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◇041 伝説の鍛冶師





 さて、ゲームの中でジーンが手に入れる魔剣『フォルテッシモ』を手に入れると決めた私だったが、正確に言うと、まだその魔剣は存在していない。これから作るのだ。

 私が作るのかって? 馬鹿を言いなさい。六歳の女の子に魔剣が作れるわけがないでしょ。

 ゲームのストーリーでは伝説の魔剣鍛冶師がジーンのために作ってくれるのだ。

 まあ、そこまで持ってくのに紆余曲折はあるんだけれども。

 で、私たちはその魔剣鍛冶師のいる町へ現在向かっている。【店舗召喚】で呼び出したキッチンカーで。

 都を離れるのにお父様とお母様を説得するのが一番大変だった……。なんとか許してもらえたが。


「しかし本当に速いな、この馬車は。いや、馬が引いてないから馬車ではないのか」

「自動車って言うんですよ、お祖父様」


 そう。お父様たちが許したのはお祖父様も護衛についていくと言い出したからだ。いやもう、本当に過保護過ぎない?

 先頭を走る護衛のターニャさんが運転する一号車には、助手席に私、キッチン内にお祖父様が。

 エステルのお母さんであるユリアさんが運転する二号車には、エステルにビアンカ、それと面倒なことにジーンも乗っていた。

 魔剣を手に入れる心当たりがあると聞いて、『俺も行く!』とついて来たのだ。

 チャンスがあれば自分も魔剣を手に入れたいと考えたのだろう。

 断ってもよかったのだが、もともと私はジーンの魔剣を奪おうとしているわけだし、後ろめたさもあってなんとなく断れなかった。ちくせう。

 ちょうど王宮では貴族たちのパーティーが立て続いていて、王族であるエリオットは参加できるが、見習いのジーンは爪弾きにされているんだそうだ。つまりは暇ってこと。

 私は出ないでもいいのかって? 間違いなく面倒なことになるから出ないでもいいってさ。

 『聖剣の姫君』に近づきたいという下心を持つ貴族が山ほどいるらしい。そんなところにゃ正直頼まれても行きたくないです。

 

「しかし本当にそんな鍛冶師がそのフォーコの町にいるんですか?」


 運転席でハンドルを握るターニャさんが疑わしげに口を開く。

 私たちが向かっているフォーコの町は皇都シンフォニックから南に少しいったところにある鍛冶師が多くいる小さな町だ。

 馬車で行っても一日もかからない。キッチンカーなら数時間で帰れる距離にある、武器や防具にこだわる者なら一度は訪れたことのある鍛冶師の町である。

 そんな町であっても、魔剣はまず置いていない。

 そもそも魔剣とは、それに適した『ギフト』を持ち、かつ、一流の鍛冶の腕がなければ作れない。

 作り手がそうそう出るものじゃなく、さらに出たとしても魔剣を求める人たちの多さに隠遁する者が多いとか。

 私が訪れようとしている鍛冶師も偽名を使い、隠れ住んでいるのだ。ゲーム内で二十年はその町で暮らしていたと言っていたから、もういるはずだ。

 ちなみになんで私がそんなことを知っているのかとお父様にも聞かれたが、スラムで暮らしていた時に薬師のおばあさんから聞いたと誤魔化した。

 私たちは町から町へと旅をしていたからね。そんな情報が耳に入ってもおかしくはない。


「それでサクラリエル。その魔剣鍛冶師とやらの名前は?」

「えーっと、確か、バルンブレだか、バルクレイだか……」


 正直名前までしっかりとは覚えてないんだよね。あんましドワーフキャラには興味なかったし……。顔は特徴的だったからハッキリと覚えてるんだけども。


「バル……? おい、まさか……バルクブレイか!? ドワーフの名工、ギルドレインの師匠だぞ!? そんな人物が皇都のこんな近くにいるなんて信じられん!」


 お祖父様が興奮してキッチン内で立ち上がろうとする。やめてやめて、キッチン内は狭いんだから。

 キッチンカーを運転しているターニャさんも驚いた顔をしていた。え? そんなに有名なの?


「ドワーフの鍛冶師、バルクブレイはかつて我が皇国の初代様に魔剣を打ったことでも有名な鍛冶師だぞ。剣を扱う者にとっては、彼の作った魔剣を持つことはこの上ない名誉といえる。まさに伝説の鍛冶師だ」


 え? 初代様って何百年も前の人でしょ? あ、ドワーフは長生きだからあり得るのか……。私のご先祖様にも魔剣を打ってたんだ……。妙な繋がりだね。


「お祖父様でもそのバルクブレイ作の魔剣は持ってないんですか?」

「いや、一本だけオークションで手に入れて持っている。だが、剣ではなく小さな斧でな。それでも王金貨三十枚近くしたぞ」


 王金貨三十枚近く……って、三億近く!? 斧一本が!? たっかいなあ!

 オークションだから競った結果なら、いくらかは上乗せされてはいるんだろうけど、それにしたって……!

 ううむ、心配になってきたぞ。果たしてビアンカに作ってもらえるんだろうか。一応奥の手も用意はしてきたけど……。

 悩む私たちを乗せたキッチンカーは昼過ぎにフォーコの町に着いた。

 キッチンカーは目立つので町に入る前に送還しておく。

 フォーコの町はあちらこちらから煙が立ち昇る石の町だった。そこら中にある火が焚かれた窯や炉のせいで少し暑い気がする。

 いたるところからカンカンと鎚を打つ音が聞こえ、鉄臭い金属の匂いが鼻に届く。

 町中にはドワーフたちが多く見られ、その他にも獣人や亜人が多い。どちらかというと人間は少ない方だった。ドワーフが多いせいか、ドワーフと仲が悪いエルフはほとんど見かけない。まあ、皇都でもエルフはあんまりいないが。


「この町に来るのも久しぶりだ。変わっとらんな」


 お祖父様が懐かしそうに町並みを眺めながら私の横を歩く。『皇国の獅子』と呼ばれたお祖父様だ。この鍛冶師の町には何度も来ているようだった。


「それでサクラリエル様、その鍛冶師の家はどこに?」


 前を歩いていたターニャさんが振り返り尋ねてくる。

 いやー、どこだろうね。ゲーム内じゃ住所までは語ってなかったしな……。


「町外れにある赤い屋根の家で、おっきな煙突があって、近くに林檎の木があった……あ、いや、ある家らしいんだけれども……」

「あれじゃねえのか?」


 私の言葉に反応して、ジーンが右手の方を指差す。

 目を凝らしてみると、丘の上に小さな赤い屋根の家がポツンと立っていた。

 高い煙突もある。近くに林檎……かどうかはここからじゃわからないが、なにかの木が立っているな。たぶんあの家じゃないかと思うけど。


「とにかく行ってみましょ」


 町の外れの丘にポツンと立つその家は、煉瓦造りのがっしりとした家で、大きな煙突がニョキッと伸びていた。

 屋根から突き出した棒にぶら下がる看板には、鉄床かなとこのシルエットが描かれている。鍛冶工房であることは間違いなさそうだ。

 家の前で一人の老ドワーフが椅子に座り、切り株に置いたまきなたで割っている。家に近づいてきた私たちに気づいたドワーフの老人は、薪を割るその手を止めた。


「なんじゃい、お前さんらは?」

「えーっと、貴方がバルクブレイさん?」

 

 私が尋ねると老ドワーフはピクリと片眉を上げた。


「知らんな。儂はバレイじゃ。バルクブレイなんて奴はここにはおらんよ」


 素っ気なく答えて再び薪を割り出す老ドワーフ。とぼけちゃってまあ。こちとらあんたの顔はしっかりと覚えてんだからね。まあこうなることは予想の範疇だ。

 私はポシェットからあるものを取り出した。


「魔剣を打ってもらいたいのですけれど」

「帰んな、世間知らずの嬢ちゃん。魔剣なんてそう簡単に打てるもんじゃない。知らんのか」

「知ってますよ。でも貴方なら打てるんでしょう? 伝説の魔剣鍛冶師バルクブレイなら」

「じゃから儂はバレイじゃと……」


 まきからこちらへと視線を戻したバレイさんの動きが止まる。その視線は私に釘付けになっていた。正確には私の持つ酒瓶にだが。

 シングルモルトウイスキーの蓋を開け、取り出した小さなグラスに注ぐ。琥珀色の液体から芳醇な香りが辺りに漂った。

 専門学校の先輩が飲んでみたいとあの店でわめいていた、三十年物のウイスキーだ。とんでもない金額のウイスキーだけれども、ここで使わずしてどこで使うというのか。


「バルクブレイさんにお土産にと持ってきたのですけれど、いないのでしたら……お祖父様、はい」

「あ? え、飲めばいいのか?」


 グラスを手渡されたお祖父様が間抜けな声でそれを受け取り、私に言われるがまま、ちびりと口にする。


「くっ……、はぁ……っ! なんだこの酒は……! 今まで飲んだことのない味わい……! なんとも深く濃厚な……」


 お祖父様が一口飲んで感嘆の溜息を漏らすと、目の前のドワーフからゴクリという喉を鳴らす音が聞こえた。

 ドワーフには酒。酒こそドワーフスレイヤー。略してドワスレ。忘れんな。

 本来なら頼みに頼み込んで、ジーンが雨の日も風の日も何日も家の前に座り込み、バレイさんが呆れて根負けするという過程イベントがあるのだが、悪いけどすっ飛ばさせてもらう。


「そ、その酒はどこの酒だ? この香り……この国の酒ではないな? 帝国の新しい酒か?」


 すごいな、香りだけでそこまでわかるんだ。ドワーフの酒好きは筋金入りだね。でもハズレ。


「残念。帝国にもないわ。これは私の『ギフト』で手に入れた異界のお酒だもの」

「い、異界の酒じゃとぉぉぉぉ!?」


 バレイさんが目を見開き、驚いた顔をして私の持つ酒瓶に手を伸ばす。おっとそう簡単にはやれないよ。なにせ世界に二つとない酒なんだから。……いや、うちに帰れば何本もあるけどさ。


「魔剣作ってくれます?」

「ぐぬぬ、チビっ子のくせして性悪な……! 碌な大人にならんぞ!」


 まあね、こっちも悪役令嬢筆頭だからね。使える手はなんだって使うよ。


「お祖父様、もう一杯どうですか?」

「うむ、もらおう!」


 すでに飲み干していたお祖父様の空のグラスにウイスキーをとくとくと注ぐ。

 あやや、ちょっと勢いがついて少しグラスから零してしまった。お酌って難しいな。零れたウイスキーが地面に染みを作る。


「ぬああ────ッ!? なにやっとるんじゃ、バカモン! もったいないじゃろうがぁ! ええい、わかったわい! 話だけは聞いてやるわい! じゃからそれを一口よこせ!」


 よっしゃ! 話さえ聞いてもらえればこっちのものなのだ。バレイさんは必ず魔剣を打ってくれる。

 ポシェットからもう一つグラスを取り出して、今度は零さないように注意してウイスキーを注ぐ。

 少し震える手で受け取ったバレイさんが、その香りを嗅いだだけで淘然とした表情を浮かべた。

 ぐびり、とグラスを傾ける。味わうように口を真一文字に閉じていたバレイさんだったが、急にカッ! と目を開く。


「三本じゃ」

「え?」

「この酒を週に三本! それを一年! それで魔剣を打ってやるわい!」


 あれっ!? 話も聞かずに打ってもらえることになっちゃった!?

 どんだけお酒好きなんだよ、ドワーフって……。









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