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◇018 不穏な気配





「お父様、ゆっくりでいいですから! 安全運転、安全運転です!」

「わ、わかってる。わかってるとも」


 お父様は前のめりになりながら、私が呼び出したキッチンカーを運転し、低速で公爵家の庭を走っている。

 フィルハーモニー家の庭はとてつもなく広く、馬車がぐるりと一周回れる道がある。運転練習にはもってこいのコースだった。

 結局、私ではキッチンカーを運転することはできなかったので、使用人さんたちの誰かに運転を教えて、運転手になってもらおうと考えた。

 その何人か手を挙げてくれた中にお父様もいたのである。目をキラキラさせて手を挙げるお父様に、やめた方がいいんじゃないかとは言えなかったよ……。

 車の運転を人に教えるのはなかなかに骨が折れる。私だって教習所で散々苦労したのに。

 実家の車がマニュアルだったからって、なんでマニュアル免許にしたんだか。何度オートマにすればよかったと思ったかわからない。結果、助かってるけども。あの時の教官さん、陰で文句言ってすみませんでした!

 やがて案の定、お父様はハンドル捌きを誤り、庭の木に激突した。

 かなり低速でそれほどスピードが出ていなかったことと、シートベルトをちゃんとしていたことで大事には至らなかったが、同乗していた私は本当に焦った。

 かなりバンパーがヘコんだんじゃ? と思ったが、不思議なことに車にはキズ一つなかった。ずいぶんと頑丈な車なんだなぁ。外車かな?

 さすがにその光景を見たみんなは車というものの危険さを感じ、慎重に慎重に運転をするようになったのは助かったが。

 数日後。

 なぜかほぼ全員がかなり安定して車を走らせることができるようになっていた。おかしい……私は何ヶ月もかかったのに……。

 キッチンカーは消費魔力が少なく、一日に私は二台呼び出すことができた。二回ではない、二台である。

 おんなじキッチンカーを二つ呼び出せたのだ。これってどういうことだろう? 魔力があれば何台でも呼び出せるのか、私の買ったホットドッグの移動販売店が複数台のキッチンカーを持っていたのか。二台のナンバープレートが違うから、たぶん後者だと思われる。

 その二台を二十四時間召喚しっぱなしにしていたから、いつも誰かしらは練習していた。気になったんだけど、ガソリン減らないよね? なんでだろう? まあ、他の店舗の電気代や水道代も請求されたことないからな……。ガソリンも減らないのかしら? なぜかガソリンタンクから取り出せないし。

 とはいえ、運転覚えるの早すぎない? 夜中も走らせてたけど、こっちの世界の人たちは学習能力が高いのか?

 メイドのアリサさん、ターニャさんにユアンの騎士コンビまで簡単に走らせている。


「どうだい、僕の運転もなかなか上手くなってきただろう?」

「……まあまあですね」


 なんか悔しいので褒めてやらない。くそう。私も運転したい!

 厚底ブーツとか作って履けばいけるんじゃないか? と思ったけど、事故の原因になるし諦めた。

 お父様と公爵邸をぐるりと一周回ってくると、お母様が待つ玄関の方に一台の豪華な馬車が停まっていて、その横には口をあんぐりと開けた皇王陛下と宰相さんの姿があった。

 一緒にいた皇后様と皇太后おばあ様も目を丸くしている。


「やあ、兄上。ようこそお越し下さいました」

「く、く、クラウド!? なんだそれは!? これは馬なしで走っているのか!?」


 どうやらお父様が皇王陛下たちをご招待したらしい。珍しくて美味しいものを食べさせると言って。

 いいかげんお父様の性格を掴んできた私は、ただ単に運転している姿を自慢したかっただけだと予想する。今もドヤ顔してるし。


「これは……! まさかサクラリエル様の『ギフト』ですか?」

「ええ、まあ」


 宰相であるテノール侯爵に車を降りた私が答える。皇王陛下はペタペタとキッチンカーを触りまくっている。ああ、タイヤは汚いから触らない方がいいのに。

 とりあえず庭のテラスの方に車を回してもらって、車体側面を展開し、屋台の形態に変形させた。

 テーブルと椅子をセッティングし、皇王陛下ご一行にメニューを差し出す。


「ほほう、これは美味そうだな」

「兄上、この『ホットソーススペシャル』なんかオススメですよ?」

「お父様……」


 さすがにそれはどうかと思うよ? ほら、皇王陛下もジト目で怪しんでいるじゃないの。


「サクラリエル、これはどういった料理なんだ?」

「パンにヴルストを挟んで、とても辛いソースをかけたものです。好きな人は好きですけど、個人的にはあまりオススメしません」


 皇王陛下が弟をさらにジト目で睨みつける。お父様はそっぽを向いて口笛を吹き始めた。


「まあ、兄上には無理かもしれませんが、僕は全部食べましたよ? あれくらい男ならぺろりと食べられないとねえ」

「なにい……! よし、余も同じものを食べてやろうではないか。どれだけのものか試してやる!」

「そうこなくっちゃ! ホットソーススペシャルひとつ!」


 仲良いなあ、この兄弟……。

 お父様が注文するとテーブルの上に真っ赤なソースが塗られた激辛ホットドッグが現れた。ああもう、しーらないっと……。

 一口食べて顔色を赤く青く変えている陛下をよそに、私は皇后様とお祖母様にメニューの説明をする。

 皇后様はレタスドック、お祖母様はポテサラドッグを注文した。


「美味しいわ! このシャキシャキとしたレタスという野菜とヴルストがよく合うわね!」

「こんな味……初めて食べるわ。これ本当にお芋なの?」

「ふむ……。これは我が国でも作れますな。このケチャップとマスタードという調味料は難しいかもしれませんが……」


 宰相さんはチーズドッグを食べながら分析している。ケチャップはトマトさえあれば作れるんじゃない?

 トマトとは? と宰相さんに聞かれたので、たまたまメニューの端に描いてあったトマトのイラストを指差した。


「これは……ポモドロか? 確か王国南方で細々と作られていると聞いたが……あれならば我が国でも栽培できるか……?」


 なにやら考え込んでしまった。トマトはルカの国にあるらしい。王国とは友好的な関係だからいくらか輸入させてもらえるかな?

 アイスクリームで口直しをした皇王陛下は、さらにチーズバーガーを頼んでいた。


「なんという美味さだ……! これが異界の料理なのか……!」


 皇国に残る文献にはいくつか異界(地球かどうかはわからないが)から『ギフト』で呼び寄せることができた料理もあったらしい。

 しかし完全に再現することは叶わず、その『ギフト』の持ち主が亡くなると同時に料理も失われてしまった。

 それでも似通った料理は生み出されていて、それなりに美味しいものもできているというが……。

 中世ヨーロッパのような世界観なのに、それにそぐわない技術やら文化があるのは、過去に異界の物を召喚し、それを研究した結果なのかな?

 未だにここがゲームの中の世界なのか、それともゲームそっくりの異世界なのかがわからない。世界がゲームにそっくり、そこに生きる人たちもそっくりなんてことはあるんだろうか。

 考えても答えは出ないから今は放置するけれども。


「そういえばエリオット……あー、皇太子殿下は来られなかったのですね?」

「いとこなのだから私的な場ではエリオットでもよいぞ? 今日は両王女の下へ行かせている。少しは関心を持って貰わんとな」


 ルカとティファのところにかあ……。うーん、あの二人はエリオットにまったく関心なさそうだったけども。トランプの相手に捕まってなけりゃいいけど。

 それから私は皇王陛下や宰相さんにキッチンカーのことをいろいろ聞かれた。主に車としての機能のことをだけれど。


「これは素晴らしいものですよ。馬車よりもはるかに速く物や情報を運べる。一日経つと消えてしまうのが難点ですが、それを補って余りある利点がある」

「サクラリエル。常にとは言わぬ。非常時にはこれを使うことを頼めるか?」

「まあ、非常時になら構いませんけど……」


 一度呼び出してしまえば後は私が寝ててもずっと出っ放しだし、二台あるから一台貸しても問題はない。運転を覚えてもらう必要はあるけどね……。

 それにしてもなにかやけに真剣だな。なにか非常事態になる予兆でもあったのだろうか。


「なにかあったのですか?」


 私の気持ちを代弁するかのようにお父様が皇王陛下に尋ねる。


「エリオットのパーティーで現れた例の黒犬だがな。ただの犬ではないことがわかった」


 あのあと感電して動けない黒犬をパーティー会場から運び出して調べようとしたところ、まるで霧のように黒犬は消えてしまったという。


「まず間違いなくあの犬は『ギフト』により生み出されたものだろう。召喚なのか、分体なのかはわからんがな」


 『分体』とは己の分身として、使い魔などを生み出すような『ギフト』だ。宰相さんの配下にも何人かいるらしい。諜報なんかに使うのかな?


「誰の『ギフト』かわからないのですか?」

「『ギフト』はそれこそ数え切れないほどあるからな……。『教会』でもない限り、見つけるのは難しい」


 『教会』は基本的には個人の『ギフト』は明かさない。それが国であってもだ。これは神の意思であるから、国も強要はできない。

 『ギフト』を晒すことで窮地に立つ人もいるからね。例えば『心を読む』という『ギフト』を持っている人がいるとして、人は近付こうとするだろうか。

 『触れた物を黄金にする』という『ギフト』持ちがもしいたら、欲に目がくらんだ連中に拉致監禁されるなどの危険もある。

 だから親しくもないのに、あなたの『ギフト』はなんですか? と直接的に聞くのはマナーが悪いとされている。なんの神から授かったか、くらいは言うこともあるらしいが。紋章を見たらなんの神かわかるしね。

 まあ、それだって『泥棒の神から授かりました』、『疫病の神から授かりました』なんて言うわけはないし。

 だから『ギフト』を秘匿する人は、それなりにいる。手袋をしたりしてね。教会の方に頼めば、紋章を自分にしか見えないように隠蔽してくれたりもする。

 ただ紋章を隠蔽するということは、後ろ暗いことがあると言っているようなものなので、あまりお勧めはされないらしい。

 『ギフト』を教えてくれるというのは、ある意味信頼の証なのだ。

 まあ、自分のは大した『ギフト』じゃないから、と簡単に教える人もいるだろうけど。

 なので『ギフト』から個人を特定するのは難しいのである。特性が被っている人たちも多いし、実際とは違う能力を騙る人もいるしね。

 だけども私は一つの『ギフト』に心当たりがあった。

 【獣魔召喚】。本来サクラリエルが授かるはずだった『ギフト』。

 もしもこれが別の誰かに授けられていたら……。


「あ、あの、【獣魔召喚】という『ギフト』を聞いたことありませんか?」


 私は気になって、ついお父様たちの会話に口を挟んでしまった。宰相さんが私の質問に答えてくれる。


「【獣魔召喚】……? 聞いたことはないですね。過去の文献でもそのような『ギフト』は記載されていなかったと思いますが……。そういう『ギフト』持ちを知っているのですか?」

「いえ、そのような『ギフト』があれば可能かな、と……」


 どんな魔獣でも呼び出せる【獣魔召喚】は『レアギフト』だからな……。それにアレは使用者の感情によって暴走しやすい。あまり世間に向けておおっぴらに公言はしないかもしれない。ゲーム内のサクラリエルはドヤ顔で自慢してたけど。


「あの会場には『ギフト』を封じる結界が施してありました。会場の四隅に設置された小さな女神像が結界を張る魔導具でしてね。そしてエリオット殿下が襲われたあの日、会場にあった女神像のひとつが何者かによって外されていた」


 なるほど、それがなくなったからみんな『ギフト』を使えるようになったのか。


「結界のことを知っている人はどれくらいいるんでしょうか?」

「そうですな……。伯爵以上の上級貴族ならば知っていてもおかしくはないでしょう。さらに城の警備などを担当する貴族もおりますから、それなりにはいると思いますが」

「結界のことは知っていても、見た目には小さな女神像でしかない置物が結界を張る魔導具だと知るものは少ない。あからさまに警備をするわけにもいかないので、女神像は誰にでも普通に触れられる状態だった。そのことを知っている内部の犯行だとすると……」


 宰相さんの言葉にお父様が顎に手を当て考え込んでしまった。『敵は内にあり』ってか。外部犯ならかつて戦争していた『アレグレット帝国』が怪しい。

 しかし内部の犯行だとすると、エリオットを狙って『誰が得をするのか』と考えれば、一番怪しいのはフィルハーモニー公爵家になってしまう。なにしろエリオットが死ねば、次の皇王の座は王弟であるお父様に回ってくる可能性があるのだから。

 さらに言うなら、私も皇女となるので、動機は充分にある。やってないけどね!

 まあ、お父様と皇王陛下はこの通り仲がいいから、疑われてはいないと思うけど。


「『帝国』がなにか仕掛けてきているのやも知れん。あの時、会場の結界が壊されていたことから、内部に手引きした裏切り者がいるということも考えられる。いざという時、地方の貴族へと迅速に連絡を取ることが可能なこのサクラリエルの『ギフト』は実にありがたい。力を貸してもらえると助かる」


 そりゃもちろん協力するのはやぶさかではないけれども。遠距離でも連絡ができる『ギフト』持ちっていないのかな?

 お父様に聞いてみたら一応いるにはいるのだそうだ。【共鳴遠話】という『ギフト』だそうだが、持ち主は双子で、その双子間でしかやり取りができないらしい。双子のシンクロテレパシーってこと?

 現在その人たちは一人は王都、もう一人は帝国近くにある大都市にいるとか。

 携帯やスマホがない世界は不便だね。あ、私が携帯ショップを呼び出せるようになれば……って、基地局も衛星もないんだからなんの役にも立たないか。うまくいかないもんだ。

 魔力で充電、魔素で伝達! みたいな便利なスマホがあればなあ。

 この世界、伝書鳩のようなものはあるにはあるらしいが、なにしろ空飛ぶ魔獣もいる世界。途中でパクリ、ということも多いとか。なので必ず届けなければならない重要な手紙ほど、鳩では送れないんだとか。

 たくさんの鳩に同じ手紙を付けて放てば、それだけ届く可能性は高くなるが、機密が漏れる可能性も高くなるしなあ。


「しかし此度の事件……。誰が裏で糸を引いているのか……」

「兄上に反抗する派閥の犯行という可能性は?」

「『伝統派』か? その可能性もなくはないが……」


 話の内容から察するに、『伝統派』ってのは古い貴族たちの派閥らしい。今の皇王陛下は古い貴族も新しい貴族も同じ貴族とみなしているけど、『伝統派』は、古い貴族の方が上で様々な特権を与えられるべき、と主張しているとか。国に対して脈々と長く貢献してきた当然の権利だと。

 私からすると血筋だけのボンクラ貴族ならいらないと思うけどね。親が優秀でもその子供も優秀とは限らないし。

 なんでもその『伝統派』の筆頭格があのラグタイム侯爵なんだそうだ。


「やつは曲がりなりにも皇家の血を引いているからな……。血筋だけ見れば『伝統派』の筆頭格だろうよ」


 え? あのカイゼル髭のくま侯爵と取り巻きAって私の親戚なの……?

 嫌な顔をしていたら苦笑しながらお父様が教えてくれたが、確かに皇家の血は流れているが、かなり薄いらしい。百年以上前に分かれた血族なんだってさ。五代以上も前の血筋だからほぼ他人だよね。


「しかし『伝統派』がエリオットを襲ってなにか得があるか?」

「兄上への脅迫のつもりでは? 『伝統派』が推し進める傭兵団常在の承認が目的では」

「まさか。そんな直接的なことではありますまい。どちらにせよ、そんな反乱の可能性があるものを承認するわけにはいきませんが」


 物騒な話ですなぁ……。『スターライト・シンフォニー』では王都で反乱なんてストーリーは聞いたこともないから、なにも起きない……と思うけれども。

 いや、ゲームと同じだと思っていると足をすくわれる可能性もある。もうだいぶ変わってきているのだから。

 あのカイゼル髭の侯爵がなにを企んでいるのかはわからないが、これ以上厄介な展開にならないことを祈る。

 ため息をつきながら、私は注文したバニラアイスクリームを口へと運んだ。









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