◇004 天啓の儀
「お、お父様、それはいったいどういう……」
歳をとってから貰う『ギフト』は極端なものが多い? それに私が当てはまる? なにその不穏なワード。
「『天啓の儀』を受けることができるのは七つまで。何故だかわからないけど儀式を受ける時、歳を重ねて制限年齢に近い方が珍しい『ギフト』を授かることが多いんだ」
「……珍しいのならば、そちらの方がいいのでは?」
言ってみればレア能力ってことでしょ? 人とは違う、自分だけの能力の方がいいんじゃないかな? 七年間『ギフト』なしで頑張ったから、ごほうび! みたいな。
「珍しいからといって強力なものであるとは限らない。いや、強力な『ギフト』を授かることもあるのだけれど、『ハズレ』の方が多いんだ」
「……『ハズレ』とは?」
「ああ、言葉がまずかったかな。ユニークというか……あまり活用できない『ギフト』のことだよ。『雨に濡れない』とか『スプーンのみを曲げる』とか、極端に限定的な能力が多くなるんだ」
『雨に濡れない』? 傘要らずってこと? 便利は便利だけど、水じゃなく雨しかダメなの? 地面に落ちて水たまりになったら効果は無くなる? 使えるかっていうと……。
……どう使えばいいんだろう、その能力……。地球ならショーの一つとして成り立つかもしれないけれど。
反対に『ギフト』を若いうち……例えば生まれてすぐに授けようとすると、その『ギフト』が暴走し、最悪その子供の生命を奪うことになりかねないのだそうだ。
教会による長年のデータから、理想の年齢は四歳と言われているという。その年齢が程よく強力で、かつ、使えるものを授かる確率が高いのだそうだ。
ただ、他者と被ることもそれだけ多いとか。
【感覚強化】とか【身体強化】などはなかなか使える『ギフト』らしいが、けっこう授かった人は多いらしい。
授ける神様にもいろいろいて、多くの人に与えてくれる神様もいれば、滅多に与えてくれない神様もいるんだそうだ。だからといって強力だったり、使えるかといったら違うのだけれど。
ヒロインの持つ【聖なる奇跡】という『ギフト』は、邪悪なものを退け、人々を癒やすという、聖なる女神・ホーリィ様の『ギフト』だ。
この『ギフト』は強力で、浄化、退魔、召喚、回復と、とにかくてんこ盛りの万能『ギフト』だった。ひょっとしてヒロインも『天啓の儀』を受けるのが遅かったのかな?
まあ、学院に入ったばかりの初期ヒロインはこの『ギフト』を使いこなせないせいで劣等生扱いされてしまうのだけれど。
大層な『ギフト』持ちのくせに、役立たずといじめられたりしたしね。……うん、いじめたの悪役令嬢……。今度はいじめないけどね!
「私六歳ですけど、大丈夫でしょうか……」
「だ、大丈夫! 限定的なものも多いけど、強力なものも多いから! サクラリエルなら使いこなせるさ!」
少し不安になった私にお父様が励ましの言葉をかけてくれる。
【獣魔召喚】はおそらくレアな『ギフト』だ。たぶんゲームのサクラリエルも儀式を受けるのが遅かったに違いない。うん、たぶんそう。
わざと儀式を遅らせて、強力な『ギフト』を狙う貴族の親もいるにはいるらしいし。
ただ、この両親が自分の子供にそんな博打を打つかな……? それともサクラリエル自身がそんなわがままを言ったのか?
いくらかの不安を抱えたまま、私は着替えさせられ、両親とともに教会へお出かけとなった。
通りは皇都の通りとは思えないほど人が少ない。
当たり前のことだけど、フィルハーモニー公爵家のあるここは上級貴族の住む第一区に分類される。皇都はお城を中心にして、第一から第四まで同心円状に分かれているらしい。
中央から上級貴族が住む第一区、下級貴族と大商人などが住む第二区、普通の商人や少し裕福な市民が住む第三区、そして一般国民が住む第四区である。
この上級貴族が住む一区はほとんどの貴族が馬車を使うため、歩いてる人は少ないんだそうだ。少なくとも歩いている人は貴族ではなく、その家の使用人だと思われる。
この区から区への出入りには検問所などもあるため、教会は各区ごとに四つ存在していた。当然私たちは第一区の本教会へ行く。そこがこの国でメインの教会であり、他の教会は銀行でいう支店のようなものだ。
やがて見えてきた教会は、ドイツのケルン大聖堂によく似た白亜の建物だった。……これ、背景グラフィックの人がコピペして手抜きしたんじゃないよね? いや、立派な建物だけどさ。
この教会、一柱の神を信仰しているのではなく、多くの『神々』を信仰しているところらしい。
当たり前だが、『ギフト』が神々から与えられし恩恵であるなら、当然ほとんどの人がその与えてくれた神に信仰を捧げる。せっかくもらった『ギフト』を手放したくはないからね。
そういった理由から、教会は『〇〇教会』とかではなく、単に『教会』と呼ばれているのだ。『神々の教会』ってこと。
そこで働く人たちも様々な神々に仕えているという。
教会で私たちを案内してくれた神官さんも、鑑定の神・アプレイ様を信仰しているとのこと。
そして私たちが案内された場所は、中央にポツンと台座があるだけの真っ白な小部屋だった。ここで『天啓の儀』を行うの?
「あちらにある『天啓の車輪』を回して下さい。そこからいずれかの神の力が宿った球が導き出され、貴女に祝福を与えるでしょう」
台座の上に鎮座した装置を神官さんが指し示した。いやいやいや、それどう見ても福引き抽選機だよね!? ガラガラいうやつ!
ゲームでは『天啓の儀』を受けるシーンなんてなかったからこんなのとは知らなかったよ!
この世界、中途半端に日本的なところがちらほらあるな……。ゲーム世界だからかな……。金の球とか出たら『あた~り~!』なんて鐘を鳴らしたりしないよね?
「ささ、ひと思いにぐるっと」
なんとも微妙な気持ちを抱えたまま、私は神官さんに言われるがままに抽選機……もとい、『天啓の車輪』を回す。こいっ、【獣魔召喚】! モフモフ天国!
ジャラッと中身が移動する音がしたかと思ったら、台座の四角い受け皿の上にコロンと一つ、銀色の球が落ちた。
「おおっ! この色は召喚の女神・サモニア様の……!」
いよっし! 引いたぞ、【獣魔召喚】っ!
銀色の球がふわりと浮き上がり、私の胸の中へと吸い込まれるように消えていった。一瞬だけ胸の奥が熱くなる。これが『ギフト』を得た感覚?
それが治まると、右手の甲に小さな丸い紋章が浮かび上がった。召喚の女神・サモニア様の紋章だ。
「それでは『試しの間』へ。どうぞ、こちらです」
「『試しの間』?」
私が首を傾げていると、お父様とお母様が教えてくれた。
「『ギフト』を初めて使うまでは本人にでさえその『ギフト』がどんなものかわからない。だけど『ギフト』の中には危険なものもある。そこで何重にも結界が張られた場所で初めての使用をするんだよ」
「サクラちゃんは召喚の女神・サモニア様からいただいた『ギフト』だから、なにかを呼び出すんだと思うわ。万が一に備えて安全な場所でやりましょう、ってことなの」
なるほど。『天啓の儀』を受けるのはほとんどが三歳児。わけのわからないまま、『ギフト』が暴走する可能性だってある。安全装置は必要だよね。
田舎の方だとこの『試しの間』はなくて、普通に被害の広がらない外でやるのだそうだ。
神官さんに連れられてやってきた場所は、教会の隣にあった施設で、体育館よりも遥かに広い、これまた真っ白い空間だった。天井も高い。四隅には何やら水晶玉のようなものを咥えた竜の置物が設置されている。
床の中央には半径三メートルほどの魔法陣が金箔で刻まれていて、私はその中央へ進むように指示された。神官さんとお父様お母様は竜の置物より外側にいる。
「安全が確認されるまでその魔法陣から決して出ませんように。貴女の身を守る結界です」
ふむ。この魔法陣の中にいれば危険はない、ということかな?
「心の準備ができましたら、『ギフト』を授けて下さった神に祈りを。さすれば『ギフト』が発動し、貴女の心に『ギフト』の内容が刻まれます」
神官さんに促され、私は目を瞑り、心の中で召喚の女神・サモニア様に感謝の祈りを捧げる。
えっと、サモニア様、【獣魔召喚】ありがとうございました。この力を使ってなんとかこの世界を生き残ろうと思います。これからもどうかよろしくお願い────。
ぴたっ、と私の中で祈りの言葉が途切れる。なぜかって? 私の心の中に浮かび上がった『ギフト』の名前が違かったからだ。【獣魔召喚】じゃ、ない?
「こ、これはいったい……!」
「これがサクラリエルの『ギフト』……!?」
「まあ……!」
背後から聞こえてくる声に私は目を見開く。
飛び込んできたのは懐かしくも古めかしい木造平屋の一軒家。入口にはアイスが入っているであろう冷凍ショーケースと、カプセルトイの販売機。そして入口上部に設置されたひらがなで『だがしや』と書かれた看板。
駄菓子屋である。まごうことなき駄菓子屋だ。目の前に駄菓子屋が現れていた。
しかもこの駄菓子屋、見覚えがある。私が前世で子供の頃に入り浸っていた近所の駄菓子屋ではないか。
なんでそれがここに!? いや、これが私の『ギフト』!?
「サクラリエル……いったいなんの『ギフト』を授かったんだい?」
「え、と……、その……て、【店舗召喚】……という『ギフト』らしいです……」
尋ねてきたお父様に、おずおずと答える。
は? という顔をされたが、私だってそんな気持ちですよ!
「て、【店舗召喚】……? 聞いたことのない『ギフト』です。やはり高年齢によるレアギフトか……。名前からして店を召喚する『ギフト』のようですが……。危険は感じますか?」
「あー……。危険はないと思います……。たぶん、ですけど」
神官さんに曖昧に答える。ここが私の知っている駄菓子屋なら危険なんか一切無いと思うけれど。
【店舗召喚】。私の『ギフト』がこの店を呼び出したのは間違いないだろう。まさか地球から? いや、違う。だってこの店は……。
私は魔法陣から足を踏み出すと、駄菓子屋へと近づいて、その入口の窓ガラスに触れてみた。なんともない。
横へとスライドさせ開けてみる。店内はあの頃と同じように、いっぱいの駄菓子で埋め尽くされていた。駄菓子だけではなく、おもちゃやプラモデル、花火まで売られている。
というか、売られているものが古い。どれもこれも、私が子供の頃に売られていたやつだ。
店内にかけてあったカレンダーに目をやると、私が前世で四歳の年のカレンダーだった。やっぱり。
そもそもこの駄菓子屋、私が中学生になる頃には廃業して取り壊されているのだ。
つまりこれは私の記憶から作られた複製ということか?
わけがわからないけど、【獣魔召喚】を取り損ねた私にはモフモフパラダイスは訪れないようです。