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◇020 聖なる力





 暮れなずむ夕陽を浴びながら、サクラリエル様の召喚した『キッチンカー』という乗り物はユーフォニアム領へ向けて爆走していた。

 ものすごく速い。普通の馬車の何倍もの速さで走っている。本当にすごい乗り物だ。

 流れる景色を眺めながら私は今までのことを思い出していた。

 私がお友達になったサクラリエル様は変わった御令嬢だった。

 貴族の最高位である公爵家の御令嬢でありながら、偉ぶった態度や、高慢な物言いをしたりしない。

 庶民の出である私のことも、最初から同等の目で見てくれた。それがどれだけ嬉しかったか。

 突然貴族となってしまった私は、不安でいっぱいだった。本当は貴族になんてなりたくはなかったけど、病気のお母さんをいいお医者さんに診せるにはそれなりの地位とお金がいる。

 お父さんはお母さんのために貴族になったのだ。なら、娘の私も頑張らないといけない。

 貴族令嬢として恥ずかしくないようにダンスや礼儀作法の勉強を頑張った。不器用だけど、少しずつ覚えて、なんとか貴族令嬢としての最低限の体裁は保てるようになったけど……。

 それでも貴族の生活は慣れなかった。参加した皇太子様の誕生日パーティーで、私は初対面の貴族の令嬢たちに田舎者と馬鹿にされた。

 田舎者と言われたのは別にいい。本当のことだもの。でもお母さんが一生懸命に作ってくれたドレスを馬鹿にされたのは許せなかった。なによりもそれに対してなにも言い返せない自分が悔しかった。

 我慢しきれず泣きそうになったその時、そこに颯爽とサクラリエル様が現れ、私を助けてくれた。しかも、こんな私のことを友だちだと……。嬉しかった。

 お母さんの作ってくれたドレスも褒めてくれたし、私の役に立たない『ギフト』も大丈夫と励ましてくれた。

 本当に優しい人だ。サクラリエル様のような方を本当の貴族令嬢というのだと思った。

 サクラリエル様はお菓子もいっぱいくれる。サクラリエル様のくれるお菓子はどれもこれも美味しい。お父さんもお母さんもびっくりしてた。

 だけど、まさかそのお菓子繋がりで、他国のお姫様と知り合いになるなんて思いもしなかったけど。

 プレリュード王国のルカリオラ王女様と、メヌエット女王国のティファーニア王女様。

 まさか雲の上のお方と同席して一緒に遊ぶなんて。パーティーの後でお父さんに話したら、失礼なことをしなかったか青い顔で根掘り葉掘り聞かれた。たぶん大丈夫だと思う。お二人とも細かいことは気にしないようだったし。

 さらにその後、皇王陛下にもご挨拶したといったらお父さんはそのまま寝込んでしまった。

 サクラリエル様はとても優しくて、可愛くて、素敵な方だ。きっと大きくなったら多くの殿方を夢中にさせることだろう。…………なんだろ? なんかモヤッとする。

 サクラリエル様は素直なお方だから、口のうまい貴族の男に騙されないといいけど……。いや、私がそんな不届きな下衆い男からサクラリエル様を守らないと。なんてったって、し、親友だし!

 お母さんから剣を習おうかな……。そこらの男を叩きのめせるくらいの腕になりたい。

 お母さんは昔、凄腕の冒険者だった。病気になってからは外に出ることも減ったけど、その剣の腕前は辺境一と呼ばれたほどだったんだって。

 お母さんの病気……本当に治せるのかな……。

 私は手の甲に浮かぶホーリィ様の紋章を眺めた。サクラリエル様は必ず治せると言ってくれたけど……。

 いや、きっと大丈夫。サクラリエル様の言うことに間違いはない。サクラリエル様が私を助けてくれたように、今度は私がお母さんを助けるんだ。

 日が沈み、外がすっかり暗くなってしまってもキッチンカーは走り続けた。

 光魔法の明かりのように、キッチンカーが自分で道を照らしているのだ。これなら道を間違えることもない。

 やがてキッチンカーはユーフォニアム領の領都に入り、とうとう領主の館……私の家に到着した。本当に一日経たずに到着してしまった。

 突然やってきた得体の知れない物に使用人たちは驚いていたが、私とお父さんが姿を見せると、慌てて駆け寄ってきてお母さんが危険な状態であると告げられた。


「お母さん!」


 寝室に飛び込むとベッドの上には血の気がなくなり、全身に汗をかいて苦しそうに寝込むお母さんがいた。やつれて今にも力尽きそうなその姿に私は泣きそうになる。


「エ、ステル……」

「お母さん! 私はここにいるよ! 今助けるから!」


 私はお母さんの弱々しい手を握り、聖なる女神、ホーリィ様に祈りを捧げた。

 どうかお母さんを助けて下さい! お願いします! 私の『ギフト』、サクラリエル様……! 力を貸して!

 突然私の全身から熱い力が噴き上がり、握った手を通してお母さんへとその力が流れていく。


「この光は……!」


 お母さんを診てくれていたお医者さんが驚きの声を漏らす。

 お母さんの全身が光り輝き、眩い光に部屋中が包まれる。やがてその光が治まると、そこには規則正しい寝息を立てるお母さんの姿があった。

 その姿もやつれていたさっきまでとは全く違う、どう見ても健康的な姿に戻っているように見えた。

 お医者さんがお母さんの額に手をやり、脈を測る。


「信じられん……何の異常もない……。まるで時が戻ったような……これは奇跡か?」


 お医者さんの言葉に私は力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。よかった……。サクラリエル様……。私、お母さんを助けることができました……。


「う……ん……? エステル?」


 お母さんが目を開ける。すっかり元気な頃に戻ったお母さんが私のことを見つめ、微笑んでくれた。


「お母さん!」

「ユリア!」


 私とお父さんがお母さんに抱きつく。お母さんだ。元気なお母さんが帰ってきた。私の……私の大好きなお母さんがここにいる。嬉しい。嬉しいよう!

 私は嬉しくて……嬉しいのに、涙が止まらなかった。お父さんも泣いてるから、きっとおかしくはないはずだ。

 お母さんも泣いてる。使用人のみんなも、ここまで連れてきてくれたターニャさんも泣いてる。

 私の『ギフト』は役立たずじゃなかった。きっとこの力はお母さんを助けるためにホーリィ様がくれた力だったんだ。

 サクラリエル様がそれを教えてくれた。もしサクラリエル様と出会っていなかったら、お母さんは死んでいたかもしれない。

 サクラリエル様はお母さんの命の恩人だ。私はなにを返せるだろう。

 とりあえずお礼のお手紙を書こう。感謝の気持ちを伝えなければ。

 それから貴族令嬢としてもっと頑張らないと。サクラリエル様の横に立っても恥ずかしくないように。あの人の助けになれるように。

 私は手の甲にあるホーリィ様の紋章にそう誓った。








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