◇003 ゲームの世界
『スターライト・シンフォニー』。
レンフィル・コーポレーションが開発・発売した、恋愛シミュレーションゲーム。
剣と魔法の世界を舞台にした物語で、主人公は学院に通い、恋に事件に冒険に大活躍をする、王道の乙女ゲームだ。
その『スターライト・シンフォニー』に登場する、主人公をあの手この手で嫌がらせをするのが、公爵令嬢『サクラリエル・ラ・フィルハーモニー』。
────それが私。
「なんでええぇぇぇぇ!?」
「お嬢様!? どうかされましたか!?」
ドアが開き、慌てたメイドさんが突入してくる。部屋の中で公爵令嬢が一人絶叫してりゃ、そりゃ心配にもなるよね! ごめん!
「なっ、なんでもないの! ちょっとイヤな夢を見て……!」
夢なら早く覚めてほしい。三年も見てるぞ。大長編にしても長すぎる!
「そうでしたか……。大丈夫です。ここにはお嬢様をいじめるような輩はいませんわ。安心してお眠り下さい」
メイドさんは泣き笑いのような笑顔を浮かべて私に微笑みかける。
……あれ、これなんか勘違いしてない? 別に今までの辛い体験を思い出してうなされたわけじゃないんだけれども。
ま、まあ、なんとかごまかせたようなので大人しくベッドに戻る。
メイドさんが出ていった部屋のベッドの中で、私は薄暗い中、ベッドの天蓋を睨みながら前世の記憶を手繰ることにした。
『スターライト・シンフォニー』を私が初めてプレイしたのは中学生の時だ。あまり興味はなかったが、従姉妹のお姉ちゃんがオススメだというのでプレイしてみたのだ。意外と面白くて全クリしてしまったんだよね。
記憶が曖昧だけど、確かサクラリエルは悪役令嬢の一人……これは間違いない。
攻略対象であるこの国の皇子の婚約者で、皇子と仲良くなる主人公が気に食わず、様々な嫌がらせをする。
そしてついには主人公を亡き者にしようとして、逆に自滅するのだ。細かいところは思い出せないが、確かかなりあっさりと。
どんな死に方だったっけな……。いやいや、死んでたまるか!
「全力で回避しないと……!」
……んん? 待てよ? というか、これ、そもそも悪役令嬢にならなければいいのでは? ヒロインをいじめなければ自滅することもない。
いや、その前に皇子の婚約者になんかならなければ、ヒロインと対立することもないのでは? 私あんまりあの皇子様好みじゃなかったし。
ヒロインに熨斗付けてあげちゃえばいいのでは? それでバッドエンドが回避できるなら万々歳だ。
「あー、でもヒロインが誰ルートに来るかで変わってくるかも……」
皇子ルートの悪役令嬢は私だ。しかし『スターライト・シンフォニー』には皇子の他にも攻略対象が四人いる。
それぞれのルートで主人公を邪魔したり、壁となる試練を与えたりする悪役令嬢ポジションの人物が他にもいるのだが……まあ、それは今はいい。
問題はヒロインがどんなルートに行っても、サクラリエルは登場し、悲惨な最期を遂げるのだ。ルート分岐する前の段階では全ルート共通の悪役令嬢だしね。
確か戦闘の巻き添え、自滅、国外追放、廃人、実家が没落なんかもあった。
実家の没落は私が犯罪に手を染めたからだけれども……。没落ルートや国外追放は幸い死なないけれど、あの優しい父母を悲しませるようなことは絶対にしたくない。
「とにかく攻略対象には近づかない方がいいよね……。それと主人公にも」
確かヒロインは田舎領地の男爵令嬢だったはずだ。十六歳になり、舞台となる学院に入学するため、皇都に出てくるのよね。
学院は天空に浮かぶ島にあって、地上からは皇都の教会から転移門を使ってしか移動できない。
その転移門で学院に行く前日に、お忍びで身分を隠して城下へ出かけていた皇子とばったり出くわす……と。はは、王道だぁね。
ヒロインは【聖なる奇跡】という『ギフト』を持っている。ぶっちゃけるとスーパー聖魔法だ。
『ギフト』とは、『スターライト・シンフォニー』の世界で、人々に神々から一つだけ与えられる才能や能力のようなものだ。魔法とは違い、誰にでも学べて覚えることができるというものではない。
幼少期に教会で『天啓の儀』という神託を受けると、いずれかの神から『ギフト』をいただけるのだ。つまりこの儀式を受けた人は全て一芸持ちということである。それが使えるものかどうかはわからないが。
…………あれ、私、もらってないな? 確かサクラリエルは【獣魔召喚】っていう、召喚獣を呼び出す強力な『ギフト』を持っていたはずだけれども。
あれ、めんどくさかったなー。召喚獣を麻痺させる特殊なポーションを用意しておかないと詰むのよね。
まあ、今回は私の『ギフト』なわけだし、麻痺のポーションは必要ないけれども。
召喚獣を召喚できるのはいいな。狼とかライオンとかを召喚して、もふもふしたい。それから……。
これからのことを考えながら、私は再び夢の中へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
「おはよう、サクラリエル。よく眠れたかい?」
「はい。朝までぐっすりと」
「困ったことはなかった? なにかあったらすぐにお母さんに言ってね?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
にこにこと話しかけてくるお父さんとお母さんたちと朝の挨拶を交わす。
うむむ、まだ緊張する……。というか、昨日あれだけ泣いてしまったので少し恥ずかしいのもある。
お母さんに手を引かれて食堂に行き、テーブルの席に座る。長っが。テーブル長っが。
三人しか席に着かないのに、こんなにいる? ついそんな疑問をつい口にすると、パーティーや食事会をする時にこれだけの席がいるんだってさ。何人招待するのやら。
出てきた朝食は貧民街で食べていた食事とは天と地ほども差があった。まともな肉を転生してから初めて口にした気がする……。
あそこじゃ芋と豆のスープばかりだったからなあ。
とはいえ、前世での料理の味を知っている私としては、これでもやはり不満は出てきてしまう。
パンはなにげに硬いし、肉は塩と胡椒をかけただけ、サラダは油っこいドレッシングがかけてある。果物は美味しい。スープもまあいける。
上級貴族である公爵家としては質素な気がするが、お父さんたちは食べきれないほどの料理を並べる趣味はないらしい。その点は同意する。そんなことをしてると貧民街の連中が知ったら反乱を起こすよ。
貧民街の食事と比べたら天国なんだけれど……。あまりこの世界は食文化が発展していないのかしら。でもゲームの中にはいくつか美味しそうな食べ物も出てきたけど……。
うう、中途半端に美味しいものを食べたからか、前世の食欲が蘇ってきた。ご飯が食べたい。ラーメンが食べたい。お菓子が食べたい。
「どう? サクラちゃん。美味しい?」
「あ、はい。美味しいです」
物足りない、とは口が裂けても言えず、お母さんに微笑み返す。
「サクラリエルは少し痩せすぎだからね。遠慮なくもっとお食べ」
「は、はは……」
確かに栄養失調気味だとは思うが、これをたくさん食べろと? 公爵様、そりゃなかなか厳しい食育だよ。
「なんかまだ硬いねえ。そうだ! 僕をパパって呼んでくれないかな?」
「あ、いいわね! 私もママって呼んで!」
「いや、その、さすがにパパ、ママと呼ぶのは……」
栄養が足りなくてかなり背が低いが、これでも私は六歳だ。こちらの世界でも六歳ともなればパパママ呼びしてる者の方が少ない。中身は成人しているし……。
つまりは恥ずかしさから呼べない、と言ったつもりだったのだが、二人はそう取ってくれなかったらしく、あからさまにがっかりとしてしまった。
親として見てくれていないと取ったのかもしれない。違うんだ、そうじゃない。そうじゃないんだよ。
「えと、お父様、お母様……でいいですか……?」
お父さん、お母さんと呼ぼうとしたが、仮にも公爵令嬢。ここは礼儀正しく呼んだ方が正解だろう。私がおずおずとその言葉を口にすると、落ち込んでいた二人が見事に復活した。
「もちろんだとも! これからはそう呼んでほしい!」
「ええ! そうね!」
「わかりました。お父様、お母様……わぷっ!?」
右隣にいたお母さん……お母様が、ぎゅっと私を抱きしめてきた。あの、食べられないんですけれども。
それを見ながらフィルハーモニー家の執事のおじいさん……セバスチャンが涙を流して喜んでいる。いや、助けてよ。
セバスチャンはこの家を取り仕切る家宰であり、お父様の子供の頃から仕えているんだそうで。
私がここにやってきた時も号泣していたっけ。
「あ、そうそう。サクラリエルは『ギフト』のことを知っているかい?」
「あ、はい。知ってます。神様がくれる贈り物ですよね?」
昨晩寝る前に考えていた話題を公爵様……お父様が振ってくれた。
「君の体調が良くなったら、そのうち教会に行って『天啓の儀』を受けてこようと思うんだけど、」
「はい! 大丈夫です! 今日にでも受けられます!」
突然私が食い気味に声を張り上げたので、二人は固まってしまった。おっと、ごめんなさい。
だけど『ギフト』が手に入るならば早い方がいい。
私の破滅フラグには戦いに巻き込まれて死亡というものもある。
【獣魔召喚】を手に入れて強くなれば、そのルートは回避できるかもしれないのだ。そりゃ必死にもなるよ。
「え、と……た、体調は大丈夫なのかい?」
「はい! めちゃめちゃ元気です! だから教会に行きたいです!」
「そ、そうか。じゃあ三人で教会にお出かけしようか」
やった! 思わず私は諸手を挙げてはしゃいでしまった。子供っぽい行為に気付き、私は恥ずかしくなって小さくなってしまったが、二人は私の年相応の反応に微笑んでいた。
いや、だって召喚魔法だよ? テンション上がっても仕方ないよ!
ふと、私は二人を見ていて気になったことを口にしてみた。
「そういえばお父様とお母様はどんな『ギフト』を?」
『天啓の儀』を受けるには多額のお布施がいるが、貴族なら間違いなく『ギフト』を持っているはずだ。この二人も持っていると思う。
サクラリエルの両親はゲームでは全く登場しなかったキャラだから、わからないんだよね。
「え? ……ああ、覚えてないんだっけね。僕のは【物体修復】だよ」
「物体……?」
口振りからすると、三歳の私はお父様の『ギフト』を知っていたようだ。少し悲しそうな影を見せたお父様に申し訳ない気持ちになる。
お父様は食べ終えた皿をひょいと手に取ると、それをテーブルの角に叩きつけて割ってしまった。
お父様のいきなりの奇行に私がびっくりしていると、後ろからお母様が、大丈夫だから、と声をかけてくれた。
「【物体修復】」
お父様が割れた皿の破片に手をかざすと、まるで映像の早戻しのように破片が一つになっていく。気がつけば元通り、一枚の真っ白な皿が復元されていた。魔法だ! すごい!
「すごいです! それってなんでも直せるんですか!?」
「なんでもではないかな。直せないものもあるよ。まず、生き物は修復できない。時間が経ち過ぎたものも直せない。複雑なものや大き過ぎるものもダメだね。まあこれは部分部分で少しずつ修復すれば、できなくもないけれども」
どうやらお父様の『ギフト』にはいろいろと条件があるようだった。
それでもこの能力はかなり使えるんじゃないだろうか。修繕屋をやったら大儲けできるんじゃ……って、うちは公爵家だった。そんなことをしなくてもお金はあるか。
「お母様は?」
「私? 私は【歳月推進】よ。時の流れを強制的に進めることができるの。生き物には使えないし、限られた範囲だけだけどね。クラウド様と同じく、時空の神・トキエ様からいただいた『ギフト』なの。ワインの熟成なんかに使っているわ」
おおう。時間を戻す能力と進める能力か。お似合いの夫婦ですなぁ。
『ギフト』は便利なものである。どんな『ギフト』を授かるかによって、その後の人生が決まると言っても過言ではないらしい。
しかし強大な『ギフト』はそれに伴うリスクがあったり、あまりにも授けてくれた神々に反する行いをすると消失してしまうんだそうだ。そして二度と戻ってはこない。
『ギフト』を悪用する者も多いが、大抵そういった者に『ギフト』を授けた神は、おおらか、あるいは適当、いいかげんな性格の神であることが多いとか。ちゃんと管理してよと言いたい。
「サクラちゃんもいい『ギフト』が授かるといいわね」
「はい!」
お母様の言葉に力強く頷く私。まあ、貰える『ギフト』はわかっているのだけれど。
しかしお父様が告げた次の言葉に私は固まってしまった。
「本来なら三つの時に受けるべきだった『天啓の儀』がここまでズレてしまった。歳をとってから授かる『ギフト』は極端なものが多いから、少し心配だけど……」
………………なんですと?