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◇028 天網恢恢疎にして漏らさず

■本日二話めです。ご注意を。





 親善パーティーはつつがなく進んでいった。プレリュード王国、メヌエット女王国とも、それぞれ個別にわかれ、シンフォニア皇国の貴族たちと歓談している。上級貴族たちからすれば、ここでコネを作っておきたいという考えなのだろう。自分の領地の特産品を売り込んだりしている。なんとか向こうと繋がりを持ちたいんだろうなあ。

 特にルカやティファは大変そうだ。王族に気に入られれば万々歳だろうからね。

 しかし今日のルカとティファはなんか変だなあ。いつもと違って動きがキビキビしているというかなんというか。遠目だからよくわからないけども。

 あまり話もしてないみたいだし。全部お付きの人たちが対応している。なんかお飾りの人みたいだ。……気のせいかな?

 庭園の四隅には台座に乗った女神像が置かれている。おそらくはあれが『ギフト』や魔法を封じる結界の魔導具だろう。それぞれに二人の騎士たちが警護に立っている。また外されたり、壊されたりしたらたまらないからね。

 だけどあれは『ギフトや魔法』を封じるだけの魔導具であって、他の魔導具には効果がない。まあ、パーティー参加者の持ち物検査は当然しているだろうけどさ。だけど魔導具って判別が難しいらしいんだよね……。見た目的にはただのアクセサリーみたいなものもあるしさ。

 正直に言うと、あの結界で暴走状態の【獣魔召喚】が防げるか不安だ。はっきりいってレベルが違うからなあ……。

 エリオットには私の作った麻痺のポーションを渡したから、また襲われてもなんとかなると思いたいけど、ゲームで効いたからこの世界でも効くなんて保証はない。

 気休め程度、とは伝えておいたけれども……。


「サクラリエル様?」

「あ、な、なに? ごめん、ぼーっとしてて……」


 隣のエステルが心配そうにこちらを覗き込んでいた。いかんいかん、やることはやった。あとは大人に任せよう。


「あのホットドッグって食べ物、すごく美味しかったです! 赤と黄色のソースがとても合っていて、噛み締めた時のあのプツリと弾けて飛び出すお肉の味がもう!」

「気に入った? じゃあパーティーが終わったらまた食べさせてあげるね」

「いいんですか!? ありがとうございます!」


 エステルが満面の笑みを浮かべる。エステルはお母さんを助けに行く途中に食べたホットドッグが気に入ったようだ。

 そういえば宰相さんがケチャップが作れるようにって、ルカのプレリュード王国からトマトの苗の輸入を始めるってお父様から聞いたな。来年の建国祭にはホットドッグ屋が並ぶかもしれないなあ。む?

 ふと、視線の先に見知った顔を見つけた。カイゼル髭のくま侯爵ことラグタイム侯爵だ。相変わらず悪い顔してんなぁ。

 ……実際悪いこと企んでたんだけど。

 ラグタイム侯爵はじっとルカやティファの方を見ている。なんか薄笑いしてら。あんたの企みはもう知ってるんだぞ。うまくいくと思うなよ?

 ルカとティファが揃って池の前を通り、こちらへとやってくる。つまり私とラグタイム侯爵のいる方に。

 挨拶をしようと私とエステルが立ち上がると、突然池の中から黒い服を着た男たちが勢いよく飛び出してきて、ルカとティファの前に立ち塞がった。

 男たちのその手にはナイフが握られている。口に咥えていた横長の筒のようなものを地面へと捨てて、全員が一斉にルカとティファたちに襲いかかった。


「曲者だ! 王女たちを守れ!」


 ラグタイム侯爵がここぞとばかりに声を張り上げると、周りにいた貴族たちの一部がどこからか持ち込んだのか長剣を手にして黒い襲撃者たちに斬り付けていった。

 貴族の剣術ではない。荒々しい、粗野な戦い方だ。どう見ても貴族や騎士とは思えない。

 黒い襲撃者たちもそれに反撃するが、多勢に無勢、あっという間に斬り伏せられてしまった。

 突然の惨劇にパーティー参加者からの悲鳴と怒号が辺りに飛び交う。


「いや、危ないところでしたな。両殿下ともご無事でなによりでした」


 ラグタイム侯爵がルカとティファの前に進み出た。黒い襲撃者たちを斬り伏せた男たちは剣を携えたまま、ニヤニヤとしている。

 いまだざわめきが落ち着かない中、ルカとティファの背後からお父様と宰相さん、それにエリオットを連れて皇王陛下が現れた。


「これはいったい何事だ?」

「おお、皇王陛下。パーティーにどこからか賊が侵入しており、両王女殿下の御命を狙ったらしいのです。幸い、万が一に備えて、私が手配しておいた傭兵たちが賊を排除いたしましたが……。警備の甘さを突かれてしまいましたな」


 嫌味っぽく語るラグタイム侯爵をよそに、宰相さんが襲撃者たちが咥えていた横長の棒のような物を取り上げる。


「陛下。これは帝国で作られた水中でも呼吸ができる魔導具です。どうやらこの者たちはかなり前からこの池に潜んでいたと思われます」

「帝国の刺客か」

「おそらくは。我が国とプレリュード、メヌエット両国との仲を離間させようとの仕業でしょう」


 水中でも呼吸ができる……酸素ボンベのようなものかしら? しかしかなり前っていつから……。まさか何日も前からこの池に潜んでいたの!? 

 そのプロ根性を褒め称えたらいいのか、呆れたらいいのかわからん。一流の狩人は獲物を確実に仕留めるために何時間も待ち続けるとは聞くけれども。

 だとしてもここは一応城の城壁の中。城内ではないけれど、そんな簡単に潜入できるところじゃない。それはつまり……。


「しかしラグタイム侯爵。このような公式の場に勝手に私兵を忍び込ませるとは、いかなる所存か?」

「お咎めは覚悟のこと。プレリュード、メヌエット両王女殿下を襲撃するとの情報を掴みましたのでな。領地からの騎士を待つわけにもいかず、緊急措置として私めの判断で配置いたしました」

「それならそれでこちらに御一報あってもよろしかったのでは?」

「情報が確たるものか判断がつきませんでしたからな。杞憂であればよかったのですが」


 おお……。宰相さんとラグタイム侯爵がやりあっている。皇王陛下とエリオットはそれを黙って見ているだけだ。周りの貴族たちも何も言わずにただ成り行きを見守っている。


「確かに事前にお伺いを立てなかったのは申し訳なかったと思いますが、こうして両殿下は無事であらせられる。それよりも私はこの警備の甘さ、油断さを問題視すべきかと思いますね。一歩間違えれば、プレリュード、メヌエットの両国と戦争にもなりかねないところだったのですぞ? これを宰相閣下はどのようにお考えになる?」

「……賊の侵入をここまで許したのは内部にこやつらを手引きした者がいたからです」

「…………なんですと?」


 宰相さんの言葉にラグタイム侯爵の片眉がぴくりと跳ね上がる。


「そやつは闇ギルドに取引を持ちかけ、帝国の刺客を誘い込んだ。確かに両殿下を害されれば、シンフォニアとプレリュード、メヌエットの信頼関係は地に落ちますからな。故に帝国もこの話に乗ったのでしょう。まさか初めから使い捨ての駒にされるとも知らずに」


 宰相さんがそう述べるとラグタイム侯爵の顔色がわかりやすく変わった。周りの貴族たちもその話に驚いてざわめき始める。


「そ、その話が本当ならばとんでもないことですな。なにか証拠のようなものはおありで?」

「ええ。この上ない証拠があります。ここにね」


 宰相さんは腰に下げていたウェストポーチのようなものからそれよりも少し大きな長方形の機械を取り出した。

 あのウェストポーチも私のポシェットと同じく【収納魔法】が付与されたものなんだろう。じゃなけりゃサイズ的にあの機械が入るわけがない。

 宰相さんが取り出した、見たことのないものにラグタイム侯爵は訝しげな顔をしている。

 まあ、私も初めて見たときは何の機械だろうと不思議に思ったものだが。おばあちゃんちにあったので操作方法はなんとなく知っていた。

 それは赤と黒で彩られ、いくつかのボタンが上部についており、開閉できる蓋の中には『カセットテープ』と呼ばれるものが入っている。

 私が【店舗召喚】で呼び出した質屋で買った、『小型ラジカセ』である。ちなみに充電は呼び出した店舗のコンセントで充電した。

 空のカセットテープも売っていてラッキーだったよ。テープも骨董品扱いなんだろうか。見たことなかったしね、私も。

 宰相さんが再生ボタンを押し、ボリュームのつまみを最大まで上げる。

 音質は悪いがしっかりとした声が聞こえてきた。


『……そこで帝国の襲撃者を私の傭兵たちが倒し、プレリュードとメヌエットに恩を売る。皇王陛下と宰相には警備の甘さを追求し、責任を取らせる。うまくいけば宰相の座が転がり込んでくるかもしれん』

『なるほど……。しかし庭園とはいえ城の中。そう簡単に侵入できますかね?』

『それはこちらでなんとかする。城内はさすがに難しいが、庭園なら問題ない。お前たちは闇ギルドを通じて帝国の奴らをうまく誘い込むのだ。抜かるなよ。これで我がラグタイム侯爵家と伝統派がこの国の実権を握る。新たな皇国の始まりだ……』

「なっ!? なっ、なっ……!?」


 突然の出来事にラグタイム侯爵が言葉を失っている。そりゃそうだ。先日、自分たちが悪巧みした内容が全て流されているのだから。


「身に覚えがあるようですね。とても珍しいものですが、これは音を記録する魔導具です。とある人物から証拠として提供されました。おかげでこちらも安全に対策を取ることができましたよ」


 宰相さんがちらっとルカたちの方を向くとルカとティファの二人は小さく頷いて、つけていた腕輪を外した。えっ?

 今までの姿がぶれて、ルカとティファとは全く違う髪の少女たちが現れる。

 よく見るとジーンの幼なじみで悪役令嬢であるビアンカと、もう一人のあのロングの女の子は……ひょっとしてジーンの姉のセシル? 魔導具で変身していたのか。

 

「自分たちが招き寄せた帝国の刺客を自分たちで倒し名声を得る。まったくとんだ自作自演をしたものだ。『伝統ある貴族』が聞いて呆れる。皇国貴族として恥を知れ!」


 お父様から怒りの声がラグタイム侯爵へと飛ぶ。本気で怒ったお父様を初めて見たかも知れない。う、ちょっと怖い。


「侯爵。なにか申し開きはあるか」


 逆に皇王陛下の声は冷めていた。冷たい目つきでラグタイム侯爵を見ている。


「くっ、嵌められたというわけか……! いつの間にそんな魔導具を……はっ!」


 ラグタイム侯爵の視線がこちらへと向けられる。あ。あかん、バレた。

 その会話をしていた時に近づいたのは私だけだ。さすがに間抜けな侯爵でも気付く。あれを仕掛けたのは私だと。


「やってくれたな、小娘……!」

「あ、あはは……」


 ラグタイム侯爵の憎々しげな視線にたじろぎ、一歩下がろうとする。すると突然侯爵が手に持っていた短い筒から黒い影のようなものが鞭のように伸びて、私を拘束した。


「サクラリエル様!」


 エステルが手を伸ばすが、私はそのままラグタイム侯爵の手元に引き寄せられてしまった。これって拘束の魔導具!? 


「全員動くな! この娘がどうなってもいいのか!?」


 鞭だった黒い影が今度は短剣のような形になって私の首元に向けられる。ありゃ、私ってば人質!?

 

「なっ、サクラリエル!」

「侯爵よ。馬鹿な真似はよせ。さらに罪を重ねることはあるまい?」

「黙れ! こうなったらこの娘を手土産に帝国に渡ってやるわ!」


 手土産!? 私にそんな価値ないよ!? いや、皇王陛下の姪ならけっこう価値はあるのか?

 窮鼠猫を噛む。追い詰められたネズミは何するかわからない。

 しかしそんな時のために一応こっちも用意しておいてよかった。ポケットの中のものを強く握り締める。

 私はすばやくポケットから取り出した水鉄砲を、切羽詰まっていたラグタイム侯爵の顔面へ向けて勢いよく発射した。


「えいっ!」

「ぶっ!? 貴様! なにを……うぎゃああぁぁ!?」


 ラグタイム侯爵が魔導具と私を放り投げ、顔を押さえて地面をゴロゴロと転がる。水鉄砲の中身はホットドッグの店にあったタバスコだ。凶悪すぎて使うか迷っていたけど、悪党に慈悲はいらぬ。目じゃなくてほとんど鼻と口に入ったみたいだけど。

 とはいえ、私にはこれ以上のことは何もできない。脱兎の如く、ラグタイム侯爵から離れ、お父様の胸へと飛び込んだ。


「サクラリエル!」

「侯爵を捕らえろ! そこの傭兵たちもだ!」


 皇王陛下の一声で警備の騎士たちがすぐさま侯爵と傭兵たちを捕らえにかかる。

 さすがに多勢に無勢、傭兵たちは剣を捨て、大人しくお縄になった。

 ラグタイム侯爵はいまだ顔が滲みるのか、ずっと悶絶していた。手を後ろに回されているので顔を地面に擦り付けている。

 ううむ、なんかすまん。










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