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◇005 店舗召喚





「これは店なのか? 見たこともない店だが……」

「あなた! この箱の中から冷気が……!」


 私が駄菓子屋の中で一人呆然としていると、お父様とお母様が外でなにやら騒いでいた。

 どうやら冷凍ショーケースを開けて、ひんやりとした空気が漏れたことに驚いているらしい。

 私は目の前にあった四角い十円のチョコを手に取り、包み紙を開けようとしたのだが、開けられなかった。なんで?

 その隣にある酢イカの入ったプラケースも開かない。他のガムやゼリーも開封することはできなかった。え、これ、食べられないの? ただのオブジェ?


「サクラリエル、これは店なのかい? 店員はいないみたいだが、この細々(こまごま)としたものが商品なのかな?」

「えっと、これは食べ物……お菓子、だと思います。なぜだかわかりませんが、食べられない……」


 そこまで話して、はたと気がつく。

 ────『商品』。

 ここにあるものが売り物だとすれば……!


「お父様! お金を持ってませんか!?」

「えっ、お金? 教会に渡すお布施ならあるけども……」


 私はお父様から金貨を一枚受け取る。金貨。なにげに初めて金貨を手にしたぞ、私。

 貧民街スラムじゃほとんど銅貨か鉄貨だった。ちなみに鉄貨で小さいパンがひとつ買えるからだいたい百円くらいだと思う。

 そこから上は銅貨、銀貨、金貨、白金貨、王金貨……と十進法で上がっていく。つまり金貨一枚でだいたい十万円くらいだ。

 駄菓子に十万円って、どこのセレブだよ……と思ったが、そういえばうちはまごうことなきセレブだった。

 とにかくもらった金貨をレジ横のカウンターにあった受け皿にパチリと置く。

 それから先ほど開封できなかった十円チョコを手にしてみると、やはり今度は包み紙を開くことができた。

 後ろから、ジャラッ、という音がしたのでカウンターを振り返ると、金貨がいくつかの銀貨と銅貨、そして鉄貨に変わっていた。

 お釣り、だろうか。数えてみると、鉄貨一枚分減っている。つまりこのチョコ一つ百円ということか?

 え、十倍もするの!? ぼったくりだ! でも食べちゃう!

 久しぶりのチョコは甘くて蕩けるように美味しかった。うん、百円でもいいかな……。

 なにしろ甘味なんてものは、公爵家に来るまでほとんど食べられなかったから……。それでもこの甘さにはかなわないけど。

 

「さ、サクラリエル!? そんな黒いものを食べて大丈夫なのかい!?」

「大丈夫です。甘くて美味しいですよ。ほらお父様も」


 もう一つ十円チョコを買って、お父様に手渡す。お父様はその色に顔をしかめていたが、くんくんと匂いを嗅ぐと、香りに引き寄せられたのか、意を決してパクリとそれを口に入れた。


「……甘い。確かにお菓子のようだ。しかしここまで甘いのは初めて食べる……」


 お母様と神官さんにも一つずつチョコを渡し、その甘さの虜にさせる。二人とも蕩けるような笑顔でチョコを味わっていた。


「ここにあるものは全てお菓子なのか……。【店舗召喚】はお菓子の店を呼び出す『ギフト』なのかな?」

「いえ、全部がお菓子ではないようです。どちらかというとここは雑貨屋ですね」


 駄菓子の他にもプラモデルやスーパーボール、磁石とか水鉄砲なんかも売っているしさ。こっちは男子がよく買っていたなあ。

 この店の歴史は長く、かなり昔の売れ残りのおもちゃなども積んであった。見る人が見ればプレミア物だったのかもしれないが、子供の私たちにとっては古いおもちゃでしかなかったからなあ。


「と、とりあえずは問題なく『ギフト』を得られたようでおめでとうございます」

「ありがとう。ああ、こちらはお布施だ。納めてくれ」

「これはこれは……。皆様に神の祝福があらんことを」


 お父様が神官さんに金貨が入っているであろう袋を手渡していた。

 教会も維持していくにはお金がいる。世知辛いようだけど、仕方のないことかもしれない。

 だけどもこのせいでお金がなくて『ギフト』を受けられない人も多い。貴族じゃなくても寄付金さえあれば『天啓の儀』を受けられるのだから、まだマシなのかもしれないが。

 だけど『ギフト』は千差万別、使えない『ギフト』や微妙な『ギフト』も多い。

 言ってみればギャンブルに近いところがあるからね。大金をはたいてまで平民がそれを得たいかというと難しいところだよね。

 お金に余裕がなけりゃ受けようとも思わないか。ちなみにこのお布施、商売の神様の『ギフト』持ちがきちっと管理しているらしいので、横領とかは不可能らしい。

 それに稀にだが、本人に災いを呼び込む『ギフト』なども存在するんだそうだ。

 その場合、教会に申し出れば『ギフト』を封印することができるんだって。

 だけど封印したからといって、改めて『ギフト』を授かることはできない。『ギフト』は一人一つだから。

 『ギフト』の封印は、本来犯罪者に使うものなんだそうだ。

 ゲーム内のサクラリエルも国外追放になった時は、【獣魔召喚】を封印されていたなあ。

 【店舗召喚】か……。【獣魔召喚】じゃなかったのは残念だけれど、これはこれで使える……のかしら?

 いろいろと検証が必要なようだけどね。呼び出せるのは駄菓子屋だけなのか、それとも……。


「サクラちゃん、この冷たい棒もお菓子なの? なんだかすごい色だけど……」


 お母様が冷凍ショーケースの中からオレンジ色の棒状アイスキャンディーを取り出してきた。うわ、懐かしっ! 昔よく食べたなあ。


「透明な膜に包まれているけど、これごとかじるのかしら……」

「いえ、これはこうして……えいっ」


 私はお母様から棒アイスを受け取ると、真ん中からポキンと折った。半分をお母様へと戻す。


「ビニール……えっと、膜の部分は食べられないので気をつけて下さいね」

「あ、ありがとう……。よく知ってるのね……」


 しまった。先日まで貧民街スラムにいた女の子が、こんな見たこともない店の商品について詳し過ぎるのは無理があったか!?


「『ギフト』を授かると、その『ギフト』についての知識も同時に得ることがあります。お嬢様の『ギフト』もそのタイプだったのでしょう」


 ナイス、神官さん! たぶんそう! そういうことにしとこう!

 なるほど、とお母様も納得されたようで、アイスに口をつけて一口かじる。


「んんー! ひんやり甘くて美味しい……! こんな氷菓子初めて食べたわ。お城にもないわよ、こんなの……!」

「まったくだね……。これは兄上にも献上したいな……」


 いつの間にかお父様も神官さんとアイスを分け合って食べていた。青いやつだ。サイダー味かな?

 というか、兄上? 献上?


「お父様にはお兄様がいらっしゃるのですね。私の伯父様ですか?」

「え? ああ、それも忘れてしまったのか……。そうだね。この国の王をしているよ。後日会いに行こうね」


 …………え?

 王? え、私の伯父さんって王様なの!?

 ああっ!? そうか! 『スターライト・シンフォニー』の悪役令嬢、サクラリエルって、皇国皇太子の婚約者で、いとこだった!

 ちょっ、ちょっと待って……! ひょっとして私ってもう皇子の婚約者になってる!?


「あっ、あの、私って、生まれた時からの結婚相手とか……いないですよね……?」

「え、どうしたんだい、急に……。そんなに急いで婚約者なんて決めなくてもいいんだよ? サクラリエルはいつまでも家にいていいんだからね?」

「ちょっとあなた……。それはそれでどうかと思いますわ。大丈夫、そのうちきっとあなたにも素敵な方が現れますからね」


 この口ぶりだと、どうやら私に婚約者はいないようだ。ふう。焦ったぁ……。

 しかしこの国の王である皇王陛下が伯父さんか……。公爵だから王家の血は入っているとは思っていたけど……キャラ設定をもっとはっきり思い出せればなぁ。

 皇王陛下に会いに行くのはいいんだけれど、息子の皇子には会いたくない。その場で婚約者にされたんじゃたまらないし。

 なんとか回避する方法を考えないと……。

 私は折ったポッキンアイスをかじりながら、同じように破滅フラグをへし折る方法を模索していた。



          ◇ ◇ ◇



 教会より帰ってきて数日、【店舗召喚】を試してわかったことがいくつかある。

 まず今のところ、この【店舗召喚】では駄菓子屋しか呼び出せない。一度呼び出せば二十四時間は存在できる。二十四時間経つと、店も商品も全て消えてしまう。

 お金を払えば商品を買える。払っていないと包み紙を開けることもできないし、店外へ持ち出すこともできない。あ、買ったものは二十四時間経っても消えないみたい。

 そして商品じゃないものは買えない。レジ横にあったボールペンを持ち出そうとしたが、ダメだった。しかし不思議なことに、商品じゃないのに店内なら使うことができた。ここらへん、よくわからない。

 店舗以外のところには侵入できない。

 この駄菓子屋は一軒家で、家主の自宅と一緒になっているのだが、カウンターより奥の部屋には入れなかった。空気のクッションのようなもので侵入を阻まれる。店舗じゃなく自宅だからだろう。

 電気は通っているようだ。水も。店舗外側にある水道の蛇口から水が出た。小学生の頃、帰り道にここで水を飲ませてもらったっけ。この水も0円の『商品』なのかしら? 疑問がわんさか出てきたが、答えが出ないので考えるのをやめた。

 二十四時間経たなくても私の意思で店を消すことができる。呼び出す時に魔力は使うが、消す時はいらないみたいだ。

 再び召喚すると、店内のものがリセットされる。商品は補充されるし、溶けたアイスも元に戻る。常に初めて呼び出した状態に戻るわけだ。

 ただ今の私の魔力だと、一日に一度呼び出すのが精一杯だけどね。

 最近じゃ朝に店を公爵家の庭に呼び出して、お父様がお金を払い、使用人たちが店内のものをごっそりと運び出している。

 なんでこんなことをしているかというと、魔力量は幼少期に使えば使うだけ伸びるという説があるからだ。本当かしら?

 まあ、やらないよりはマシなので、やっているという感じだけど。

 買った商品は屋敷で保管しているようだけど、アイスなどは溶けてしまうので、使用人さんたちに分けている。

 そりゃあ喜ばれたよ。氷菓子なんて上級貴族でもなかなか食べられないものだから。食べ過ぎてお腹を壊す人も出たけど。

 なぜか冷凍ショーケースの中には製氷皿も入っていたので、多くはないが氷も容易く手に入るようになった。普通は氷系の『ギフト』持ちか、氷属性の魔法使いじゃないと氷は作れないんだそうで。飲み物を冷やすのに重宝している。

 あと、この駄菓子屋には店内に小さな冷蔵庫もあって、瓶入りのジュースも売っていた。サイダーとコーラ、後は人工着色料バリバリの清涼飲料だけだったが。栓抜きが店内から持ち出せないので、お父様が栓抜きを鍛冶師に作らせると言っていた。お父様は今やサイダーの虜だ。

 カレンダーを見て気がついたんだけど、ひょっとしてこの駄菓子屋って、私が初めて訪れた時の状態なんじゃなかろうか。

 この店で初めて駄菓子を買ったとき、十円ガムが真ん中だけポッカリと抜けていたのを子供ながらに覚えているんだよね。で、この店でもその状態なの。平積みになった十円ガムの箱が、真ん中だけポッカリと空いている。たぶんそうなんじゃないかな、と思うのだけれど。

 【店舗召喚】は便利な『ギフト』であるとは思う。しかし……この【店舗召喚】をどう使えば破滅フラグを回避できるのか……。

 まあ、国外追放になっても食べてはいける、かな? 毎日駄菓子はなかなかにキツいが……。

 そんなことを日々悩んでいた私だったが、今現在、ある人に土下座されていたりする。意味がわからないって? 私もだよ。


「……あの、お祖父じい様、顔を上げて下さい」

「いや! 許されるとは思ってはいないが、どうか謝らせてくれ! ワシのせいでお前は……!」


 床に額をつけて土下座している人物。この人がお母様の父であり、私の祖父でもある、ザルバック・オン・アインザッツ辺境伯であった。









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