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◇048 婚約者はいらない





 試合の日が近づいてきた。

 ビアンカは毎日毎日、ユリアさん相手に魔剣アンサンブルを使った特訓に励んでいる。

 今のところアンサンブルで作り出せる分体は一人だけ。時間もそんなに長くはない。

 これを使って勝つなら一撃必殺でなければならない。ここぞというときに使う、フィニッシュブローにするべきだ。一度バレてしまうと警戒されてしまうからね。

 すでに従卒スクワイア合同試合の試合トーナメント 表は各自に通達されている。

 今のビアンカの実力だと油断できないのはジーンとその姉であるセシルくらいである。

 グロリアと当たる前にその二人に当たってしまうと厳しいかもと思ったが、幸いその二人は別ブロックで、勝ち進んでもビアンカとは決勝でしか当たらなかった。

 つまり決勝までにセシルとジーンが当たるので、どちらかは落ちるわけだね。

 しかし、グロリアとは順調にいけば準決勝戦で当たる。

 グロリアを倒し、決勝でセシルかジーンのどちらかを倒せばビアンカが優勝だ。

 だけどビアンカにとっては優勝はどうでもいいことらしい。

 優勝すれば騎士団への入団が有利になるが、もうすでに彼女は我がフィルハーモニー公爵家の騎士見習いである。優勝することによる利点は少ない。

 それよりもグロリアを倒し、自分が私の側仕えであるに相応しいと示すことの方が大事なんだってさ。


「むろん、優勝も狙っていきますが。フィルハーモニー公爵家の見習い騎士として全力を尽くすつもりです」


 なんだろうなあ、この子は。真面目なのはいいけど融通がきかないというか、頑固というか。試合までに身体壊したら元も子もないんだからね?

 そう注意したら、


「大丈夫です。エステルの回復魔法がありますので」


 ときた。そうじゃないだろうがよぉぉ……。私の側仕えが脳筋化していくよ……。

 これはアレだ、試合の前の日は命令してでも休ませないと。


「合同試合ですか。僕も観に行ってみようかな」


 訓練場が見えるうちのテラスでエリオットがポリポリとクッキーをつまみながらそんなことをのほほんと述べる。


「あら、皇太子殿下は随分とお暇なのですね?」

「暇というか、僕だけ仲間外れってのも寂しいじゃないですか」

「仲間? そんな、皇太子殿下と仲間なんて恐れ多い。私たちは主君と家臣ですから。試合に来られたりするとみんな萎縮してしまいますわ」


 目の前のエステルとエリオットのやりとりを私は我関せずの精神でスルーしていた。

 暗に『来んな』って言ってるよね、これ。エリオットは気付いてないみたいだけど。にぶちんだからな。

 ジーンはエリオットの側仕えだから、その主人が来てもおかしくはないけどさ。


「しかし本当に名工バルクブレイの魔剣なんてよく手に入りましたね。王家にさえ数本しかないのに」

「ああ、初代様が使ったっていうやつ?」

「ええ。代々の国王に受け継がれる魔剣です」


 つまりはいずれエリオットに受け継がれる魔剣か。ゲームでは出てこなかったな。エリオットがそれよりも強い【聖剣】を手に入れちゃうからかな。


「そういやジーンは試合で魔剣を使わせてもらえるの?」


 問題の『ギフト』のコントロールは上手くなったのだろうか。未だに火傷するんじゃ総長さんから使用許可は下りないと思うけど。


「ある程度はできるようになってきたみたいです。ただ、それはジーンの『ギフト』、【炎剣】の技能であって、魔剣の力を十二分に操れるようになったわけではありませんからね」


 ま、そりゃそうだよね。ゲーム内の十年後のジーンだって何度も火傷して、魔剣の力を引き出すのに苦労していた。エステルの献身的な回復魔法のおかげもあって、ジーンは魔剣を使いこなすことに成功し、辻斬り騎士を倒すのだが。

 ちらりとエステルを見る。


「サクラリエル様? どうかしましたか?」

「ううん、なんでも」


 今のところ、エステルはジーンにまったく興味を持ってないように見える。ジーンルートに入る可能性は低いようにも思えるが……。

 でも魔剣ディスコードがグロリアの命を奪い、やがてそれが辻斬り騎士の手に渡ったりすると、十年後にジーンルートのフラグがいきなり立つかもしれない。

 ジーンルートでの私の末路は【獣魔召喚】で呼び出した自分の召喚獣にムシャムシャされるのと、改心したジーンルートの悪役令嬢であるビアンカにやられて逮捕される二つだ。

 今の私は【獣魔召喚】を持ってないし、何も悪いことはしてないから逮捕もない……と思うんだが。

 まあ、私の破滅イベントが起こらないならエステルが誰とくっつこうが構わないんだけど。

 いや、もちろん友達として、いい加減な男とはくっついて欲しくないけどさ。

 そういった意味ではエリオットなんかは有望株だと思うんだけどな。なんでか知らないけどエステルの方が敵視してるんだよねぇ。


「そういえばエリオットの婚約者って決まったの?」

「なんですか、藪から棒に……。まだ決まってませんよ。最近いろんなことがありましたし、それどころじゃなかったので」

 

 まだ決まってないんだ。未来の国母を決める決定だし、おいそれとは決められないのはわかるけど、さっさとしないと相手がいなくなるよ?

 たぶん、プレリュード王国とメヌエット女王国の王女であるルカとティファには断られたんだろうな。

 婚約を打診していたことはおそらく水面下で進んでいて、エリオットには伝わっていなかったと思われる。自国の皇太子がフラれるのは外聞的にもイメージが悪いし、エリオットもそれなりにショックだろうし。

 それを察しているからか、エステルのエリオットへの視線もどこか憐れみを込めたものになっている。


「ま、そのうちいい人が見つかるよ。たぶん」

「ええ、殿下の運がおよろしければ必ず。おそらくは」

「……なんで僕は励まされているんですか?」


 私とエステルの微妙な励ましにエリオットは怪訝そうな顔をした。

 

「僕よりもサクラリエルの方はどうなんですか。あちこちの貴族家から婚約の打診が山のように来ていると叔父上から聞きましたが」

「ほ、本当ですか、サクラリエル様!?」


 エリオットの言葉になぜかエステルが驚いて叫び声を上げる。あれ? 言ってなかったっけ?

 暗黒竜を倒したあの一件以来、うちにはそういった話が確かに山ほど来ている。といっても曲がりなりにもうちは公爵家なので、子爵家以下の下級貴族からは来てはいないが。

 上級貴族でまだ婚約者がいない、さらに国を救った『聖剣の姫君』である。下心満載の貴族たちが動くのも無理はなかった。

 もちろん、その全てをうちのお父様が相手が恐怖で震えるほどの笑顔で断っているが。ホント頼りになるよね。


「今は婚約者なんて面倒なものはいらないかな。他にもいろいろとやらないといけないこともあるし……」

「やらなければいけないこと?」

「破滅フラ……っと、勉強とか、ダンスとか!? あとマナーとかね!?」


 エリオットの疑問を慌てて誤魔化す。

 あっぶな! 『破滅フラグをへし折らないと』って言うところだった!

 実際にエリオットルートの破滅フラグはへし折ったからな……。このことでエリオットとエステルのラブラブなトゥルーエンドを潰したわけだから、この二人にはどうしても後ろめたい気持ちがある。


「まあ、とにかく婚約者なんかはいらないよ」

「そ、そうですよね! いりませんよね!」

「うん……?」


 なぜエステルが嬉しそうにしているのかわからぬ。婚約者がいない仲間が欲しいのかね?


「エステルの方はそんな話来てないの?」

「わっ、私ですか!? 私の家は叙爵したばかりの新興貴族ですし、そんな話は来ていません」


 そうか、来てないのか。

 だけどもエステルは治癒魔法の『ギフト』が使える。建前上ではそうなってる。

 本当はもっとハイレベルな『ギフト』なんだが、それでなくても治癒の『ギフト』持ちは少なく貴重だ。

 その治癒魔法目当てで上級貴族から『嫁になれ』と迫られたら新興の男爵家では断れないかもしれない。


「もしもどこかの上級貴族から望まない結婚を強いられそうになったら、ちゃんと私に言うんだよ? うちでなんとかするから」

「はい。ありがとうございます」


 公爵家うちと繋がりがある家に無体なことをしてくる貴族はいないと思うが、馬鹿はどこにでもいるからなあ。

 特に甘やかされて育った貴族のボンボンには碌なのがいないらしい。これはメイドのアリサさんや護衛のターニャさんから聞いた話だけども。

 幸いエリオットやジーンは甘やかされてはいないみたいだけどね。

 そういや、ゲームでもいたな、そんなモブキャラ。主人公エステルに言いよってきて、『俺の女になれ』みたいなことを抜かす伯爵家の馬鹿子息とか。

 まあ、主人公エステルを庇った攻略対象に一喝されて、すごすごと退散していくだけのキャラだったけれども。

 だけど貴族である以上、政略結婚もあると思う。特にエリオットなんかはその結婚相手によって、国が左右されかねないわけだし、慎重に選んで欲しいところだよね。

 そう考えると、ゲーム内でのエリオットは自分の愛を貫いたとも言えるな。なにせ相手は下級貴族の男爵令嬢だ。

 まあ、エステルは【聖女】だったし、国としてもいろんな思惑があったとは思うが。

 お父様の話だと、『聖剣の姫君』である私をエリオットの婚約者に、という声も貴族内でちらほら上がっているらしい。


「だが断る」

「え? なにがです?」

「いや、こっちの話」


 破滅フラグが云々を置いても、王妃なんかになるのはゴメンだよ。面倒くさい。

 こちとら公爵令嬢とは名ばかりの、スラム育ちだからね。前世も由緒正しい庶民だったし。そもそもが上流階級に向いてないのだ。

 それでもこの公爵家にいるのはお父様とお母様の二人がいるからだ。

 あの二人が愛してくれているからこそ、ここで頑張ろうと私も思える。

 もしも二人が冷たい両親で、娘を政略結婚の道具としか見てないような親だったら、私は間違いなく公爵家から逃げ出してまたスラムへと戻っていただろう。

 だから私は親孝行がしたい。そのためには破滅フラグをへし折って行く必要がある。

 追放されたり、没落したり、ましてや死んでなんかやるものか。

 エリオットのはへし折った。今度はジーンのフラグをへし折る。

 破滅フラグを全部へし折って、私自身のグッドエンドを目指すのだ。







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