◇039 ライバル
「ジーンの父のアルベルト・ルドラ・スタッカートと申します。皇国騎士団総長をしております」
「存じております。『皇国の虎』を知らぬ者はこの皇都にはいませんわ」
総長さんが丁寧に挨拶をしてくれた。公爵令嬢というよりは皇王に連なる皇族に対しての態度なのだろう。
若い頃、総長さんは私の伯父である皇王陛下の側仕えであったというから、この態度も頷ける。
いかにも騎士といった感じのこの総長さんを私は一発で気に入ってしまった。やはり騎士とは女性に紳士であらねば。ジーン君、見習いたまえ。
ジーンの父親である総長さんはゲーム内では出てきていないんだよね。確か遠征中で皇都にはいなかったんだよ。だからこそジーンルートであんな事件が起こったのだが。
ジーンルートのざっくりした説明をすると、皇都で辻斬り事件が起こるんだよね。
で、ジーンがその解決に乗り出すんだけれど、返り討ちに遭ってしまう。なんとその犯人はジーンの知る騎士団員だったのだ。
まあ、細かいところは端折るけど、エステルと騎士団の協力を得たジーンは、その辻斬り騎士との激しいバトルの末に勝利を収めてハッピーエンド、とこういった流れだ。
私がビアンカとジーン、それにエステルに追い詰められる破滅フラグのイベントは、このメインルートの一部に過ぎない。
言ってみれば私のイベントはエステルとジーンとの絆を深くするサブイベントなのだ。今のところ、エステルはジーンに恋心的な感情は持ってないっぽいので、大丈夫だとは思うんだけども。
丁寧にエステルにも挨拶をしている総長さんをよそに私がそんなことを考えていたら、ふと、訓練場で戦っている騎士たちに目が止まった。
あれ? あれって実剣で戦ってない? 大丈夫なの?
「ああ、あれですか。あそこは特殊な結界で覆われていて、怪我はしないようになっているんですよ。実剣での訓練も我々には欠かせないものですから」
私の疑問に総長さんが答えてくれた。なんでも生物の皮膚にバリアのようなものを付与させる範囲結界らしい。この結界内ではそのバリアによって肉体へのダメージが大幅に軽減されるんだとか。
とはいえ生物だけに反応するスキンバリアであるため、服は破けてしまうし、鎧もへこんでしまうとか。なんとも痛し痒しだね。
それに軽減されるだけで全く痛みがないわけじゃないとか。痛みがないと防御が疎かになるそうで。痛みを伴ってこそ得るものもあるということだろうか。
同じような結界エリアがいくつかあるみたいで、他にも数人、実剣での訓練をしているようだった。中には私たちと同じくらいの子もいるのは驚いたが。
もうすでに実戦を想定しての訓練をしているのか。私なんてまだ体力作りなのになあ。使っている剣はみんな小剣みたいだけど。
さすがに子供には長剣は無理なのかな。
「サクラリエル様、お待たせしました!」
私が訓練をしている従卒の子供たちを見ていると、本部の方からビアンカがやってきた。合同試合の手続きは済んだようだ。
「あ、総長! お久しぶりです!」
ビアンカは総長さんの前に来ると、ビシッと敬礼で挨拶を交わした。
「ビアンカか。サクラリエル様の側仕えとして頑張っているか?」
「はい! 充実した毎日を送っております!」
「そうか。ならば良い。皇弟殿下に推薦した甲斐があったというものだ」
総長さんがビアンカを推薦したのか! おかげでこっちはいろいろと心配しなきゃならないことが増えたんだぞ!?
まあもう愚痴っても仕方ないけど……ビアンカとも仲良くなれたから結果オーライなのかもしれないが。
「ビアンカ! 久しぶりに手合わせしようぜ!」
「む。しかし私はサクラリエル様の側仕えであるから……」
と、ジーンの誘いを断ろうとするビアンカだが、その目は日頃の訓練の成果を試したくてウズウズしている目だと私にはすぐにわかった。
「行ってきたら? こっちはターニャさんもいるし大丈夫だから」
「は、はい! では失礼して!」
ビアンカがいそいそとジーンと訓練場の方へと駆けていく。
ふと見ると、エステルが総長さんの腰の剣に目を向けているのに気がついた。エステルってば剣に興味なんかあったっけ?
総長さんもエステルのその視線に気がついたようだった。
「お嬢さん、なにか?」
「あ、いえ、あの……その剣から少し変わった魔力が漏れていたものでちょっと気になって……」
「ほう。それを感じ取るとはなかなか鋭い感性をしていらっしゃる。普通はわからないものですが」
総長さんはそう言うと、腰に差していた幅広の剣をスラリと抜いた。
幅広の刀身は赤味を帯びた黄金。黒い柄に美しい装飾が施されたガード部分には赤い宝玉が嵌め込まれていた。
剣の素人である私でもわかる。この剣はとんでもない剣だと。
「魔剣『ペザンテ』。ドワーフの名工、ギルドレインが、ヒヒイロカネで作った一振りです」
魔剣。付与系の『ギフト』と卓越した鍛治師が生み出すとされる、最高クラスの剣か。さすが『皇国の虎』、持つ剣も一流のようだ。
「ただの剣ではないですね? なにか特殊な効果でも?」
「いやいや、大した効果はないですよ。振るたびに重くなる、ただそれだけの効果で」
私の質問にニヤリと総長さんが答える。それって大したことあるんじゃない? 振れば振るほど一撃の勢いが増すってことでしょう?
「でもそれって、重くなり過ぎてだんだんと振れなくなるんじゃ……」
「私は剛力神パワー様より【膂力倍加】の『ギフト』を授かっていますからな。私にはピッタリの剣なのですよ」
なるほど。魔剣と『ギフト』のいい組み合わせというわけだ。
もちろんそれを操れる技量がなければ振り回されるだけで終わってしまうのだろうけど。
「サクラリエル嬢の【聖剣】程ではありませんよ。打ち合ったら間違いなく私の剣は真っ二つに折れるでしょうな」
そう言って総長さんは魔剣『ペザンテ』を鞘に納めた。
いや、それは仕方ないでしょ。地上で生み出された剣と、神の恩恵で授かった剣を比べるのが間違いだ。そもそもの用途が違うし。
【聖剣】は邪を払い、魔を滅すことに特化した剣だ。魔物、魔獣、悪霊などには滅法強い。
さらにそれだけではなく、魔力が込められたものにも強い。強いというか、打ち消すのだ。
だから団長さんの魔剣と私の聖剣が打ち合った場合、魔剣はその特性を失い、ただの金属の塊と化す。
そしてこの世に斬れぬ物なしとされる聖剣の刃は、間違いなく魔剣を真っ二つに斬り裂くだろう。
だけど実際に団長さんと聖剣モードの私がやり合ったらどうなるかわからない。技術では向こうが上、武器と身体強化ならこっちが上。
そもそもまともに剣を合わせてもらえるかどうか。結局スタミナ切れで私が負けそうな気がする。やっぱり体力をつけないとなあ。
そんな心配をしていると、なにやらビアンカたちの方が騒がしい。
誰かとビアンカが言い争いをしているようだ。何かあったのかな?
「む、またか。少しは仲良くできんのか、あいつらは……」
隣にいた総長さんが深い溜め息を吐く。
ビアンカと言い争いをしている相手は私たちと同じくらいの少女であった。
ビアンカの銀髪に対抗するようなゴージャスな金髪には派手な縦ロールが施され、その身に付ける軽装鎧も何やら高そうな鎧だった。
やや吊り目気味のその瞳は自信に満ち溢れ、対面したビアンカを嘲るような笑みを浮かべている。
なんだこのいかにも『悪役令嬢』って感じの子は……。他の攻略対象の悪役令嬢かしら? ……いや、やっぱり見たことないや。ゲームの登場キャラじゃない。
「あの子は?」
「グロリア・グリム・バルカローラ。第二騎士団長であるバルカローラ子爵の三女です。なんと言いますか、ビアンカとは馬が合わないらしく、顔を見るたびに諍いを起こしております。お互いの父親が第一、第二騎士団の団長であることも関係あるのでしょうが……」
第二騎士団長の娘か。やっぱり知らないなあ。あんな個性的なキャラがいるのなら、ゲームに出せばよかったのに。ボツキャラかな?
ゲームはあくまでもエステル視点だからなあ。エステルと関係性がない人物は出ようがないか。皇弟殿下であるうちのお父様だって名前だけで出てないもんな。
「今の言葉を取り消せ!」
「本当のことを言ったまでですわ!」
言い争いが過熱してきたので、総長さんが二人の元へと向かう。なんとなしに私たちもそれについていった。
「なにを騒いでいる。騎士たるもの常に冷静沈着であれと教えたはずだぞ」
「グロリアが私を侮辱したんです!」
「侮辱など……事実を述べたまでですわ」
総長さんの言葉を聞いてもまだ二人は睨み合っていた。お互い騎士団長の娘だ。いわゆるライバルってやつなんだろうか。
総長さんがまたも溜め息をつく。
「グロリアに何を言われたのだ?」
「お前は実力不足だからサクラリエル様の側仕えには相応しくないと……」
ありゃ。私絡み?
「だってそうじゃありませんか。前回の合同試合では私は三位、ビアンカは五位です。実力から見て私の方が優っているのに、ビアンカがサクラリエル様の側仕えなんておかしいですわ」
「あれは組み合わせで早々にジーンに当たったからだ! お前だってジーンには負けていたじゃないか!」
グロリアの言葉にビアンカが反論する。聞いてみると先月の従卒試合では、ジーンの姉、セシルが優勝したらしい。ジーンは二位だったとか。
この試合は男女関係なく行われる。試合はトーナメント形式で、序盤にジーンと当たってしまったビアンカはグロリアより下の順位になってしまったと。
うーん、ビアンカの言う通り、この試合形式だとグロリアがビアンカより強いって証明にはならないと思うけどなあ。ビアンカに勝ったジーンに勝っていたら別だけども。
「ジーン様には負けましたけど、貴女には負ける気はしませんわ。あれから私、とても強くなりましたのよ? 恥をかいてもいいのなら勝負してみますか?」
「減らず口を……! いいだろう、勝負してやる!」
売り言葉に買い言葉といった感じにビアンカが吠える。なんだろう、あの子わざと挑発したような……。絶対に勝てる自信があるのかしら。
ビアンカだって毎日ユリアさんに鍛えられて、かなりの強さになっていると思うんだけど。
自信たっぷりの顔で、グロリアが総長さんに提案する。
「総長。結界試合をしてもいいですか?」
「お互いが納得済みなら構わんが……」
ちらりと総長さんがビアンカを見る。結界試合ってのはあの実剣で試合をするやつだよね? スキンバリアがあるとはいえ、怖くないのかな……?
「構いません。その方が本当の実力がわかると思います」
ビアンカがコクリと頷く。二人が結界の張られた試合場の方へ歩いて行き、対峙して一礼する。審判は若い騎士の人が務めるようだ。
「この試合に異議が無ければ抜剣を」
お互いが腰から実剣を抜いた。どちらも同じ小剣。ビアンカの方は質実剛健とした無骨な鈍色の小剣。よく使い込まれていて歴戦の戦士といった風格がある。
かたや、グロリアの方は珍しい片刃の小剣だった。少し幅広の、直剣ではなく少し反りが入った日本刀……いや、舶刀と呼ばれる剣に近い。黒みがかった刀身は不気味な印象を与える。柄頭に飾られた紅玉が怪しく輝いていた。
…………なんだろう、あの剣どっかで見たような?
「では、始め!」
審判の声に駆け出した二人がいきなり斬り結ぶ。お互いの剣を弾き、距離を取った。
やっぱりグロリアのあの黒刀、どこかで見た気がする。ゲームの中? だとしたら……!
思い出した! あの剣は魔剣『ディスコード』!
ゲームの中でジーンルートに出てくる辻斬り騎士が持っていた人斬りの魔剣だ!




