◇050 一時休憩
従卒合同試合、年少の部の一回戦が全て終わった。
勝ち抜いた三十二名がこれから二回戦を戦う。試合場は四つあるから八人ずつのブロックに分かれるわけだ。
幸い、ビアンカとジーン、その姉であるセシル、グロリアはみんなバラバラなので、かち合うことはない。
すでに二回戦が始まり、四つの試合場で少年少女たちの戦いが繰り広げられている。
みんな真剣に試合に取り組んでいる。この試合で優秀な成績を修めれば騎士への道が開けるのだから当たり前か。
「実際のところ、この試合でどれくらいの人数が騎士になれるのですか?」
ちょっと疑問に思ったことを総長さんに尋ねてみる。
「騎士になるだけならきちんと従卒としての修業を終え、入団試験に合格すれば誰にでもなれます。例年通りだと全体の三分の一くらいですね。しかしこの合同試合で優秀な成績を修めた者には、各騎士団長からの推薦を受けられる可能性があるのです。推薦入団になると、卒配時から部隊長としての地位が与えられ、小隊を率いることになります」
なるほど。入団していきなり出世できるってことか。警察とかのキャリア組がいきなり警部補から始まるみたいなものかしら。
小隊の隊長ってことは、七人いる各団長の直属の部下ってことになる。なので、団長さんたちもホイホイと推薦入団を許すわけじゃないみたい。
従卒の修業を終え、それまでの合同試合の成績、人格や人柄などを考慮した上で決定されるらしい。上に立つ者は強いだけじゃダメってことか。
二回戦の試合も進み、ビアンカの番になった。対戦相手は同じくらいの歳の少年であったが、相手の攻撃をうまく躱し、隙を見ての攻撃で難なくビアンカが勝利した。
なんとも地味な試合である。しかしビアンカにとってはグロリアとの対戦が本番。余力を残しておきたいのかもしれない。
「ビアンカの嬢ちゃんがアンサンブルの力を使わねえのはディスコード対策かい?」
どこからか持ち込んだウイスキーのグラスを傾けながらバレイさんが尋ねてくる。私が渡したやつだ。ホント、ドワーフって酒好きだよね……。
「先に見せちゃうと対策を取られるかもしれないからね。念には念をってやつ?」
「まあ、そうだな。本来なら対策を取っていようとも捻じ伏せるだけの魔剣の力を引き出せれば問題ないんだが……まだあの嬢ちゃんには難しいか」
そう言ってバレイさんがグラスに注いだウイスキーをちびりと飲んだ。
二回戦も順調に進んでいき、ジーンとその姉のセシル、グロリアも余裕で勝ち進んだ。
二回戦が全て終わり、ベスト16が決まる。ここからが本番かな。
素人の私の目から見ても、ビアンカ、ジーン、セシル、グロリアの他はそれほど強くは感じなかったけれど、思わぬところにダークホースがいるかもしれない。油断は禁物だ。
といっても、私には応援することしかできないけどさ。
三回戦の前に一時間ほどの休憩を挟むらしい。ちょうどお昼に差し掛かるところだし、私たちもお昼ご飯を食べようということになった。
「っていうか、ここにきてホットドッグを食べるのもどうなのかなあ……」
「まあまあ。サクラリエルは毎日食べられるからいいけど、僕らはあまり食べられないんですから」
「私はサクラリエル様と毎日食べてますけどね!」
エリオットの言葉に謎のマウントを取るエステル。いや、毎日は食べてないよ……。使用人さんたちに頼まれて呼び出してはいるけど。
エステルは私と一緒に勉強やマナー講義を受けるために毎日うちに来ているから、食べる機会は多いけどさ。
「これが嬢ちゃんの『ギフト』か……」
VIP席に横付けされたキッチンカーをバレイさんが興味深そうにあちこちから眺める。あの、あんまり叩かないでくれるかな? このキッチンカーはとてつもなく頑丈だから壊れないとは思うけど。
「えっと、ローストビーフドッグとポテトのS、あとコーラを」
慣れた感じでエリオットが注文すると、キッチンカーに備え付けられたテーブルに、トレーに乗った状態で注文した商品が現れる。
「食いもんが……! 嬢ちゃん、こいつは誰でも使えんのか?」
「お金さえ払えばね。数に限りはあるけど」
バレイさんは興味を惹かれたようで、こっちの言葉に翻訳されたメニュー表とにらめっこしている。
「酒はねえんだな……」
「ないよ」
なんでもかんでも酒に結びつけるなっての。この人の前でリカーショップを召喚して見せたら閉じこもって出てこないんじゃなかろうか。
バレイさんがメニュー表で悩んでいる間に、エステル、ユリアさん、ターニャさんが次々と注文していく。
仲間外れもアレなので、総長さんにもメニュー表を渡した。
「ビアンカたちもご飯食べてるのかな?」
「食べても問題はありませんが、大抵の出場者は食べませんね。集中力が途切れますし、緊張して食べ物が喉を通らないという者がほとんどです。ま、うちのジーンのように、図太く食べるやつもいますけど」
それは神経が図太いのか、無神経なのか……。確かにジーンなら食べてそうだけど。
でも『腹が減っては戦ができぬ』とも言うしな。少しでも食べた方がいいのかもしれない。
ビアンカには一応キッチンカーで注文したサンドイッチを持たせてあるが、あの子の性格からして食べてないかもしれないなあ……。
「よし! これにしよう! ホットソーススペシャルひとつ!」
「なっぬっ!?」
バレイさんの注文に変な声が出た。ホットソーススペシャルってあんた!
あれ!? 翻訳されたメニューには激辛って書いてあったよね!?
私がなにか言う前に、召喚されたホットドッグをバレイさんはむんずと掴み、がぶりと一口で半分くらい食べてしまった。……食べてしまった。食べよった。
「んっ!?」
ホットソーススペシャルを一口食べたバレイさんが目を見張る。ああ、犠牲者がまた一人……。本当にこれ普通に食べられる人いるの?
「美味い! 辛味のあるソースが肉と絶妙に合うじゃねぇか! 久々に料理でガツンときたぜ!」
「嘘ん」
バレイさんは残りもぱくりと一口で食べ、ホットソーススペシャルをまた注文していた。
お父様みたいに痩せ我慢しているとかじゃなく、本気で美味い美味いと食べている。
ええ……。これってバレイさんがおかしいの? それともドワーフってそういう種族なの?
キツい酒も水のように平気で飲むドワーフだ。そういう耐性があってもおかしくはないが……。
バレイさんならスピリタスもそのまま平気で飲みそうだよね……。いや、間違いなく飲むな。
美味い美味いとホットソーススペシャルを食べるバレイさんに影響されたのか、総長さんまでホットソーススペシャルを注文してた。
私はバニラアイスクリームを注文し、顔が赤から青に変化した総長さんの前にそっと差し出した。
◇ ◇ ◇
「ふう……」
私はサクラリエル様から渡されたサンドイッチに手をつけられないでいた。
食欲がないというよりは、これからの試合のことが気にかかり、どうしても食べる気になれないのだ。
グロリアとは準決勝戦で当たることになる。
やるだけのことはやった。後は全力を尽くすのみ。……尽くすのみなのだが、それでも不安は残る。
勝負に絶対はない。つまらないことで大きなミスをすることもある。
私はそっと腰にある魔剣アンサンブルに手を触れる。
サクラリエル様から預けられた私のための魔剣。
私はこの魔剣を振るうのに相応しいのだろうか……。
「はあ……」
騎士団の控室に何度かのため息が漏れる。周りにいる参加者たちは私のため息など聞こえてもいないかのように、それぞれ次の試合に向けての準備を行っていた。
一心不乱に武器を磨く者、精神を統一するために瞑想する者、弁当をかっくらう者……かっくらっているのはジーンだ。あいつには緊張というものがないのか? あの無神経さが今は羨ましい。
「はあ……」
「あら、大きなため息ですこと」
またしてもため息をついた私の前に、ニヤニヤとした笑みを浮かべて立ち止まった者がいた。
「グロリア……」
椅子に座る私は自然と彼女に見下されるような感じになる。
グロリアの顔付きは以前に比べて目にうっすらと隈ができ、頰が少しこけている。なのにその両眼は燃える炎のようにギラギラと輝いていた。
「そんな調子で三回戦を勝ち抜けますの? 貴女が勝ち上がってきてくれないと私も困るんですけれど」
「……問題ない。お前こそ変な油断で負けたりするなよ」
「ふっふふ。面白い冗談ですわね。せいぜい今のうちに公爵家の騎士見習いという身分をよく味わっておくといいですわ。サクラリエル様の側仕えから引き摺り下ろされた時の貴女の顔を見るのが今から楽しみです」
意地の悪い言葉を吐きながらグロリアが笑みを浮かべる。
サクラリエル様はたとえ私が負けても側仕えからは外さないと言ってくれた。
グロリアがサクラリエル様と約束したのは、グロリアをフィルハーモニー公爵様……皇弟殿下に『側仕えにしてもらえるよう話をする』ということだ。そこに私の解任は含まれてはいない。
私が負けたとしても、グロリアと共にサクラリエル様の側仕えをすることはできるだろう。
しかし、私は負けたなら潔くサクラリエル様の側仕えを辞める覚悟でいる。
私がそのまま側仕えとして残っても、グロリアは絶対に納得しないだろうし、なによりも私自身が私を許せない。サクラリエル様の温情に縋り、騎士見習いを続けるなど……それは私が目指した騎士の姿ではない。
「お前こそ負けた時はその魔剣を手放す約束を忘れるな」
「それはもちろん。万が一にもあり得ませんけれど。ではごめんあそばせ」
グロリアは不敵な笑みを浮かべ、縦巻きロールの髪を靡かせてさっさと歩き去っていった。
負けるわけにはいかない。サクラリエル様のためにも私のためにも。
不安でいっぱいだった私の心に再び戦意が宿る。勝たねば。いや、必ず勝つ!
私は膝の上にあったサンドイッチを黙々と口に運びながら、静かに闘志を燃やしていった。