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◇049 合同試合開始





 従卒スクワイア合同試合の日がやってきた。

 試合会場となる騎士団本部の訓練場には特設会場が設けられ、試合をする従卒スクワイアたちが大怪我をしないような結界が張られている。

 試合をするその会場の周りには多くの騎士たちや同じ従卒スクワイアたちが試合を観戦している。

 今日行われるのは五~八歳までの『最年少の部』なので、どうやら出場する従卒スクワイアたちの親も来ているようだった。

 騎士の家に生まれると、親と同じように騎士になる者が多い。

 騎士爵は一代だけのものだが、親が問題なく騎士職を務め、その息子も騎士となって二代に渡り騎士を務めたというのは上の覚えがいい。

 さして功績がなくとも真面目に務め上げれば何代か後に、準男爵、男爵に陞爵される可能性も出てくる。どこかの貴族家がお取り潰しになったりした時なんかにね。

 そんな理由もあり、ここにいる騎士団員の子供が参加している率が高いのだ。ジーンもその姉セシルも、そしてビアンカとグロリアも親が騎士団勤務だしね。

 もっとも最年少の部なので、そこまで注目されてはいない。おそらくここに来ている騎士のほとんどが非番の騎士だろうし、各騎士団の団長も来ていない。仕事があるからね。

 ビアンカの父である第一騎士団の団長さんも来ていないし。騎士団に入団を希望する年長組の試合は観に来ると思うけど。

 もちろん私みたいに直接騎士団とは関係のない者も観覧OKである。一般開放とまではいかないが、騎士団の許可があれば入場可能なのだ。

 だからこの人がここにいてもおかしくはないのだけれども。


「まさかバレイさんが来ているとは思わなかったよ」

「ふん、ワシが作った魔剣を小僧らがどこまで使えるようになったか確かめんとな。それと魔剣ディスコードを放っておくわけにもいかんだろう」

 

 私たちが座る同じ観覧席にバレイさんこと伝説の魔剣鍛冶師、バルクブレイさんが座っている。

 その横にはジーンの父親である騎士団総長さんと、ちゃっかりとエリオットが座っていた。

 私たちのいる観覧席は他の席より少し高くなっていて、いわゆるVIP席のようになっている。

 基本的には騎士団幹部や、王族、上級貴族の座るために設けられた席なのだが、連れの者も座ることができる。

 なのでエリオットの護衛さんや、おそらく総長さんが許可したバレイさん、そして皇族である私の連れとして、エステルとその母で私の剣術の先生であるユリアさん、そして護衛のターニャさんが同じ席に座っていた。

 お祖父様も来たがったのだけれど、最近王都にいてばかりで、領地をあまりにも放ったらかしにし過ぎたらしく、一回帰ってこい! と息子さん(お母様の兄、私の伯父になる)からお怒りの手紙が来て渋々領地へと帰っていった。

 私は手元にある対戦トーナメント 表に視線を落とす。参加人数は六十四人。三十二、十六、八、四、二、と減っていくわけだから、六回勝ち抜けば優勝ってわけだね。

 すでに第一回戦は始まっていて、目の前にある四つの試合場で対戦が行われている。これを八回やるのか。けっこう一回戦だけでも時間がかかりそうね。

 ラインが引かれた四つの試合場の四隅には、水晶を咥えた竜の置物が置かれている。あれが結界を生み出して、中の参加者にスキンバリアと麻痺の効果を与えるのだ。


「あっ、サクラリエル様! ビアンカさんですよ!」


 エステルの声に視線を向ける。ここから見て右手手前の試合場にビアンカが現れた。

 腰には青い鞘の魔剣アンサンブルを差している。

 対戦相手は体格のいい年上の少年だった。八歳にしてはデカくない、あの子……。わんぱく相撲とかに出てそうな体格なんですけれども。

 得物は槍……というか、槍と斧が合体したような形をしている。

 どっかで見たことあるな……ああ、城の兵士が持ってたやつだ。


斧槍ハルバードです。刺突、斬撃、打撃など、多彩な使い方ができる武器です。従卒スクワイアであれを使いこなすにはかなりの膂力と技量がいるはずですが……」


 後ろの席に座るターニャさんが説明してくれた。ってことはあの対戦相手の子、かなりできる?


「始め!」


 審判の騎士団員の掛け声と同時にビアンカが身を低くして飛び込んだ。

 それを迎え撃つように、小太りの少年の槍斧ハルバードが横に薙ぎ払われる。ビアンカはさらに身を低くしてそれを躱し、すれ違いざまに少年の右足を魔剣アンサンブルで斬り裂く。

 この試合場には結界が張られているので、ズボンは裂けてしまったが少年の足に怪我はない。しかし結界の効果で右足が麻痺してくるはずだ。

 足をやられた少年は動きが鈍くなり、繰り出す槍斧にも勢いがない。ビアンカは二、三度、その攻撃を打ち払い、隙をついた魔剣アンサンブルが少年の首筋にヒットした。

 次の瞬間、小太りの少年が意識を失ったかのようにその場にドズンと倒れた。


「それまで! 勝者、ビアンカ・ラチア・セレナーデ!」


 審判の騎士がビアンカの勝利を告げる。おお、圧勝じゃないか。さすがビアンカ。

 

「ビアンカさんが勝ちました!」

「やったね!」


 エステルと私は、いえーい! とばかりにハイタッチをする。


「実戦なら首を撥ね飛ばしたというところですか。ちょっと時間がかかりましたね」

「ええ。贅沢を言うなら最初の一撃でそれを決めて欲しかったですね」


 後ろの席にいるユリアさんとターニャさんの評価が厳しいよ。勝ったんだから喜ぼうや。

 負けた小太りの少年が担架に乗せられて運ばれていく。大丈夫かな……?


「首や頭、そして胸など致命的な場所に攻撃をもらった場合はあんな風に戦闘不能になります。なに、命に関わることはありません。数十分もすれば目を覚ましますよ」


 担架の少年を見ていた私に、総長さんが声をかけてくれた。なら大丈夫か。

 ビアンカはグロリアと戦う時のために魔剣の力を使わないで勝ち抜くつもりらしい。気持ちはわかるけど、危なくなったら使って欲しい。負けたらなんにもならないんだから。


「あっ、今度はジーンの出番ですよ」


 エリオットがさっきまでビアンカが戦っていた試合場の隣を指差す。

 そこには赤い鞘の魔剣フォルテッシモを携えたジーンの姿があった。へえ、総長さんから許可が下りたんだ。ってことは『炎剣』のコントロールができるようになったんだね。


「始め!」


 試合が開始すると、ビアンカの時とは逆に対戦相手がジーンの方に仕掛けてきた。

 ジーンと同じく剣を手に持つ対戦相手は、右に左にと打ち込んでいくが、ことごとくジーンはそれを防いでいる。


「いくぜ、フォルテッシモ!」

 

 ボッ! とジーンの持つ魔剣フォルテッシモが炎に包まれたと思ったら、炎がすぐにフォルテッシモに吸収され、刀身が赤く輝き始めた。

 まるで赤い流星のような軌跡を残して横一文字に振り抜かれたフォルテッシモに、対戦相手の剣が真っ二つに斬り裂かれる。

 剣を斬られ、呆然とする対戦相手の喉元にジーンが剣先を突きつける。


「勝負あり! 勝者、ジーン・ルドラ・スタッカート!」


 審判の騎士が勝利を告げると観客席から拍手と歓声が降り注いだ。派手にかましてくれたなあ。


「ほう。それなりにフォルテッシモを使いこなせるようになってるじゃねぇか」

「ギリギリですがね。手袋をしてなんとかというところです」


 ジーンの試合を見て、バレイさんと総長さんがそんな言葉を交わす。

 手袋をしてるってことはまだ多少は熱くなるのかな? 長時間はあの状態を保てないのかもね。

 しかし初手から魔剣を使って大丈夫なのかね。あれを見たら、次からの対戦相手はまともにジーンとは打ち合いはしないと思うけど。良くも悪くも魔剣には初見殺しの部分があるからなあ。

 そういえば前世の先輩が言ってたな。実際の戦い、一対一の殺し合いにおいては同じ敵とまた戦うことなど稀だと。そりゃそうだ。負けた方は死んでるんだから。

 だから自分の得意な技一つを昇華して、必殺の一撃まで高められれば、小手先の技など不要だとか。

 でも逆に言えば、それを外してしまうと後がないということになりかねないわけで。私は小手先の技も必要だと思うけどね。

 試合はその後も続き、ジーンの姉、セシルも危なげなく一回戦を突破した。

 そして一回戦最後の試合。

 金髪縦ロールの少女が黒い刀身を持つ魔剣とともに試合場へとやってくる。


「グロリア……」


 遠目にしか見えないが、ひと月前と比べて雰囲気が変わったような。

 人を小馬鹿にするような目つきは同じだが、どこか愉悦の感情が滲み出ているような気がする。


「あいつがディスコードの今の持ち主か。かなり侵蝕が進んでいる気がするな。それなりに相性が良かったのか……」


 バレイさんが腕組みをしてグロリアを……いや、魔剣ディスコードを睨み付ける。

 グロリアの対戦相手は盾と片手剣を持った年長の少年で、なかなか様になった構えをしていた。

 対戦相手の少年が剣を抜き、グロリアも剣を抜いて、お互い準備ができたことを示す。


「始め!」


 試合開始と同時にグロリアは対戦相手の少年へと襲いかかる。その攻撃を対戦相手の少年は盾と剣でなんとか受け止めるが、受け止めきれなかった魔剣の切先が少しずつ少年の身体を斬り刻んでいく。

 肩、腕、頬、脇腹、太腿と、少しずつ少しずつ少年の身を斬り裂いていった。もちろん実際に傷は付いていないが、少しずつ身体の感覚が麻痺していっていることだろう。


「遊んでやがる」


 チッ、と舌打ちと共にバレイさんが吐き捨てるように呟いた。

 誰が見たって実力差は歴然としている。試合を終わらせる気ならすぐに決められるはずだ。

 しかしグロリアはそれをせず、時間をかけて相手を倒そうとしている。

 そう、まるで猫がネズミをいたぶって殺すかのように。


「笑ってる……」


 グロリアの口元には愉悦が浮かんでいた。あれは戦いを楽しんでいる……いや、相手をいたぶることに悦びを見出しているんだ。どうやら魔剣ディスコードの精神汚染はかなり進行しているらしい。

 不意にフッとグロリアの姿が消える。グロリアの『ギフト』【透過無色】だ。

 わずか一秒だけの透明化でも、対戦相手の背後に回り込むには充分な時間だったのだろう。

 突然背後に現れたグロリアが対戦相手の背中を魔剣で斬り裂く。

 白目を剥き、気絶した対戦相手の少年がその場にパタリと倒れた。


「それまで! 勝者、グロリア・グリム・バルカローラ!」


 担架に乗せられて運ばれていく対戦相手を見ることもなく、グロリアが試合場を後にする。

 グロリアはひと月前より強くなっているような気がする。

 魔剣ディスコードは相手の力を吸収し、己の力へと変える魔剣だ。このひと月でさらに力を蓄えたのだろう。

 ビアンカ、大丈夫かな……。

 いや、ビアンカならきっと大丈夫だ。グロリアにだって負けない。人から奪った力なんかに負けるもんか。

 私はビアンカの勝利を信じて応援するだけだ。

 がんばれ、ビアンカ。









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