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◇029 暗黒竜召喚

書籍化します。詳しくは夕方更新の次の話で。





「サクラリエル様! お怪我は!?」


 ラグタイム侯爵が捕縛されると、エステルが慌てふためいて駆け寄ってきた。どうやら心配させちゃったみたいね。


「ああ、大丈夫大丈夫。どこも怪我とかしてないから」


 それでも一応とエステルが私の両手を握り、【聖なる奇跡】を発動させる。ちょっ、大げさ! 本当に私には怪我などがなかったので、目立つことはなかったが、大怪我してても復活する回復魔法だよ、これ! やりすぎ!

 正直、エステルの『ギフト』はとんでもないチートだ。なにせゲーム内ではクリア後に『聖女』とされている。それだけの力を秘めているのだ。

 本来なら十年後に手に入れる力をすでに手に入れてしまったわけで。

 私のせいでもあるけど、そうしないとエステルのお母さんを助けられなかったしな……。

 これって王家にバレたら間違いなくエリオットの嫁候補にされてしまうのではないだろうか。

 エステルが希望しているならまだしも、政略的な結婚なんて私は認めないぞ。エステルには幸せになってもらいたいからね。

 なのでエステルの『ギフト』はなるべく秘密にしておきたい。……そう言っておいたんだけどな。


「エステル。なるべく『ギフト』は、ね?」

「あ……! は、はい。すみません。サクラリエル様がお怪我をしていたらと思ったら、つい……」


 エステルが顔を赤くして私の手を放す。うん、その気持ちは嬉しいんだけどね。ほら、近くに皇王陛下もいるしさ。

 

「ラグタイム侯爵よ。まさかエリオットのみならず、他国の王族にまで手を出そうとはな。貴様の言った通り、万が一お二人に何かあれば、我が国は両国と戦争に突入していたかもしれぬのだぞ?」

「ち、がう……!」


 捕縛されたままのラグタイム侯爵が声を上げる。タバスコで喉をやられたのか、掠れるような声で皇王陛下に反論していた。


「なにが違うのだ。ここに来てまだ言い訳をする気か?」

「違う……! 私はエリオット皇太子を襲わせたりはしていない……! あの黒い召喚獣は私の計画にはなかった……!」

「なんだと?」


 ラグタイム侯爵の言葉に皇王陛下は疑いを持っていたが、私は本当のことを話していると思った。

 だってさ、もし【獣魔召喚】をラグタイム侯爵、あるいはその手下の者が持っていた場合、建国祭でエリオットが襲われたことが腑に落ちないんだよね。

 あの時、エリオットと一緒に取り巻きA、ラグタイム侯爵令嬢のアンネマリーがいたからさ。

 自分の娘がいるのに召喚魔獣をけしかけるかね? 襲撃計画を立てていたら娘に祭りには行かないように言い聞かせるんじゃない?

 娘なんかどうでもいいというクズな親ならわからないけれども……。


「であれば誰が召喚獣を……?」


 悩んでいる皇王陛下の向こうから本物のルカとティファがお付きの護衛騎士を連れてやってきた。エリオットも護衛とともにこちらへやってくる。


「どうやら片付いたみたいじゃな。どこの国にも『竜の虫歯』はあるもんじゃの」


 捕縛されているラグタイム侯爵を一瞥し、ティファが不敵な笑みを浮かべながらそんなことを語る。

 『竜の虫歯』って放っておくと身を滅ぼす、みたいな意味だっけ? 『獅子身中の虫』みたいなことかな?


「サクラリエル。大丈夫でしたか?」


 エリオットが心配そうに覗き込んでくる。ちょ、近い近い! 乙女の顔を無遠慮に覗き込むんじゃないよ!

 私が慌てて身を引こうとしたので、自分で自分の足が絡まり、バランスを崩してしまった。


「おっと」


 後ろに倒れそうな私をエリオットが抱きとめて支えてくれた。なに、この皇子様っぽいシチュエーションは! ああ、皇子様か!

 エリオットに抱きとめられたとき、視界の隅に見覚えのある人物を見つけた。ぽっちゃり少女の取り巻きBである。彼女もこのパーティーに参加していたのか。

 取り巻きBはこちらをガン見していて、その視線は私にロックオンされているようだった。え? なんで? なんでそんなハンカチを噛みちぎらんばかりにしているの?


「やっぱり具合が良くないのでは? 少し部屋で休んだ方が……」

「あああ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 さらに顔を覗き込んでくるエリオットに私が辟易していると、ずずいっ、と間に割り込んだエステルが私たち二人をべりっと引き離した。


「皇太子殿下? あまり女性に無遠慮に近づくのはどうかと思います。お立場をお考えになられては?」

「え? いや、僕はただ怪我とかしてないかなと思って……」

「大丈夫ですわ。サクラリエル様のことは『親友』のこのわたくしにお任せを」


 にこにこと笑顔を浮かべてはいるが、何故かエステルの圧がすごい。その目力にエリオットも一歩引いてしまっている。まるでエリオットから私を守るようにエステルが立ち塞がってるのだ。これ、どうなってんの?

 いや、それよりも取り巻きBが……と、再び視線をそちらへ戻すと、取り巻きBの周囲に黒い霧のようなものが漂い始めていた。ちょっ、これって……!


「なんでよ……! なんであんたたちばっかり……! 私の皇太子殿下のそばから離れなさいよ!」


 ぶわっ! と取り巻きBから立ち昇る黒い霧が濃くなった。垂れ流されるドス黒い霧はやがて黒い塊となり、獣の姿を成していく。

 これは……! 間違いない、【獣魔召喚】だ! 【獣魔召喚】のギフト持ちは彼女だ!


「きゃあああぁぁぁっ!?」

「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」

「馬鹿な! 結界が効いてない!?」


 結界なんか効くわけがない。【獣魔召喚】の暴走状態だ。結界で防げるレベルを超えている。

 取り巻きBが呼び出した黒い魔獣が次々と庭園に現れていく。パーティーの参加者たちはパニックを起こし、警備の騎士たちが剣を抜いて魔獣の前に立ちはだかる。


「あれはソナチネ伯爵家のバーバラ嬢!? 彼女がエリオット暗殺未遂事件の犯人だったのか!?」


 皇王陛下が暴走する取り巻きB……バーバラ嬢を見ながら驚きの声を漏らす。

 いや……取り巻きB、バーバラはエリオットを狙ったんじゃない。逆なんだ。エリオットに近づく令嬢を狙っていた。

 誕生日パーティーと建国祭のときは取り巻きAのアンネマリーを。そして今回は私を。

 おそらく取り巻きBはエリオットのことを────。


「私の邪魔をするやつはみんな消してやる! みんな食べられてしまえばいいのよ!」


 バーバラは狂ったように笑いながら、さらに黒い霧を全身から撒き散らしている。

 同じだ。『スターライト・シンフォニー』で暴走した悪役令嬢のサクラリエルと。

 もはや、バーバラは理性的に考えることができていない。感情のみで動いている。それもドス黒い嫉妬や怒りの感情でだ。

 マズい。マズい、マズい、マズい! このまま暴走し続けると……!


「邪魔者はみんな消えちゃえぇぇぇぇっ!」


 大声で叫んだバーバラ嬢が白目を剥いてぱたりとその場に倒れ、その身から、ごぼっ、と一際大きな真っ黒い塊が宙へと抜けていった。

 黒い塊は出現していた無数の魔獣たちを霧へと戻し、その身に吸収していく。

 ああ……ダメだ。出現してしまう。最強最悪の魔獣、エリオットルートのラスボスが。

 空が陰り始め、黒い塊がだんだんとその形を作り上げていく。真っ黒い鱗に覆われた巨体と蝙蝠のような大きい翼。鋭い鉤爪と牙に、頭に生えた二本の角。そして邪悪さを湛えた真っ赤な双眸。

 暗黒竜。絶望の象徴が私たちの目の前に姿を現した。


『グゴガァァァァァァァァッ!』


 この世に顕現できたことを喜ぶかのように、暗黒竜が空へ向けて雄叫びをあげる。

 その咆哮に、パーティーに参加していた者の大半が気を失い、その場に倒れ始める。

 どうしよう……! まさか暗黒竜が召喚されてしまうなんて……! っていうか、早すぎでしょうが! あんたが出てくるのは十年後だっつーの!


「魔法師団、前へ!」


 宰相さんの声に従って、杖を構えた魔法師たち数人が前に出る。魔法師とは『学院』で魔法を学び、それに特化した者たちを示す。

 『ギフト』ではなく、自分たちの魔力と大気の魔素を操り、魔法として発動させる、いわゆる『魔法使い』だ。

 魔法は『学院』で学べば、大体の貴族は使うことができる。使いこなせるかどうかはまた別問題だが。


「【火球ファイアボール】!」

「【氷槍アイスランス】!」

「【雷撃サンダーボルト】!」


 炎と氷と雷が一斉に暗黒竜へと降り注ぐ。

 しかし全ての魔法を受けても暗黒竜は悠然とそこに佇んでいた。傷一つついていない。


「馬鹿な、魔法が効かないだと!?」


 宰相さんが驚いているが、私はこうなるのを知っていた。ダメなんだよ。あいつには魔法が効かない。物理攻撃しか効かないんだ。それだって弱らせることはできても殺すことはできない。

 ラスボスを倒すには聖剣が必要なんだよ。暗黒を斬り裂く聖なる光の聖剣。それを生み出せるのは聖なる女神・ホーリィ様の『ギフト』を持つエステルだけ……なんだけど、さすがにこれは無理! イベントだって起きてないしさ!

 十年後を舞台にしたゲームではエリオットとジーン率いる騎士団が暗黒竜と対峙し、ボロ負けする。

 そしてあわやエリオットが暗黒竜に殺されそうになったとき、エステルの真の力が目覚めるのだ。

 エステルは聖なる光の聖剣を召喚し、それを扱う勇者として聖剣の精霊と契約を交わしたエリオットはその聖剣で暗黒竜を斬り裂く。

 暗黒竜は倒れ、めでたく二人はハッピーエンドになるのだが、この状況ではそれは期待できそうにない。

 ブォン! と風切り音が聞こえてくるほどの力で暗黒竜の尻尾が横に振るわれる。

 それだけでそこにいた騎士やテーブル、イスなどがまとめてなぎ飛ばされ、まるでおもちゃのように吹っ飛んでいった。


「ぐはっ!?」

「ごふっ!?」


 城壁に叩きつけられた騎士が血を吐いてその場に倒れる。なんて力だ。竜の力はこれほどなのか。


『ゴルガァァァァァァァッ!』


 暗黒竜が首を低く構え、炎のブレスを火炎放射器のように周囲に放つ。ちょっ、それ反則!


「【魔導光盾】!」


 宰相さんが前に立ち、両手で光る大きな盾を生み出した。あれが宰相さんの『ギフト』なのか。

 光る盾はドーム状に変化して襲いくる炎からみんなを守った。おお、すごい!


「【投擲必中】!」


 ルカが暗殺者たちが持っていた短剣を拾い上げ、暗黒竜目掛けて投擲した。ルカの『ギフト』により投げられた短剣は、綺麗な弧を描いて見事に暗黒竜の右目へと突き刺さる。

 おおっ! と歓声が上がったのもその短剣がドロリと溶けるまで。暗黒竜の右目はまったくの無傷だった。

 ダメだ。やはり普通の武器じゃあいつには通じない。


「逃げるんだ、サクラリエル!」


 私へ向けてお父様が叫ぶ。その声が気に障ったのか、暗黒竜が自らの太い尻尾をお父様へ向けて勢いよく振り下ろした。








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