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◇052 ビアンカとグロリア





『続いて準決勝戦第二試合! ビアンカ・ラチア・セレナーデ、グロリア・グリム・バルカローラ、前へ!』


 審判の騎士の声を聞き、私は深呼吸をひとつして、試合場へと上がる。

 すでに反対側から試合場に上がっていたグロリアが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 頬は少しこけ、以前のような華やかさがなく影を落としてはいるが、目だけは爛々と輝いている。


「よく逃げずに来ましたわね。褒めてあげますわ。約束は覚えているでしょうね?」

「……わかっている。お前こそ負けた時にはその魔剣を捨てろ」

「もちろん。万が一にもそんなことはあり得ませんが」


 グロリアが真っ黒い魔剣・ディスコードを鞘から抜き放つ。

 こうして対峙してみると、以前より禍々しさが強くなったように感じる。いったいどれだけの力を奪ってきたのか。

 私も腰にあった魔剣・アンサンブルを抜く。不思議なことにディスコードから感じられていた禍々しい威圧感が和らいだように感じた。これもアンサンブルの力なのだろうか。

 互いに剣を構えて対峙する。審判の試合開始の合図を待つ。


『始め!』


 その声がしたと同時にグロリアが飛び込んできた。真っ直ぐに踏み込み、全身を伸ばすように繰り出された鋭い突きが私を襲う。


「くっ!」


 私はそれを寸前で打ち払う。しかし払ったはずのグロリアの剣が、まるで蛇のように奇妙な軌道を描き、再び私の方へと向かってきた。

 それを同じように打ち払う。しかし打ち払っても打ち払っても、しつこく剣先がこちらへと向かってくる。

 防戦一方の私は一旦後ろへ飛び退き、大きく距離を取ろうとした。


「逃がしませんわ」

 

 飛び退いた私にグロリアが迫る。振り下ろされる魔剣ディスコードをなんとかアンサンブルで受け止めたが、両腕が痺れるほどの衝撃がきた。馬鹿力め……!


「そらそらそらそら!」

「く……!」


 次々と打ち込まれるグロリアの剣撃を、私はただひたすらに捌き続ける。

 しばらく防戦一方だった私だが、やがてグロリアの剣撃がどの軌道を描き、どの方向から繰り出されるかがうっすらと読めるようになってきた。

 落ち着いてみると、訓練で受けたユリア先生の突きの方が遥かに速い。『剣閃』と言われた剣戟を何度も受けた私にはグロリアの剣がゆっくりに見える。

 グロリアの手が読めることで、だんだんと捌くスピードも速くなり、今度は逆にグロリアが打ち込んでくる前にそれを弾くという芸当までできるようになった。


「この……! しつこいですわね!」

「なんとでも言え!」


 大きく魔剣ディスコードを弾くとグロリアが距離を取った。

 やっと止まった剣撃の撃ち合いに、私は小さく息を吐く。

 大丈夫だ。充分に戦える。剣の腕ではあいつに負けてはいない。

 この一ヶ月、ユリア先生に叩き込まれた特訓が活かされている。

 グロリアはおそらく焦っている。今までの対戦相手ならば、魔剣ディスコードとこんなにも剣を交わせば魔力体力を奪われて力尽きているはずだからな。

 だがあいにくと私の魔剣アンサンブルにはその効果は通用しない。

 伝説の魔剣鍛治師、バルクブレイが鍛えたこのアンサンブルには、魔力を弾くミスリル製ということに加え、対ディスコード用の刻印魔法が刻まれているのだ。

 だから私は力を奪われることはない。あとは実力での勝負だ。


「ふん。それなりに腕は上げたようですわね。ですが私の勝利は揺るぎませんわ!」


 再びグロリアがこちらへと向かって駆けてくる。

 次の瞬間、グロリアの姿が大気に溶けたように消え失せた。グロリアの『ギフト』か!

 タッ、いう踏み込んだ足音が聞こえた瞬間、私は全力で後ろの方へ倒れるように転がった。

 試合場の床を転がり、すぐさま体勢を整えて立ち上がると、先ほどまで私がいた場所にグロリアの姿が浮かび上がる。


「躱されるとは思いませんでしたわ。野生の勘というのも侮れないものですわね」


 勘、と言われても否定はできない。たまたま足音を聞いて反射的に避けたが、もしもあれが突きだったら私に届いていたかもしれない。

 しかし気のせいだろうか。グロリアが透明になっていた時間が前よりも長かったような……。

 

「なら方法を少し変えますわ」


 再びグロリアの姿が消える。私は耳を澄まし、グロリアの見えない攻撃に備えた。

 しかし、シュピッ、小さな風切り音がしたと思ったら、ほぼ同時に私の肩が刺されていた。

 もちろん結界のお陰で肉体に怪我はない。小さな衝撃と肩のところの服に穴が空いただけだ。

 グロリアは近付いて斬りつけるのではなく、距離を置いて突くことにしたのだろう。

 斬る動作よりも突きの動作の方がグロリアの動きが少なく、動く音を捉えることが難しい。


「ふふ。あら、こちらの方が面白いですわね」


 姿を現したグロリアがにたりと嗤う。しかしすぐに姿が消え、今度は私の太腿が刺された。

 続いて脇腹、二の腕が刺される。どれもこれも浅いため、結界の麻痺の効果はさほどではないが、これを繰り返されたらやがては動けなくなってしまう。


「さっさと負けを認めればこれ以上恥をかかないですみますけど、どうします?」

「っ、余計なお世話だ……!」

「ならもっと貫いてさしあげますわ!」


 くっ、仕方がない……! 踏み込む靴音がわずかにした瞬間、私は魔剣アンサンブルの力を解放した。


「【二重奏デュオ】!」

「なっ!?」


 刹那、私の背後にもう一人の私が生まれる。背中合わせの二人の私は、同時に手にした魔剣アンサンブルを横薙ぎに一閃した。

 ガキン! と背後側の私の剣が弾かれる。

 次の瞬間、そこには驚いた顔のグロリアの姿が浮かび上がった。


「魔剣……!」


 もう一人の私が消える。他の時間軸から引っ張ってくる分身体。それを長く持続することは今の私ではできない。

 そしてこのアンサンブルが魔剣だとグロリアにバレてしまった。

 本来なら勝負の決め手に使いたかったが、あのまま負けてしまってはなんにもならない。


「まさかあなたも魔剣持ちとは。どこで手に入れたんです? やっぱり『闇市場』で?」


 闇市場? グロリアは魔剣ディスコードをそこで手に入れたのだろうか。


「そんな怪しげな場所で買うものか。これはサクラリエル様からいただいたものだ」

「なるほど。さすがは皇弟殿下の公爵家、魔剣の一本や二本、見習い騎士に与えても惜しくはないというわけですか」


 違う。この剣は公爵家からもらったものではない。サクラリエル様が与えてくれたものだ。

 私を信じ、グロリアと戦うために与えてくれた、私のために作られた魔剣。

 この魔剣のためにも無様な戦いはできない。


「いくぞ、アンサンブル!」


 私はグロリアに向けて突きを放つ。同時に【二重奏デュオ】を腕から先のみに発動させた。

 私の剣が二つに分かれ、それぞれの切先がグロリアを襲う。


「なっ……!?」


 グロリアがディスコードで片方の剣を弾くが、もう片方が彼女の二の腕を掠める。くっ、浅いか!


「……幻を生み出す魔剣かと思ったのですが、違ったようですわね。どちらも実体を持っている……分体を生み出す魔剣でしょうか」

「お前に説明する必要はない!」


 魔剣アンサンブルの能力は、正確には時と空間に干渉する能力だ。情けないがまだ私にはその一端しか扱えない。

 特訓したといってもわずかに三週間。それだけで魔剣の全てを使いこなせるようになるなど、騎士団総長でも不可能だと思う。

 結局は持っている手札で勝負するしかないのだ。

 私は再びグロリアへ向けて【二重奏デュオ】の突きを放つ。

 しかしグロリアは私の突きに合わせてまたも姿を消した。

 消えた、と思った次の瞬間に私の左肩に小さな痛みと衝撃が走る。

 グロリアが回りこんで斬りつけたらしい。反射的にそちらの方を私も斬りつけるが、アンサンブルは虚しく風切り音を響かせるだけ。

 グロリアは少し離れた斜め左横に現れた。くっ、やはりあの【透過無色】のギフトは厄介だ。

 保護色のように辺りに溶け込んでいるわけではないので、影もできない。あとは音に頼るしかないのだが、静かな場所ならまだしも、私たちの周囲には大勢の観客がいる。彼らの声援の中、聞きたい音だけを判別するのは難しい。

 さらにグロリアは警戒し、先ほどから大きな足音を立てずに移動している。これでは動きを読むのは不可能である。

 グロリアが動くことによって、わずかに感じる空気の流れを把握できれば、なんとか読めないこともないが……。


「ぐっ!?」


 再び背中側の肩を斬られる。このままではじわじわと動きを封じられ、やがて負けてしまう。一瞬でいい。あいつの場所さえわかれば……!

 その時、一つの考えが私の脳裏に浮かんだ。できるかどうかわからない。だけどやるしかない。

 グロリアが消えるたびに私は当てずっぽうで周囲に剣を振り回す。当然ながらそんな攻撃は当たらず、その間を縫ってグロリアが私の体を斬り刻む。

 あと少し……!

 試合場の四角い床石の上を動き回り、私は仕込みを終えた。

 あとはグロリアの出方を待つだけ……!


「本当にしぶといですわね。ですが、そろそろ終わりにさせてもらいますわ!」


 グロリアの姿が消える。攻撃がくる! 私は視線を試合場の床に向けた。

 私の『ギフト』、【伸縮自在】は触れた物の長さ、あるいは高さを少しだけ伸ばしたり縮めたりできる。

 そしてそれは直に触らなくても手袋などをしていても効果を発揮するのだ。

 さらに言うなら手を使わなくても、身体の一部が触れていればその効果を与えることができる。そう、靴を履いた足先でも『ギフト』が使えるのだ。

 さっき動き回った時に、私の周辺の床石の『高さ』をいくつか縮めておいた。

 それらは周囲の同じような床石によって支えられ、外からは見えないが、地面からわずかに浮いている状態になっている。

 その床石をグロリアが踏めばどうなるか────!

 私の斜め右手の床石の一つが、わずかに沈む。


「そこだっ! 【二重奏デュオ】!」


 魔剣アンサンブルの力により、もう一人の私が生まれた。

 グロリアが元いた場所と、床石の沈んだ場所を頭の中で結び、その動きを読む。

 二人の私が狙った場所にアンサンブルを振り下ろし、二つの剣閃がXを描く。空振りではない手応え。


「がッ……!」


 服の脇腹を裂かれたグロリアがその場に浮かび上がる。一つの剣は防げても、もう一つの剣は防げなかったらしい。

 初めてグロリアをまともに捉えた。追い討ちとばかりに再び斬りかかったが、後方へ跳躍されアンサンブルが空を斬る。


「本当に鬱陶しい……っ! 決勝まで取っておくつもりでしたけど、予定変更ですわ!」


 グロリアがそう叫ぶと、ぶわっ、とディスコードから黒いモヤのようなものが吹き出し、細長い形状に変わる。

 それが突然鞭のようにしなり、とてつもない衝撃が私を襲った。

 







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