◇033 側仕え
「『側仕え』、ですか?」
「うん。上級貴族はね、幼少期に将来側近となる人物を決めるんだよ。身の回りの世話や、護衛なんかも担当するんだ。大抵は下級貴族の長男長女以外が選ばれたりする」
「身の回りの世話ならアリサさんが、護衛ならターニャさんがいますけれど」
お父様の話を聞いて私は少し不安になる。まさか解雇とか言わないよね? 二人ともよくやってくれてるよ!?
「アリサとターニャは今まで通りサクラリエルに仕えるけど、それとは別に必要なんだ。やがて『学院』に入ったらアリサとターニャは連れてはいけない。そのために同年代の側仕えが必要なんだよ」
ああ、ひょっとしてゲームでのサクラリエルに付いていた取り巻きA、取り巻きBって、その側仕えだったのかな?
どっちももう『学院』に来ることはできなくなっちゃったしな。代わりが必要ってことなんだろう。
「深く考えないでいいのよ? 仲良しのお友達が増えると思えば」
「お友達……ですか……」
お母様はそういうけど、側仕えって一応公爵家で雇っている雇用人でしょ?
それってなんか雇われた友達みたいでなんか抵抗があるんだけれども。
エリオットとジーンのように本当の友達になれればいいけど……。
「下級貴族の次男や次女ならまだしも、三男三女以下となると、後ろ盾がないといろいろと厳しいからね。上級貴族に仕えたその経歴があれば、将来いい職に就くこともできる」
基本的に貴族の家は長男、最悪男子がいなければ長女が継ぐ。次男次女は長男長女に何かあった場合の、言葉は悪いがスペアとしてそれなりに実家の待遇は悪くない。飼い殺しとも言うが。
しかし三男三女以下となると、初めから家を出て身を立てることが決まっている。
男性は騎士団や官僚に、女は女官などに。まあ、女性の場合、嫁に行くというのが一般的だが。
嫁に入り、実家の貴族と嫁いだ先の貴族との橋渡しとなる。だけども下級貴族の三女四女なんて、よほどの器量良しでもなければ、いいところには嫁げない。
なので下級貴族の長女以外の令嬢は、上級貴族に仕えるメイドになったり、女性でも騎士として仕えることも多い。うちのアリサさんやターニャさんがそれだ。
アリサさんは子爵家の四女、ターニャさんは男爵家の三女である。
身分だけ見れば下級貴族の子でしかないが、これが公爵家に仕えるメイドと騎士となれば、生半可な下級貴族では手を出せない。下手をすれば実家の嫡男よりも力を持つこともある。
そういった意味では『側仕え』というのは、爵位を継げない貴族の子からすれば最大のチャンスなのだろうな。
しかも私の場合、一応皇族だ。皇位継承権第三位という肩書もつく。エリオットとお父様に何かあった場合、女皇王として擁立される。まあ、その可能性は限りなく低いけれども。
そんな私だから側仕えが必要というのはわかる。わかるんだけれども……。
「実はもうすでにその子を呼んであるんだ。さあ、入りたまえ」
「え!?」
お父様の言葉にギョッとする。いきなりだな! そんなサプライズはいらないんですけれども!
「失礼します!」
リビングの扉を開けて、一人の少女が入ってきた。
私と同じ年頃の活発そうな少女だ。しかしその子を見た瞬間、私の全身から、さあっ、と血の気が一気に引いた。
ショートカットの銀髪に強い意志を湛える菫色の双眸。
騎士の家系からか、背筋を伸ばして敬礼するその姿には凛とした気高さがある。その出で立ちもドレスではなく軽装鎧を身にまとい、腰には子供用のショートソードを下げていた。
「ビアンカ・ラチア・セレナーデと申します! サクラリエル様の側仕えとして粉骨砕身お役に立ちたいと思います!」
ビアンカ・ラチア・セレナーデ。ジーンルートの悪役令嬢にして、セレナーデ子爵家の四女がそこにいた。
ちょっとぉぉぉぉ!? なんで破滅フラグの不穏分子がうちに来てんのー!?
「お、お父様、まさか彼女が……」
「うん。このビアンカが君の側仕えになる。これから護衛としていろいろと学んでもらうつもりだ」
おうっふ……。マジですか……。
悪役令嬢が悪役令嬢に仕えるってどういうことだと、運命の女神様を小一時間ほど問い詰めたい。
彼女が悪役令嬢のジーンルートでは、私が【獣魔召喚】で無差別に魔獣たちを召喚し、その呼び出した魔獣たちに逆に食われる、という一番最悪な終わり方を迎える。
現在、私は【獣魔召喚】の『ギフト』を持っていないので、その終わり方はないと信じたいが、実はジーンルートではこれ以外にもう一つ、サクラリエルが破滅するシナリオがある。
学園での地位を失いつつあったサクラリエルは、同じく主人公を敵視していたビアンカに近づくのだ。
そしてこう持ちかける。二人で協力して主人公を陥れないか、と。
この時点でジーンの主人公に対する好感度が高いと、嫉妬と不安に駆られたビアンカはこのルートを辿る。まあこれはこれで入るのが結構難しいルートなんだけども。序盤からジーン一筋でやらないと起きなかったと思う。
手を組んだ悪役令嬢二人は主人公を陥れるために行動を起こすのだが、ジーンの働きによりそれは未然に防がれる。で、ビアンカはジーンと主人公に諭されて改心し、私の前に立ち塞がるのだ。
結果、ビアンカの剣に倒れた私は犯罪者として逮捕される。まあ、ゲーム内の私もビアンカを捨て駒として見てたから、なんとも自業自得なのだけれども。
死なないだけこっちルートの方がマシっちゃマシだけど……。
「『聖剣の姫君』の側仕えになれるなんて光栄です! 一生懸命頑張りますのでよろしくお願い致します!」
「え? いや、ああ、ハイ……」
なんかものすごくキラキラした目でこっちを見てるんですけども。ちょっ、やめて! そんな目で見ないで!
これ、完全になんか勘違いしているよね? そういやこの子もあの場にいたんだっけ。
なんだろう、『聖剣の姫君』ってイメージが一人歩きしているような気がするんだけど。私を聖女かなにかと勘違いしてない? こういうのも風評被害って言うのかしら……。
「父親のセレナーデ子爵は第一騎士団の団長でね。ビアンカも幼少の頃から剣を学んでいる。同年代ではかなりの腕前という話だよ」
お父様がそう説明してくれたが、そこらへんはゲームで知ってます。ジーンと一緒になって訓練してきたんだよね? 同じ釜の飯を食った仲ってやつ? 違うか。
「四つの頃から騎士団の人たちに指導を受けてきました。同年代では……、あー……同年代の女子ではほとんど負けません!」
ビアンカが少し躊躇いながらそう答える。うん、ビアンカはかなり強いけど、ジーンやその姉のセシルには負けるんだよね、確か。ゲームスタートより十年前でもその差はあるらしい。
私の場合、聖剣の能力が強いだけで、私自身は剣術が強いわけじゃないからね。剣の腕前、という括りではジーンにもビアンカにも敵わない。
「今回ビアンカがサクラリエルの側仕えになることで、彼女は騎士団での指導を受けられなくなった。そこでね、うちでも剣の指導をする者を新たに雇うことにしたんだよ。サクラリエルも基本くらいは習っていた方がいいだろう?」
側仕えに続いて剣の先生もですか……? お父様がサプライズ好き過ぎる。一言相談しちゃもらえませんかね?
まあ、貴族とはいえ少しは自分の身を守る術を身につけておいた方がいいとは思ってたけど。四六時中、護衛がいるわけじゃないし。
「じゃあその先生が召喚場の方に来ているから挨拶に行こうか」
と、お父様がそんなことを言い出した。いいかげんお父様の性格を把握してきた私にはわかる。あれはなにか私を驚かそうとしている目だ。サプライズは続くらしい。もうお腹いっぱいですってば。
庭に作られた召喚場に行くと、ビアンカと同じように軽装鎧に身を包み、亜麻色の長い髪を一本の三つ編みにした女性が木剣を持って立っていた。女の先生か。って、あれ? この人どこかで……。あ!
「エステルのお母さん!?」
「お邪魔しております、サクラリエル様」
そこにいたのはエステルのお母さんで、ユーフォニアム男爵夫人のユリアさんだった。
え!? なんでユリアさんがここに!?
「お父様、まさか……ユリアさんが剣術の先生なんですか!?」
「ははは、驚いたかい? そうなんだ。お義父さんからの推薦でね。かつて辺境一の剣士であったユリア殿が二人の稽古をつけてくれることになったんだよ」
いや、驚いたよ! てっきりもう領地に帰ったとばかり……。
「辺境一の剣士……。あの! ユリア先生ってひょっとして、『閃剣』のユリアですか!?」
「懐かしい名前ですね。確かにそう呼ばれていました。自分で名乗ったことはないですけど」
興奮したビアンカの質問にユリアさんが苦笑いを浮かべながら答える。『閃剣』のユリア?
私が首を傾げていると、興奮したビアンカがまくし立てるように説明してくれた。
「知らないんですか!? その動き雷霆の如く、その剣閃光の如し! 目に見えぬほどの神速の剣技の持ち主なんですよ! 盗賊王ジャハーラと四十人の手下をたった一人で討ち果たしたお話は吟遊詩人の歌にもなっているんですよ!?」
……マジですか。どうしよう。友達のお母さんがなんかすごい人だったらしい……。
「えっと、あの、本当にいいんですか? 男爵夫人が剣術の先生なんて……」
「問題ありません。命の恩人であるサクラリエル様のお力になれるのなら喜んでお引き受け致しましょう」
いや、命の恩人って。あれはエステルが頑張ったからだと思うんだけども。『聖剣の姫君』といい、どうもみんな私を過大評価している気がするよ……。
とりあえず稽古は明日からということにして、今日は予定日の擦り合わせを行うことにした。
公爵令嬢として私には普通の勉強の他に、様々な貴族の礼儀作法や内政や外交、領地経営のノウハウなどを学ぶ必要がある。
当然ながら、全てにビアンカが付き合うわけではなく、その間を剣の稽古時間として当てようというのだ。
私が内政や領地経営の勉強をしている間に、ビアンカはユリアさんから剣術を学ぶというわけ。もちろん私の剣術の稽古の時間は一緒にやるけどね。
まさか他の悪役令嬢と剣を学ぶことになろうとは……。その剣先が私に向けられないことを切に、切に願う。