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◇063 呪いを斬る





 休憩していたお父様に事情を話し、何人かの護衛を連れてターニャさんの運転するキッチンカーで先行した琥珀さんの後を追う。

 途中で前を走っていた馬車を追い抜き、そのまましばらく進むと道端に何人かの男たちが倒れているのが確認できた。

 倒れている男たちは、どいつもこいつも忍者みたいな黒装束をまとったやつらだった。全員武器を手にして気絶している。

 私たちのキッチンカーがちょうど現場に到着したとき、琥珀さんが口から放った衝撃波のようなもので、最後の盗賊を天高くにぶっ飛ばしていたところだった。


『む、速かったな』


 キッチンカーから降りてきた私たちに琥珀さんがそう声をかけてくる。

 速かったというか遅かったというか。全員ぶちのめしたんですか……。さすが神獣。

 横倒しになった馬車と、おそらくは死んでいるであろう馬が目に入る。そしてその倒れた馬車のまわりに、旅装束をまとった男女が五人陣取っていた。

 剣……というか刀? を抜いたまま、こちらを緊張感のある真剣な目で警戒している。

 あれ? これって琥珀さんを警戒しているんじゃないの? 見た目は完全に大虎だし、ひょっとして凶暴な魔獣と思われてる?


「この虎は私の召喚獣です。危害を加えることはしませんから、刀を納めてもらえませんか?」


 私がそう話しかけると、男女四人の視線が一人の老爺に向けられた。

 白髪の老爺が四人に目配せをして小さく頷くと、四人の男女は刀を納めてくれた。どうやらこの老爺がこの一行の代表らしい。


「お嬢さんが助けてくれた……と思ってよいのかな?」

「ええ、まあ。こちらの異変に気がついたのはこの琥珀さんですけどね」

 

 そう言って大虎状態の琥珀さんを撫で回す。ほらほら怖くないよー、というアピールである。それをわかっているのか、琥珀さんも私に撫でられるままにしていた。嫌そうな顔をしてはいたが。


「……助けてくれてありがとう。なんとか凌いでいたが、あのままではいずれここにいる全員が死ぬところだった。危ないところをかたじけない」

「いえいえ、無事でよかったです」


 白髪白髭の老人が深々と頭を下げる。それに合わせて他の四人も頭を下げた。

 白髪の老爺が一人、そして若い男女が二人ずつ。

 男性は大柄でがっしりとした表情の優しそうな男性と、長身長髪の目付きが鋭い男性。

 女性はゆるふわカールの色っぽいお姉さんと、活発そうなポニテ少女。

 なんというかちぐはぐな面子だね。

 あれ? そういや琥珀さんが子供の声がするって言ってたけど……。


「あの、これで全員ですか? 子供は?」

「……どうしてそれを?」


 五人から警戒するような気配が漂う。ん? なんか気に障ること言ったかな?


「琥珀さんが子供の声を聞いていたので。だから助けに行くように頼んだんです」

「なるほど……。申し訳ない。実を言うと、我らは追われておりましてな。そこに倒れている奴らもその追手の一味ですわい」


 追われている? そりゃなんとも穏やかじゃないね。


「恥ずかしながら身内同士の争いでの……。里を追われた我らを根絶やしにしようと此奴らを差し向けてきたのじゃ」

「身内……?」


 私が訝しげに倒れている黒装束の男たちに目を向けていると、ゆるふわカールのお姉さんが倒れた馬車の中から一人の女の子を抱き抱えてやってきた。

 黒髪を三つ編みにした、歳は私と同じくらいの少女だ。その額にはびっしりとした汗が張り付き、目を瞑ったまま苦しそうに呻いている。


「これは……」


 その女の子の腕や首、頬に至るまで、なにか禍々しい紋様が浮かび上がっていることに気がつく。

 赤黒い蛇のような紋様が、まるで少女を締め付けているかの如く張り付いている。

 うっすらと黒いモヤがその身にまとわりついているように見えるのは気のせいだろうか?


『ふむ。【呪い】か』


 琥珀さんが木にもたれさせた女の子を覗き込むなり、そんなことを口にした。【呪い】? なにその物騒なの……。


「さよう。この子は呪われておる。【蛇神の呪い】をかけられたのじゃ。肉親であるはずの叔父にの」

「叔父さんに……?」


 …………ん? 呪い。黒髪。叔父……あれ? なんだろう。なにか引っかかるぞ。


「この子の呪いを解くために、ワシらはバラライカの町へ向かっていたのじゃ。そこには呪いを解く魔法薬ポーションを作れる一族がいるという。この【呪い】は時間と共にこの子の命を削っていく。お嬢さん、すまんがワシらをバラライカまで連れて行ってはくれぬか。もはや一刻の猶予もないんじゃ。どんな礼もする。じゃから……」


 お爺さんの話は途中から私の耳には届いていなかった。なぜならあることに気がついてしまったから。

 ちょっと待って……! まさか……まさか、ここがその現場なの!?

 額から汗がだらだらと流れる。

 だとすると、すでに『シナリオ』が崩れてしまっている。どうすればここから無関係でいられる?

 私はちらりと苦しそうに呻く少女を見遣る。間違いない。

 七音ななね りつ

 極東の島国、雅楽ががく国の隠密、七音ななね一族の頭領の娘。

 そして、【スターライト・シンフォニー2:再演】の悪役令嬢……!

 嘘でしょ、よりにもよってこんな場面に出くわすなんて……!

 律は子供の頃に一族の頭領である父を叔父に殺され、その身に【呪い】を受ける。さらに里を逃げ出した律一行に向けて叔父は追っ手を差し向けた。

 この追っ手により、護衛していた配下の者や、教育係であった老爺も凶刃に倒れる。

 もはやこれまでか、というところで、幼かった『2』の攻略対象、リオン・レムス・トロイメライの乗った馬車が通りかかるのだ。

 トロイメライ家の護衛に助けられた律は、【呪い】もトロイメライ家の秘薬で解いてもらう。

 トロイメライ家の治める子爵領は薬草の群生地として有名で、さらに攻略対象であるリオンは【薬剤生成】という『ギフト』を持っていた。

 命を助けられ、【呪い】をも解いてくれたリオンに律は感謝し、そのまま彼のトロイメライ家に仕えることになる。

 そして数年後、彼の側仕えとして、共に『学院』の門をくぐることとなるのだ。

 つまり、リオンによって救われるはずの律を琥珀さんが助けちゃったわけで……! いや、そう頼んだのは私なんだけど!

 本来のシナリオなら律以外のこの五人は死んでた。それを救えたのはよかったけど、これ完全に関わり合いになってしまっているよね!?

 しまった……。琥珀さんだけに任せて私は陰から見てればよかったのか……!


「この子の【呪い】を解くには、その魔法薬ポーションに頼るしかないんじゃ。じゃからどうかワシらをバラライカへ……」

『む? そんな【呪い】なら小さきあるじでも解けるぞ?』

『え?』


 琥珀さんの一言に、私とその場にいた人たちの声がハモった。

 私が【呪い】を解ける? え、そんな魔法薬ポーションなんか持ってないよ、私。

 薬師のお婆さんに作り方を習った魔法薬ポーションは初級魔法薬(ポーション)までだし。ゲーム中に出てきた魔法薬ポーションならなんとか作れるかもだけど。

 【呪い】を解くなんて上級魔法薬(ポーション)、私が作れるわけがない。リオンルートの律の呪いを解く話は過去話《回想シーン》だったから細かいところまでわからないし。


魔法薬ポーションではない。【聖剣】だ。邪を祓い、魔を討つあの剣なら【呪い】も断ち切れよう』

「え? 聖剣ってそんなものまで斬れるの!?」


 あ、でもなんてったって神が作りし剣だ。【呪い】くらい簡単に斬れて当たり前なのかもしれない。


「聖剣……!? はっ、その髪の色……! も、もしや嬢ちゃんは『聖剣の姫君』か!?」


 お爺さんが目を見張る。やめて。こんなところまできて、その名で呼ばないでほしい。

 というか、私の噂、どこまで広まってんのさ。


「た、頼む! この子の【呪い】を解いてくだされ! ワシらはどうなっても構わん! この通りですじゃ!」


 お爺さんがその場に膝を突き、土下座すると、他の四人も同じように地面に額を擦り付けた。

 ちょっ……! 本当にやめて!

 私が気まずい気分を味わっていると、お父様たちのキッチンカーが次々と到着した。

 大の大人五人を土下座させている私にみんな目を丸くしている。違うからね!?


『どうした小さきあるじ。そこな【呪い】をスパッと切ってしまえ』

「ええと……」

『お願いします!』


 土下座した五人にさらに懇願される。

 うう……! たぶんもう少ししたらトロイメライ家の馬車が通りかかると思うんだ。そしたら攻略対象のリオンに魔法薬ポーションをもらって回復させてもらえばいい。

 もらえばいい……んだけど、ここで渋って【呪い】を解かない私って、すごく感じ悪くない!?

 こんなの断れっこないじゃん!


「わかった……」


 私は手の中に聖剣ファルネーゼを召喚する。

 その切っ先を木にもたれて座っている律へ向けると、それだけで彼女にまとわりついていた【呪い】の黒いモヤが、ザワザワとこちらへ向けて威嚇するように蠢き始める。

 おそらくこの【呪い】は、解呪しようとする者への攻撃も含まれているのだろう。

 けど、まあ……。無駄だけどね。


「よっ」


 ヒュン、と聖剣を一振り。空を切ったその斬撃は、一瞬にして律を蝕んでいた【呪い】を斬り裂いた。

 黒いモヤは、パァン! と派手に吹き飛び、彼女にまとわりついていた呪いの紋様もシミ一つなく消え失せる。


「はい、おしまい」

「な……!」


 私が聖剣を消すと、五人が律へ向けて駆け寄り、その肌に【呪い】の痕跡が残っていないことを確認していた。


「【呪い】が消えた……! ああ、なんという……!」


 五人は滂沱の涙を流し、少女の顔を覗き込む。そこには先ほどまで苦しそうだった顔に、安らかな寝顔が浮かんでいた。

 あー、やっちゃったなあ……。

 完全にフラグ折りましたわ、これ。

 これでリオンルートの悪役令嬢はたぶん悪役令嬢にならないと思う。

 いや、私の破滅フラグがこれで潰れたと思えば問題ないのかな……?

 ただ、このリオンルート、ストーリーがわからなくなってしまうと、いろいろと問題あるんだよ。

 細かい話は省くが、リオンルートではシンフォニア皇国、及びその周辺国で大規模な流行り病が発生する。

 それをエステルと力を合わせてリオンが治療薬を開発するっていうストーリーなんだけど……開発できるかな?

 エステルにはどんな病も治すという【聖なる奇跡(チート)】があるけれど、全ての患者にそれをかけるなんて不可能だった。だから治療薬が必要だったのだ。

 病が流行るのは十年後だし、一応、その薬の素材や調合方法は私が知っているけれども……ただこの病、感染爆発パンデミックになったのは理由があって……。

 私が、ぐぬぬ……と苦い顔をしていると、キッチンカーからいったいなにがあったのかとエリオットやジーンたちが降りてくる。

 と、同時に反対側の道からやってきた馬車が停まり、中から私たちと同じくらいの、眼鏡をかけた銀髪の少年が降りてきた。


「エリオット皇太子殿下!? 皇后陛下に皇太后陛下まで……!? これはいったい……!?」


 わー、トロイメライ子爵家の御嫡男、リオン・レムス・トロイメライ様のご登場だー。

 …………おせぇでございますよ。







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