表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/101

◇040 賭け





 訓練場に剣戟の響きが鳴り渡る。

 ビアンカとグロリアの試合は一進一退、拮抗しているように思えた。

 いや、どちらかというとビアンカが押されているようにも……。

 そうか! あの魔剣は相手の体力や魔力を奪うんだった! まだゲームの時の強さはないようだが、あの魔剣は力を奪って成長する厄介な魔剣なのだ。


「あっ、あの! グロリアのあの剣って魔剣ですよね!?」

「の、ようですな」


 私はグロリアの持つ剣が魔剣だと総長さんに訴えたが、『それが?』という感じでさらりと返された。あれ?


「魔剣で試合をしてはいけないという決まりはありません。魔剣であるかどうかを事前に見定めるのも騎士の能力です。試合の前にそれを指摘するチャンスはあった。ビアンカはそれを怠ったわけですから、文句は言えませんね」


 ぬ、ぐう。そう言われてしまうと確かにルール上は違反ではないのかもしれないけど……。

 というか、なんであの魔剣をグロリアが持っているんだろう。

 ゲームの世界、つまり十年後だが、魔剣『ディスコード』は別の騎士団員の男性が持っていた。つまり、この後、あの魔剣はグロリアからその騎士団員の手に渡るということか?

 魔剣『ディスコード』は、強さと引き換えにその持ち主の精神を蝕み、正気を失わせていく呪いがかかっている。

 そして倒した相手から力を奪い、さらに凶悪な魔剣として成長していくのだ。

 グロリアの様子から見て、まだ精神への侵食は進んでいないようだけど、使い続けていけばいずれは……。

 ひょっとしてゲーム開始時にはすでにグロリアは精神をやられて廃人になってしまったのだろうか? 精神が未熟な子供ならあり得る。それであの辻斬り騎士の手に『ディスコード』が渡った?


「ほらほら、どうしたんですの! 私はまだ本気を出してはいませんわよ!」

「くっ!」


 愉悦の表情を浮かべたグロリアがラッシュをかける。すでに精神面に異常をきたしつつあるんじゃないだろうか。戦闘時にその片鱗が見えてきているような気がする。

 ビアンカはうまくグロリアの攻撃を凌いでいるが、ギリギリといったところだ。


「なかなかしぶといですわね。じゃあこれはどうかしら?」


 グロリアの姿が、ふっ、と消える。えええ!?

 一瞬、上にジャンプしたかと思ったが、上空にも誰もいない。


「くっ!?」


 次に現れた時、グロリアはビアンカのすぐ目の前まで迫っていた。振り下ろされる剣をなんとかビアンカは受け止めて横へと払う。

 しかし返す刃が掠っていたらしく、ズボンの太腿部分が裂かれていた。


「今のってグロリアの『ギフト』?」

「不可視の神、インビジブル様から授かったギフトですね。わずか一秒だけですが、自らを透明化できるのです」

「試合で『ギフト』を使ってもいいんですか?」

「試合だろうと実戦さながらに戦ってこそ、その経験が身につくのです。これが実戦なら『ギフト』は禁止、なんて言ってられませんよ」


 総長さんが私の疑問に答えてくれた。実戦なら『ギフト』を使ってくる敵もいるだろう。それに対処するための訓練とするなら、『ギフト』を禁止にする理由はない。

 しかし透明化なんてとんでもないな。短い時間しかできないみたいだけど、斬り合いの最中にそれをやられたらかなりキツいと思う。グロリアの事前の動きから予想して動くしかないし。

 漫画なんかだと殺気とか気配とかでわかるんだろうけど、さすがにビアンカではそこまではできないだろう。総長さんやユリアさんクラスなら平気でやっちゃいそうだけども。


「……やべえな。ビアンカのやつ、足をやられちまった」


 いつの間にか横に来ていたジーンが神妙な顔付きで試合を見ていた。

 足をやられた? バリアがあるから怪我はしないんじゃないの?


「怪我をしないってだけで、痛みがないわけじゃねえ。めいいっぱい斬られりゃそれなりに衝撃による痛みはある。それに結界内で身体に攻撃を受けると、その部分がだんだんと麻痺するようになってるんだよ。動けなくなったら負けだ。でないと試合が終わらないからな」


 そういやそうだ。スキンバリアで攻撃を受けてもどちらも平気なら、倒れることなく、延々と試合が終わらない。そのための麻痺か。命に関わる部位は麻痺しないらしいけど……。

 実際の戦闘ならビアンカは足に怪我を受けて、動き辛くなっているってことなんだろう。

 確かにビアンカの動きが鈍くなっている。攻撃を受けた右足に力が入っていないようだ。


「やあっ!」


 ビアンカが渾身の力を込めて横薙ぎに剣を振るう。それをグロリアは余裕を持って後ろに下がり、躱そうとしたとき、ビアンカの剣先がニュッと伸びた。


「っ!?」


 ギリギリのところで躱したグロリアから余裕の表情が消える。

 惜しい! もう少し伸びていれば首に届いたのに!

 どうやらビアンカは金属も【伸縮自在】で伸ばせるようになったみたいだ。それとも偶然か?


「この……! もう手加減はしませんわ! くらいなさい!」

「っ!」


 怒りに顔を染めたグロリアが魔剣ディスコードを振りかぶる。刀身から黒いオーラを覗かせた魔剣に、グロリアからなにかが吸収されるのを私は見た。

 ギィン! と鈍い音がして、ディスコードを受け止めたビアンカの剣が真っ二つに折れる。

 ガララン、と乾いた音を立てて、折れた刀身が地面へと落ちた。

 折れた自らの剣と首に当てられたグロリアの剣を見つめながら、ビアンカがその場に膝を突く。


「そこまで! 勝者グロリア!」


 周りから歓声が上がる。グロリアは満足げに高笑いし、ビアンカは項垂れている。負けちゃったか……。


「ふむ。ビアンカは腕を上げたな。魔剣を持ったグロリアにあそこまで迫るとは」

「……それって同じような魔剣があればビアンカの勝ちだったってことですか?」

「さて、それはどうですかな。勝負は時の運。戦ってみないことにはわかりませんよ」


 総長さんが言葉を濁す。結局は武器の性能差で勝ったってことじゃないの? だけどあの魔剣は持ち主の命を吸い取る魔剣、グロリアに持たせとくには危険だと思うんだけど。


「どうです? 自分の未熟さがわかりましたか?」

「くっ……!」

「恥じる気持ちがあるのなら側仕えを辞退したらどうかしら? その方がサクラリエル様のためにもよろしいのではなくて? 分不相応なのがわからないのかしら」

「ちょっと待った」


 負けたビアンカに追い討ちをかけるような言葉に我慢がならず、私は二人の元へと歩いていった。

 ビアンカを庇うように、グロリアの前に立つ。


「さっきから聞いていれば、ビアンカに実力がないような口振りだけれど、訂正してくれないかしら?」

「訂正もなにも……現にビアンカは私に負けたじゃありませんか」

「勝てたのはその魔剣のおかげでしょ? ビアンカの剣は普通の剣よ? それでは正当な強さは測れないんじゃない?」


 私がそう言うと、グロリアは小馬鹿にしたように小さく肩をすくめる。なんかイラッとするな。


「これは『聖剣の姫君』とは思えない言葉ですわね。騎士にとって扱う武器も実力のうちですわ。それは【聖剣】を持つサクラリエル様ならおわかりと思っていましたが」

 

 私は聖剣が自分の実力とはこれっぽっちも思っちゃいないのだが、まあ、言わんとしていることはわかる。だけどその剣はダメだ。


「なら『聖剣の姫君』として言うけど。その魔剣、あなたの命を縮めるから捨てた方がいいわよ? だいたいそんな物騒な魔剣、どこで手に入れたの?」

「ど、どこでもいいじゃないですか……。そんなことを言って私からこの剣を取り上げようとしても無駄ですわよ!」


 グロリアが狼狽うろたえる。曰く付きの魔剣だ。真っ当なルートからの入手ではあるまい。

 さて、どうするか……。このままグロリアがあの魔剣を使い続けると、下手したら彼女は死んでしまうかもしれない。

 グロリアが死んだらその後、あの魔剣は辻斬りの騎士に渡る可能性が高い。だとしたらここで回収、あるいは破壊しておきたいところなんだけど……。


「なら、こうしましょう。ひと月後の従卒スクワイア合同試合。その試合でビアンカがあなたに勝ったらその魔剣を手放すってのは?」

「サクラリエル様!?」


 項垂れていたビアンカが顔を上げる。心配そうな視線がこちらへと向けられているが、大丈夫、心配ない。


「おかしなことを言いますのね。たった今、無様にこの子が負けたのを見たばかりですのに」

「ビアンカの本当の実力はこんなもんじゃないわ。負けるのが怖いのなら断ってもいいけど? まぐれ勝ちでも勝ちは勝ちだし、貴女としてはそのまま勝ち逃げしたいところだろうしね」

「なんですって!?」


 私はグロリアが断れないようにわざと煽る。試合でのムキになったことからして、この子はカッとなる直情的な性格と見た。煽るのが好きなくせに、煽られるのには慣れていない。

 しばらく考え込んでいたグロリアが、やがて口の端に笑みを浮かべた。


「いいですわ。その賭け、乗りましょう。その代わり、私が勝った暁には、私をサクラリエル様の側仕えにしてくれますか?」

「なにを勝手な……! ふざけるな! そんなこと認められるわけ……!」


 グロリアの提案にビアンカが反論しようとするが、私は手を翳し、それを制する。


「いいわよ。お父様に頼んであげる。無駄だと思うけど。ビアンカが勝つに決まっているからね」

「サクラリエル様!?」

「あはは! これは楽しみなこと! 皆さん、証人になって下さいましね! ビアンカさん、せいぜい訓練に励みなさいな! ひと月後、またお会いしましょう!」


 高笑いしながらグロリアが去っていく。私はその背中を……いや、腰にぶら下がる魔剣を睨みつけていた。絶対に成長させないぞ。この都で辻斬りなんかさせやしない。

 私は落ち込むビアンカの手を取って、試合を見守っていたエステルとジーンの下に戻る。


「サクラリエル様! なぜあんな約束を! 私は……! 私は負けたのです! この上、サクラリエル様の側仕えも解任されたらもう……!」


 ビアンカが取り乱している。私は『お父様に頼んであげる』と言っただけで、ビアンカをやめさせる、とは約束していないんだけどね。ズルい? なんとでも言いたまえ。

 とは言え、お父様が『皇王派』でないグロリアを私の側仕えにするとは思えないが、最悪、ビアンカとグロリアの二人が側仕えになってしまう可能性もある。

 まあ、そうならないように手は打つが。


「言ったでしょう? 負けたのは向こうに魔剣があったからだって。ならこっちにも魔剣があればいいのよ」

「え?」


 そうなのだ。目には目を、歯には歯を。魔剣には魔剣だ。それもあの魔剣ディスコードよりも格上の魔剣ならこちらの勝ちは揺るがない。


「おいおい、気持ちはわかるけど、魔剣なんてそう簡単に手に入るもんじゃないんだぜ? これだから素人は……」


 ジーンが呆れたような声を出す。ふと、なんにも知らないジーンに罪悪感がよぎったが、ここであの魔剣を見逃すわけにはいかないのだ。


「今のうちに謝っておくわ。ごめんね、ジーン」

「は?」


 私がこれから手に入れようとしている魔剣は、もともとアンタが手に入れるはずのものだから。

 『スターライト・シンフォニー』のジーンルートでジーンが手に入れる、魔剣『フォルテッシモ』。

 私はそれをビアンカの魔剣として手に入れることを心に決めた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ