◇046 二つの魔剣
一週間が経った。私たちは再び二台のキッチンカーでフォーコの町へと向かっている。
前回と違うのは二号車の方に、ジーンの父である騎士団総長さんも乗ってるということ。
まあ、総長さんがお金を払うのだから当然といえば当然だけど……。いや、あれはついでに自分の剣も作ってもらおうとしてるな、絶対。
そこらへんはバレイさんと総長さん、本人同士の話し合いで決めてもらえばいいので、私は別に構わない。
バレイさんの家につくと、家の前に設置されたテーブルの椅子に腰掛けて、バレイさんがほろ酔い気分で一杯やっているところだった。こりゃあ、できあがってるな。……二つの意味で。
「おう、聖剣の嬢ちゃん。よく来たな」
「魔剣を受け取りに来たわよ」
「心配すんな、ちゃんと仕上がってるからよ」
バレイさんは家の壁に立てかけてあった、赤と青の鞘に入った二振りの剣をテーブルに並べた。ん? 二振り?
「久々に調子が良くてなあ。小僧の分も打っちまった。ま、ついでだ」
バレイさんがカラカラと笑う。ありゃ、ジーンの分まで一週間で作ってしまったのか。聞いてなかったけど、バレイさんってどんな『ギフト』持ってるんだろ? 【高速魔剣鍛冶】とか?
まさか自分の剣もできているとは思わなかったからか、ジーンが両拳を振り上げてガッツポーズをしている。
……喜んでいるところ悪いけど、この魔剣、これから親父さんに取り上げられるんでしょ? あんまり喜ばない方がいいんじゃないかなあ。
水を差すのも悪いので、口には出さないけども。
「そっちの青い鞘のがビアンカの嬢ちゃんの魔剣『アンサンブル』。赤いのが小僧の魔剣『フォルテッシモ』だ」
ん? あれ? ビアンカのがフォルテッシモじゃないの?
魔剣フォルテッシモはゲーム内でジーンが手に入れる魔剣の名だ。それを先んじてバレイさんに作らせようとしてたから、てっきりフォルテッシモが出来上がるもんだと……。いや、出来上がってはいるんだけれども。
「……これってそれぞれ違いはあるの?」
「たりめーだろ。本来魔剣ってのは使い手に合わせて作るもんだ。本来の持ち主の手を離れた魔剣は半分の力も出せねえ」
なるほど。売られたり、何かしら理由があって手放された魔剣は本来の力を出せないのか。
本来なら魔剣は全てオーダーメイドで作るものなんだな。ま、元の持ち主と同じ、相性のいい使い手に渡ることもあるらしいが……ゲームでの辻斬り騎士のように。
あの辻斬り騎士の場合、相性が良すぎて最終的には魔力を溜め込んだディスコードに身体を乗っ取られていたからなあ。普通の魔剣ならそんなことはないんだろうけども。
本当の使い手じゃないグロリアでは、乗っ取られるようなことはないと思うが、それでも長く使えば精神を削られていくのに変わりはない。やはり早いとこ取り上げねば。
魔剣は本来、持ち主に合わせて作るんだから、ジーンに合わせて作れば、どうやってもフォルテッシモができるってことなのかな?
するとこっちの魔剣アンサンブルはビアンカに合わせたゲームにはない、オリジナルの魔剣ということになる。
「ビアンカの嬢ちゃんは力押しより手数で戦うタイプだろ? バッチリのやつができたぜ。もちろん使いこなすには何年も訓練を重ねないといけねえが……」
「それはもちろん。この魔剣に恥ずかしくない騎士になるつもりです。いえ、必ずなります!」
手渡された魔剣アンサンブルを握り締めたビアンカが宣言する。
ビアンカがすらりと抜いた魔剣アンサンブルは、青い柄にミスリルの刀身がキラキラと煌めいていた。
煌びやかではないがシンプルで美しいデザインの剣である。長さは小剣と長剣の間くらい。
子供のビアンカには少し大きな気もするが、ビアンカは【伸縮自在】を持っているのでそれほど苦にはならないと思う。
それに魔剣は持ち主の成長に合わせて、その時の理想の姿となるらしい。ビアンカやジーンが大人になったら魔剣も成長するってこと?
正眼に構えたビアンカが、魔剣アンサンブルを一振りする。
「すごい……! すごく軽いし、手に馴染む……!」
「そりゃあ、そうなるように作ったからな」
ミスリルは鉄や鋼より軽く、それでいて頑丈であり、魔力をよく通す。それは逆に言えば、自分以外の魔力の乗った相手の攻撃を弾けるということだ。この剣ならディスコードの相手の力を奪う能力も弾くことができるだろう。
「うおお……! かっけぇ……!」
と、魔剣に夢中になっている者がもう一人。
ジーンの魔剣フォルテッシモは、赤い柄にガードのところから剣身の中央に赤いラインが走る幅広の剣だった。長さはロングソードと同じらしく、今のジーンが持つとけっこう大きい。けども、あれが今のジーンに一番使いやすい大きさなんだろうな。
魔剣フォルテッシモは私がゲームの中で見た魔剣と同じ形であった。やっぱりジーンの魔剣はフォルテッシモになるんだな。
「小僧の魔剣フォルテッシモは、わずかな炎の力も増幅し、業火へと変える。それだけじゃねぇ。内にその炎を閉じ込めれば刀身が発熱し、極めりゃどんなものでも焼き斬ることができる」
うん、ゲームでもそんなんだった。最終的に追い詰めた辻斬り騎士を真っ二つにしちゃったからね。赤く光る光子剣みたいな感じになって、剣を振った軌跡が赤い流星のように見えるんだ。
もともと【炎剣】という『ギフト』を持っているジーンにぴったりの魔剣だと思う。
「で、ビアンカの魔剣にはどんな効果が?」
「アンサンブルは時空属性の魔剣だ。ま、使ってみればわかる。皇国の『獅子』か『虎』、どっちかと手合わせしてみたらいい」
「では私が」
バレイさんの提案に、いち早く『皇国の虎』こと、騎士団総長さんが名乗りを上げた。
総長さんのことも知ってたんだね、バレイさん。まあ、この国では有名人だからなぁ。
一週間前、ビアンカとジーンが魔剣による試練を受けた裏庭へと移動する。
ビアンカはできたばかりの魔剣『アンサンブル』を、総長さんは自分の魔剣『ペザンテ』をそれぞれ構えた。
「私からは攻撃をしないから、本気で打ち込んできなさい。でなければ魔剣は呼びかけに応えない」
「はいっ!」
ビアンカは両手で、総長さんは片手で剣を構える。
放たれた矢のようにビアンカが一直線に総長さんへと斬りかかった。
魔剣アンサンブルと魔剣ペザンテが高い金属音を響かせてぶつかり合う。
右に左にビアンカは攻撃を続けるが、総長さんは涼しい顔でそれを受け流していた。最初の場所から一歩も動いていない。
「はあっ!」
「む?」
ビアンカの剣を総長さんが受け止める。あれ? 気のせいかな、今ビアンカの姿が一瞬ぶれたような……?
見間違いかと目を擦っていると、再びビアンカが総長さんへと斬りかかるところだった。
ビアンカの姿が再びブレる。見間違いじゃない。ビアンカが右と左に二人に分かれた!?
「「やあぁぁぁっ!」」
「ぬっ!?」
左右からの二つの魔剣攻撃に、さすがの総長さんも一歩後退し、稼いだわずかな時間で二本の魔剣を両方とも弾く。
再び一人に戻ったビアンカが激しい呼吸とともにその場に膝をついた。なんだ、今の!?
「まあ、初めてなら【二重奏】が精一杯か」
バレイさんが満足そうに顎髭を撫でながら呟く。今のがビアンカの魔剣の能力なの?
「幻影を見せる魔剣……?」
「いや、スタッカート卿は両方の剣を弾いていました。つまり両方とも本物ということ。幻影じゃありません」
ターニャさんの疑問にユリアさんが答える。どういうこと? 分身の術?
「分身の術? よくわからんが、『アンサンブル』は別の時間軸から自分の分体を呼び出して、その存在をわずかな間だけ固定させることができる。つまりさっきの二人は、どっちも本物のビアンカの嬢ちゃんだったってことだ」
だからそれ、分身の術でしょ? バレイさんの説明に、私は心の中で突っ込む。
いや、忍者とかが使う分身の術ってのは、あまりの素早さのために二人に見える……残像ってやつだっけ? ビアンカのはそれの上をいってると思うんだけども。
これってすごい魔剣じゃないだろうか。二人になれるってことは二対一で戦えるってことで。
持っている魔剣さえも二つになるってすごくない?
「これって、『騎士道精神に反する』とか、ないよね?」
「他の国では多少変わりますが、我が国での騎士道とは、守るべきもののため、全力を尽くし、己に恥じない行動のことを指します。魔剣もまた自分の力。それを出し渋り、己の恥とすることこそ騎士道精神に反することかと」
私の疑問に総長さんが答えてくれた。騎士団のトップが言うのだ、問題はないのだろう。
「アンサンブルを使いこなせるようになれば、分体は増えていく。二重奏、三重奏、四重奏……、どこまで伸ばせるかはお前さん次第だ」
「私次第……」
ビアンカが手の中にある魔剣アンサンブルを見つめている。
あと三週間で使いこなせるだろうか。さっきの二重奏? だって一瞬だったし、ものすごく体力を消耗してたみたいだし。
「自由自在に分体を生み出せるようにならないとな。それと持続時間も伸ばさねえと。魔剣と遣い手が一体になれば、自分の手足のように操れるようになる。体力の消耗も軽減できるはずだぜ」
「うむ。魔剣は暴れ馬のようなものだ。乗りこなすまでが大変だが、一度主人と認められれば従順になる」
バレイさんの言葉にお祖父様が頷いている。なにはともあれ、やっぱり訓練あるのみってやつ?
「親父! 次、俺! 俺の魔剣も試させてくれ!」
「お前の魔剣じゃない。私が金を払う以上、まだ私の魔剣だぞ、それは」
魔剣フォルテッシモを持ち、興奮気味に叫ぶジーンに総長さんが冷水をぶっかける。
ジーンがぐむむむ、と唸っている。『まだ』と言っているんだから、そのうち譲ってくれるんだと思うんだけどね。
「まあいい、試してみよう。来い」
「よっしゃ! いくぜぇっ!」
ジーンの魔剣がボッ! と炎をまとった。あれは魔剣の能力ではなく、ジーンの『ギフト』【炎剣】だね。
炎をまとったままの剣をジーンが総長さんに振り下ろす。総長さんも『ギフト』を使った息子の相手をするのに慣れているのか、炎が揺らめくジーンの剣を軽い感じで左右に払いながら攻撃をいなしていた。
「どうした。魔剣の力を引き出してみろ」
「おうよ! 見てろ!」
ジーンが魔剣を構えて集中する。刀身にまとわりついていた炎が、突如爆発したかのように大きくなり、そのまま剣の中に吸い込まれるように消えていった。と、同時に白銀色だった剣が赤く熱を持った色に変わっていく。
「あー……、ダメだな、こりゃ」
「え?」
ぼそりと呟いたバレイさんの言葉に私が気を取られていると、正面から『うあっちぃ!?』という悲鳴が聞こえ、魔剣を放り出すジーンの姿が目に入った。
「あちちち! 水、水!」
ジーンは両手を振るようにしてあたりを駆け回り、木桶に汲んであった水の中にその手を突っ込んだ。
「いったいなにが……?」
「魔剣の力を制御できなかったんだな。刀身だけじゃなく柄まで発熱させりゃそうなるわい」
バレイさんの説明を聞いて、ああ、なるほど、と理解した。それでジーンは両手を火傷したのか。
火傷はそれほど酷いことにはなってないようだったが、ジーンは総長さんに魔剣を取り上げられてしまった。
まずは自分の『ギフト』、【炎剣】のコントロールを完璧にすることから始めろってさ。
今のジーンの【炎剣】は常時ぶっ放し状態らしい。車で言えばアクセルベタ踏み状態ってとこかしら?
今まではそれでもよかったが、魔剣を操るのなら総長さんの言う通り、弱い炎や強い炎を自由自在に火力調整できなければ危険ということなのだろう。
魔剣を取り上げられて落ち込んでいたジーンだったが、三週間後の合同試合までにそれができたなら、魔剣を持って出場してもいいと総長さんに言われ、今度は俄然やる気になっている。
現金なもんだね、まったく。




