表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/101

◇065 古都到着





「見えたぞ! ハルモニアだ!」


 運転席でハンドルを握るお父様の声に、後部キッチンで寝転んでいた私はガバリと起き上がった。

 運転席と助手席の間に首を突っ込み、そこから正面に見える古都ハルモニアをその目に捉える。大きな湖のほとり……というか、湖の中にその都はあった。

 まるでフランスのサン・マロ湾上に浮かぶ、モン・サン・ミシェルのような光景に私は言葉を失う。

 あれが公爵家うちの領都? すっごいいいじゃない!

 確かにこれは観光名所になるわ。これといって特産品とかはないみたいだけど、この光景は目に焼き付けたいと思うもん。

 実際に見たことはないけど、本物のモン・サン・ミシェルよりもかなり大きいと思う。

 まあ当たり前か。向こうは修道院だし、確か島自体に住んでる人口は三十人前後だったはず。まあこれは住んでいるってだけで、通勤している人を含めるとそれなりの数になるとは思うが、こっちは領都、さらに言うなら元皇都だ。初めから比べものにならない。

 ハルモニアは湖の中、陸地から少し離れた場所に浮かぶ、島の上に作られている。陸地から大きな橋が架けられていて、そこからしか出入りができない。

 橋の陸地側にも町が広がり、こちらは市民街と言った感じだ。かつて皇都であったときは、ここに平民たちが住み、島の方に貴族たちが暮らしていたのだろう。

 ハルモニアはかつての皇都であるが、初代皇王陛下は現在の皇都、シンフォニックでほとんど暮らしていた。

 なぜかというと、当時、我が国はシンフォニックの近くにあった国と戦争をしていて、油断できない状況であったからだ。

 まあその国も皇国に打ち倒されて取り込まれたわけなんだけれども、それ以降も皇王陛下はほとんどシンフォニックの方で政務をしていたという。

 貴族たちはハルモニアで、皇王や戦う騎士たちはシンフォニックで暮らすという状況が何年も続いていたらしい。それからちょうど世継ぎも生まれてタイミングがよい時に、この際だからとハルモニアからシンフォニックに遷都したというわけだ。

 以降、皇国の第二の都としてハルモニアは人々に親しまれてきたという。

 島へと続く橋へと向けて、キッチンカーがぞろぞろと進む。橋はかなり広く、島に入るために何台もの馬車や旅人たちが並んでいた。

 私たちを呆然として眺める彼らを追い越し、人々が並ぶ通常門でなく、貴族専用の城門へと向かう。前もって先触れは出してあるから問題はない筈だ。

 私たちのキッチンカーが近づくと、貴族門が軋むようにして開けられ、中から数十人の騎士たちがわらわらと飛び出してきた。そしてそのままキッチンカーの左右に綺麗に並び、手にした大きな流れ旗のようなものを構える。


「おかえりなさいませ、皇弟殿下」

「やあ、パトリック。久しぶりだね」


 こちらへ向けて敬礼している騎士の一人に、キッチンカーの窓からお父様が親しげに声をかける。

 三十路過ぎの口髭をたくわえたその騎士の双眸が、座席の後ろから覗き込んでいた私へと向く。


「そちらのお嬢様はもしや……」

「ああ。サクラリエルだ。サクラリエル、彼はパトリック・ファゴット。フィルハーモニー領主軍の軍団長だよ」


 おお! 公爵家うちお抱え騎士団の団長さんですな!


「お初にお目にかかります。パトリック・ファゴットと申します。『聖剣の姫君』と名高いお嬢様にお会いできたこと、身に余る光栄でございます」


 ぐはっ……! ハルモニア(ここ)までその名が響き渡っているのか……!

 深々と頭を下げるパトリックさんに私は引き攣った笑顔を向けることしかできなかった。

 よく見ると周りの騎士たちもなんかキラキラした目でこっちを見ている。

 考えてみれば、ここは公爵家うちの本拠地なわけで。そこの御令嬢が暗黒竜を倒すなんてそんな活躍をしていたら、盛り上がっても仕方ないよなあ……。


「おっと、後ろの母上たちを待たせるわけにはいかないな。パトリック、城の方でまた会おう」

「はい。お気をつけて」


 お父様は後ろで並ぶ皇后様たちのキッチンカーをちらりと見て、私たちの車はその場を離れた。


「うわあ……」


 ハルモニアの城壁内に入ると、フロントガラスいっぱいに立ち並ぶ街並みが飛び込んでくる。

 確かに王都より古めかしい。だけども何とも味わいのあるノスタルジックな都であった。

 人々は活気に溢れ、子供たちも元気に走り回っている。

 大通りを走るキッチンカーはそんな市民の注目を一身に浴びていた。無謀に近寄ってくる者はいない。基本的にこのような不思議な乗り物は貴族の物と決まっている。それに対して何かをしようとは思わないのだろう。

 それにキッチンカーは一路、高台にある領主屋敷……屋敷というかどう見ても城だけど、の方へ向かっている。領主に関わりがあるのは一目瞭然だからね。

 キッチンカーは緩やかな坂道を登り、やがてハルモニアを見渡せる高台に建つ、フィルハーモニー領の城へと到着した。

 皇都にあるフィルハーモニー邸より大きいが、全体的に古い。庭も広くきちんと手入れがされていて、古いんだけど、趣のある美しさを感じる。

 もともとは初代皇王陛下のお城なんだから当たり前か。ほとんどこっちには住んでなかったらしいけども。

 すでに玄関前には多数の使用人たちが勢揃いしていて、出迎える準備が整っていた。


『お帰りなさいませ!』

「ただいま、みんな」


 深々と頭を下げる使用人たちにキッチンカーから降りたお父様が声をかける。

 続いて私がキッチンカーから降りると、使用人の中の何人かが私の方を見て嗚咽と共に涙を流し始めた。なにごと!?

 ぎょっ、とする私にお母様がこそっと耳打ちする。


「あの人たちはサクラちゃんが攫われたときに、お父様のお屋敷にいた使用人たちよ」


 ああ、なるほど。私が攫われたことを知る人たちか。三年もの間、ずっと心配してくれてたのかな。


「やっと着いたわね」

「ここに来るのも久しぶりだわ」


 続いて停車したキッチンカーからお祖母様、皇后様、そしてエリオットが降りると、涙ぐんでいた人たちが再び深々と頭を下げる。

 次々とキッチンカーが停車し、中からジーンやエステル、ビアンカたちも飛び出してきた。

 キッチンカーに積んであった荷物を、すぐに使用人のみんながお城へと運び込み始める。

 私たちはそれを横目に見ながら玄関ホールを抜けて、お城のリビングへと足を運んだ。


「ふう、やれやれ。ちょっとしたトラブルはあったけれど、なんとか無事に到着したね」


 ソファに腰掛けたお父様が大きく息を吐きながら首元を緩める。

 出発したのが朝の九時くらいで、昼過ぎの十三時には到着してしまったからね。速すぎるくらいだわ。

 一応、無事に到着したよー、ということを皇王様に伝えるために、これからキッチンカーの一台は皇都へとトンボ返りするのだが。

 

「旦那様。皆様のお荷物は全てお部屋の方へと運び終わりました」

「ああ、ありがとう」


 リビングの方へ先ほど涙ぐんでいた使用人の一人がやってきた。

 歳の頃は五十過ぎ。執事服に白い髪と口髭の、いかにもこの領地を取りまとめているといった感じの人だ。……どっかで見たような?


「サクラリエル、彼はバスチアン。この公爵領の領主代理をしてもらっている。セバスチャンの兄だよ」


 こそっとお父様が私にそう教えてくれた。ああ、そうか! 皇都のお屋敷にいる家宰のセバスチャンに似ているんだ! 兄弟か。どうりで。


「お久しぶりでございます、サクラリエルお嬢様」

「え、ええ。お久しぶり。またお世話になるわ」

「……お嬢様のお元気そうなお姿を見て、皆喜んでおりますよ」


 バスチアンさんは私の事情を全て知っている。記憶を失った私にとっては初対面だが、彼からしてみれば三歳までの私に会っているはずなので、初対面ではない。

 だけども私は、昔から知っていますよ? というふりをみんなの前ではしなきゃいけないわけで。これがなかなかにしんどい。そのうち慣れていくと思うけども。


「今日はコック長が腕にりをかけて晩餐の用意をしております。しばらくお待ち下さいませ」

「……しまった」

「どうかしましたか? 旦那様?」

「あ、いや。なんでもないんだ、うん」

 

 お父様が取り繕うように苦笑いを浮かべる。その言葉で私はお父様がなにに対して失敗したのか察した。……察してしまった。

 私が初めて公爵家に来た時に食べた料理。

 硬めのパン、塩と胡椒のみの肉、油っこいドレッシングのサラダ……。

 それらが仮にも上級貴族である公爵家で食べられていたのだ。

 はっきり言ってこの世界の料理はあまり美味しくない。あくまで私にとっては、だが。

 全てが美味しくないわけではない。料理法がシンプルでも美味しい料理も確かにある。

 だけどなんと言えばいいのか……あまり食に対してこだわりがないように思えるんだよね。

 昔からの料理。これはこういうもの。余計な工夫はしちゃいけない……という、私からすればその味で満足してしまっているように思える。固定観念に凝り固まっているような……その他の味を知らなきゃそうなるんだろうけども。

 実際、皇都の公爵家では、私がキッチンカーで出したホットドッグやハンバーガーを食べた料理長が感銘を受け、独自に柔らかいパンを開発してしまった。酵母菌の話をちょっとしただけなのにな。

 その他、彼はハンバーガーからハンバーグを、フライドポテトやチキンナゲットまで作れるようになっている。

 なので、皇都の公爵家では堅いパンはもう出ない。毎日柔らかいパンを食べている。その他の料理だって前とは段違いに美味しくなった。

 しかし領都であるここでは、おそらく……いや間違いなく、あの硬いパンのままだろう。

 そしてその他の料理も……。ご馳走には変わりはないのだろうけど、たぶん、皇都のお屋敷の食事に慣れてしまったお父様には物足りないと感じるだろうな。

 お父様が『しまった』と言ったのは、皇都のお屋敷でのレシピを、こっちのコック長に渡すのを忘れた、という意味だろう。

 だけど腕に縒りをかけて作ってくれた物を食べないというわけにもいかない。

 皇室の皆様もいるのだ。歓迎パーティーとばかりに張り切ったご馳走が出てくるのは間違いない。

 普段から私のキッチンカーでの食事や『ラヴィアンローズ』でのスイーツに慣れてしまっている皇后様やお祖母様、エリオットも物足りなく感じるかも知れないなあ。

 まあ仮にも皇族、それを顔に出したりはしないだろうけど……。それをやっちゃうと領地うちのコック長の立つ瀬がないからね……。

 その日の晩餐は、やはり硬めのパンに、塩胡椒のみのステーキ、油ぎったドレッシングのサラダが出てきた。定番なのかな……。

 まあ、それだけじゃなく野菜スープだとか、パスタのようなものもあったけど。

 それなりに美味しいんだけれども、やはりみんなも物足りないと感じているのか、黙々と食べていた。

 肉も魚もスープも塩味がこれでもかときいてた。塩分過多ではなかろうか。

 私としては魚の塩焼きが一番美味しかったが。

 皇都だと海が遠いからなかなか魚は食べられないんだよね。琥珀さんもガツガツと食べていた。虎も猫科だから魚が好きなんだろうか?

 ワガママを言わせていただくと、本当は刺身が食べたかったけども。でも寄生虫問題があるから生で食べるなんて無理だろうなあ。

 【店舗召喚】で寿司屋とか呼べるようにならないかな……。

 あれ? そういえば……私ってば、律とリオン、『2』の攻略対象と悪役令嬢の二人に会ったよね? ひょっとしてイベント消化しちゃった……?

 これでまた【店舗召喚】のレベルが上がるんじゃないかな。やった!

 くふふ、明日が楽しみだ。

 










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ