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◇035 休暇には羽根つきを





 ユリアさん指導の稽古が始まって一週間が経った。

 私の場合、毎日というわけではなくて、だいたい二日に一回、三時間ほど稽古をつけてもらっている。

 といっても、今のところエステルと屋敷の周りを走るだけの体力作りのみだが。

 ビアンカは毎日稽古をつけてもらっているようだ。その間、私はダンスやらマナーやらをエステルと共に学んでいる。

 エステルはとても優秀で、スポンジが水を吸うようにいろんなことを吸収していった。さすがは【聖女】といったところなのだろうか。

 私も負けてられないと、気合を入れて勉強している。これが意外と面白い。

 特に地理歴史。私からしてみたらゲームの設定資料集を読んでるような感覚なのだ。国の成り立ち、政変や革命、英雄たちの群雄割拠……なかなか興味深い。

 まあ、四六時中勉強やら稽古やらをしているわけでもなくて、普通に三人で遊ぶこともある。


「やっ!」

「えいっ!」


 訓練場でエステルとビアンカが、カコン、パカン、と羽子板で羽根を打ち合っている。羽根つきである。

 羽子板と羽根は【店舗召喚】で呼び出した質店で買ったものだ。

 すでに二人の顔にはマルやバツが墨で描かれている。最初はこの遊びに難色を示した二人だったが、今では夢中になって打ち合っていた。

 え? 私は参加しないのかって? この墨だらけの顔を見たらわかるでしょうが。負けまくったんだよ!

 なので、いま決勝戦の最中なのです。


「お嬢様、皇太子殿下とジーン様がおいでになられましたが……」

「え?」


 メイドのアリサさんの声に振り向くと、そこには顔をしかめたアリサさんと、びっくりしたような顔をしたエリオットとジーンの姿があった。

 しまった。見られた。


「お嬢様……? いったいなにをしておいでで……?」

「ええと、ちょっとした勝負を? ま、負けるとこうなるの!」


 笑顔で問い詰めてくるアリサさんが怖い。わかります、公爵令嬢がするようなことじゃないってのはわかります! わかるけど、こういうルールなんです!


「サクラリエル……。また変なことをして……」

「ぶはっ! なんだそりゃ! ビアンカまで……!」

「うっ、うるさい! お前もやってみろ! けっこう難しいんだからな!」


 墨を塗られた自分を見て笑うジーンにビアンカが反論する。そーだそーだ、やってみろ。


「へっ、要はその羽根の付いた玉を打ち返せばいいんだろ? 簡単じゃんか」


 ジーンが腕まくりしてエステルから羽子板を受け取る。果たしてそうかな? 羽根による空気抵抗で落下予測がつきにくい玉と、打ち返す際のコントロールがなかなかに難しいんだよ?

 一応簡単なルールとして二人の中心に線を引き、自分側に落ちたら負けだ。玉は一度で返すこと。

 ビアンカから羽根をつく。


「そら!」

「とっ!?」


 思っていたところに落ちてこなかったのか、ジーンがなんとか返した羽はビアンカの正面に山なりに上がった。キラン、とビアンカの目が光った……気がする。


「もらった!」


 カコッ! とスマッシュばりに打ち返したビアンカの羽根は、見事ジーンの足下に突き刺さった。


「くっ……!」

「ふっふっふ。エステル、墨を!」

「はーい」


 エステルが楽しげに持ってきた墨にビアンカが筆を浸して、ジーンの鼻の下に立派なカイゼル髭を描いた。ぷっ。


「くっ、くふふっ、なかなか似合うじゃないか、ジーン」

「はい、鏡をどうぞ」


 笑いを堪えるビアンカと手鏡を差し出すエステル。あの手鏡も質屋で買ったやつだ。


「ぬおっ!? なんだこりゃ!? ビアンカ、てめっ……!」

「おっと勝負に負けたんだから文句は無しだぞ。どうする? まだやるか?」

「当たり前だ! あとで泣くなよ!」


 再びカコン、パカンと羽子板の音が訓練場に響き渡る。なんだかんだいって楽しそうだな、二人とも。

 ビアンカとジーンは幼なじみで、お互い遠慮のない関係のようだ。

 ひょっとしてだが、ビアンカはまだジーンに恋してはいないのだろうか? ゲーム中でもビアンカのジーンに対する反応は自分の気持ちに戸惑っているっぽい感じだったし。

 エステルという恋のライバルが現れたことで初めて自分の気持ちを自覚した……という感じなのよね。

 あれ? ということは、エステルとジーンが仲良くならなければ、ビアンカは恋を自覚しない? 

 そもそも騎士団で一緒の訓練をしていたことで、二人の仲が深まっていったと考えると、それ自体がもうないのかしら……?

 うむむ、それならそれでビアンカが敵に回るルートは潰れるかもしれないから好都合かもしれないけど、彼女の初恋を奪ってしまったようでなんだかなあ……。


「お嬢様、いい加減お顔をお拭き下さい」

「あ、ごめんなさい」


 私がいろいろと考え込んでいると、アリサさんが蒸しタオルを持ってきた。

 ごしごしとアリサさんに顔を拭いてもらう。少し水で薄めた墨を使っているので、問題なくすぐに落ちた。ふう、さっぱり。

 エステルも同じく蒸しタオルで墨を落としている。ビアンカとジーンはまだ勝ったり負けたりを繰り返していた。


「それでエリオットは私になにか用でも?」

「いや、用というほどでもないのだけれど。ビアンカが君の側仕えになったと聞いたので様子を見にね」


 ジーンの主君でもあるエリオットもビアンカとは馴染みが深い。友達の様子を見にきたってことかな?

 そんなエリオットに対してエステルがにこやかに口を開く。


「それはそれは。皇太子殿下がわざわざ御足労なさらずともよろしかったですのに。わりとご自由な時間がおありですのね?」


 ……なんだろう、相変わらずエリオットに対するエステルの言葉に裏を感じてしまう。『いちいち来んな、暇人か?』って言ってない?


「ははは、まあ、建国祭も終わって時間に余裕がありますので」


 幸いなのはエリオットはその言葉の裏に気がついていないってことか。いや、私の気のせいかもしれないけどさ。

 ゲームだとこの二人、くっつくんだけどなぁ……。いや、エステルはジーンともくっつくけれども。


「あ、そうだ。エリオットに頼みたいことがあったんだった」

「頼みたいこと?」


 エリオットがきょとんと言葉を返す。


「お城にね、行きたいのよ」

「……? 普通に行けばいいのでは? 別にフィルハーモニー公爵家は登城禁止ではないでしょう?」

「ちょっと秘密の話なんだけど……」


 私が声を潜めるとエリオットが耳を寄せてきた。なぜかエステルもその間にぐいぐいと割り込んできたが。

 別にエステルに話しても問題ないからいいけどさ。


「お城にね、隠された財宝が眠っているって言ったらどうする?」

「「えっ!?」」


 エリオットとエステルの声がハモる。まあ驚くよね。でもこれは本当のことだ。


「隠された財宝……!? そんな話は聞いたことが……いや、待って下さい……。ひょっとしてそれは初代皇王陛下が密かに残したという秘蔵のコレクションのことですか?」


 そう。シンフォニア皇国の初代皇王……エリオットと私のご先祖様に当たる方はそもそも一部族の長であった。

 世界を巡り、様々な冒険の末、多くの部族をまとめてシンフォニア皇国を興した。

 彼は世界中を旅して、多くの古代遺跡からいろんな魔導具や財宝を手に入れている。どうやらそういう探索系の『ギフト』だったらしいが、細かいことは歴史に記されてはいない。

 まあともかくご先祖様は多くの財宝を持っていた。

 しかし彼が亡くなった際に、持っていたいくつかの財宝が行方知れずになっているのだ。

 ある者は国家経営のために密かに売り払ったのだと言い、ある者は不心得者が崩御のドサクサに紛れて盗み去ったと言い、そしてある者は悪用されるのを恐れて秘密の場所に隠したのだと言った。

 それから何代にも渡り、歴代の皇王がその秘密の財宝を探したが、手がかり一つ見つからなかった。今ではやはり売られたか盗まれてしまったと思われている。

 が! 私はその財宝のありかを知っているのだ。ゲームでのイベントだったからね! 目の前の二人のさ。


「なぜサクラリエルがそんなことを?」

「えーっと、まあ、それはいろいろとあって。それが嘘か本当かわからないから確認したいのよ。お城の物を勝手に触ったり動かしたりはマズいでしょう? だからエリオットにも一緒に探してもらえないかと思って」


 私がお城の物をあれこれといじってはいろいろと角が立つ。その点、エリオットなら王様の私物でもない限り問題ない。

 財宝はエリオットが探していて、私はそれに付き合っている、という形ならいいのだ。


「危険なことをするんじゃないですよね?」

「危険はないわ。……っと、あー、ないと思う。隠し部屋を見つけるだけだから」


 エリオットはしばし考え込み、やがて小さく頷いた。


「それが本当なら、それを見つけるのは皇室の血を引く僕らの務め。わかりました。手伝いましょう」

「わっ、私もサクラリエル様のお手伝いをしたいです!」


 話を聞いていたエステルが手を挙げる。手伝ってもらうこともないんだけど、まあ、もともとは彼女とエリオットのイベントだしね。参加する権利はあると思う。

 とはいえさすがに子供たちだけで城をうろつくわけにもいかないので、私の護衛騎士であるターニャさんには来てもらうことにする。

 よし、じゃあみんなでお城へ探検に出発だ!



 





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