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◇019 未来を変えるために

■夕方にもう一話更新します。





 明日に建国祭を控え、皇都ではすでにいろんなところで賑わいを見せていた。

 国内外から人々が押し寄せ、中央広場などには屋台がたくさん並ぶ。もちろん皇都の警備に当たる騎士団の人たちも忙しそうにしていた。ご苦労様です。

 そんな状況下ではあるが、私はメイドのアリサさん、護衛騎士のターニャさんとともに、皇都におけるユーフォニアム男爵邸を訪れていた。エステルの皇都での家である。

 もともとお母様の持ち物だったこの家は、お祖父様の手を経てエステルのお父さん、ユーフォニアム男爵へと売却された。

 今のところ皇都にいる時だけの滞在用らしいが、一度行ってみたかったんだよね。

 お父様もお母様も、お友達のところへ遊びに行くと行ったら喜んで許してくれた。


「いらっしゃいませ、サクラリエル様。まだなにもございませんが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」


 そう言ってエステルがカーテシーでご挨拶をする。お屋敷の玄関ではエステルを始め、お父さんのロバートさん、二人のメイドさんがいた。


「そんなに気にしなくていいよ? 友達の家に遊びに来ただけだから」


 あまり大仰にされるとこっちが気を遣ってしまう。ふつーに接してくれればいいのです。

 エステルの方はいいかげん私に慣れてきたのか、まだ普通に接してくれるが、お父さんのロバートさんは公爵令嬢にどう接したらいいのかわからないといった感じだ。

 エステルのご両親はもともと冒険者で、のちにお祖父様の領地に住み着いた。

 近年、領地にあった町が魔獣の集団暴走スタンピードに襲われ、壊滅しそうになった時、先頭に立って戦ったのがエステルの父、ロバートさんだ。そしてその功績が認められて今回貴族となった。

 元住んでいたところの領主の孫娘なわけだから、気を遣うのも仕方ないかな。

 ロバートさんと別れ、エステルに庭園の方へ案内されると、そこにあった白いガゼボ(四阿あずまや)にはお茶の用意がされていた。


「綺麗なガゼボね」

「アインザッツ家の庭師の方が普段から手入れしてくれてたので」


 そっか、もともとお祖父じい様の、いやお母様の持ち物だった。今のは自画自賛に聞こえてしまったかな?

 エステルは自らポットにお湯を注ぎ、お茶を淹れてくれた。


「お茶の作法もまだ習い始めたばかりで、つたないのですけれど……」

「気にしないでいいわよ。私だって……」

「オホン、ゴホン!」


 そばに控えていたターニャさんから咳払いが飛んできた。おっと、危ない危ない。『私だって習い始めたばかり』と続けるところだった。


「あー……私だって昔はよく失敗してたものよ」


 ちらりとターニャさんを見ると、小さくうんうんと頷いていた。セーフ? セーフらしい。

 エステルの淹れてくれたお茶は美味しかった。そういえばゲームの中でもエリオットが褒めてたっけ。あれはお世辞じゃなかったんだな。

 六歳でこれならゲームスタート時の十年後にはもっと腕前を上げていたことだろう。エリオットが落ちるのも止む無しといったところかしら。


「エステルは明日の建国祭はどうするの?」

「お父さんと回ろうって約束しています。お母さんにお土産も買わないといけませんし」


 ありゃ、先約があったか。よかったら一緒に回ろうかとも思ったんだけど。親子水入らずを邪魔しちゃ悪いよね。


「本当はお母さんも来れたらよかったんですけれど……」


 少ししょんぼりした声でエステルが俯く。

 そうだ。エステルのお母さんのことを思い出さねば。

 間違いなくゲーム開始時にはエステルのお母さんは亡くなっていた。

 お母さんとの思い出を攻略対象とのデートで話すシーンがあった……ような気がする、んだけど……。あれ、誰のルートだったかなぁ~……!

 『2』だったっけ? いや、『1』での攻略対象だったはず。『3』じゃないのは確か。うーん……。


「ですから明日の建国祭ではお母さんの喜びそうなものをたくさん買って帰ろうと……」


 考え込む私をよそにエステルが話を続ける。

 建国祭。お母さん。あれ、ちょっと待って。なんか……あ、ああ、ああああ!


「思い出したぁぁぁァァァッ!」

「ひゃわっ!?」


 驚いたエステルが思わずカップを落とす。

 エリオットルートだ! エリオットとエステルが建国祭を一緒に回っている時に、


『私のお母さん、建国祭の日に亡くなったんです。突然の病気で……。だからどうしてもこの日は心から楽しめなくて……』


 そういうセリフがあった! ってことはまさか……明日亡くなるの!?


「ど、どうしたんですか? な、なにかこのあとご予定が?」


 エステルを始め、ターニャさんやアリサさんまでびっくりした顔でこちらを見ている。だが私はそれどころじゃなかった。

 建国祭の日に亡くなったというだけで明日じゃないかもしれない。来年、再来年の建国祭かも。

 でもだからってその可能性が少しでもあるならば、無視なんかできない。もしこれでエステルのお母さんが亡くなってしまったら、私はこの子に一生顔向けができなくなる。

 知らずに過ごすのと知っていながらなにもしなかったのでは、大きな違いがあると思う。

 考えろ……! どうしたらエステルのお母さんを助けられる!?

 病気で亡くなったと言っていた。病気……そうだ! エステルの『ギフト』なら治せる!

 あっ、でも病気を治せる回復魔法はレベル2からか!

 ええと、エステルの【聖なる奇跡】をレベルアップさせるにはイベントをこなさないと……! イベント……確かイベントって……。『あれ』か……!

 私の中に少しの躊躇ためらいが生まれたが、人の命には代えられない。ましてや友達の大切な人の命だ。

 躊躇ためらいなんてしてられるか!


「ターニャさん! そのナイフ貸して!」

「は? あ、これですか?」

「早く!」

「あっ、はい!」


 ターニャさんが腰に帯びていた反り身のナイフを慌てて私に手渡す。騎士の持ち物なだけあって、良く磨がれていてとても切れそうだ。


「サクラリエル様、いったいなにを……?」


 ターニャさんの言葉を無視し、覚悟を決めた私は、ドンッ! と、テーブルに置いた自分の左手に深々とそれを突き刺した。


「なっ!?」

「きゃあああああっ!?」

「お嬢様!?」


 ナイフを抜くと溢れ出す鮮血。周りはパニックになり、その顔から血の気が引いていく。私もだが。

 あまりの痛さに泣きそうだ。しかし私はそれを押さえつけるように微笑み、エステルに話しかける。


「エステル。貴女の『ギフト』でこの傷を治してくれない?」

「そ、そんな……わ、私の『ギフト』ではこんな深い傷は……!」

「大丈夫。貴女なら絶対にできる。私は信じてるから」


 エステルが驚いたような顔をしたのも一瞬で、すぐに私に駆け寄り、自分の『ギフト』を発動させた。

 しかし傷口が一瞬塞がるだけで、すぐに皮膚が破れどくどくと血が流れ出てしまう。

 あ、まずいかも……少し頭がふらついてきた……。


「やっぱりだめ……! 私の『ギフト』じゃ……!」

「諦めないで……! もう一度よ! 絶対にできるから……自分を信じて!」

「……はいっ!」


 諦めかけたエステルが、もう一度強い決意を持って『ギフト』を発動させる。さっきまでとは違う、まばゆい光が辺りを覆った。

 光が収まると、私の左手はすっかり元通りになっていた。全く痛みもない。頭のふらつきも治った。『奇跡』の名は伊達じゃない。おそらく失った血でさえも元に戻ったのだろう。

 でもテーブルと私の服は血塗れだから、血は元に戻ったというより、通常量に増やされたのかな? さすが奇跡の治癒魔法。


「でき、た……?」

「そうよ! できたじゃない!」


 私はエステルの手を握り、神の紋章を確認する。うん、間違いなくレベル2になっている。これで【聖なる奇跡】の回復魔法を使えるようになったはずだ。

 ゲームでは大怪我をするのはエリオットで、その怪我を治そうとしたエステルがレベルアップして習得するというイベントがある。

 強制的にそのイベントを進めてしまったようなものだけど、これでエステルのお母さんの病気を治すことができるはず!


「エステル。急にこんなことをしてごめんなさい。でも貴女のお母さんを助けるためにしたことなの。信じてくれるかしら?」

「……信じます。サクラリエル様の言うことなら信じられます」


 くぅ……本当にいい子だな、エステルは! なんでこんな子をいじめてたかな、ゲーム内の私は!


「アリサさん! ユーフォニアム男爵をここに連れてきて!」

「はっ、はい!」


 アリサさんが私に言われるがままに屋敷の方へと走っていく。


「【店舗召喚】!」


 光彩陸離の輝きとともに、我がキッチンカーがユーフォニアム男爵邸の庭に出現する。ターニャさん以外、エステルも含めてみんな目を丸くしていた。


「ターニャさんは運転できるよね?」

「は? い、一応できますけど……どこへいくつもりです?」

「もちろんユーフォニアム領へよ。エステルのお母さんが危ないの。それを助けにいく」

「ユ、ユーフォニアム領へ!? サクラリエル様がですか!? なりません!」


 むう。ターニャさんの立場からすると当然の反応か。だけど引くわけには行かない。なんとしてもエステルをお母さんのところへ届けないと!

 ターニャさんと私が行く行かせないの言い争いをしている中、アリサさんがロバートさんを連れて戻ってきた。なにが起こったのかわからないロバートさんは、テーブルに広がった血溜まりと血だらけの私を見て顔を青くしている。

 そんな彼を横目にターニャさんが両手を上げて私に提案してきた。


「わかりました! ユーフォニアム卿とエステル嬢は私が間違いなく明日までにユーフォニアム領まで送り届けます! その代わりサクラリエル様はお屋敷で待っていて下さい!」


 ぬ、ぐう。そうきたか。確かに私が行ってもなんの役にも立たないけど……。

 まだお昼ちょっと過ぎ。飛ばせば夜にはユーフォニアム領へと着けるだろう。丸一日あれば充分往復できるから、キッチンカーが消える前に帰ってこれる、か。

 結果をこの目で確かめたいが、ここは引き下がるしかないようだ。


「エステル。その祝福された『ギフト』は貴女のお母さんの病気を治す力よ。そこまでターニャさんが送り届けてくれるから、お母さんを助けてきなさい。いいわね!」

「っ、はい! 絶対に助けてきます!」


 よし! そうと決まればさっさと乗り込め!

 エステルを助手席に、ロバートさんには悪いがキッチン内に乗ってもらった。もちろん運転席にはターニャさんが乗る。


「安全運転を心がけて、でも出来るだけ急いでね! お腹が減ったらホットドッグも食べていいから!」

「ホットドッグ? ホットドッグってなん……ひゃあああ!?」


 助手席で首を傾げていたエステルが、走り出したキッチンカーから悲鳴を残して消えていった。

 大丈夫かな……。間に合うといいけど。

 たとえ病気で亡くなるのが来年以降だったとしても、レベル2になったエステルの『ギフト』ならお母さんの病気を治せるはずだ。

 ギリギリだったけど思い出せてよかった。数日後に思い出していたら、死にたくなるほど後悔していたかもしれない。

 どうか何事もなく間に合って欲しいと、私は召喚の女神・サモニア様と聖なる女神・ホーリィ様に祈る。

 もうそれぐらいしか私にできることはなかった。



 その日、血塗れの服で家に帰ったらお母様がその場で卒倒してしまった。

 アリサさんから話を聞いた両親に、初めての説教をくらった。二時間も。

 自分のせいとはいえ、もうちょっと考えて行動するべきだったかなあ。でもあれしか思いつかなかったんだよ……。








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