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◇064 忠誠の誓い





 アンタがもう少し早く着いてりゃ全部丸く収まったのに……! と、理不尽に睨みつける私の視線に気づくこともなく、トロイメライ子爵家嫡男、リオン・レムス・トロイメライは、皇后様や皇太后おばあ様、そしてお父様たちに挨拶をしたのち、エリオットたちの方へと駆けていく。


「久しぶりだね、リオン」

「よう、リオン。元気だったか?」

「はい。皇太子殿下もジーン殿もお変わりなく」


 駆け寄ってきたリオンにエリオットとジーンの二人が気安く声をかける。

 この三人、(まあ、私たちもだが)同い年である。

 王都のパーティーなどで顔を合わせることもあり、それなりに知己の間柄だ。

 ただ、『スターライト・シンフォニー』ではリオンは他のクラスだってことでチョイ役としてしか登場しない。

 ゲーム内で主人公エステルが使った、悪役令嬢サクラリエルの呼び出した魔獣たちを麻痺させるポーション。あれってこのリオンに作ってもらったものなんだよね。

 そのチョイ役が次作の『スターライト・シンフォニー2:再演』で新しい攻略対象として昇格するのだ。ある意味で一番の出世頭といえる。

 しかしもうこの頃から眼鏡をかけていたのか。リオンはいわゆる知的キャラの位置付けで、戦隊モノならジーンがレッド、リオンがブルーといったところであるが、変にキザったらしかったり、皮肉屋というわけでもない。エリオットと同じく、真面目な優等生タイプだ。

 だけど、薬草類や魔法薬ポーション関係のことになると我を失うほどの薬オタクで、植物オタクでもある。

 まあ、彼の領地は薬草類の群生地で魔法薬ポーション生産のメッカでもあるから仕方がないと言えば仕方がない気もするね。

 さらに【薬剤生成】なんて『ギフト』も持ってるし。


「そうですか、ハルモニアに……」

「リオンは領地に帰るところか?」

「ええ。貴重な薬草類がこの時期にしか採れないもので、採取してきた帰りです」

「わざわざ自分で採りに行ったのかよ。人に頼めばいいんじゃねーの?」

「ダメです。採取の仕方一つで薬の効果がかなり違うこともあるのですよ? 他人任せにしていては納得するものができないじゃないですか。そもそも薬草採取というものは……」


 あ、変なスイッチ入ったね。エリオットとジーンが『しまった』ってな目をしている。こっちに助けを求めるような視線を向けてくるけど私ゃ知らんよ。


「う……」


 後ろから声がして振り向くと呪いの解けた律が目を覚ましたようだ。

 喜び涙を流す側近五人に囲まれた律は、身体から消えた呪いの紋様に驚いている。


「叔父上の呪いが……。じい、【解呪】の魔法薬ポーションが手に入ったのか?」

「いえ、そうではございませぬ、律様。『聖剣の姫君』が呪いを断ち切って下されたのです」

「なんと……! 『聖剣の姫君』とは、あの暗黒竜を倒したという伝説の……!?」


 キラキラした目でこちらを見る律。やめて、その目。

 それに『伝説の』ってなんだよ。そんな何千年も経ったみたいな言い方、おかしいでしょうが。ついほんの数ヶ月前のことだよ。伝説になるのが早すぎる。

 この世界には幸か不幸か『吟遊詩人』という職業の方々がいる。

 彼らは国を跨いで存在する『吟遊詩人ギルド』と呼ばれる組合に所属していて、様々なニュースや事件をギルドのネットワークを通して各支部に伝える術を持っているのだ。

 それにより、遠隔地の情報や事件、噂話といったものがうたとなって、市民たちの耳へと届く。

 もちろん不確かな噂や風評被害、名誉毀損になるようなものは、ほどよく誰のことかわからないようなうたになってたりするが、いわゆる英雄譚、歴史的快挙、慶事などはそのままうたにされたりするのだ。

 『聖剣の姫君』の竜退治もそれに当たるわけで……この世界はプライバシーってのをもっと大切にして欲しい。

 私が望まぬ名声の拡散にため息をつくと、目の前にいた律が居住まいを正し、深々と頭を下げた。


「『聖剣の姫君』様! この度はわたくしの呪いを祓っていただき、ありがとう存じます!」


 律に続き、残りの五人も深々と頭を下げる。全員土下座状態だ。その大仰さにいささか居心地が悪い。


「ああ、いや、大したことじゃないから……」

「いえ! この御恩は一生忘れません! 七音ななね一族頭領の娘として、ケジメをしっかりと果たした暁には、御身にお仕えしとうございます!」


 ちょっ……! なんでそうなる!?

 いや、本来ならリオンが救けて彼に仕えることになるんだから、こうなるのは当たり前なのか!? ええっと、これってどうすれば……!

 私があわあわと逡巡していると、お父様が横から話しかけてきた。


「よくわからないけども、つまり君たちはサクラリエルに仕えたいってことかい?」

「は! お許しがあれば!」

「ふむ……君たちが本当にあの『七音ななね』の一族ならばありがたい話だが……」

「お父様!?」


 なぜか乗り気のお父様に私が声を上げる。


雅楽ががく国の七音ななね一族といえば、かつてみかどにも仕えたという隠密の一族。彼女たちがサクラリエルに仕えてくれるのならば、これ以上に力強いことはないよ」

「ありがたきお言葉なれど、今の七音ななねは歪んでおりまする。それを正し、元の姿に戻すことが我らが悲願。それが叶いましたのちに『聖剣の姫君』に心からお仕えしたく思っておりまする」


 お父様の言葉に律の後ろにいたお爺さんが答えた。

 今の七音ななねは歪んでいる、とはおそらく律の叔父のことだろう。

 頭領であった兄を殺害し、その座を奪って律に呪いをかけた碌でもない男だ。その男から頭領の座を奪い返すまでは私に仕えられない、とも取れる。なら、今すぐにどうこうって話じゃないのかな?

 ゲーム内での律は【呪い】で死んだと叔父側には思われてたから、その後はスルーされてたらしいんだよね。

 命が狙われなくなって、その後はリオンの側仕えとしてずっと修行してたみたい。復讐したくてもできない状況だったんだろうな。いや、力をつけていつかはみんなの仇を取るつもりだったのかもしれない。

 私が予想したのと同じ説明をお父様にお爺さんがしていたが、それを聞いていた琥珀さんがこてんと首を傾げた。


『ぬ? その叔父とやらが【呪い】をかけた本人なのだろう? ならばもう問題ないのではないか?』

「は? それはどういう……?」


 お爺さんたちが訝しげに琥珀さんに尋ねる。私にも琥珀さんが言っている意味がわからない。問題ないってのはどういうこと?


『【聖剣】で斬られた【呪い】はかけた相手へと倍になって跳ね返される。今頃はそこな童女の受けていた【呪い】を一身に受けて、そやつはのたうち回っているだろうよ』

「な……!? そ、それはまことで!?」


 え!? 【聖剣】って【呪い】を解除するだけじゃないの!? かけた相手に倍にして跳ね返すって……! おっかないな! いや、自業自得だけれども……!


「で、であれば、すぐに里に戻り、彼奴きゃつめの悪行を知らしめねば! 律様! これは天が我らに与え給う奇跡! この機を逃すわけには参りませぬぞ!」

「うむ! 『聖剣の姫君』……サクラリエル様! どうかこの場を去る御無礼をお許し下さいませ! 仇討ちを果たした暁には、必ずや御身の下へ馳せ参じます! しからば御免!」


 六人は再び深々と土下座したあと、一瞬にしてその場から消え失せた。

 えっ!? と辺りをキョロキョロと窺うと、もうあんな遠くを走っている。すごいな。さすが隠密の一族。まさに忍者だね。


「まさか七音ななねの一族と繋がりができるとはね」


 お父様が呆れたような深い溜息をついた。


「あの、七音ななねの一族とはそれほどのものなのでしょうか?」


 ゲーム内で知ったある程度の知識ならあるが、この世界ではどこまでの存在なのかがわからない。隠密……なんとなく忍者やスパイと同じような者たち、という程度である。

 律もその手の技術を使ってリオンと仲良くなったエステルにあの手この手の嫌がらせをするのだが、命を奪うようなことはしていない。そこまで悪い子じゃなかったからね。リオンへの忠誠心が半端なかっただけで。


七音ななねの一族はかつて雅楽ががく国を興した初代(みかど)に仕えていたと言われる。その諜報力と謀略でもって敵を下し、興国の礎となったとも言われているね。しかし次代の帝には仕えず、歴史の闇に潜み、雅楽の国になにか大きな変革がある時はの一族が必ず絡んでいたという噂があるんだよ」


 え、なにその物騒な一族……。怖いんですけど。暗殺者集団とかじゃないよね?

 忍者じゃなくてアサシンの一族だったとかシャレにならないんですけど……。


「なあ、この転がってる奴らどうすんだ?」


 私が思ってたよりもでかい存在だった七音ななねの一族に頭を悩ませていると、ジーンが道端に転がっている黒装束の男たちを指差して声をかけてきた。あ、忘れてた。

 死屍累々と倒れちゃいるが、全員死んではいない。琥珀さんが手加減してくれたからね。骨の一本や二本は折れてるかもだけど。


「いかなる理由があれ、こうして街道を行く馬車を襲ったんだから犯罪者だよ。とりあえず縛り上げておこう」


 護衛の騎士たちがテキパキと襲撃者を縛り上げていく。その間にターニャさんが先ほど通ってきた町へとキッチンカーで戻り、その町の衛兵を連れてきた。

 襲撃者たちを衛兵に任せ、私たちは再びフィルハーモニー領へ向けてキッチンカーで走り出す。

 キッチンカーに乗り込む前にリオンに挨拶をされたが、私は形式通り無難に挨拶を返して、お近付きの印にとばかりにホットドッグセットを手渡しておいた。

 あまり無下にするわけにもいかない。知り合ってしまった以上、少しは好感度を上げておくべきだ。もちろんそれ以上はいらないが。

 ゲーム通り、本当に病気が蔓延してしまったら、リオンの力を借りなきゃならない可能性もある。

 その前に打てる手は打っておくべきかな? 私は夏の日差しを浴びて領地へ向けて突き進むキッチンカーに揺られながら、これからのことを考えていた。







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