◇031 終わり良ければ全て良し?
あれから三日経った。
あのあとお城はてんやわんやで、もう収拾がつかないほど混乱状態だったらしい。
まあそれでもしばらく経ってからいろいろなことがわかってきた。
まず暗黒竜を呼び出した取り巻きB……もといソナチネ伯爵家のバーバラ嬢だが、かなり衰弱していたが生きていた。どうやら全生命力を取られるには至らなかったらしい。
ここらへんはたぶん暗黒竜に注ぎ込んだ負の感情の強さなんじゃないかと思われる。ゲーム内のサクラリエルは地位も名誉も失い、全てを恨んでやぶれかぶれだったからなあ。
バーバラ嬢の父上であるソナチネ伯爵は、エリオットの誕生パーティーの警備を担当していて、そこからバーバラ嬢はパーティー会場の結界情報を得たと見られる。
彼女はいわゆるエリオットのストーカーで、ソナチネ伯爵家の彼女の部屋からは、エリオットの私物が山ほど見つかったそうだ。【獣魔召喚】で呼び出したネズミなんかの召喚獣に盗ませていたんだろう。だいぶご執心だったらしい。
【獣魔召喚】をうまく使えば、情報を集めることも容易いからね。建国祭のときのエリオットのスケジュールもそうやって盗み出したようだ。
ゲーム内のサクラリエルもそういう使い方をしてれば破滅しないで済んだのかなあ……。力任せにしか使ってなかったからな。
取り巻きAとは違い、自分に自信がなかった取り巻きBことバーバラ嬢は、エリオットに声をかけることもできず、ただ見ているだけだったようだ。
だけどエリオットに近づく貴族令嬢には隠れていろんな嫌がらせをしていたとか。六歳児にしてその執念と行動力……別の方向に活かせなかったもんかね……。
皇太子暗殺未遂は重罪だが、厳密に言うと彼女はエリオットを狙ったわけではないし(エリオットの私物を盗んじゃいるが)、未成年ということもあって、なんとか命だけは助かることになった。
ソナチネ伯爵が忠臣であったことも考慮されていると思われる。
幼い感情による『ギフト』の暴走、ということになったようだ。幸いなことに誰も死んでいなかったしね。
幼少期における『ギフト』の暴走事件はこの世界ではけっこうあり、お咎めも比較的軽いことが多いそうで。まあ『ギフト』は剥奪されるらしいが。
だが、罪は罪。バーバラ嬢はその『ギフト』【獣魔召喚】を教会の神器により剥奪され、一生を隔離された孤島の修道院で過ごすことになる。
さらにソナチネ伯爵家は監督不行き届きということで爵位を降格、最下級の士爵家へと落とされた。つまり次代は貴族じゃないってことだ。頑張ればまだ男爵に陞爵される可能性は残されているけどね。おそらく皇王陛下はほとぼりが冷めた頃に男爵に引き上げてやるつもりだと見た。他国の手前、これくらいやらないと示しがつかないからね。
そしてもう一つ、取り巻きAことアンネマリー嬢のラグタイム侯爵家だが、こちらはお取り潰しとなった。
他国の暗殺集団を手引きし、明確な反乱計画の証拠が次から次へとラグタイム侯爵の屋敷から見つかっては今さら言い訳はできなかった。
同様に侯爵の仲間であったピチカート伯爵とテンポ子爵も捕まり、両家もお取り潰しになった。皇王陛下からすれば、『伝統派』を切り崩すちょうどいいタイミングだったのだろう。容赦はなかった。
ラグタイム侯爵も『ギフト』を剥奪され、鉱山送りとなる。
アンネマリー嬢は兄と共に母方の家へと引き取られるようだが、平民落ちとなった彼女たちは、もう二度と貴族社会には戻ってこれないだろう。貴族との婚姻や養子縁組も禁止されているからね。
それほど謀反の罪は重い。母方の貴族家も連座で士爵家まで落とされたし、間違いなく数十年は監視される。絶対に下手な真似はできないだろう。次になにかあったら、お取り潰しになるのは自分たちなのだから。
そして当然ながら皇国は帝国へと抗議の声を上げたのだが、全ては帝国の一貴族がしたことにされてしまった。トカゲの尻尾切りである。
早々にその貴族は処刑され、帝国からは、ケジメをつけた。この度は迷惑をかけてすまなかった、的な謝罪の文書が届いて終わりである。なんとも釈然としない。
宰相さんがいうには帝国も一枚岩ではなく、一部の過激派が暴走したというのは、あながち間違いでもないかもしれないとのこと。
どこの国も馬鹿な奴がいるもんだね。
ああ、そうそう、この事件によりエステルの『ギフト』が多くの人にバレてしまったかと思ったのだが、幸いあの騒ぎで誰もそちらを見ておらず、さらに怪我を負った騎士たちも気絶していて、誰が治してくれたのかわからなかったようである。助かった。
問題は私の方である。
大観衆の中、聖剣を振るい、暗黒竜を倒した。
しかもその場には他国の大使どころか、王族まで居合わせたときている。さすがにこれを隠蔽するのは不可能であった。
瞬く間に私は『聖剣の姫君』として認知されてしまったのである。
ボロ雑巾のように死にかけたことで秘めていた力が目覚めた、ということになっていた。
本当はエステルに回復してもらったのだが、回復したのも私の力ということになっていた。とんでもない勘違いである。
だけど今さら『あれはエステルの力です!』なんて言えないよなあ。エステルの力がバレると間違いなく彼女は貴族たちのターゲットにされてしまう。
だったらもう目立ってしまった私の力としていた方がなにかと都合がいい。そうそう公爵家にはちょっかいをかけられないだろうしね。
本来『聖剣の勇者』として讃えられるのはエリオットのはずなんだけどなあ。ゲームの中で十年後にだけど。
「なんだってエリオットの役どころを奪っちゃうかな……あっ!? いだだだだ……!」
ベッドの上で身体を捻った瞬間に全身に痛みが走る。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「あー、だいじょぶ、だいじょぶ。不意打ちだっただけ……」
心配そうにこちらを覗き込むメイドのアリサさんにそう答えて再びベッドに横になる。
怪我をしたのかって? 違う違う。単なる筋肉痛。
聖剣モードの身体強化は、幼い私の身体にはかなりの負担となるようで、あの戦いの後、ぐっすりと寝て起きたらこのザマである。
なんとこの筋肉痛、エステルの【聖なる奇跡】でも治せなかった。
筋肉痛の元になった原因も、聖なる女神・ホーリィ様が授けてくれた聖剣だから効かないのかもしれない。同神による『ギフト』の無効化という話もよく聞くしね。
しかし、どうしたもんか。聖剣を呼び出したのはエステルだが、契約したのは私である。そのため、聖剣は私と結びつき、自由に呼び出せるようになってしまった。
これも【召喚】っていうのかしら? だとしたら召喚の女神・サモニア様の配慮と考えられなくもない……。
なぜかというと、またレベルアップしたからだ。
やっぱりこれって、『スターライト・シンフォニー』のイベントをこなすことで上がっている?
しかし、ギフトレベル5なんて上がりすぎじゃないの? ゲーム内の隠しルートのエステルでさえ7までだった。
確かにエステルの【聖なる奇跡】はレアギフトで、レベルが上がりにくい代わりに強力なギフト能力ということなんだけれども。
レベルだけでいったら、お祖父様の【刃羅万将】なんかレベル10らしいし、もっと高いレベルの人もこの世界にはザラにいる。
ギフトのレベルが高い=強いとかじゃないからね。いろんなことができる、ってのは正しいけど。そもそもレベルなんて言い方はこの世界ではしてないし。
あんまりゲームと一緒にしちゃいけないのかもしれない。私は主人公視点でしか情報を知らないしな……。
私が考え込んでいると、部屋の扉が開いて護衛騎士のターニャさんが顔を出した。
「お嬢様、エステル様がお見舞いにいらっしゃいましたが」
「あー、通して」
私が許可を出すとエステルが満面の笑みを浮かべてやってくる。前にも来てくれたのに、また来てくれたのか。本当に単なる筋肉痛なんだけどな。
「こんにちは、サクラリエル様。ごきげんいかがですか?」
「まだ痛むけど、初日ほどじゃないわ。明日、明後日には普通に動けるようになると思う」
心配をかけたくないので、ことさら平気アピールを繰り返して、ベッド横の椅子にエステルを座らせる。
なにせエステルは私がボロ雑巾のように手足がバキバキになっている状態を直視しているのだ。変なトラウマにでもなったら目も当てられない。
「町ではサクラリエル様のことで持ちきりですよ。ラグタイム侯爵の反乱を防ぎ、暗黒竜を倒した聖女、シンフォニアの神女だって」
「ゔあー……やっぱりそんなことになってるのか……」
ラグタイム侯爵の件は証拠を提出しただけだし、暗黒竜の方は成り行きでああなっただけだし。こう言ったらなんだけど、聖剣があれば誰だって倒せるよ。一撃だもん。
私がそんな憂鬱な気分に浸っていると、エステルが気落ちしたような声で話を続ける。
「それで、その……そんなサクラリエル様とエリオット皇太子殿下との婚約話が進んでいると……」
「え? ないない。一度断ってるし」
エステルの話を私は真っ向から否定する。根も葉もない噂だね、そりゃ。
まあ、そんな存在が現れて同じ年頃の皇太子がいたら、みんなそう考えるよね。私だって考える。ある意味テンプレだし。
ゲーム内でも(こちらはエステルが、だが)エリオットとくっついてたしね。
「そうですか! 私、てっきりもう決まってしまったのかと……!」
「うんにゃ? そんな話は知らないけど」
私だけが知らずに勝手に話が進められている、なんてことはうちのお父様とお母様に限ってはありえない。
状況が変わったから重臣さんたちの間でその動きがあったのかもしれないが、一度断った以上、お断りである。
急にご機嫌になったエステルに私は首を傾げながら、ふと思った。
あれ? でもエリオットルートを完全に潰してしまったなら、もうサクラリエルが暗黒竜に飲み込まれる未来はないのかしら? だったらそこまで悪い話じゃないのかな、と。
……いや、何があるかわからない。婚約者というその立ち位置が別ルートでなんらかの影響を及ぼすこともありうる。やっぱりお断りだな。
「サクラリエル様、私、お菓子を持ってきましたの。サクラリエル様のお菓子ほど美味しくはないかもしれませんけれど、お母さんと一緒に作ったんですよ。一緒に食べましょう?」
「へえ。もちろんいただくわ。ありがとう、エステル」
私がお礼を言うと、エステルが照れ臭そうに微笑んでくれた。なにこれ、天使やん。
目の前の天使にほんわかしていると、またターニャさんが扉を開けて顔を覗かせた。
「お嬢様、皇太子殿下がお見舞いにいらっしゃいましたが」
「ちっ」
え?
舌打ち? 今、天使が舌打ちしたように聞こえたけど……。
「あの、エステル? いま……」
「なんですか?」
にっこりと微笑まれ、私は出かけた言葉を飲み込む。……気のせいかな?
「やあ、エステル嬢も来ていたんですね。サクラリエル、ごきげんいかがですか?」
「大丈夫よ、あと数日もすれば元通りになるわ。ありがとう、エリオット」
「いらっしゃいませ、皇太子殿下」
私はこの状態なのでそのままだが、エステルは立ち上がりカーテシーでご挨拶する。
……なんだろう、エリオットを見るエステルの目が笑っているんだけど、笑っていないような。
「ちょうどいまサクラリエル様とお菓子をいただくところだったんです。狙ったようなとてもいいタイミングで驚きましたわ。よろしかったら皇太子殿下もいかがですか?」
……ん? 今の言い回しだとまるでエリオットに対して、お菓子を狙って来たのか? という嫌味にも聞こえる気がするけど……。
「それはどうもありがとうございます。では遠慮なくいただきますね」
エリオットは平然としている。……考えすぎか。
やがてアリサさんがエステルから預かったお菓子を切り分けて持ってきた。アップルパイか。うーん、いい匂い。
お行儀が悪いが私はベッドの上でいただくことにする。さっくりとした皮の中にしっとりとした林檎……。
ぱくり。ンマーイ!
「美味しいわ! ありがとう、エステル!」
「本当だ。美味しいね」
「皇太子殿下のお口に合ってよかったです。いつもはもっと贅沢な美味しい物を食べていらっしゃるでしょうから」
……んん? エステルってば、やっぱりエリオットに対してなんか含むところがあるような? 言葉の端々にトゲを感じるんだけども。
なんか気に入らないことでもあったのかしら……? おい、頑張れよ、エリオット。好感度下がってるよ?
……いや、これは私のせいか。私のせいでエリオットの活躍の場を奪ってしまったようなもんだからなあ。
とはいえ、お詫びに何をすればいいのやら。婚約者になるってのだけは勘弁だけども。
「あ、そうだ」
私は思いついて、ベッド横にあったポシェットからいくつか知恵の輪を取り出した。【店舗召喚】で呼び出した駄菓子屋で買った物だ。
「サクラリエル、それは?」
「六面パズルほどじゃないけど、これもパズルなの。いい? 見てて。一見外れそうにないこの二つの輪だけど……」
カチャカチャと私が二つの輪を動かすと程なくしてするりと外れ、二つに分離した。
「外れた……! え? なんで?」
「六面パズルと同じく解き方があるのよ。やってみる?」
「ぜひ!」
エリオットはすぐさま知恵の輪を手に取り、カチャカチャと動かし始めた。
あ、しまった。こうなるとエリオットは動かない。
帰るときのお土産に渡すんだったなあ。ま、そう難しい物じゃないからすぐに解けるでしょ。ん?
ふと、エステルの方を見ると、とても残念そうな目でエリオットを見ていた。ため息までついてら。小さな声だったけど、『お子様ですね……』って声が聞こえたよ!? あのー、その子、うちの国の皇太子殿下だからね!?
「えと……、そういえばルカとティファはもう国に帰ったのよね?」
「ええ。サクラリエル様に別れのご挨拶ができないことを残念がっていましたよ」
私も残念だよ。せっかく仲良くなったのにな。まあ、『学院』に入学したらまた会えるか。
……接点を作ってしまったから、ひょっとしたらそれより早く会えるかもしれないけどさ。
私はエステルのアップルパイを食べながら、漠然とそんなことを思った。
◇ ◇ ◇
「へえ。そんな子が?」
「うん。サクラリエルはすごい。このお菓子もサクラリエルからもらった。美味しいでしょう?」
ルカことルカリオラは父であるプレリュード王国国王、カッシーニ・ゼ・プレリュード三世にお気に入りの餅菓子をぐいぐいと勧めていた。
あまり他人に関心を持たない娘がここまで熱く話すサクラリエルという公爵令嬢に対して、彼も少なからず興味を覚える。
反乱を未然に防ぎ、竜をも屠ったという幼き少女。
歳は娘と同じだという。間違いなく天才、才媛の類であろう。やがてシンフォニア皇国を支える重要な人材となるに違いない。
「ふむ……。今のうちに誼を結んでおくのも悪くはない、か」
プレリュード国王はひとり笑みを浮かべ、娘が差し出した爪楊枝に刺さった餅菓子を口にした。
「……美味いな」
「でしょ?」
我が意を得たりとルカがドヤ顔で答える。フィルハーモニー公爵家と繋がりを持てば、これもなんとか融通してもらえるのだろうか、とプレリュード国王はそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
「なんと!? 六つの小娘が竜をかや!?」
「うむ。一撃であったぞ。間違いなくサクラリエルは勇者の資質を持ち得ている」
ティファの母であるメヌエット女王国女王、レイーシャ・レ・メヌエットは『事実か?』とばかりに、娘と共に彼の国へと赴いた騎士たちに視線を向ける。
騎士たちはそれを肯定するように小さく頷き、女王は感嘆のため息を漏らした。
「よもやそのような童女が隣国にいようとはな……。信じられぬ」
「サクラリエルの祖父はアインザッツ辺境伯じゃ。血筋なのかも知れぬ」
「なんと!? 『皇国の獅子』の孫か!?」
それならば、と女王に理解の色が浮かぶ。『皇国の獅子』の勇名はこの国にも響いている。その孫ならばあり得るかもしれぬ、と。
「その者ならば『魔神の遺跡』を踏破できるやもしれぬな……」
女王がひとりごちる。『魔神の遺跡』とはこのメヌエット女王国に伝わる伝説の宝が眠る遺跡のことだ。今までに何人もの勇者が挑み、散っていった。
もしかしたら……と希望の火が女王の胸に灯る。今はまだ無理でも、成長した暁になら?
そのためにはその童女と友好な関係を保っていた方が良いに決まっている。
女王は口の端を軽く吊り上げて、人の悪い笑みを漏らした。
◇ ◇ ◇
かくして単なる悪役令嬢であった少女の運命は大きく方向を変え、不確定に回り出した。
果たして彼女の行く先には何が待ち受けているのか。それは神のみぞ知る。
物語は回る。悪役令嬢の望む望まぬに関係なく。
ここまでが第一章となります。書籍化のお話をしてすぐで申し訳ないのですけど、おそらく第一巻、分厚くなります…。配分間違えたね…。