカーでは目立つから馬車で来たのに意味がなかったか……。

 市場には様々な商品が山のように並べられ、次々と訪れた買い手と売買が行われていた。人々の熱気と活気がこちらにまで伝わってきそうだ。

 ぱっと見、やはり食べ物が多い。赤や緑や黄色とカラフルな果物や野菜がてんこ盛りになって並んでいる。

 キャベツやニンジン、リンゴやイチゴなどよく見るものもあれば、まったく見たことのないものもあるね。

 あれ? これってカカオじゃないの? 果物として売られているみたいだけど、種だけってのは売ってないのかな? ひょっとしてチョコレートが作れるかも?


「あ、サクラリエル様。魚もありますよ」

「ホントだ」


 エステルの指し示す店に、おそらく獲れたばかりの魚が置いてあった。

 ナマモノだからね。朝に獲れたものを置いてあるんだろう。新鮮……なんだろうけど、やはり生臭いな……。

 当たり前だけど、マグロのような大きな魚はなく、二十センチから三十センチくらいの魚が多い。昨日の夕食に出た魚もある。

 生の魚だけじゃなく、干した魚も柱にぶら下がっていた。保存食かな?

 その隣の店にもなにか乾燥したようなものがぶら下がっている。赤茶けて丸い、なにか干涸びたものだ。

 

「これは?」

「干しパシモですね。パシモの実を乾燥させて長期保存できるようにした物です」


 護衛のターニャさんが私の疑問に答えてくれる。

 パシモ……? ああ、あの柿に似た果物か。そうか、これって干し柿なんだ。甘味なんだね。

 私たちは市場の中をあれこれと見て回る。初めは私たちにざわついていた市場の人たちも、遠巻きにちらちらとこちらを見るだけになった。


「これはなんだろう? 強い香りがするが……」

「香辛料です。こっちのはハーブ類ですね」


 ビアンカの疑問に空き箱に腰掛けていた髭の店主が答える。

 香辛料……スパイスか。といっても種類が少ない。胡椒はないし、私がわかるのは麻の実や唐辛子、八角と胡麻くらいか。胡椒は高いから他のところに置いてあるのかも。

 ハーブの方もミントとレモングラス、それにローズマリーくらいしかわからないなあ。

 こっちのって確かチャイブだっけ……? あれ? ニラかな……?

 スパイスが揃っていればカレーが作れるかと思ったんだけれども。配合率とかわからないからコック長に丸投げになっちゃうね。

 香辛料は皇国うちではあまり作られていなくて、ティファ王女がいるメヌエット女王国の方から仕入れるのが普通なんだそうだ。

 ティファの国ならカレーが作れるかもしれないね。

 本邸のコック長に『豊楽苑』のカレーを食べてもらって研究してもらおうかしら。

 

「こっちでは花の苗が売られてますね」

「向こうには絵が売ってるぞ」


 エリオットとジーンが言うように、食べ物以外もいろいろと売っているようだ。これだけあると見てるだけでも楽しいね。


「おっ、ここでは肉が売ってるぞ」

「うげっ……」


 ジーンの声にそちらを向いた私は思わず変な声が出た。

 だって豚っぽいものが、軒先に首を落とされてぶら下がっているんだもの……。

 ううむ、パックで売られている肉と違って、丸々そのままの形が残っていると生々しいなあ……。

 貧民街スラム時代は肉なんて滅多に食べられなかったし、公爵家に来てからもこういったものは初めて見る。

 エステルは領地の方でよく狩りをしていたらしいし、ビアンカやジーンは騎士団の演習などで仕留めた獲物を捌いたりもするらしく平然としていた。

 私と同じくちょっと引いた顔をしているのはエリオットである。これは仕方ない、皇太子殿下だもの。こういうのは初めて見るんじゃないかな。

 だから皇太子と公爵令嬢が揃って少し引いていてもおかしくはないのだ。ないったらないのだ。

 なんかどう見ても犬のようなものもぶら下がっているんだけど、気にしないようにしよう……。

 鳥も毛を抜かれて丸裸なやつがデロンと首をぶら下げて並んでいる。豚はないのになんで鳥は頭が付いてるの……?

 こういうのは血抜きするために首を落とすんじゃないの? と思ったが、首に切れ目はあるからちゃんと血抜きはしてるんだろう。

 鶏の鶏冠とさかって食べられるんだっけ? だから頭がついているのかな……。確か先輩が酒の肴にイケるとか言ってたような。でもこの鳥に鶏冠はないけど……。


「この鳥って鶏じゃないのかしら?」

「これはガチョウですね。鶏よりも脂身があって、なかなか美味しいですよ」


 私の疑問にエステルが教えてくれた。なるほど、ガチョウか。

 ガチョウといえばフォアグラ? この世界にフォアグラはあるんだろうか。


「ガチョウに無理矢理エサを食べさせて、丸々と太らせてから、大きくなった肝臓を取ったりはしないの?」

「お前はガチョウになんか恨みでもあんのか……?」


 私の話を聞いたジーンがドン引きしてる。ふむ、この世界にはフォアグラはないようだ。

 単に肉用として飼育しているのかな。ガチョウって確か古代エジプトでも飼われてたってテレビで見たことがある。それくらい昔から肉として食べていたわけだから需要はあるのだろう。

 しかしガチョウが多いなあ。森で狩らなければならない猪や鹿とかより、飼育できるガチョウの方が売れるのかな。

 ガチョウを使った美味しい料理を作れば他領からも人が来るかな? でもガチョウの料理なんてフォアグラくらいしか知らないし……。

 丸焼きとか? 贅沢に皮だけを食べるとか……それは北京ダックか。いや、ダックってアヒルじゃん。全然違うじゃん。

 ガチョウは……グースか。

 あれ? グースってことは……。


「どうしました、サクラリエル様?」

「んっ? いえ、なんでもないわ」


 私は怪訝そうに尋ねてきたエステルに笑顔でそう返し、市場の視察を再開した。







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