◇013 皇太子の災難
待って待って、ちょっと待って。
なんで『2』の悪役令嬢がここにいるの!?
確かルカリオラはシンフォニア皇国へ来たことがないはずじゃ……!
戸惑う私にルカリオラは悲しげに首を傾げる。
「らむね……ダメ?」
「あっ……すみません。まさかプレリュード王国の王女様だとは思わなかったもので……」
慌ててポケットからエステルに渡したのと同じラムネを取り出してルカリオラに手渡す。
そう。ルカリオラは王女様である。『2』の攻略対象の妹にして悪役令嬢なのだ。
『スターライト・シンフォニー』において『悪役令嬢』とは、悪いことをする令嬢キャラのことではなく、ヒロインの恋路を邪魔する存在のことを言う。
ルカリオラはプレリュード王国の王子である兄とヒロインの仲を邪魔する悪役令嬢なのだ。
「……っ!? おいしい! すごい! これすごい!」
口に入れたラムネに興奮しながらルカリオラが叫ぶ。とても一国の王女様とは思えないなあ。
「あらためまして、クラウド・リ・フィルハーモニー公爵が娘、サクラリエル・ラ・フィルハーモニーです」
「あっ、ろ、ロバート・クライン・ユーフォニアム男爵が娘、エステル・クライン・ユーフォニアム、ですっ!」
私に続いて慌ててエステルもカーテシーで挨拶をする。
「ん。敬語とか気にしなくていい。ここは私の国じゃないから。それよりもこれもっとないの?」
ええ……? 実はこのドレスには隠しポケットがかなり多く作られていて、けっこう駄菓子が入っている。
いや、貴族の子息令嬢に挨拶代わりに渡したら好感度上がるかなぁって思ってさ……。
まさか隣国のお姫様が釣れるとは思わなかったけれども。
「あるけど、そんなにはないわ。うちになら山ほどあるけれど……」
「ほんと!?」
ルカリオラに言われた通り砕けた言葉を使うことにする。この子はこういう自由奔放なキャラなのだ。
『2』のストーリーを少しだけ解説すると、『1』で誰ともくっつくことなくエンディングを迎えたエステルが高等部の二年生になったところから始まる。
このルカリオラの兄である攻略対象の王子が先輩キャラとして登場するのだ。
エステルはその先輩王子と仲良くなっていくのだが、それを様々な嫌がらせで邪魔するのが妹のルカリオラ。
え? そんな子には見えないって?
その通り。実はルカリオラにあることないことエステルの悪評を吹き込んだ黒幕がいるのだ。
それが国外追放され、プレリュード王国で姿を変えて侍女となっていたサクラリエル。
今さらだけど、エステルが誰ともくっついてないのに私が国外追放になってるって理不尽じゃない? いや、いろいろと悪いことしてたけどさ。
とにかくルカリオラは私の吹き込んだでまかせを信じてエステルに嫌がらせをするのだ。一歩間違えれば生命をも奪いかねないやつも。
最終的には悪巧みがバレて、私が攻略対象の兄とエステルに断罪される。確か禁固ウン十年だったかな……?
ルカリオラはエステルに謝って、彼女と攻略対象の兄はめでたくハッピーエンドってストーリーだ。
これからわかる通り、ルカリオラ……ルカは本来素直ないい子なのだ。サクラリエルが性悪だっただけで。……ゲームの中のね?
もうひとつラムネを渡すと、今度はゆっくりと味わうようにルカは口をもごもごさせていた。
「おいしい……! こんなのプレリュードにもない。この国に売ってるの?」
「いや、これは私の特製だから……。よかったら後でホテルへ送ろうか?」
「ほんと!? 嬉しい! ありがとう、サクラリエル!」
ルカに両手を掴まれてブンブンと振られる。『2』の悪役令嬢とはいえ、他国のお姫様と懇意になっておくことはフィルハーモニー公爵家としてもメリットがある話のはずだ。
問題は攻略対象である兄の方で……。
ちなみにこの場合のホテルとは他国の重要人物を迎え入れる迎賓館のようなところで、料理人や使用人などはその国の国賓についてきた人たちが担当することもできる。お世話をうちの国に任せるか、自分たちでやるか選べるってことだ。
食べ慣れない料理や世話人が嫌って人もいるだろうし、毒殺とかを気にする人もいるかららしい。
以前うちと仲の悪いアレグレット帝国の国賓を招いた時は食事からなにから全て帝国の人たちでやったらしい。そこまでやられるとこちらは信用されてないんだな、と思ってしまうから、外交的にはまずいと思うんだけどなあ。
ルカのところは違うと思うけど。
「あ、あの、えーっと……ルカリオラ様? この国には一人で来たの? お兄様とか一緒では?」
「ルカでいい。お付きの者たちは一緒に来たけど、お兄は用事があって来られなかった」
ルカの言葉に心底ホッとする。これで『2』の攻略対象まで出てきたら、対処できない!
しかしどうなっているんだろう? まだゲーム本編が始まってないとはいえ、設定とはだいぶ違う部分が出てきているのは。
いや、ゲームのストーリー通りに進むと私は破滅することになるから、まったく違う展開になることはむしろ歓迎すべきことなの、か? ただこうなると先が読めないからなあ……。
考え込んでいる私の横でラムネを全部食べてしまったルカが、悲しそうな顔でセロファンを折り畳んでいる。ああ、はいはい。
私は隠しポケットからありったけの駄菓子を取り出した。ラムネ以外にも飴やキャラメル、グミなどを。チョコは溶けるかもしれないので持ってこなかった。
「エステルも食べて。私はいいから」
「あ、ありがとうございます。その、ルカリオラ様、構いませんか?」
「もちろん。一緒に食べよ」
ヒロインと『2』の悪役令嬢が仲良く駄菓子を食べている。なんだこれ……。
いったいなにがどうなってこうなった? なにかのフラグみたいで少し怖い。
自分以外の『1』の悪役令嬢でさえ知り合っていないのに、なんで『2』の悪役令嬢が?
まさか『1』をすっ飛ばして『2』の誰かのルートに突入してる? いや、記憶は曖昧だけど、私は『2』も中学生のときに全クリアしている。こんなルートはなかったはず……。
わけがわからない。なんか不安な気持ちになるな……。
「やあ、ここにいたんですね」
「うっ!?」
不安に駆られていた私に不意に声がかけられる。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには今日の主役である皇太子が護衛の騎士一人を連れて立っていた。
今日はいかにも皇太子らしい正装で、以前会った時より皇子様オーラが半端ない。
そしてその横では赤髪の少年が興味深そうにこっちを見ている。
ジーン・ルドラ・スタッカート。七つの騎士団を束ねる騎士団総長の子息にしてもう一人の攻略対象。
うわぁ、さらに余計な奴を連れてきてからに!
「あんたがエリオットの言ってたサクラリエルか? 俺はジーンだ! よろしくな!」
「ジーン。彼女は公爵令嬢ですよ。もっと言葉遣いを……!」
「……いえ、エリオット様。お父様が公爵と言うだけで、私自身は単なる貴族の娘に過ぎませんわ。初めまして、ジーン様。サクラリエル・ラ・フィルハーモニーでございます」
「様はいらないぞ。俺も偉くないからな!」
にぱっ、と屈託のない笑顔を浮かべるジーン。本来、伯爵子息が公爵令嬢にかける言葉遣いではない。
ジーンはこういうキャラだ。物怖じせず、人懐っこい。
別な言い方をすれば、馴れ馴れしくて、礼儀を知らない。敬語くらい覚えた方がいいよ? 将来困るからさ。
正直に言うと攻略対象の中では苦手なタイプだった。一応クリアはしたけどさ……。
「サクラリエル、そちらのお二人は?」
「ああ、えっとこっちの子は私の友達の──」
「あ、は、ははは、初めまして、皇太子殿下! ロバート・クライン・ユーフォニアム男爵が娘、エステル・クライン・ユーフォニアム、でしゅっ!」
エステルが少し噛みながらカーテシーで自己紹介をする。そこまで緊張するかね? その姿もかわいいけども。
「ああ、新しく男爵になったユーフォニアム卿の。楽しんでいただけてますか? そしてそちらは……」
エリオットに対して、あまり興味がなさそうに今度はルカが軽く挨拶をする。
「ルカリオラ・ド・プレリュード、です。今日はお招き下さりありがとうございます。皇太子殿下」
プレリュードの名が出たことで、さすがのエリオットとジーンも目を軽く見開く。
「あなたが……プレリュードの。エリオット・リ・シンフォニアです。今日はよくお越し下さいました。楽しんでいただいてますか?」
「うん……じゃなくて、はい。お菓子が美味しかった」
「そうですか、それは良かった」
いや、エリオット。この子の言ってるお菓子って、たぶん私のあげた駄菓子だから。ここにあるクッキーとかじゃないから。
「エステル嬢も遠いところをすみませんね。お父上もまだ領地でやることが多いでしょうに」
「いっ、いえ! こんなパーティーに出席させてもらえて光栄です! ありがとうございます!」
皇太子に声をかけられて、エステルはド緊張中だ。ああ、この顔、ゲーム内のスチルで見たことある。
無理もないか。ついこないだまで平民だったんだし。
というか、二人はエステルが『学院』に入学する時に出会うはずだったんだが。
町中で皇太子とは知らずに出会い、『学院』で『あなたはあの時の!?』となる流れなのに。間違いなくそのフラグは折れたね。
わっかんないなあ……。
「ああ、サクラリエル。この度は素晴らしい贈り物をありがとうございました。叔父上にもよろしくお伝え下さい」
「喜んでいただけたらなによりですわ」
すでにエリオットへの誕生日プレゼントは公爵家として贈ってある。ガチャガチャの動物フィギュアね。アレで喜んでもらえたのならお安いものだ。や、本当に安いんだけど。
「そうだ、サクラリエル。これを見て下さい」
「え?」
エリオットが護衛の人から何かを受け取って、私に自慢げに渡してきた。六面パズル? 六面全部、色が揃っている。あ、できたんだ。
「やっとできましたよ。いやあ、ずいぶんと時間がかかってしまって……」
「えい」
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ。
「っ!? なっ、なっ、うひぁあぁ──────ッ!?」
揃っていた六面パズルをグッチャグチャのバッラバラにすると、エリオットから奇声が発せられた。
チラリと見ると絶望感たっぷりの顔をしている。ちょっとオモロい。
「よく見てて下さいね」
色がバラバラになった六面パズルを再び高速で揃えていく。一分ちょっとほどですべての面が揃い、再び六面全部の色が揃ったパズルが完成した。
「は、速い……」
「これ、たぶんエリオット様は偶然完成させたのではないですか? でたらめに動かしていたらなんとなくできたとか。自分でもどうやったらこの形になるか、正確に理解まではしていない」
「う……」
六面パズルはその名の通りパズルだ。解き方がある。それさえ知っていればこれくらいの時間で解くことは充分に可能なのだ。
「達人は数十秒で解くそうです」
「そんなに速く!?」
まあ、それは競技用の六面パズルなのでこれでは無理だろうけど。
「なので、次は考えながら解いてみたらいいですよ。だんだんと解き方がわかってきます。一度理解してしまえば、どんな状態からでも完成させられますから」
そう言いながら私はまた六面パズルを崩していく。
「あっ、あっ、あああぁぁぁ……」
エリオットから情けない声が漏れるが無視する。
にこやかに微笑んでエリオットにバラバラになった六面パズルを返すと、隣にいたジーンが信じられないような目で私を見てきた。
「お前、容赦ねぇな……」
「道を極めるというのはこういうことですわ」
私は極める気はないけどね。