◇015 身から出た錆
メヌエット女王国の第三王女であるティファーニアは、『2』でルカと同じく登場する新キャラだ。
そのティファの護衛をしている少年が『2』の攻略対象の一人である。
女王国において、男性は女性よりも地位が低い。そのため、ティファは攻略対象の少年を召使いのように雑に扱っていた。
主人公は自分の感情を殺して王女に仕えようとする少年と心を通わせ、彼を自由にするためにティファとひとつの賭けをする。
女王国に伝わる伝説のアイテム。それを手に入れることができれば少年を自由にするとティファと約束したのだ。
その宝を手に入れるため、砂漠の古代遺跡へと入っていく二人。
遺跡で死と隣り合わせの冒険をし、結果、二人はお宝を持ち帰ることができた。約束通り少年はティファから解放される。
まあそこから伝説のアイテムが暴走したりなんだりとあって、とにかく二人はトゥルー及びグッドエンドなら結ばれて、バッドエンドならティファの下に少年が残る、って流れになるんだけれど。
大雑把に言えばわがままなお姫様。ティファーニアの役割はそういった悪役令嬢だ。
お気付きの通り、このルートだとサクラリエルは出てこない。────メインでは。
実はこのルート、伝説のアイテムが暴走し、メヌエット女王国の市民たちが竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされるシーンのスチルが一枚ある。
そのスチルにグラフィック担当のお遊びなのか悪ふざけなのかわからないが、吹き飛ばされるモブに混じって、サクラリエルの姿が描かれているのだ。おそらく国外追放になった後のサクラリエルだろう。まったく余計なことを!
死んだという描写は書かれてないので、ひょっとしたら生きているかもしれないが、あんな高いところまで吹き飛ばされたら間違いなく大怪我はしていると思う。
なんか制作スタッフの悪意を感じるよね……。いや、モブの中に彼女を見つけた時には私も笑っちゃったけど。今はまったく笑えないが。
「プレリュードのルカリオラ王女がこちらにいると聞いて挨拶にやって来たのじゃが、面白いものが見れたのう」
私は椅子から立ち上がり、ティファーニア王女へ向けて軽くカーテシーで挨拶をする。
「シンフォニア皇国、クラウド・リ・フィルハーモニー公爵が娘、サクラリエル・ラ・フィルハーモニーでございます。王女殿下におかれましては……」
「ああ、よいよい。長ったらしい挨拶はいらん。そちらのルカリオラ殿と同じように接してくれ。他国に来てまで畏まられるのはうんざりじゃ」
面倒くさそうに手をプラプラさせるティファーニア王女。そうだ。こういうキャラだった。子供の頃でも変わってない。
ティファーニアはわがままだが、女性に対してはそれほどでもない。しかし男性に対しては言動が厳しくなり、皮肉めいた言葉を吐く。それがお国柄と言われればそういう国なのだが……。
「それよりもその遊びにわらわも混ぜてはくれんかの。貴族への挨拶回りで疲れてしもうた。少しわらわも遊びたい」
疲れたんなら椅子にでも座って休めば? と突っ込めない自分が悔しい。いや待て。ルカと同じ扱いでいいって言ったよね?
「ルカと同じ扱いと申しますと、友人同士のようなぞんざいな話し方になってしまいますが……」
「それでよい。わらわもルカと呼んでも良いかの?」
「構わない。なら私もティファって呼ぶ」
ルカとティファの間で合意が得られたようだ。エステルは相変わらずあわあわしている。無理もない。ルカにやっと慣れてきたのに、また王女が増えたからなあ。
チラリとティファの護衛さんを見たが、褐色の肌にターバンのような布を頭に巻いた、アラビア風の衣装に身を包んだ青年だった。
どう見ても攻略対象の少年ではない。まだ護衛として雇っていないのだろうか。
「じゃあ、こちらの席にどうぞ。初めからやるわね」
「うむ。よろしく頼む」
ティファを交えて、今までやったゲームを最初から始める。ババ抜き、神経衰弱、ポーカー、そして新しいゲーム、七並べ。
「ぬぐぐっ!? ルカ! お主、ハートの5を止めておるじゃろう!」
「作戦。そっちこそクローバーの9を早く出す。さあさあ」
「あ、えっと、ここのスペードの4を置いて、私、上がりです……」
「「エステル!?」」
とまあ、こんな感じにいつの間にやらみんな仲良くトランプをしていた。ここらへんみんな子供だなー、と思わないでもないが、私もそうか。
王女二人は勝負にこだわってはいるが、そこまでムキになっているようにも見えない。純粋にゲームを楽しんでいるようだ。
こんなんで二人が険悪な雰囲気になられても困るからそれはありがたいけど、間に立つエステルが煽りをくらっている気がする。ごめん、なんとか耐えて……。
「この『とらんぷ』とやらは面白いのう。どうじゃサクラリエル。これをわらわにくれんか?」
「あ、ズルい。私も欲しい。プレリュードでお兄とやりたい」
「家に帰ればたくさんあるから後で届けるよ。二人ともしばらくは皇国にいるの?」
パーティーが終わったらすぐ帰るというなら、ちょっと無理かもしれないが。
「うむ。一週間後に皇国建国祭があるというから、それが終わるまでは滞在しようと考えておる。こんな機会は滅多にないからの」
「私も。ホテルに届けてくれると嬉しい。それまでの暇つぶしになる」
建国祭か。確かエリオットルートで見たな。主人公とエリオットがデートするやつだ。ゲームの中のは数年後の建国祭だったけど。
その主人公はさっきからもじもじとトランプと私を交互に見ている。
「ああ、もちろんエステルにもあげるからね」
「あっ、ありがとうございます!」
王女二人の後で言い出しにくかったのかな。遠慮しなくてもいいのに。
「そういえばルカとティファはどうしてこの誕生日パーティーに?」
私はずっと気になっていたことを聞いてみた。二人ともシンフォニア皇国には来たことがなかったはずだ。それがなんで誕生日パーティーに来ることになったんだろう?
「どうしてもなにも、シンフォニアから招待状が来たからじゃ。姉上たちでもなく妹でもなく、わらわを名指しでの」
「うちも。よかったらお兄も、とは書いてあったけど」
こちらから招待したのか。やはりゲームの歴史が変わってきている?
「まあ、おそらくは皇太子との顔合わせが目的だろうの。国に帰ってから、ルカかわらわか、どちらかに婚約者にならないかとシンフォニアから持ちかけられるかもしれぬ」
「え!?」
それって……!? ちょっ、ちょっと待って!? じゃあなに? 私がエリオットとの婚約を拒んだから、その矛先がルカやティファに向いたってことなの!?
じゃあこの状況を生み出した元凶は私ってこと!? 身から出た錆とはこのことか……。
「…………オフタリニハタイヘンモウシワケコレナク……」
「な、なんじゃいきなり……?」
「サクラリエル、変」
私はテーブルに突っ伏して平謝りの体勢を取った。うう……。罪悪感が半端ない……。自分が結婚したくないが為に、この二人に押し付けたような形になってしまった……。
普通、皇太子と結婚できるとなれば喜ぶべきことかもしれないが、この二人もそうだとは限らない。二人とも自国のことを考えたら、結婚したくなくてもせざるを得ない立場なのだ。
「本当に嫌ならうちの皇太子との縁談なんて断ってくれていいからね! 私、力になるから!」
あまりの申し訳なさに、私はそんな風に叫んでしまった。言われた二人の方はわけがわからず、顔をキョトンとさせている。
まあ、セリフだけ聞いたらエリオットがものすごい不良債権みたいな扱いに聞こえるよね。失礼極まりない。
「先ほど皇太子には挨拶してきたが……。まあ、可もなく不可もなくといった印象よな。もう少し覇気がなくば王として舐められよう。ちと物足りぬかな」
「私、あんまり覚えてない……。なに話したっけ?」
男に対して辛辣なティファはともかく、ルカの言葉はあまりにもひどい。さっき会ったばかりでしょうが。王様、この二人エリオットにまったく関心なさそうだよ?
「安心せい。メヌエットの女は望まぬ男のところへなど嫁に行かぬ。少なくとも今はわらわにその気はない」
「私の方も他の国にお嫁に行くのはお父様が許さないから大丈夫だと思う」
うーむ……。私が言うのもなんだけど、なんかエリオットが可哀想に思えてきた。ま、まあ、エリオットなら他にも引く手あまただし、大丈夫でしょ。
「そんなことよりも続きじゃ! 今度は負けんぞ!」
「む、私も負けない」
二人がニヤリと笑いながらテーブルに散らばったカードを集めていく。
うーむ、皇国としては女王国と王国の二国と友好的な関係になりたくて彼女たちを招待したんだろうけど、皇国だけハブられているような……。
いや、私も皇国だから問題ないのか。友好関係を築いたのがエリオットじゃなく、公爵令嬢の私と辺境の男爵令嬢であるエステルだってのがね。あとあと、問題にならなけりゃいいんだが。
誕生日パーティーがつつがなく進んでいる横で、私たちはトランプゲームに明け暮れている。公爵令嬢として、いいのかこれで? と思わないでもないが、二人の王女と親睦を深めていると考えれば、公爵令嬢の鑑、とも言えなくはないんじゃないだろうか。こじつけか。
バルコニーで遠巻きに私たちを見ている貴族子女の子たちもいるのだが、話しかけてきたりはしない。
まあ、王女二人においそれと声はかけられないよね。
私? たぶん私は誰か、みんなわからないんじゃないかな。
うーむ、フィルハーモニー公爵令嬢ここにあり! とまではいかないにしても、それとなく存在をアピールするはずだったんだけどな……。
一番有名どころに名前が売れたから良しとするか。
そんなことを考えていると、パーティー会場から華やかな音楽が流れてきた。
「ダンスが始まったようじゃの」
「みんな行かないでいいの?」
「わ、私は踊れないので……」
「私も興味ない。お兄にも踊れとは言われてないし」
ダンスは社交場の華。なのに誰も席から立たない。せっかくダンスを仕込んでくれたメイドのアリサさんには悪いが、私もできるなら踊りたくはない。
こういったパーティーの場合、男性から誘われたならよほどのことがなければ踊らなければならない。相手に恥をかかせることになるからね。
まあ、私たちはまだ社交界にデビューもしてないし、そこまで考える必要はないかもしれないが、踊らないで済むならそれにこしたことはないって話で。
そんな感じでダンスタイムを完全に無視して、私たちはトランプで遊び続けた。うん、お姫様たちの相手をしなきゃならないからこれは仕方ない。仕方ない、よね?
そんな言い訳を私が心の中でしていると、ティファのお付きの青年が、スッと進み出てきた。
「姫様。そろそろ皇王陛下にご挨拶を……」
「えっ、まだしてなかったの?」
青年の言葉に私は驚き、ティファに視線を向けた。
「今回の主役は皇太子殿下であろ? 先にそちらへ挨拶を済ませて後から行こうと思ってたのじゃ」
「あ、私もしてない」
ルカが、しまった、という顔をこちらへと向ける。ちょっとあんたら、うちの王様を軽く見過ぎ!
「ううむ、仕方ない。パッと行ってすませてこようぞ」
「私も行く。サクラリエルとエステルも行こ?」
「えっ、私もですか!?」
ルカがエステルの手を引き、席から立たせようとする。トイレに一緒に行く感覚で誘われても困るよね。
だけどもここは私も二人に乗ることにする。
「せっかく両国の王女とお知り合いになれたのよ。ついでに皇王陛下に顔を覚えていただくのは悪いことじゃないわ、エステル。貴女のお父様のお力になれるかもしれないし」
この二人と、さらに私と共に挨拶に行けば間違いなく顔を覚えられる。貴族になったばかりのユーフォニアム家にとってそれは力になるはずだ。
「なんじゃ、わらわたちを利用しようというのか?」
「あら、お気に障ったかしら?」
「いや、よい。それでこそ貴族というものじゃ。家族のため、領民のためなら利用できるものは全て利用するべきじゃろう。もちろんわらわもそうさせてもらうがの」
ティファがニヤリと笑う。おおう、なかなかの悪役令嬢スマイル。
エステルもおずおずとだが、ついてくることになった。大丈夫、取って食われたりはしないって。




