◇027 親善パーティー
■夕方にももう一話更新します。
建国祭最終日の今日は、滞在しているプレリュード王国とメヌエット女王国の王女二人を主賓とした親善パーティーが行われる。
王女二人だけではなく、その護衛、両国の親善大使、シンフォニア皇国にいる駐在員まで招いての親善パーティーだ。
もちろんシンフォニア皇国側も王都にいる貴族、あるいはその子女のほとんどが出席することができる。
しかしながら他国の来賓を迎えてのパーティー故、相手に失礼があっては国際問題になりかねない。
そういった背景もあり、暗黙の了解で両国のお相手はほとんど上級貴族がすることになる。
下級貴族では何かあった場合、下手をすると家がお取り潰しになりかねないからである。誰しも虎の尾は踏みたくはない。
パーティーは城の一番大きな庭園を開放してのガーデンパーティーで、すでに会場にはシンフォニア皇国の貴族たち、その子女らが歓談しながら主賓の到着を待っているところであった。
私もすでに会場入りし、立食形式になっているテーブルから、相変わらず堅いクッキーを一つ摘んでいた。そこまで不味くはないし、腹持ちはいいんだよね、これ。
クッキーを齧りながら、私はパーティー会場になっている庭園を見渡した。シンフォニア城には庭園がいくつかあって、ここはその中でも一番広い場所だ。至る所に花々が咲き乱れ、噴水や大きな池などもいくつかあり、風光明媚な場所である。
池にはたくさんの蓮の葉とともに睡蓮が咲き誇り、魚も泳いでいた。鯉かな? 蓮の葉でよく見えないな。
プレリュード王国とメヌエット女王国の親善パーティーではあるが、まだルカとティファは姿を現してはいない。まあ、ゲストは一番最後に来るものだからね。
お母様とお祖父様はさっきから次々と挨拶に来る貴族たちの相手をしている。相変わらず大変だなぁ……。社交界デビューしたら、私もあれやらないといけないんだろうな……めんどい。
お父様はここにはいない。たぶん昨日私が手に入れた『あの情報』のことで忙しいのだろう。
なんとかうまくいってほしいが……。
それにしてもあんまり同年代の子がいないな……。今回は国際的なパーティーだから、あまり騒ぎ立てる小さい子を連れてくると問題があるんだろう。ちょっとした粗相でも国際問題になることもあるしね。
「サクラリエル様!」
「えっ?」
私が沈思黙考の海を漂っていると、聞き覚えのある声が飛んできた。顔を上げると、そこには淡いミントグリーンのドレスに身を包んだエステルがこちらへと駆け寄って来る姿が見えた。
「エステル!?」
エステルは勢いそのままに私に抱きついて来た。えっ!? なんでユーフォニアム領にいるはずのエステルがここに!?
「どうしてここに? 領地にいるんじゃ……」
「どうしてもサクラリエル様に直接お礼が言いたくて、急いで戻って来たんです! ほら! お母さんも!」
エステルが振り向くと、その先にはエステルと同じような淡いグリーンのドレスに身を包んだ、二十代後半の女性が立っていた。その隣にはユーフォニアム男爵であるエステルのお父さんも立っている。
ああ、この人がエステルのお母さんなんだ。優しそうだけど、一本芯がありそうな女性だな。やっぱり親子だからかどことなくゲームで見た十六歳のエステルに似ている。
「初めまして、サクラリエル様。エステルの母、ユリア・クレイン・ユーフォニアムです。このたびは私のためにいろいろとご迷惑を……」
「ああ、いえいえ! 大したことでは……! お元気になられたようでなによりですわ!」
深々とエステルのお母さんに頭を下げられてしまった。友達のお母さんにそんなことされると恐縮してしまう。
エステルの話だと、ターニャさんが帰った後、すぐにユリアさんは全快したんだそうだ。それまでの病弱さが嘘のように元気になり、周りが奇跡だと驚くほどに。
エステルの【聖なる奇跡】は最高ランクの回復『ギフト』だからな……。そりゃ奇跡に見えるよ。
エステルからそれまでのことを聞いたユリアさんは、どうしても私に会ってお礼を言いたいと、渋るエステルのお父さんを説得し、家族総出で王都へとやってきたんだそうだ。
病み上がりなのに無理して大丈夫なのかな……と不安を感じたが、目の前にいるユリアさんは健康そのものなんだそうだ。病気のために落ちた筋肉も全盛期の頃に元通りというのだからとんでもない『ギフト』である。
さすが、主人公の肩書きは伊達じゃない。それほどエステルの想いが強かったとも言えるが。対象が赤の他人じゃこうはいかなかったろう。
エステルのお母さんに続き、お父さんであるユーフォニアム男爵まで私に頭を下げてきた。
「この度は本当にありがとうございます……! この御恩はいつか必ず……!」
「や、その、私は大したことは……! 全部エステルが頑張ったからで……」
本当にたまたま思い出したからなんで、そこまで感謝されると申し訳なくなる。あの時思い出してなかったら、ユリアさんは亡くなっていたわけだし。
ユリアさんが生きていることで、ゲームシナリオはどこまで変化するのだろうか。少なくともエステルとエリオットの建国祭デートは無くなっただろうけど……それぐらいか?
ユリアさんはゲームでのメインキャラではないし、その存在が各攻略対象のシナリオに深く影響するキャラでもない。大丈夫だと思うけど……ま、大丈夫だよね。
いや、私としたらシナリオが破綻した方がいいのか? でもその結果、別な破滅フラグが立ってもなあ……。
シナリオが破綻したら破綻したで、先が読めなくなるデメリットもあるし……。
とにかく元気になってよかった。
私が一人でそう自己完結していると、庭園噴水近くの貴族たちがざわめき始めた。どうやら主賓の方々と王家の方々が会場入りしたらしい。遠目に皇王陛下やエリオット、ルカやティファの姿が見える。
お母様とお祖父様はエステルのご両親、ユーフォニアム男爵夫妻と話し合っている。私とエステルはそこから少し離れ、庭園の隅に設置してあったベンチに腰掛けた。
「人がいっぱいいますね……。でも私たちのような子供はあまりいませんね。皇太子様の誕生日パーティーにはけっこういたのに」
「あの時は主役がエリオットだったからね。年の近い子女が呼ばれてたのよ。今回は国賓を招いたちゃんとしたパーティーだから、その家の嫡子じゃないと普通は連れてこないわ。でもほら、ちらほらとはいるわよ」
私もエステルも兄弟姉妹はいない。このまま成長して弟が生まれなければ、女公爵、女男爵として爵位を継ぐことになる。女なのに男爵とはこれいかに。
もしもエステルがエリオットと結婚して皇后になったりすると、ユーフォニアム男爵家は断絶してしまうのだろうか。まあその場合、従兄弟とか親戚の子を養子としてもらってきて、嫡子とすることになるんだろうけども。
ただ、エステルがあまりエリオットに興味がなさそうなんだよねー。もうエリオットルートはないのかしら……? うん、私が潰したかもしれないんだけれどさ。エリオットルートだと私、ゴリゴリの悪役令嬢だからね。
ううん、そう考えるとエステルの玉の輿を邪魔したみたいで、ものすごく後ろめたい……。自分の幸せのためにエステルの幸せを奪ったみたいで。
「私、エステルが幸せになれるように応援するからね!」
「ど、どうしたんですか、急に……。もう幸せですから大丈夫ですよ?」
そう言ってにっこりとエステルが微笑む。ええ子や……。ほんまええ子や……。
まあ、思春期がくればまたエリオットを見る目も少しは変わるんじゃないかな? たぶんだけど。
「お、サクラリエルじゃんか」
「げ」
ほっこりしていた私に聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は……!
そちらへと視線を向けるとやはり攻略対象の一人、ジーン・ルドラ・スタッカートが立っていた。くっ、会いたくなかったんだけどなあ……。知り合ってしまった以上、こういった場ではどうしても会ってしまうか。
「……ごきげんよう、ジーン様」
「様はいらないって言ったろ。堅苦しいのは苦手なんだよ」
「ではジーンと。お一人ですか?」
「いや、ビアンカと姉ちゃんの三人で来てたんだけど、はぐれちまってな。探してたらお前を見かけたもんで」
ジーンルートの悪役令嬢、ビアンカも来てるのか……。あれ? でも確かビアンカってセレナーデ子爵家の四女とかじゃなかったっけ?
それにジーンの姉っていうと……確かセシル。セシル・ルドラ・スタッカート。
私たちより二つ年上で剣の才能がある天才肌って人。後に騎士団に入り、女性騎士となる。ゲーム内では話題になるだけで、登場はしないんだけど。
ビアンカもセシルも嫡男嫡女じゃないのに、なんでこのパーティーに? まあ絶対に連れてきてはならないというわけじゃないらしいけど。
「そういやこないだの飴美味かったぞ! 今日は持ってないのか?」
「あのね……。いや、持ってるけどさ……」
あの時のとは違うやつだけど。私はポシェットから小さな缶入りのドロップを取り出した。ジーンの手の上にコロンと一個落としてやる。オレンジ色の飴が一つ落ちた。
エステルにもあげた。こっちは赤色だ。
「うん、町で売ってる飴より、しつこくなくていいな。俺はこっちの方が好みだ」
こっちで売ってる飴って、砂糖を固めた飴って感じのやつが多いからね。あれほどくどくはないから食べやすいのかもしれないけど。
「っていうか、エリオットのところに行かなくていいの?」
ジーンは一応エリオットの護衛見習いとしての立場もある。まだ正式なものではないから、常に一緒にいなくてもいいのかもしれないが、できればどっかいってくれないかなというのが、私の本音だ。
「こういった公式の場ではちゃんとした護衛の騎士が付くんだよ。悔しいけど俺はまだ従卒だからな。そこまで任せてはもらえないんだ。だけどなんか今日は親父も含めて朝からみんなピリピリしてんだよなぁ」
ジーンの父親であるアルベルト・ルドラ・スタッカート伯爵は皇国騎士団総長である。私のお祖父様であるアインザッツ辺境伯の異名、『皇国の獅子』と並び、『皇国の虎』という異名を持つ最高クラスの騎士だ。
皇王陛下の信任厚く、時にはその護衛も務める。おそらくは『例の件』絡みで動いているのだろう。ぶっちゃけると今回ジーンは邪魔だったんだと思われる。
よくよく見ると何人か貴族らしからぬ人たちがいるな。周りとほとんど会話もせず、あたりの様子を注意深く窺っている。ひょっとしてあれは騎士団の人たちなんだろうか。隠れて警備してるとか? だけど騎士にしては目付きが悪い人らばかりだなあ。
しばらくジーンは私たちのところで話し込んでいたが、知り合いを見つけたらしく、そっちの方へと行ってしまった。余計な展開にならずにホッと安堵の溜息をつくと、横にいたエステルにくすりと笑われてしまった。
「サクラリエル様はジーン様が苦手なようですね?」
「ジーンが苦手というか、騒がしい人が苦手なのよ。こういったパーティーも本当は好きじゃないわ」
エステルならいいだろうと本音をぶっちゃける。私は平穏無事に人生を過ごしたいだけなのだ。
「そういうエステルはどうなの? ジーンとかが好みのタイプ?」
私はエステルに探りを入れた。もしもエステルがジーンを好きになったとしたら、幼馴染みのビアンカが出しゃばってきて、『エステルと対決!』なんてことになるかもしれない。
そうなったらもうエステルはジーンルート一直線だ。私は巻き込まれないようになるべく二人とは距離を空けなければならなくなる。
友達の恋は応援したいが、下手すると死んでしまうからさあ……。どうか許してほしい。
そんな私の心配をよそに、エステルは困ったような笑顔を浮かべた。
「えっと……私もサクラリエル様と同じで、ああいった方は苦手というか……。元気なのはいいことだと思うんですが」
おっしゃ! 私は心の中でガッツポーズをとる。今のところエステルはジーンに気はない。ならばジーンルートに入ることはないだろう。
まあ、恋なんてなにがきっかけで生まれるかわからないから、注意は必要だけど。や、別に邪魔してやろうとかそんなことは考えてないからね!?
私はエステルの両手をしっかりと握り、ググッと顔を寄せる。
「はわっ!?」
「もしエステルに好きな人ができたら真っ先に教えてね! いい? 本当に内緒にしないで教えてね!」
「え!? あ、は、はは、はい、はい。その、たぶんできないと思いますよ? …………男のかたは」
エステルが最後に小さく何か言ったみたいだが、よく聞こえなかった。なんか顔を真っ赤にして照れているみたいだけど、恋バナなんかしたからかな?
子供だし、誰を好きとかはまだ早いか。ゲーム内でも攻略対象が初恋っぽかったし。初恋が十六歳って遅すぎな気がするけども。
私はチラリとエステルのお父さんに視線をやり、あの心配性のお父さんならエステルに近づく男の子を蹴散らしてそうだと思った。
うちのお父様も同じっぽいし。父親ってのはみんなあんな感じなのかなあ。