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◇044 試合へ向けて





「さて。魔剣を打つのは構わねえんだが、ひとつ問題がある」


 ビアンカに魔剣を打ってもらうことが決定した直後、バレイさんからまたもストップがかかった。

 んもー、今度はなによ? もっとお酒を寄越せってんじゃないでしょうね?


「違う。なにで魔剣を作るかってことだよ」

「なにで? 作る剣の素材ってこと?」

「そうだ。材質にこだわらねえなら、鉄や鋼で作っても構わねえが、せっかくの魔剣だ。アダマンタイト、ヒヒイロカネ、ミスリルあたりで作りたいだろ?」


 いや、作りたいだろ? と言われても。それらがなんなのかよくわからないのですが。

 ゲームじゃジーンの魔剣をなにで作ったかなんて解説されてなかったけど。設定資料集とかで書いてあったかもしれないけど覚えてないよ。


「グロリアの魔剣はなにでできているんです?」

「アダマンタイトだな。アダマンタイトはとにかく硬い。丈夫な剣ができる。ヒヒイロカネは魔力を流しやすく、変化に富んだ魔剣ができる。ミスリルはそれらに輪をかけて魔力を蓄積、増幅することができる。最高級品を作るならミスリル一択だな」


 うーん……少なくともアダマンタイト以上でなければ不安だね。


「材料自体はあるの?」

「魔剣鍛冶師にそいつは愚問だな。だがミスリルで打つってんなら、少々色をつけて欲しいんだがなぁ……」


 チラッと、バレイさんが既に半分ほど消えたウイスキーの瓶を見る。やっぱり酒を寄越せって話じゃないか。


「……別銘柄のお酒をさらに月に二本追加で出します。ミスリルでこの子に最高の剣を作ってあげて」

「話がわかるな、嬢ちゃん! まかせな、最高の魔剣を打ってやるぜ!」


 バレイさんがグイッとウイスキーを煽り、ダンッ! とグラスをテーブルに叩きつける。

 それを聞いて、隣にいたジーンもバレイさんに声をかける。ジーンも『試練の魔剣』をクリアして、バレイさんに魔剣を打ってもらえることになっていた。


「んじゃ俺もミスリルで……」

「構わんが、いいのか小僧? お前の場合、それだけ借金が増えるぞ? まあ、騎士団に入れば十年くらいで稼げる金額に負けてはやるが」

「むぐぐ……!」


 結局ジーンは自腹で払うことになりそうだ。六歳で何千万単位の借金ってキツくない? いざとなればその魔剣を売れば借金は返せるかもしれないけどさ。

 もちろん、ジーンは親の承諾がなければ剣を打ってはもらえない。私のように現金払い(お酒でだが)じゃないため、最低でも連帯保証人がいる。

 ジーンが魔剣を持ってお金も払わずトンズラ、ということも可能性としてはあり得るからね。そうなったら親父さんである総長さんが払うことになる。

 あるいは、契約の神・コントラクト様の『ギフト』持ちに【契約】させるかだな。

 『ギフト』による【契約】は絶対だ。例えば『支払いが一年遅れたら、右腕を失う』と【契約】を結べば、神の力によってそれは現実となる。もちろんお互いが承諾しなければ【契約】は成り立たないが。


「どれくらいでできる? 試合は一か月後なんだけど」

「余裕だな。今日から始めて二週間で作ってやるぜ。……ちなみにさらに別の酒があるなら一週間で、」


 私は無言でテーブルの上にドン! とポシェットから取り出した純米大吟醸酒を置いた。この飲んだくれめ!


「ちゃんと作ってよ? お酒を飲んでばかりで作ってないなんて困るからね!」

「心配すんな。仕事はちゃんとやるわい。一週間断酒して作ってやる。こいつは剣が完成した暁に祝杯として飲ませてもらうからよ」


 本当かな? まあ信じるしかないけれども。

 とりあえず剣は打ってもらえることになったので、これでお暇することにする。一週間後にまた来ると約束して、私たちはバレイさんのもとを去った。

 帰りしなにお祖父様もバレイさんに魔剣を打ってもらえるように頼んでいた。どうやら自腹を切るみたいだ。お祖父様ならジーンと違ってちゃんと払えるだろうけどね。

 


          ◇ ◇ ◇



「いいですね、みんなだけ楽しそうで。僕も誘ってくれればよかったのに……」

「いや、エリオットは皇室主催のパーティーがあったんでしょ? ジーンだって無理やりついてきただけだし」


 私たちが魔剣を作りに行ったと聞いて、なんか知らんがうちに来たエリオットが拗ねている。

 昨日の今日で情報が速いな。ジーンから聞いたのかな。

 そのジーンは今日はエリオットについてきていない。親父さんに魔剣のことを許可してもらうのに拝み倒しているのかね?

 最高の魔剣鍛冶師に魔剣を打ってもらえる。それ自体は喜ぶべきことかもしれないけど、金額が金額だからな……。子供の武器にそんなお金を払うってのは普通は躊躇うよね。


「あっ、あの、今更ですけれど、私に魔剣なんてよろしかったのでしょうか……」


 昨日、家に帰ってからビアンカがそんなことを尋ねてきた。本当に今更である。


「魔剣は私が私の側仕え用に作ってもらうんだから、問題ないわ。もちろん、たとえ壊したとしても弁償しろなんて言わないから安心して」


 言ってみればこれは必要経費なのだ。自分の身を守る側仕えという存在にお金をかけないなんて、命を疎かにしていると思われても仕方がないと思う。

 それに公爵家側としては娘の側仕えに多少の箔を付けたいという意図もある。

 私の護衛のターニャさんは微妙な顔をしていたが。わかってます、この件が片付いたらバレイさんにターニャさんのも作ってもらうからさ……。


「ジーン様は皇太子殿下の側仕えなのですから、サクラリエル様と同じく、殿下が魔剣のお金を出してあげたらどうですか?」

「え? いや、それは……」


 にこにこと笑顔のまま、エステルがエリオットに対してキツい提案をする。

 ジーンはエリオットの側仕えではあるが、まだ見習いという立ち位置である。エリオットの正式な護衛の騎士は他にちゃんといるのだ。

 彼らに魔剣を与えるのなら、国王陛下も国庫からお金を出すだろう。

 しかしジーンに出すとなると難しい。どうしてもというのならエリオットが身銭を切るしかない。

 さすがに皇太子殿下でも最高級の魔剣の代金をポンと出せるほど懐は温かくはないようだ。

 まあ、私たちの方はウイスキーで払っているので、ものすごい低価格で入手しちゃっているんだけれども。

 詐欺? 違うよ、需要と供給の一致だよ。バレイさんは珍しいお酒が欲しい。私たちはバレイさん作の魔剣が欲しい。お互いウィンウィンの取引だよ。……たぶん。


「もっと足を使って、左右に揺さぶりを! 動きを悟らせないように!」

「はいっ!」


 ユリアさんの声が飛ぶ。公爵邸の訓練場ではビアンカが何度も吹き飛ばされながら、剣を振るっていた。

 魔剣を作ってもらえるとなったビアンカは、今までにも増して厳しい指導をユリアさんから受けている。

 私から見てもオーバーワークじゃないかと思っているのだが、あれほど一生懸命に頑張っている姿を見ていると、なかなかやめろとは言えない。

 エステルが『ギフト』で回復させてサポートはしているが、あまり無理はしてほしくないな……。

 聞くところによるとグロリアもさらに強くなっているらしい。たぶん魔剣ディスコードの能力だろう。

 戦う相手から力を奪い、己の力にしているのだ。グロリアは自分が強くなったと思っているのかもしれないけれど、それは魔剣のブースト効果に過ぎない。

 そろそろ精神的にも侵食が始まっているかもしれないな。

 バレイさんの話だと、初めはだんだんと落ち着きがなくなり、イライラと怒りっぽくなるんだそうだ。それを過ぎると今度は逆に落ち着いてくるらしい。しかし、戦闘など興奮状態になるとあらゆる感情が爆発するようになるとか。

 ゲームに出てきた魔剣士がそんな感じだったな。剣を抜くまでは冷静な騎士なのに、戦闘に入ると手のつけられない狂戦士バーサーカーと化す。

 グロリアはそこまではいかないと思うんだけれども……。

 バレイさん曰く、魔剣には適性というものがあって、剣ごとに相性がいい使い手と悪い使い手がいるんだそうだ。グロリアがそうでないことを祈ろう。

 最悪、その状況になったら【聖剣】でディスコードを叩き折るしかないかもしれない。

 【聖剣モード】の状態ならディスコードの呪縛を斬り裂けるはずだ。

 十年後に辻斬りの殺人鬼を生み出さないためにも、あの魔剣は必ず処分しなければ。

 そんな決意を私が密かに固めていると、なんか複雑な顔をしたジーンがやってきた。


「ジーン? なんですか、その顔は?」

「エリオットも来てたのか。いや……親父と魔剣のことでちょっとな……」


 ジーンの話によると、あれから父親である騎士団総長さんに、魔剣を打ってもらえることになったこと、その鍛冶師が伝説のバルクブレイであること、代金を払うのに連帯保証人になってほしいことなどを伝えたらしい。

 初めは偽者ではないかと疑ったらしい。まあ、普通そう思うよね。

 だけど『皇国の獅子』とまで呼ばれたお祖父様も一緒だったということで、それならば間違いあるまいと信じてくれたそうだ。

 問題は魔剣の代金である。仮にも伯爵家、高いとはいえ、魔剣の一本を買えないほど金がないわけじゃない。

 問題はそれを子供のジーンに与えていいものかどうかということらしい。

 だが伝説の鍛冶師、バルクブレイの剣など手に入れようとしても手に入らない。この機会を逃すのは惜しい、と考えた総長さんが出した結論は……。


「金は親父が出してくれる。だけど作ってもらった剣は親父が預かるって……」

「なるほど、そうきたかあ……」

「え、どういうことです?」


 よくわかってないエステルが目をぱちぱちさせている。


「一旦バレイさんの打った魔剣を総長さんが買うってことよ。ジーンの借金を総長さんが肩代わりするわけね。お金を払ったのは総長さんだからそれをジーンに渡すか渡さないかは総長さん次第ってこと」


 借金は自分で背負うからすぐ寄越せ、なんて言ったら総長さんは連帯保証人にはならないだろうし。そうなったら魔剣を打ってももらえなくなる。ジーンに選択肢はない。


「打ってもらえるだけいいじゃないですか。スタッカート卿も『学院』に入学か、騎士団に入団したらお祝いとして贈るつもりなのでは?」

「それ何年後だよ……。俺は今欲しいのに……」


 ジーンがエリオットにボヤく。ま、ゲームでもそれぐらいの時に入手したわけだし、そこまで落ち込まんでも。

 ゲーム内じゃ借金背負ったんだよ? 騎士団に入団して十年間返済し続けるって大変だよ? それを親父さんが肩代わりしてくれるってんだから、喜びなさいな。

 

 






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