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◇062 皇都出発





 夏の太陽が照りつける街道を十台のキッチンカーが連なって進む。

 外は真夏の暑さであるが、窓を開ければ涼しい風が吹き込んでくるので車内はそれなりに涼しい。一応中に小さいけれど換気扇代わりの扇風機もあるしね。

 街道ではたまに馬車や旅人とすれ違うが、みんな目を剥いて爆走していくキッチンカーに驚いていた。

 フィルハーモニー領へ向けて皇都から出発した私たちは、私が呼び出した十台のキッチンカーに分乗している。

 お父様の運転する一台目にお母様と私、そして琥珀さん。

 私の護衛であるターニャさんの運転する二台目には、エステルとビアンカ、そしてうちのメイドのアリサさんが。

 そして皇后様の運転する三台目にお祖母様とエリオット、そしてジーンが。

 うん、おかしい。なんで皇后様がキッチンカーを運転しているんだって話。

 前々からキッチンカーの運転に興味があったらしい皇后様が領地までの運転手に立候補したのだ。

 皇王陛下に『止めないでいいんですか?』と聞くと、『止められるなら止めてみよ……』と諦めに近い言葉が返ってきた。諦めんなよ、おいたん……。

 お父様と同じく、短期間であっさりと運転技術を身につけた皇后様は、こうして運転手の座を手に入れたのだ。

 護衛の人たちも後続のキッチンカーに乗っているが、領地まではもちろん安全運転でいく。

 対向車などもなく見晴らしもいい街道で、そうそう事故など起こりようもないのだが、それでも安全に気を配ることは大切だろう。魔獣なんかもいるらしいし。

 ま、街道あたりに出てくる魔獣なんかそこまで強いやつじゃないらしいので大丈夫だとは思うが。

 走り始めて一時間ほどで初めの町に着いた。

 門番の兵士たちが、わけのわからない乗り物に乗って現れたお父様に驚いていたが、お父様がフィルハーモニー公爵家の公爵その人だとわかると慌てて通してくれた。

 町では停車することなくそのまま通り抜ける。ここでも注目の的だ。

 反対側の門番にも驚かれたが、こちらもお父様が誰かわかるとすんなりと通してくれた。


「キッチンカーに皇室の紋章でも描いておくべきだったかな?」


 町を通り抜けたお父様がそんな言葉を漏らす。基本、皇室の紋章がある馬車にはみんなアンタッチャブルだからね。煩わしい思いをしないでもすんだかもしれない。帰り道はそれでいこう。

 紋章を描いた布とかを貼り付ければいけると思う。


「それにしても速いわね。まだお昼にもなっていないのに、もうスラーの町を過ぎてしまったわ。普段ならあの町で泊まるのよ?」


 お母様が助手席で流れる景色を眺めながらそんなことを口にした。

 皇都からフィルハーモニー公爵領まで馬車で行くと三日はかかるらしい。

 馬車の時速は一五キロくらいだが、馬も疲れてくるため、一日に一〇〇キロほどくらいしか走れない。

 フィルハーモニー公爵領まではだいたい二五〇キロくらいというから、距離にすると東京から福島くらい? 時速六〇キロで走っても四時間くらいで着いてしまう。一日で往復できてしまうくらいだ。

 これが辺境と言われるエステルのところのユーフォニアム男爵領なんかだと、その倍以上はかかる。

 それでもキッチンカーをぶっ飛ばせば八時間ほどで着いてしまうのだが。


「しかしこうも代わり映えしない道だと、気が緩んでくるね……。特に曲がり角があるわけでもないし……」


 お父様が運転席でそんなことをボヤく。

 まあねぇ。基本的に町と町とを繋ぐ道は緩やかな直線が多いからね。山とか森とか迂回した方がいい場所がない限りは。お父様が暇だっていう気持ちもわからないでもない。


「音楽でもかけますか?」

「あら、いいわね。明るいのをお願いできる?」

 

 明るい曲か。お母様のリクエストに応えて【店内BGM】を発動させる。ちなみに他の車には流さない。突然曲が流れると、驚いてハンドル操作を誤るかもしれないからね。次に休憩した後に説明して流すようにしよう。

 やがて車内に軽やかなピアノの音が響き渡る。む、この曲は。


「相変わらず曲の歌詞はわからないけど、楽しそうな曲だね」


 流れているのは洋楽である。ビートルズの『Ob-La-Di, Ob-La-Da』。

 確かこの曲は『最も完璧なポップソング』と言われているとか先輩が言ってたな。


「歌詞の意味はなんとなくですけどわかりますよ。えーっと、ひと組の男女が出会い、結婚して、子供が生まれ、幸せな家庭を築いていく。だけどまだまだこれからも人生は続いていく……そんな歌詞です」

「まだまだ人生は続く、か。なるほど」


 曲が気に入ったのか、お父様は鼻歌で歌いながらキッチンカーを運転している。

 しかし不思議なのだが、英語も日本語の曲もお父様たちには意味がわからないらしい。

 私たちが話している言葉は日本語じゃないのかな? 勝手に翻訳されて日本語として私の頭に届いているのだろうか。

 私は三年前に意識がはっきりとした時、こっちの世界の言葉は話せたし、聞くこともできた。

 だけど字は読めなかったんだよね。薬師のお婆さんに教えてもらってなんとか文字は覚えたけれども。

 これは私の三歳までの知識で、話したり聞くことができたってことなのだろうか。聞いたり話したりはできるけど文字の読み書きはできなかった、と。

 三歳で文字が読めないって遅いのかな? よくわからん。今は読めるんだからまあ別にいいか。

 そんな益体もないことを考えているうちに次の町に着いてしまった。


「どうする? この町でちょっと休憩していくかい?」

「いえ、通り過ぎて少し進んだところで休憩しましょう。この車はどこに停めても目立ちますから」


 この世界にない馬無し馬車だ。間違いなく興味を持たれる。いい意味でも悪い意味でも。

 皇王家御一行だとわかればへんな輩に絡まれたりはしないだろうが、それはそれで面倒なことになる。

 この町の町長なり領主なりが出てきて、歓待などされては今日中にフィルハーモニー領に着かなくなってしまう。

 本当ならば立ち寄った町でお金を落としたりするのが貴族の習慣なんだそうだが、今回は勘弁してほしい。

 面倒ごとは回避する方向に決まった私たちは、二番目の町もスルーして通り抜けた。

 さらにしばらくなだらかな丘陵を進み、見晴らしのいいところで車を停めて休憩を取ることにした。

 キッチンカーから乗り込んでいた護衛の人や侍従の人、メイドさんなどが出てきて周囲を警戒する。

 やがて問題なしと確認すると、皇后様とお祖母様、エリオットやジーンが車から出てきた。

 私たちもキッチンカーを降りる。お父様が背筋を大きく逸らして伸びをしていた。


「ずっと座りっぱなしってのもキツいもんだね」


 まあ、馬車なら中に乗ってれば少しは横になれたりするからね。後部座席……というか、キッチンカーのキッチン部にいた私と琥珀さんは、持ち込んだクッションの上でゴロゴロとしてましたが。

 他の人たちもお父様と同じように身体を伸ばしたり、首や肩をコキコキと鳴らしている。

 少し休憩ということで、キッチンカーからホットドッグなどの軽食やお茶などを買い求める。

 私はといえば見晴らしのいい街道横に『カフェ&パティスリー ラヴィアンローズ』を呼び出していた。ケーキも食べるのかって? 違う違う。これはアレよ、お花摘み……。

 ラヴィアンローズへそそくさと女性陣の何人かが入っていく。

 今さらながら不思議なんだけど、ここで流したものってどこに行くんだろう……。まあ、それを言い出したらケーキもどこから取り寄せてるの? って話になるけどさ。

 キッチンカーは昨夜のうちに召喚しておいたので、私の魔力はまだ余裕がある。

 最近わかったのだが、どうも私の魔力は深夜十二時きっかりにフル回復するみたいなのだ。

 なので深夜十二時一分前と一分後ならおそらくキッチンカーなら二十台召喚できると思う。前日に一切魔力を使っていなければ、だが。

 ここらへんどうなってるのかよくわからない。確かにゲームだと一日経つと主人公であるエステルの魔力が回復していたけど……。

 他の人たちにも聞いたが、普通は一日かけてゆっくりと回復していくらしい。私みたいに十二時きっかりに一気に回復したりはしないとか。

 これは私の召喚した店舗が、二十四時間経つと消えるという特性と、なにかシンクロしているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、キッチンカーで買ったホットドッグを琥珀さんに差し出すと、琥珀さんは前足で器用に挟んでがぶりと食らいついた。


『ふむ。ルー様が作るものほどではないが、なかなかに美味いな』

「ルー様って豊穣の地母神であるルーリエット様?」


 エステルたちと離れていた私は、琥珀さんがつぶやいた声に反応してこっそりと尋ねてみた。

 ルーリエット様は創世の九女神の一人だ。豊穣の地母神と呼ばれ、農業に従事する人々から信仰を集めている。


『ルー様は料理をするのがお得意でな。特に地球の料理を好んで作っていた。よくご相伴にあずかったものだ』


 創世の女神様が地球の料理を? さすがは神様、世界の垣根を超えて物知りなんだねえ……。


『む?』


 私が女神様に感心していると、琥珀さんがなにかを感じたかのようにホットドッグから顔を上げた。小さな耳がピクピクと動いている。かわうい。


「どうしたの?」

『なにやら争っているような声がする。向こうの方だな。賊か?』

「えっ!?」


 皇都に至る街道はそれなりに開けていて、魔獣や盗賊などが襲うにはあまり適してはいない。

 だけど出ないわけではないのだ。だから行商人などはお互い一緒に行動し、キャラバンを組んで街道を進む。大人数だと盗賊も諦めるからね。


『弱々しい子供の声も聞こえるな……。少しばかりまずいかもしれぬ』

「琥珀さん! 助けに行って!」

『む? しかし我は小さなあるじの護衛であって……』


 琥珀さんが眉根を寄せながらホットドッグに再びかぶりつく。

 ああもう……! 琥珀さんは私の召喚獣ということになってはいるが、実際には創世の女神様から遣わされた護衛獣だ。私に命令する権利はない。

 仕方ない、ここは買収だ!


「行ってくれたら『ラヴィアンローズ』の大ホールケーキを二つあげるから!」

『うむ! 任されよ!』


 琥珀さんがバクリと残りのホットドッグを飲み込み、一瞬にして大虎状態へと戻る。よし、買収成功!


「子供のいる方に味方して!」

『了解した』


 ダッ! と風のように琥珀さんが街道を駆けていく。あっという間に見えなくなった。本気で走ればキッチンカーより速いらしい。さすが神獣。

 おっと、こうしちゃいられない。お父様たちにも事情を話して何人かで向かってもらわねば!







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