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◇066 店舗召喚9





「あれ?」


 目覚めた私は見慣れぬ天井に一瞬どこにいるのかわからなかった。天井というかベッドの天蓋にだが。

 ああ、そうか。昨日、フィルハーモニー公爵領に来たんだっけ。

 私の横では琥珀さんが大の字になって眠っている。猫、いや虎なのに器用だな……。

 ふと自分の右手にある召喚の女神・サモニア様の紋章を見ると、目盛りが一つ上がっていた。レベルアップだ。これで九つめ。

 結局女神様たちにこのレベルアップの仕様を聞くのを忘れちゃったんだよね。今のところ、ゲーム内でのイベントをこなすことで増えてるんじゃないかと思っているんだけども。今回もこうして増えたし。

 邂逅イベントが二人分なのにレベルアップが一つなのは、ゲームでも律とリオンは二人一緒に登場だったから一つのイベント扱いなのかもしれない。

 ゲームではビアンカとジーンの時も一緒に登場だったからか、ジーンの後でビアンカに会ってもレベルアップしなかったし。相変わらずよくわからん。

 ま、どうでもいいや。

 さて、次は何の店かなっと! 楽しみだな!



          ◇ ◇ ◇



「新しい店舗か……。本来ならきちんとした結界が張られた場所でやるべきなんだが……」


 レベルアップした話をお父様にすると、微妙に渋い顔をされた。

 皇都のお屋敷とは違い、領地のお城には安全のための召喚場がない。昔はあったらしいのだが、老朽化のため撤去されてしまったらしい。

 召喚場がないと、どんなものが出てくるかわからない召喚は危ないと言っているのだ。

 確かに巨大デパートなんかが召喚されたら周りに迷惑がかかるかもだけど……。


『今の小さきあるじの魔力ではそこまで大きなものは召喚できぬと思うぞ。たぶん大丈夫だ』

「そうなの?」


 琥珀さんの言葉に私は自分の魔力を考える。初めの頃に比べたらかなり大きくなったと思うんだけど、それでもデパートなんかを呼び出すにはまだ足りないのか。

 私の店舗の中で一番魔力を食うのはファッションセンターだ。これは大きさによるものじゃないかと思うんだけど、あれで一階建てだからなあ。

 デパートなんかだと小さいのでも三、四階建てはあるだろう。単純に考えて召喚するものが三倍四倍……そりゃ魔力も食うか。

 一階建てでもホームセンターみたいな広いものだと、魔力を食いそうだけども。【店舗召喚】って初回はかなり魔力を食うんだよ……。

 敷地面積なのか体積なのか、どちらにしろ琥珀さんが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だと思う。

 ならば試さねばなるまい!

 幸い領都のお城の裏手には広い空き地があり、ここなら召喚してもデパートなんかが出ない限りは大丈夫だと思われる。

 ……よくよく考えてみれば、これって『デパートは出ない』って言われたようなものだよね……? なんだろう、先の楽しみを奪われた気がする……。

 いや、魔力が増えればまだまだチャンスはあるんだし、『今回は』出ない、ってだけだ。前向きに考えよう!


「サクラリエルの新しい召喚ですか。楽しみですね」

「きっとサクラリエル様ならすごいお店を出してくれます!」

「うむ、楽しみだな!」

「俺、食いもん屋がいいなー」


 エリオット、エステル、ビアンカ、ジーンが私の背後でわいわいと話し合っている。あんまりプレッシャーかけないで欲しいんだけど……。なにが出るかは私にもわからんのだよ。

 変な店が出ないで欲しいところだけど……いや、変な店なんて行った記憶はないけども。

 魔力を集中する。お寿司屋さんとか出てこないかなあ。みんなは生の魚なんて嫌がるかもしれないけどさ。


「【店舗召喚】!」


 私の中から魔力が抜かれていく。それほど多くはない。どうやら琥珀さんの言う通り小型店らしい。

 眩いばかりの光の渦が収まったとき、目の前に現れた店を見て、私は思わずガッツポーズを取ってしまった。


「────やった! 大当たり!」


 目の前に現れた黄色い看板にシンプルな店構え。専門学校の帰りによく通った、昭和の時代からやっているというラーメンチェーン店『豊楽苑』。

 ラーメン! ラーメンだ! ラーメンが食べられる!


「あっ、サクラちゃん!?」


 お母様が止めるのも聞かず、私は豊楽苑へと一直線に走り出す。

 自動ドアが開くのももどかしく、懐かしい店内に入った私は、そのままカウンター席に座ってメニューを開いた。

 うおおお! ラーメン! ラーメンがいっぱいだぁぁぁ! どれにしようかな!? 


「ここはやはり定番の醤油……いや、味噌も捨てがたい……」


 私がブツブツとメニューを開いて悩んでいると、お父様たちも店内へと入ってきた。

 もはや手慣れた感じで、お父様はレジ前の釣り銭皿に金貨を置く。


「ここは飲食店だね? それがメニューかい?」


 お父様は私が開いていたメニューを覗き込む。


「ここは麺類のお店です。その他にも餃子……肉や野菜を包んだ食べ物とかありますけど……」


 お父様に説明をしていて、私はハッ、と気が付いた。

 メニューに再び視線を落とし、端っこにあったものを見つけ、思わず拳を天に突き上げる。


 ■ライス(150g)


 ライス! 米だ! ご飯だ! ご飯がある! ラーメンライスだ!


「さ、サクラちゃん?」

「醤油ラーメンと餃子をひとつ、あとライス大盛りで!」


 テンションの高い私に若干引いているお母様をよそに私がそう叫ぶと、一瞬にして目の前に懐かしい醤油ラーメンと餃子、そして夢にまで見た山盛りご飯が現れた。待たずに出てくるのが私の【店舗召喚】のいいところだ。

 たまらなく美味しい匂いが私の鼻腔をくすぐる。

 カウンターに置いてあった箸置きから割り箸を取り出し、真っ二つに割る。準備完了!


「いただきます!」


 まずはラーメンを! 箸で麺を取り、レンゲに一旦乗せてから一気にそれをすする。

 スープが絡んだ麺が口の中に飛び込み、えもいわれぬハーモニーを舌の上で奏でる。これだよ! この味……懐かしい! 


「サクラちゃん、ちょっとお行儀が悪いわよ? 音を立てて食べるなんて……」

「お母様。この料理はこの食べ方が正式なのです。空気を一緒に吸うことによって火傷を防ぎ、鼻から香りが抜けることでさらに味に深みが出るのです!」

「そ、そうなの?」

「そうなのです!」


 お母様にそう説明しながらズルズルと麺をすする。

 ラーメンなんかこっちの世界にないんだから、正しい食べ方はこうだと押し通す! ヌードルハラスメントなんぞ知ったことか!

 ラーメンの次は餃子! パリパリの皮を噛み締めると、ジュワッ、と中から肉汁が溢れ出る。むほっ、美味しい……!

 そしてその余韻を残したまま、一気にライスをかっこむ!

 餃子とご飯が口の中でダンスを踊ってらあ……! 美味しい……! 美味しいよう……!

 あまりの美味しさになんか涙が出てきた……。


「そ、そんなに美味しいのかい?」

「美味しいでふ……」

 

 泣きながらズルズルとラーメンをすすり、ご飯を食べる私にお父様たちが自分たちもとメニューを選び始める。

 隣に座ったお母様がメニューの中の一つを私へ向けて指差した。


「サクラちゃん、お母さんこの野菜がいっぱい載っているのがいいんだけれど」

「タンメンですね。スープの味は塩と味噌がありますけど、どっちにします?」

「ミソ? うーん、よくわからないからとりあえず塩で」


 塩タンメンひとつ、と注文すると、お母様の目の前に野菜たっぷりの塩タンメンが現れた。


「まあ、美味しそうね! ……でもサクラちゃん、これってその二つの棒を使わないと食べられないの?」


 しまった。お母様たちには箸は使えないか。フォークとかを出してもらえるとありがたいんだけど。


「フォークをひとつもらえるかしら」


 ダメ元でそう告げるとタンメンの前に木製のフォークがひとつ現れた。けっこう融通がきくのね、私の【店舗召喚】。

 お母様がフォークを使い、麺をレンゲに取って上品に食べる。やはり気になるのか啜るようなことはしないみたいだ。


「……美味しい! スープも麺も絶品だわ!」


 お母様は気付いているのかいないのか、そのうち私と同じように麺を啜り始めた。ハフハフと野菜も美味しそうに食べている。タンメンも美味しそうだなぁ……。


「サクラリエル、僕はこれを注文したいんだけど」


 メニューが読めないので、みんなの注文は私がすることになる。誰かに日本語覚えさせようかな……。ゆっくり食事ができないよ。

 というかお父様の頼んだのは辛めのネギラーメンだった。以前のホットソーススペシャルに比べたら全然大丈夫の範囲だけど……。お父様は辛いのが好きなのかな?

 『辛』という文字が入っている炎のマークから、文字は読めなくても辛いラーメンだと予想したのかしら。

 お祖母様や皇后様、エリオットたちのも注文し、みんながその味に夢中になっている。

 私としては後からメニューの中にカレーライスがあるのに気付き、地団駄を踏んだ。

 さすがに六歳児の胃袋ではこれ以上食べられない……! 注文しといてお残しは私の主義に反する。

 お昼だ。お昼はカレーライスを絶対食べる!

 お父様たちはテーブルに置いてあった調味料で、胡椒があったことに驚いていた。この世界って胡椒は貴重なんだっけ? うちの食事にはちょこちょこ出てくるけども。

 ま、味にアクセントをつけるのにかけてもいいし、かけなくてもいい。


「美味ぇ! サクラリエルの店の中でこれが一番美味いぞ!」


 夢中になってチャーシューメンを食べているのはジーン。どうやら肉がいっぱいってだけで頼んだみたい。体育会系の男の子って肉が好きだよね……。


「こういう料理は初めて食べたけど、確かに美味しいね。このライス? っていうものはうちの国にはないのかな?」


 エリオットがチャーハンを味わうように食べながらそんなことをジーンと話していたけど、そもそもこの世界に米はあるのだろうか。あるならばもっと広まってほしいと思う。

 ……というかチャーハンも美味しそうだな……。昼はカレーライスじゃなくてチャーハンを……いやいや、初志貫徹。お昼はカレーライスだから。


「……あの、チャーハンひとつ」


 私がエリオットのチャーハンを羨ましそうに見ていると、なぜかエステルがチャーハンを頼んでいた。エステルは塩ラーメンを頼んだはずだが。まだ食べるの? 太るよ?


「サクラリエル様にビアンカさん。このチャーハンを三人で分けて食べませんか? さすがに一人では多いので……」

「食べる!」


 私は即答してエステルたちの座るテーブルに移動した。そっか、シェアすればよかったんだ! エステルってば頭いいな!

 ビアンカも味噌ラーメンと餃子を食べていたが、チャーハンの三分の一なら入るみたいだ。

 自分の餃子の皿に移してもらったチャーハンをレンゲで食べる。

 油の旨味が染みた米と卵、それに豚肉にネギのハーモニー……くそう、文句なしに美味い!

 しみじみと味わいながらチャーハンを食べていると、エステルがなぜか、ふふん、とドヤ顔を隣のテーブルのエリオットに向けていた。なにしてんの?

 向けられたエリオットも、わけがわからんって顔をして首を傾げていたけど。

 自分もチャーハンを食べたぞ、ってマウント取りたいのかしら? まあ、このチャーハンは美味しいからね。

 いやあ、それにしても前回の『ラヴィアンローズ』といい今回の『豊楽苑』といい、当たり続きだね!

 これって創世の女神様の御加護のおかげだろうか。サモニア様にいい店を出すように頼んでくれたのかもしれない。ありがたや、ありがたや。

 私は女神様たちに感謝の祈りを捧げながら、チャーハンを平らげた。






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