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◇060 夏が来る

■新連載ブーストもここまで。毎日更新もあまり効果はないようなので、いつものペースに戻ります。書籍化までお待ち下さい。





わたくしはこのガトーショコラを!」

「ミルクレープとティラミスを一つずつ!」

「ザッハトルテとダージリンティーをお願いしますわ!」


 私が城の中庭に呼び出した洋菓子店『ラヴィアンローズ』のカフェスペースには、ドレスの花が咲き乱れていた。

 ここにいるドレスをまとった方々は、王都にいる『皇王派』貴族の奥様方と御令嬢である。

 つまり私のお店を会場にして、お母様主催のお茶会が開かれたわけであるが、出されたケーキを食べるや否や、優雅なお茶会が甘いものに飢えた餓狼のお茶会になってしまった。ちょっと怖い。


「本当にサクラリエルには驚かされっぱなしね。こんな甘味を食べられるなんてまるで夢のようだわ」

「ええ、本当に美味しいわ。こんな甘味、よその国にもきっとないわよ」


 そう言ってケーキを口に運ぶのは皇后様とお祖母ばあ様だ。

 当然ながらこのお二人も『皇王派』なので招待されている。というか、お母様が差し入れたケーキに驚き、このお茶会を提案してきたのはお二人の方だ。

 おそらくはこの甘味で『皇王派』の奥様、御令嬢方の胃袋を……もとい、ハートをガッチリと掴んでおこうという腹づもりだろう。

 貴族家といえども妻や娘の方が力を持っている家庭はわりと多い。いつの世も女性たちの力は侮れないのだよ。

 ちなみにここにはエステルのお母様で、私の剣の先生でもあるユリアさんもいる。ユーフォニアム男爵家はフィルハーモニー公爵家と昵懇の仲だ。当然『皇王派』であるからして。まあ爵位や諸々の関係で同じテーブルではないのだけれども。

 新参の男爵家が皇室である皇后様やお祖母様と一緒のテーブルにつくのは他の貴族の嫉妬を買いかねないからね。

 

「この音楽がまた素晴らしいわね。心が落ち着きます」


 お祖母ばあ様がアップルティーを一口飲み、ほぅ、と満足そうに息を吐く。

 今はエドワード・エルガーの『愛の挨拶』が私の【店内BGM】で流れている。

 美しい曲に美味しいケーキ、優雅なお茶会のはずなんだが、夢中になってケーキを次々と食べるご婦人方の姿に、私は若干引いていた。

 貴族といっても砂糖を使ったお菓子はそんなに気安く食べられるものではないし、ここまで洗練されてはいないから、夢中になる気持ちもわかるんだけれども。

 私の護衛としてくっついてきた琥珀さんも、私の膝の上でロールケーキを貪っている。この子、本当に神獣なんかな……?


「だけどこんなおおっぴらに私の『ギフト』を見せてもよかったんでしょうか?」

「もともと暗黒竜の時とかに、サクラちゃんの『ギフト』は貴族連中にある程度知られていたからね。今さらだと思うわよ? それに細かいところまではわからないでしょ?」


 私の疑問にお母様が答えてくれる。まあ、あの時『藤の湯』を召喚したからなあ。

 店を召喚できる『ギフト』とはわかっても、どういう店で、どういう制限があり、どういう利用法があるのかまではわかるまい。

 【店内BGM】だって私がどこまで自由にできるのかまではわからないだろうし。

 あ、九女神の加護なんだけど、この【店内BGM】の他にもう一ついただいたものがある。

 その名も【入店禁止】。読んで字のごとく、店内に立ち入ることを禁じる能力である。

 つまりこの加護の力を使えば、店内に敵が入ることを防ぐことができるわけだ。絶対に壊れない建物に籠城できるってわけ。

 入店を禁止されるのは人だけじゃなく、動物や物も含まれる。開いた窓に外から石ころを投げ入れてみたら、見事に弾かれた。

 これって無敵じゃないだろうか……。だってこっちは窓から一方的に矢を射つことだってできるわけで。

 向こうの攻撃は通らない、こっちは射ち放題ってのはすごいと思う。まあ、一日経ったら店は消えるし、その場から動けないんだけど……。

 でもそれだってキッチンカーを使えば動きながら迎撃もできるわけで。

 ああ、でもドラゴンなんかにキッチンカーごと空中へ持ち上げられ、高いところから落とされたら死ぬかもしれないな。キッチンカー自体は無事でも、中に乗っている私はひとたまりもないや。

 暗黒竜の時みたいに炎のブレスを吐かれたら中で蒸し焼きになるし……そんなに無敵ってわけでもないか。

 おそらくは【店内BGM】がサクラクレリア様の、【入店禁止】がリンゼヴェール様の加護だと思うんだけど……。

 ありがたい能力ではあるのだけれど、こんな能力でも使わないと生き延びられないのかしら、私……。なんとも前途多難だね……。

 先の見えない人生に少し疲れつつ紅茶を飲んでいると、同じテーブルにいる皇后様の声が私の耳に届いた。


「そういえばアシュレイ、今年の夏は領地に戻るの?」

「今年はサクラちゃんがいるから戻ろうと思いますわ。向こうの使用人たちにも心配させてしまっていますし……」


 領地? 領地というとお父様が持っているフィルハーモニー公爵家の領地のことか。

 確か王都からそんなに離れてはいないんだよね。お父様はそのフィルハーモニー公爵領の領主ではあるが、領主代行を立てて、ほとんど王都から差配しているらしい。

 当然ながら私は行ったことはない。いや、三歳前に一度だけ行ったらしいのだが、その記憶は無くしている。

 うちの領地か。ちょっと興味あるな。どんなところなんだろう?


「今回はサクラちゃんのキッチンカーがあるから一日と経たずに王都から戻れるし、それほど負担がないのがありがたいわね」


 近いといってもフィルハーモニー公爵領までは馬車だと三日はかかる。だけどキッチンカーでぶっ飛ばせば三時間足らずで着いてしまうのだ。ゆっくり行っても四時間ほどで着く。

 さすがに日帰りで行くのはキツいので、向こうに何泊か泊まることになるだろうけど。いや、夏の暑さを避けたバカンスなら一月くらいいるかもしれない。


「フィルハーモニー領ってどういうところですか?」


 多分私も行くことになるその領地のことをお母様に尋ねてみる。

 というか、私は体が弱く、ずっと領地で療養していたということになっているので、知らないというのはマズいと思ったのだ。

 今ここにいるのは事情を知るお母様とお祖母様と皇后様だけだ。他のテーブルからは離れていて、会話を聞かれることもないだろう。音楽もかかっているし、みんなケーキに夢中だし。

 まあ、病気で家に引きこもっていたのだから、領地のことを知らなくてもおかしくはないのかもしれないが。


「フィルハーモニー領はもともと旧皇都があった土地なの。領都ハルモニアは『古都』とも呼ばれているわ。ハルモニアは大きな湖のほとりにある都でね。その風光明媚さから観光地としても名高い場所なのよ」


 旧皇都……。遷都されたってこと? なんとなくだけど京都を思い出してしまった。湖の近くにあるっていうし。いや、琵琶湖は滋賀県か。


「歴史のある都なんですね」

「そうね。代々皇族に与えられてきた土地だから。百年ほど前に治めていた公爵家がお取り潰しになって、それからは皇王家が直轄地としていたのよ。だけど数年前、クラウドがフィルハーモニー家を新しく興してそこの領主になったの」


 なるほど。もともとは皇王家の直轄地だったんだね。それをお父様が受け継いだと。

 ちなみに現在のシンフォニア皇族は数が少ないため、お父様はフィルハーモニー家を興しても、皇族籍から抜けてはいない。だから、もしも皇王陛下とエリオットに何かあれば、皇位は継承権第二位のお父様が継ぐことになる。まあ、そうなったらフィルハーモニー領は皇領になってしまうのだろうけども。

 だけどその百年前にお取り潰しになった家ってのも皇族だったんだよね? なんでまたお取り潰しなんかになったんだろう。よっぽどのことがあったのかな?


「いわゆるお家騒動ってやつね。当主が急逝して、平凡な正妻の嫡男が継ぐか、妾腹ではあるけど優秀な次男が継ぐかで揉めてしまったの。家臣の意見も真っ二つに分かれて、揉めに揉めた結果、嫡男が次男を斬り殺すという騒動が起きたのよ。それが世間の明るみに出て、領地を治める資格無し、とお取り潰しになってしまったの」


 なんともまあ……。

 シンフォニア皇国は長子相続であるが、この場合、女子も含まれる。

 姉弟がいた場合、姉にも相続権があるのだ。もちろん相続させるかさせないかは当主が決めるため、弟の方が継ぐということも多い。

 娘の場合嫁に出した方が色々と都合がいいからね。姉が継いだ場合、嫁に行くことはできないので、婿をもらうことになるし。

 これは皇王家にも適用されるので、この国では今までに何人か女皇王も誕生している。平凡な弟よりも、優秀な姉の方がより良い治世を築くことも多いからだ。

 これを逆手に取って、反皇王派などの派閥は、『聖剣の姫君』であるサクラリエル様の方が、エリオット殿下より皇位を継承するのに相応しいのではないか? などという噂を流し、お父様と皇王陛下との仲を裂こうと画策している。

 幸いお父様と皇王陛下の仲は良好だし、私も皇位を継ぐ気なんかさらさら無いと断言しているので、『皇王派』でそれを信じる者はいない。

 よっぽどエリオットが馬鹿皇子にならなければ、私を担ごうなどという話にはならないはずだ。

 そう言った意味では初代様の財宝を見つけたのをエリオットにしておいたのはナイス判断だったな。

 まあとにかく、旧皇都があるフィルハーモニー領は、将来私が継ぐかもしれない領地なのだ。これは気合を入れて視察しないといけないね。


「フィルハーモニー領の特産ってなんですか?」

「特産? 特産ねえ……これといって特には……。景色だけは綺麗だから観光地ではあるのだけれど」

「貴族の別荘も幾つかあるわよ。夏には避暑地として訪れる貴族も多いわ」


 ふむ、避暑地ね。軽井沢とかそんな感じなんだろうか。

 軽井沢……長野県といえば信州蕎麦とか思い出すけど……。いや、そもそもこの世界、蕎麦とかあるんだろうか。米さえもまだ食べたことないのに……。早いとこ定食屋とか呼び出せるようになりたい……。

 どうやらフィルハーモニー領にはこれといった特産品はないようだ。もともと皇都だったのだから仕方ないのかもしれない。地元の特産品が、というより、各地の特産品が集まるような場所だったのだろう。

 それでもそれなりの郷土料理や民芸品などはあるらしいが。

 観光地だとしたら、食べ物とか、お土産とか、宿泊施設とか、そういったものを充実させればもっと人が来るのかな。

 お土産ねえ……。フィルハーモニー領の形をしたキーホルダーとか? ペナントや木刀とか?

 ここらへんはなんとも言えないなあ。とにかく領地を見て回ってからだな。

 領地持ちの貴族は暑い夏には過ごしやすい領地で過ごし、寒さや雪が厳しい冬は王都で暮らすという二重生活をしている者も多い。この国の社交シーズンは秋の始まりから春の始まりまでらしいから、その方が都合がいいのである。

 誰だって夏の暑い時期に人がいっぱいいるところへ着飾って出かけたりしたくないもんね。

 夏になれば領地か……。ゲーム内ではフィルハーモニー領でのイベントなんかはなかったから、少しはゆっくりできるかな?

 領地なら攻略対象に出会うこともないだろう。たまには羽を伸ばしたってバチは当たらないよね。



 このときの私はそんな甘い考えをしていたのである。

 物語は回る。悪役令嬢の望む望まぬに関係なく。





 




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