◇036 隠し部屋の財宝
「それで? その隠し部屋ってのはどこにあるんだ?」
「いや、なんであんたもついて来てんの?」
私とエステル、それにエリオットとターニャさんで行こうと思ったらビアンカとジーンもついて来た。
ビアンカはまだいい。一応私の側仕えだし。けど、ジーンはこの件にはまったく関係ないんだが。
「ま、まあ、いいじゃないですか。ジーンも私の側仕えなのですし」
エリオットがジーンの弁護に回る。まあそうだけどさ。この子、騒がしいから周りから目を引きそうで。
「お前は騒がしいからな。大人に見つかると面倒なことになるんだぞ。わかっているのか?」
ビアンカが私の気持ちを代弁してくれた。その通り! 大人に見つかると、『我々でやるから子供は下がっていなさい』となりかねないのだ。
そうなると目的が達せられない。それでは困るのだ。
「あのう、私たちも大人なんですが……」
「ターニャさんたちは別」
私の護衛について来たターニャさんが所在なげに呟いた。その横にいるエリオットの護衛騎士も苦笑している。ターニャさんたちは大人だが、私たちの引率者的ポジションってことで。ま、子供の探検ごっこと大目に見て欲しい。
「大人にバレずにこっそりと発見すればいんだろ? でも宝は山分けだからな?」
いや、財宝は皇室のものだから。あんたにはビタ一文入らないから。なんでついて来ただけで分け前が貰えると思っているのか。
ジト目で呆れている私にエリオットが声をかけてきた。
「それでサクラリエル。どこを探せば?」
「え? あ、えーっと、階段の踊り場で、大きな姿見がある場所なんだけど……」
「踊り場に姿見? 思い当たる場所は三つありますが……とりあえず順番に見ていきましょう」
エリオットがそう言って歩き始めた。私たちも先を歩く彼について行く。何度か城内の人とすれ違ったが、今のこの状態はエリオットが城を案内しているようにしか見えないだろう。
ひとつめの場所は私の記憶とは違うところだった。
ふたつめの場所も違った。
「ここ! この場所よ!」
そしてみっつめ。ここだ。間違いない。鏡の位置も装飾された枠組みもおんなじ。
お城の奥まった二階と三階の間の踊り場で、あまり人目につかない場所である。
鏡自体は新しいが、周りを彩る木枠は古いもので、様々な花が彫刻されていた。
「ここが? この鏡を割るのか?」
ジーンがアホなことを言い出した。割ったところで壁があるだけだよ。仕掛けはこの木枠にあるんだから。
「この枠に彫られた花を季節の順に押すの」
「なんでそんなことまで知ってるんです?」
エリオットが当然ながらの質問をしてくる。
「『花が季節巡りし時、闇の道は開かれん』。初代様が残したとされる古書にある言葉よ。私は領都の書庫で写しを読んだけど、原本は皇城の書庫にあると思う。当時はどういう意味かわからずに、城下の人たちの間で噂になったらしいわ」
本の話は本当。見つけたのはゲームの中のエリオットだけどね……。だからここの書庫にその原本はあるはず。
写しを読んだってのは嘘。そんなもんはございません。領都になんかいなかったし。事情を知っているターニャさんは難しい顔をしても黙っていてくれている。
後で貧民街で会った旅のエルフに聞いたとでも言っておこう。お父様たちにもね。エルフは長生きだから知っていてもおかしくない。
鏡の枠に花が彫られていることをこの間のパーティーで知り、ひょっとして……と思いついた。……ってことにしとこう。
「えーっと確か……」
シンフォニア皇国にも四季がある。春夏秋冬の花を順に押せば、隠し扉が……あれ? どれがどの季節の花だったっけ? 私はあまり花には詳しくはない。女子力が低いって? ほっとけ!
食べられる野草とかなにかに使える花とかならけっこう知ってるもん。綺麗なだけの花を知らないだけだもん。
「……エステル、わかる?」
「え? えっと……、サクラ、フヨウ、ハギ、スノードロップ、かと」
おお、さすが。
こっちの花の名前は地球のと同じものが多い。……まあ、どれがどの花かは私にはわからないけれども。あ、いや、サクラはさすがになんとか。自分の名前の由来だしね。
エステルに教えてもらいながら、かち、かち、と順番に花の形をしたスイッチを押していく。
すると、ガゴン! という音がして、鏡の隣の壁が横へ自動ドアのように、ズズズズッ、と動いていった。
「本当にあった……」
呆然としているエリオットを置いて、私は隠し部屋の中へと入る。ちゃんと用意しておいた質屋で買った懐中電灯で中を照らすと、そこには地下へと繋がる階段があった。
正確に言えばここは二階と三階の間の踊り場なので、地下ではないのだけれど。
エステルたちにも懐中電灯を渡して階段を降りる。暗く、じめっとした空気がなんとも気持ち悪い。
「お、おい、大丈夫なのか? 入った途端に入口が閉まったりしねえか?」
「なんだ、ジーン。怖気付いたのか?」
「べっ、別にビビってなんかいねーよ!」
後方でジーンとビアンカの言い争う声がする。うるさいなあ。
しかし本当に真っ暗だね。ゲームではエリオットが松明っぽい明かりを持ってたんだけれども。アレよりはマシなのかな。
まあこの階段はすぐに終わることを私は知っているので、ジーンほど慌てたりはしてない。
やがてその記憶通り階段が終わり、正面には大きな金属の扉が私たちの行手を阻んでいた。
向かい合う左右の獅子の目には、赤と青の宝石が嵌め込まれている。
あれがこの扉を開く鍵なのだ。皇室の血を引く人間が触れることによって扉が開く仕組みになっている。
「エリオット、あの宝玉に触れて。両方同時にね。そうしたら扉が開くから」
「え? でも……」
エリオットは扉を見上げて眉根を寄せた。宝玉は大人の肩の高さあたり、一メートルほど離れて配置してある。
しまった! ゲームだと大人のエリオットだったから届いたけれど、子供の身長じゃ同時には無理か!?
いや、ターニャさんにこう横抱きにしてもらって、エリオットが手と足を伸ばせばなんとか……!
「あの、なぜ皇太子殿下でないといけないのですか?」
「この扉は初代皇王の血を引く者にしか開けられないの。だからエリオットが……」
「それならばサクラリエル様も当てはまるのでは?」
「あ」
そうエステルに言われてやっと気づいた。そうじゃん、私もその一人じゃん……。
当然ながらゲームではサクラリエルはいなかったから思いつきもしなかった。うう、恥ずかちい……。
「……エリオットはそっち。私はこっちに触れるから」
「お前、けっこう抜けてるよな」
「うるさい!」
そっとしておけ! 気がきかないジーンに怒鳴り返す。デリカシーのない男はモテないぞ!
私の場合、思いっきり背伸びしても届かなかったので、ジャンプしてエリオットと同時に宝玉に触れる。その瞬間、宝玉が赤と青の光を放ち、ガシャッとなにかが外れるような音がして、ゴゴゴゴ……と、扉が自然に左右に開いていった。
「これは……!」
「すげえ! 宝の山だ!」
広さはそこまで広くない。しかしながら、その部屋の中いっぱいに、金銀財宝や魔導具と思われる様々なアイテム、剣や槍などの武器、貴重な物であろう書簡や魔物の素材などが詰め込まれていた。保存魔法がかけられているため、どれも状態がいい。
しかし私はそれを無視して、奥にあったテーブルに置かれていた野球ボールほどの水晶球を手にした。
『封印の宝玉』。ゲームでは暗黒竜を封印するのに使用した魔導具である。
まあもう暗黒竜は倒してしまったので、必要ないっちゃ必要ないのだが。
これはこの宝玉を手に入れるための、『エリオットルートのイベント』である。この宝があれば、暗黒竜を封印するエリオットルートでのグッドエンドがほぼ確定するのだ。
ちなみにエリオットの好感度が高ければこのイベントはすっ飛ばすことができる。暗黒竜を倒しちゃうから使い道ないしね。
さて、私の説が正しければこれで【店舗召喚】がレベルアップするはずだ。……すると思うんだけれども。
まあ、明日になればわかるか。
◇ ◇ ◇
「信じられん……! まさかこのような隠し部屋が城にあるとは……!」
「陛下! これは間違いなく建国王の財宝です! 歴史的大発見ですぞ!」
皇王陛下と宰相さんが部屋の中に所狭しと並ぶ財宝を見て、興奮のあまり大きな声を上げていた。
皇王陛下は傍にいたエリオットの肩を叩き、満足げに頷く。
「よくやったぞ、エリオット。お前は何代にも渡っての一族の悲願を叶えたのだ。余も鼻が高いぞ」
「いえ、これは私ではなく……」
「ゔぇっほん! おほん!」
エリオットが余計なことを言いそうになったので、強引に咳き込んで邪魔をする。
さっき打ち合わせしたでしょうが! 黙って第一発見者になっておきなさいよ!
「え、と……たまたま。偶然ですよ。それに見つけたのは僕だけじゃないので」
「謙遜するな。偶然でもなんでもこうして初代様の財宝が見つかったのは喜ばしいことだ」
エリオットが微妙な笑顔を返す。
みんなと口裏を合わせてこの隠し部屋はエリオットが偶然見つけたということにした。
エリオットは反対したが、言い出したのは私でも、発見したのはみんなである。エリオットが見つけたと言うのも嘘ではない。
そして親が『皇王派』としては、エリオットが発見者の方がなにかと都合がいいのだ。
最近変な輩が『聖剣の姫君』たるサクラリエル様が皇位に就くという選択肢もアリなのでは? なんて噂を流しているらしいからね。
たぶんこれは『離間の計』。皇王陛下とお父様を疑心暗鬼にさせて仲違いさせ、分断しようというのだろう。そうはいくかい。
なのでこの発見者はエリオットであるべきなのだ。それにこれくらいは譲らないとね……。エリオットに関しては私がいろいろと人生を捻じ曲げちゃっているからさ。
そもそも本来ならこの財宝はエリオットとエステルが見つけるものなんだから、これでいいのだ。
「本当はサクラリエル様が見つけたものですのに……」
私の横でエステルが不満そうに小さく声を漏らしていた。いやいや、本当はエリオットとあなたが見つけたものだからね!?
その日のうちに『初代皇王陛下の財宝、発見さる!』のニュースは瞬く間に皇都に広がった。
半分伝説とされていた物が発見されたのである。しかも現皇太子殿下の手によってだ。
さすが次期シンフォニア皇王だと皆が褒め称える中、なんともエリオットは居心地悪そうにしていた。
気にすることないのになあ。王たるもの、清濁併せ呑む度量を持ちたまえ。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
皇王の部屋にエリオット皇太子が思い詰めたような顔でやってきた。
「父上、実は……」
「よい。財宝を探し当てたのは本当はサクラリエルなのだろう?」
エリオットの目が驚きに見開く。その表情を見て、皇王は苦笑するように笑った。
「お前の態度を見ていればわかるわ。いかんぞ、エリオット。いかなる時にも心の内を覗かせぬようにせねば、良き王にはなれん。狼狽するような王では皆不安になるゆえな」
叱るというよりは言い聞かせるように皇王は息子に話す。
どうもこの子は真面目過ぎる。少しはジーンやサクラリエルの柔軟さを真似てもいいと思うのだが。
「サクラリエルはお前が見つけたとした方が国のためになると判断したのだ。それが気に食わないということは、お前はこの国よりも自分のプライドの方が大事だということか?」
「いえ! そんなことはありません! 国のためならどんな役割でも演じてみせます! ただ、サクラリエルはそれでいいのかと……」
「あの子は財宝の発見者などという肩書きはなんとも思っとらんだろうよ。飴玉をもらったくらいに思っておけばよい」
弟からの話だと、『聖剣の姫君』という誰もが羨むような称号も嫌がっているらしい。相変わらず変わっている姪に、皇王陛下はつくづくエリオットの嫁に欲しかったと悔やむ気持ちが湧いてくる。
まあ、こればっかりは仕方あるまい。
「サクラリエルに負い目を感じるなら、お前は皇太子として立派に成長していく様を見せねばなるまい。あの判断は間違いではなかったと、あの子に見せねばな」
「……はい。父上の跡を継いで必ずやこの国を豊かにしてみせます。サクラリエルの気持ちを無駄には致しません」
そんな決意を口にしたエリオットが出ていくと、皇王陛下はグラスに入っていたワインをちびりと飲んだ。
弟であるフィルハーモニー公爵がくれたそのワインは桜色の美しい色をしたロゼワインである。
サクラリエルの存在はエリオットにもいい影響を与えている。まだまだ頭が固いようだが、いずれ柔軟な考えもできるようになろう。
息子の成長に気を良くした皇王はロゼワインの入ったグラスを小さく掲げた。
「『聖剣の姫君』に感謝を」
サクラリエルが聞いたら嫌な顔をするだろうな、と想像して、皇王陛下は口の端に笑みを浮かべた。