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◇026 カイゼル髭の悪巧み





「お嬢様、これでよろしいですか?」

「うん? えーっと……うん、大丈夫。じゃあそれをそっちの薬液につけて」


 世間は建国祭で賑わっている中、私は質屋で見つけた薬研やげんと乳鉢相手にポーション作りをしていた。

 初歩的なポーションの作り方なら私は育ててくれたお婆さんに習っている。魔力の込め方とか、薬草の成分を無駄なく搾り取る効率の良い方法とか。

 ここらへんは薬師の秘伝……というものかどうかわからないが、いろんなやり方があるっぽい。ポーション作りの流派とでも言おうか。

 だから私のやり方が一般的なのかどうかはわからない。結果的に初級ポーションができるのだから、作り方は別にいいじゃないか。ヤバい物が入っているわけじゃないんだし。

 なぜ私がポーションを作っているのかというと、この間の【獣魔召喚】でエリオットが襲われた時に、ゲーム内で登場した麻痺ポーションを持っていたらなあ! と切実に思ったからである。

 ゲーム内での悪役令嬢、サクラリエルの持つ【獣魔召喚】は強力な『ギフト』である。ゲームでエステルがこれに対抗するために用意したのが麻痺ポーションであった。

 麻痺ポーションはその名の通り、振りかけると相手を麻痺させてしまうポーションである。召喚獣にも実体があり、剣も通れば槍も通る。ポーションのような薬品の効果だって受けるのだ。

 しかもこのポーションは特別製で召喚獣には絶大な効果を発する。ゲームの中ではエステルがとあるキャラに頼み、素材を集めて作ってもらっていた。

 その素材を覚えていた私は、メイドのアリサさんに頼んでそれを集めてもらい、こうしてポーション作りに勤しんでいるというわけ。けっこう貴重な素材もあったのだけれど、そこは公爵家、いろんな伝手があるらしく、すぐに手に入れてくれた。

 まあ、この麻痺のポーションでも【獣魔召喚】の最終形である暗黒竜にはまったく効かないんだけどねー……。

 麻痺のポーションと言うだけあって、召喚獣ほどではないが、もちろん人間にも効く。すぐ効くわけじゃないし、魔獣ほどは効かないけどね。

 自分が麻痺してしまっては間抜け過ぎるので、慎重に慎重に私は出来上がった黄色い液体を何本かの小瓶へと流し込み、しっかりと栓を閉めた。


「よし、完成っと」


 緊張から解き放たれた私は額の汗を拭う。これでまた襲われても対抗できるぞ。狙われているのはエリオットっぽいから彼には当然渡しておくが、自分の分もちゃんと持っておく。暴走状態なら見境なしだろうから、こっちに来ないとも限らないし。


「おっとこっちのも作っておかないと」


 私は同じように別の鍋に入っていた青いポーションを別の小瓶に詰める。こっちのは麻痺回復ポーションだ。

 ベースになる基本素材は同じものだが、加えるものが少し違うだけでまったく逆の効果のポーションができる。薬って面白いね。

 これで間違えて麻痺のポーションを使ってしまっても大丈夫だ。毒を作るときはちゃんと回復手段も用意しておかないとね。

 私は完成したそれらをテーブルに置いてあった桜色のポシェットへと詰め込んでいく。どう考えても入らない量なのにどんどん入っていくのを見ると、あらためてこのポシェットの凄さを感じる。

 これは【収納魔法】が付与されたポシェットで、皇王陛下からいただいた物だ。お父様経由でもらった。

 なんでも緊急時にキッチンカーを使わせてもらうのと、時計を譲ってもらえたことへのお礼だという。

 お父様も一つ持っているとか。お父様のは鞄型らしい。容量はお父様の方が大きいらしいが、私は断然鞄よりポシェットがいい。桜の刺繍もしてあって、気に入っている。

 しかし皇王陛下も太っ腹だなあ。こっちがもらいすぎな気もするんだけど……まあ、もらえるものはもらっておこう。便利だしね。


「サクラちゃん、そろそろお城に行くけど用意はできてる?」

「あ、はい! 大丈夫です!」


 ポシェットの能力に感心していると、お母様が呼びにきた。私は作ったばかりのポーションを入れたポシェットを肩にかけてお母様の元へと向かう。

 城へは馬車で行く。キッチンカーで行った方が速いのだが、目立ち過ぎるしボディに公爵家の紋章がないから、城門前で止められても面倒だ。

 おっと、お祖母様と皇后様に腕時計を持っていかないとね。あといくつかアクセサリーも持っていこうっと。



          ◇ ◇ ◇



「すごいわね……。陛下の腕時計より小さいのにちゃんと動いているわ」


 お城の庭園にあるガゼボで、皇后様が渡した腕時計を眺めながら感心したように呟いていた。こっちのは女性用だからね。陛下に渡したやつより小さくてオシャレなデザインになっている。色も綺麗だしね。


「ありがとう、サクラリエル。大切にしますからね」


 お祖母様にも気に入ってもらえたようだ。エリオットに麻痺のポーションを届けにきたのだが、肝心のエリオットは明日の建国祭最終日にある親善パーティーの衣装合わせだとかで来れないらしい。

 とりあえず皇后様に渡しておいたから、エリオットの手には渡るはずだ。どこまで効果があるかはわからないが、無いよりはマシだと思う。

 それから皇后様とお祖母様に質屋で手に入れた指輪やネックレス、ブローチなどのアクセサリーを見せると、よほど気に入ったのか全部買うと言い出した。あまりいいものでもないんだけどね。

 質屋にお金を出したのはお父様だけど、これらを好きにしていいとお母様にも言われたので、ありがたく売ることにした。

 このお金でなにか異世界こちらの物を買い、質屋でそれを売れば十倍の金額で買い取ってもらえるからね。


「ちょうど親善パーティーにつけていくアクセサリーを探していたのよ。これなら申し分ないわ」


 皇后様はほくほくとした笑顔で買ったばかりのネックレスを眺めている。


「お互いに被るとあれですから、どれをつけていくか決めておきませんか?」

「そうね、そのほうがいいわね」


 お祖母様、皇后様、お母様ははしゃぎながらアクセサリーを見比べている。私? 私は大人しくお茶を飲んで、持ってきた駄菓子を食べてるよ。私は空気を読める子なのです。

 しかしこのポシェット便利だわあ……。私のは容量が六畳一間くらいあるのだが、モノによっては家一軒分入るほどのものもあるそうだ。

 もちろんなんでも収納しておけるわけじゃなくて、生きてるものは入らないし、収納口より大きなものは入らない。未来から来た猫型ロボットのポケットのように伸びまくる仕様じゃないのだ。

 まあ、今のところ中身は駄菓子がほとんどを占めているんだけど。

 ホットドッグやハンバーガーなども入れようとしたが、このポシェットの中に入れたものは時間が止まるわけではないらしいのでやめた。冷めた物を食べるくらいなら、直でキッチンカーを呼び出した方がいいし、ポシェットがケチャップなんかで汚れるのも嫌だしね。

 ポシェットの中には駄菓子以外にも質屋で手に入れた使えそうなガラクタもいくつか入っている。懐中電灯とか、双眼鏡とか。一応護身用にも使えそうなものも入れてある。備えよ常に、ってね。

 レベルが上がったからか、魔力の上限も上がったようで、今の私はキッチンカーなら五台は呼べる。

 今の私の最大魔力量が5としたらキッチンカーが消費魔力1、普通の店舗は消費魔力2というところだろうか。同じ店舗は呼べないけど、キッチンカーはチェーン店舗だったからか、複数召喚できるんだよね。最大魔力量がもっと上がったらキッチンカー軍団とかできるんではなかろうか。

 それと同じ店は一日に一回しか呼べないようだった。駄菓子屋を召喚して、商品を全部買ってから送還し、またリセットされた駄菓子屋を召喚しようとしてもできなかった。

 キッチンカーは五台呼べたのになあ。ナンバープレートが違ってたから、別の車なんだろうけれども。今は五台だけど、キッチンカーにも限度数があるんじゃないかな。

 あのホットドッグ店は結構有名だったから、それなりの台数はあると思うんだけれども。

 ……む。お茶を飲みすぎたからか、ちょっともよおしてきた……。こう言った場で席を立つのは失礼に当たるのだが、みんな身内だし、大丈夫だろう。


「お母様。私、ちょっとお手洗いに行って来ますね」

「あら、場所はわかる? アリサにターニャ、ついて行ってもらえるかしら?」


 いや、子供じゃないんだから、と思わず言いそうになったが、子供だった。

 とにかくお父様もお母様も、なるべく私を一人にさせようとはしない。まあ、誘拐なんて前歴があるからなあ……。

 中庭のガゼボから一旦城の中へと戻って、アリサさんとターニャさん、二人と一緒に一番近いトイレへと向かう。ここからだと二階に上がったところの方が一番近いらしい。

 ちなみに公爵家うちもそうだが、お城のトイレは水の魔石を使った水洗トイレである。さすがに自動洗浄機能は付いていないが。

 二階のトイレで無事に用を足して、中庭のガゼボへ戻ろうと城の廊下を歩いていると、吹き抜けになっている階下に見覚えのある人物を見つけた。


「あれは……ラグタイム侯爵?」


 一階のロビーのようなところでラグタイム侯爵とその他、二人の貴族がソファーに腰かけてなにやら話し込んでいる。

 こちらには気がついていないようで、その三人は私が見下ろす先でこそこそとなにかを話し続けていた。

 彼らの目の前にあるローテーブルの中央部には小さな宝玉が埋め込まれている。あれは音声遮断の魔導具で、半径二メートルほどの周囲の音を外へ漏れないように遮断する効果がある。つまりその中に入らない限り周りに会話は聞こえないというわけだ。

 城の中では秘密の会話もしなきゃならないことが多いので、こういった場所はけっこう多い。さっきまで私がいたガゼボも確か同じ機能があったはずだ。貴族たちはわりと日常的に使っている。公爵家うちにもいくつか同じものがあるよ。

 うん? 残りの貴族二人も見たことあるな。こないだのパーティーに出席していたような気がする。見かけただけで私自身は話してはいないから、誰かはわからんけど。

 私が一人首を捻っていると、後ろにいたアリサさんが声をかけてきた。


「どうかしましたか?」

「え? あ、いや。えーっと……あそこでラグタイム侯爵と話をしてる人たちどこかで見たなーって」

「ラグタイム侯爵と? ……ああ、ピチカート伯爵にテンポ子爵ですね。皇国の東部、レガート地方にある領地を治めている方々です」


 レガート地方? ああ、お祖父様の領地と同じ、帝国に近い辺境の方の領地か。そんな地方領主となにを話してるんだろう?

 ううむ、気になる。だってお父様の話だとあの侯爵って皇王陛下の足を引っ張ろうとしてるんだよね? それが敵国近くの領主となんかこそこそと話してる。なにか悪巧みでもしてそうだ。でもここからじゃ聞こえないし、私が近くに行ったら話さないだろうしな……。

 ……あ! そうだ。あれ使えるかも!

 私はポシェットから質店で手に入れた『それ』を取り出して、アリサさんとターニャさんに指示し、ラグタイム侯爵のいるロビーへと降りていった。

 キョロキョロと迷っているようなそぶりでラグタイム侯爵たちが話している席へと近づく。


「む?」


 ラグタイム侯爵がこちらに気がついた。私もいま気がついたように笑顔を見せて侯爵の方へと小走りに歩み寄っていく。

 ロビーにあるその席は真ん中にローテーブル、四方に背もたれのあるソファーが置かれていた。ラグタイム侯爵の左右には他の二人の貴族が座り、手前のソファーには誰も座ってはいない。

 私はそのソファーの背もたれの前に立った。背が低い私の姿は肩から上くらいしか相手側からは見えない。これで私の手元は見えないはずだ。


「えっと、ラグタイム侯爵様ですよね。よかった、知ってる方がいて」

「……これはこれはフィルハーモニー公爵令嬢。このようなところでどうかされましたかな?」


 急に話しかけてきた私に不穏さを感じたのか、怪訝そうな声で侯爵が口を開く。


「あの、実はお茶会の席に戻る途中に迷ってしまって……東の中庭はどちらかわかりますか?」

「ああ、東の中庭ならそこの通路を真っ直ぐ行けばすぐに出られる。……しかし迷子になるとはそそっかしいお嬢さんだ。公爵殿下もさぞご苦労されていることだろう」

「……ありがとうございます。助かりました」

 

 一言多いカイゼル髭のおっさんに内心苛立ちながらも、笑顔でぺこりと頭を下げたとき、私はポシェットの陰に隠し持っていた『それ』をソファー下の隙間へと滑り込ませた。


「お嬢様!」


 タイミングよくターニャさんが二階から階段を降りてこちらへとやってくる。まあ、私がそう指示したんだけれども。


「お邪魔して申し訳ありませんでした。失礼しますね」


 私はもう一度軽く頭を下げてターニャさんとその場を去る。さてと。どうなるか楽しみだな。

 


          ◇ ◇ ◇



「侯爵閣下、今のは?」

「フィルハーモニー公爵のところの娘だ。ほれ、あの幽霊令嬢と呼ばれる……」

「ああ、まったく姿を見せないという噂の。実在していたんですな」


 先日の皇太子誕生日パーティーまでフィルハーモニー公爵令嬢は公式の場に一度たりとも出席していない。病気がちで療養しているとのことだったが、噂では既に亡くなっているとか、あまりにも顔が醜く人前に出られないとか、魔物に呪われているとか様々な噂が立っていた。


「さて、どうかな。既に令嬢は亡くなっていて、どこからか奥方の髪色と似た子供をもらってきたのかもしれぬぞ」

「まさか……」

「だとしたら我々貴族への裏切りだがな。なによりも血筋を尊ぶのが貴族だ。下賤な血など貴族には不要。生まれながらにして選ばれた我々『古き貴族』が真の貴族である。それが今の皇王陛下はわかっておらんのだ」


 忌々しそうにラグタイム侯爵が言い放つ。皇王陛下への非難などもってのほかであるが、幸い周りには誰もおらず、音声遮断の魔導具があるため会話を聞かれることもない。

 そのせいか小声ではなく、普通の声で彼らは喋っている。


「ところで例の件は順調なんだろうな?」

「ええ、それはもう。闇ギルドには渡りをつけました。うまく帝国の奴らをおびき寄せてくれると思います。親善パーティーにて間違いなく……」

「これで皇王陛下は面目丸潰れ。侯爵閣下の力もさらに増すというものですな」

「うむ。しかし念には念を入れるべきだ。いいか、パーティー当日に……」


 三人は顔をさらに寄せ合い、こそこそと計画の確認を始める。サクラリエルが予想した通り、ろくでもない悪巧みであった。

 やがてしっかりとお互いのやるべきことを確認した三人は連れ立ってロビーから出て行く。

 それをずっと二階の陰から窺っていた一人のメイドが、先ほどまで三人のいた席へと向かい、ソファーの下に置いてあった『あるもの』を回収して中庭へと戻っていった。

 







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