◇012 悪役令嬢の邂逅
「サクラリエル様?」
エステルだ。あれ? てっきり、パーティーには来ないものだと……。
エステルは薄桜色のドレスを着ていた。派手さはないが、細やかな刺繍と可愛らしいデザインのドレスである。うん、エステルに良く似合っている。かあいい。
「こんなに早くまた会えるなんて嬉しいわ! 元気だった!?」
「あ、はい。私も嬉しいです……!」
さっきまで悔しそうな表情を滲ませていたエステルが微笑む。うむ、いつもながらいい笑顔。スチルに収めたい。
「ちょっと! 貴女なんなのよ、横から!」
「そうよ! 非常識じゃなくて!?」
「無礼よ! 名乗りなさい!」
三令嬢がなにかほざいている。非常識? 一人を寄ってたかって嘲るのは非常識じゃないとおっしゃる?
「これは失礼を。クラウド・リ・フィルハーモニー公爵が娘、サクラリエル・ラ・フィルハーモニーと申します。私の親友であるエステル嬢をお見かけしましたので、ついお話に割り込んでしまいました。申し訳ありません」
私がカーテシーでそう名乗ると、三令嬢の顔色が面白いほど、さあっと変わった。
「ふ、フィルハーモニー……」
「公爵令嬢……」
「皇弟殿下の……!」
顔色を変えた三人は『わ、私たち、用事を思い出しましたわ!』といかにもなセリフを吐いて脱兎の如く目の前から消えていった。
あー、スッキリした! 虎の威を借る狐? いいんだよ、利用できるものは利用しないと!
「親友……」
「どうかした? エステル?」
「い、いえ、なんでもありません!」
エステルが真っ赤な顔をして首を横に振る。私はエステルを連れて、元の座っていた長椅子に再び腰掛けた。
「てっきりエステルは来ないと思っていたから驚いちゃった。ほら、その、おうちが男爵になったばかりで色々とお金がかかるでしょう?」
「はい。でも、お父さんがなんとか工面してくれて連れてきてくれたんです……。お母さんは来れなかったんですけど……。このドレスはお母さんが縫ってくれたものなんです」
そうか……そりゃあ悔しかったよね。お母さんがエステルのために頑張って作ってくれたドレスを馬鹿にされた、ら……ん?
「あ、あの、エステルのお母様ってどんな方?」
「え? ちょっと今は身体を壊してますけど、優しいお母さんです。昔はお父様と冒険者をやっていたらしいですけど……」
なんで私がこんなことを聞くかというと、『スターライト・シンフォニー』のゲーム開始時点でエステルのお母様は亡くなっているのだ。
病気だったか、事故だったか……。なんだったっけ? ストーリー内か従姉妹のお姉ちゃんに貸してもらった設定資料集だかでチラリと見た記憶が……くぅ~! 思い出せ、わたしぃ~! ぐむむむむむ……!
「さ、サクラリエル様!? お顔が大変なことに……!」
「え!? あ、ああ、ごめんなさい」
むむむっ、と顔を歪ませていたからか、心配してエステルが注意してきた。
いけない、いけない。令嬢たるもの常に笑顔を。
エステルのお母様のことは気になるけど、思い出すのは後にしよう。
「エステルのドレス、とても素敵だと思うわ。かわいいし、細かいところまで作り込んであるし。色もいいわよね」
「あ、ありがとうございます。サクラリエル様の髪の色が素敵でしたので、お母さんに頼んでこの色にしてもらったんです」
えっ? な、なんか照れるな……。お母様譲りのこの髪は自慢だけど、こうして面と向かって褒められるとさすがに照れくさい。
向こうも自分の言葉に照れたのか、お互い照れ笑いを浮かべてしまった。なにこの面映ゆい空気……。
「あっ、そ、そういえばエステルも『ギフト』を授かったのね」
エステルの右手に神の紋章を見つけ、『ギフト』の話題を私は振った。
ゲームで見慣れた【聖なる奇跡】の紋章。なんか懐かしい気持ちになる。
「はい。聖なる女神・ホーリィ様からいただきました。かすり傷くらいしか治せませんけれど……。貴族になるまで『天啓の儀』を受けるお金なんてなくて、やっと授けられたと思ったら、私では使いこなせなくて……。たぶん私はなにも取り柄がないから、ホーリィ様も関心を示してくれないのでしょう。仕方ないですわ」
寂しそうに笑うエステルに思わず私は彼女の両手を取った。そんなことない! その『ギフト』はとてつもない力を秘めていることを誰よりも私が知っている!
「大丈夫! その『ギフト』は必ず貴女の役に立ってくれるわ! 今はまだその力が小さいだけ。これから大きく育てていけばいいのよ! 貴女はホーリィ様に愛されているわ! 絶対に!」
「あ、ありがとうございます……。サクラリエル様にそう言ってもらえると、自信が湧いてきます……」
はにかみながら微笑むエステル。うん、やっぱりエステルは笑顔がいいね!
「あの、サクラリエル様、手を……」
「あ! ごめんなさい!」
「い、いえ……」
ずっと手を握り締めていたことに気付き、慌てて私はエステルを解放した。
エステルは真っ赤になって俯いている。ちょっ、そんな反応しないで!? なんかこっちまで恥ずかしくなってくるから!
「皇王陛下、皇后陛下、皇太子殿下のお出まし!」
そんな空気をぶち壊すかのように、会場にある階段上から赤絨毯を踏んで、皇王陛下、皇后陛下、皇太子殿下の三人が現れた。
皇太后様は向こうの席にすでに来賓の方々といるようだ。
その場にいた貴族、及び子女たちが、一斉に敬意を込めた礼をする。椅子に座っていた私たちも立ち上がり、三人に向けてカーテシーでご挨拶。
「皆の者、このたびは我が息子、エリオット・リ・シンフォニアの誕生せし日を祝いに来てくれて、王としてではなく、一人の親として心から感謝する。どうか楽しんでいってもらいたい」
皇王陛下の挨拶に次いで、エリオットが前に進み出た。
「本日はお忙しい中、私のためにお集まり下さりありがとうございます。育てて下さった父上、母上の御恩に報いることができるよう、これからも精進していくつもりです。どうか皆様もお力添え下さい」
ぺこりとエリオットが頭を下げると会場中から暖かい拍手が送られた。おお、皇太子っぽい。とても六面パズルに夢中になって、我を忘れていた人物とは思えない。
「あれが皇太子殿下ですか……。初めて見ましたけど、優しそうな人ですね」
「あ、なに? 気になる? よかったら紹介するけど?」
「い、いいえ! そんな、恐れ多い!」
私と同じく拍手をしていたエステルにエリオットを紹介するかと話を振ったが、全力で拒否された。
むう。攻略対象とヒロインをとっととくっつけてしまえば完全に破滅フラグも折れると思うんだけど。
まあ、私も仲良くなったエステルに無理やり好きでもない男を押し付けるような真似はしたくない。この子、初恋もまだなんじゃないかな……。
階段を下りた皇王陛下と皇后陛下は貴族たちのもとへ、エリオットは貴族の子女たちのところへと向かった。
途端にエリオットの周りに令嬢たちが群がり始める。おおう、モテモテですなあ、我が従兄弟殿は。
容姿は端麗、性格は優しく穏やかで、さらに皇子様ってんだから、モテない要素がないよね。私は興味ないけども。
しかしなんというか、この世界の女子は積極的だな……。女子じゃなく、貴族令嬢は、と言った方がいいのか。エリオットも令嬢たちに押し寄せられて辟易してそう。
「げっ……!」
「げ?」
そんなエリオットの下へ駆けつけた赤毛の少年を目にした私は思わず変な声を出してしまった。
ジーン・ルドラ・スタッカート。騎士団総長の子息にして、もう一人の攻略対象。やっぱり来てたか……!
しかもその後ろにジーンルートの悪役令嬢、ビアンカ・ラチア・セレナーデまでいるじゃないか!
ジーンとビアンカは幼馴染みだから、一緒に行動していてもおかしくはないけど面倒な……!
ジーンはエリオットの後ろについて、押し寄せる令嬢たちを威嚇し始めた。おそらくボディガード役なんだろう。のちの側近だしな。
「サクラリエル様? どうかしましたか?」
「あっ、えーっと、あ、あっちに行きましょうか! 美味しそうなものがあるわよ!」
エステルの手を引いてエリオットたちからできるだけ離れる。できれば関わり合いにはなりたくないのだ。
パーティー会場には次々と飲み物や食べ物が運ばれてくる。立食パーティーの形式なのだ。
私とエステルは喉が渇いたので、果実水をもらい、テーブルに置いてあったクッキーをひとつつまんだ。
「……固いわね」
「そうですか? 普通こんなものですよ?」
うーん、私が呼び出す駄菓子屋に売ってるクッキーとかビスケットとかと比べちゃうとね……。固いしあまり甘くない。
「確かにサクラリエル様のお菓子を食べてしまうと物足りなく感じてしまいますけれど……」
「あ、送ったお菓子美味しかった?」
「はい! それはもう! あんなお菓子、生まれてから今まで食べたことありません! 甘くて蕩けるような『ちょこれいと』も好きですけど、私はやっぱり『らむね』のほのかな甘みが好きです!」
キラキラした目で熱く語るエステルに、私は嬉しくも少し引いていた。そこまで? ま、まあ喜んでくれているんだから良しとしよう。
「じゃあエステルにこれをあげようー」
私はポケットから取り出した小包装されたお菓子をエステルの手の上に載せた。
「これは?」
「ラムネよ。ちょっと形が違うけどね」
前にエステルにあげたのは缶ジュースを模したケースに丸いラムネが入っていたやつだったけど、これはセロファンで一個一個包まれたやつだ。
こちらの方か溶けやすく、舌触りがいいと思う。
私が赤いセロファンを開き、ラムネを口の中に入れると、エステルも緑のセロファンを開いて同じようにラムネを口の中へと放り込んだ。
「美味しい……! やっぱりこの甘さが好きですぅ……」
ううむ、エステルはかなりのラムネ好きになってしまったようだ。
まあ、この世界にはないお菓子だから仕方がな……っ!?
「うひゃっ!?」
思わず公爵令嬢らしからぬ変な声が出た。いつの間にか隣に銀髪の少女が来ていて、じっと私の手を凝視していたのだ。
「な、なに?」
「……それ、なに?」
視線を私の手にロックオンしたまま、ショートカットの銀髪少女が呟く。
ラムネ? ラムネが珍しくて気になったの? それとも包んでいるセロファン紙かな?
「ラムネだよ。甘いお菓子」
「らむね……」
はて? この子どこかで見たような……。もしかしてゲームの登場キャラ!?
いや……『スターライト・シンフォニー』にはこんな令嬢はいなかったと思う……けど。モブキャラだろうか?
宰相さんと同じく、何かのスチルに写りこんでいたキャラかもしれない。エステルもそうだったけど、子供だとわかりにくいんだよね。なんとなく面影があるって感じだったりで。
よく見るとこの子、皇国の子じゃないな。ドレスがシンフォニアのものと少し違う。大河を挟んだお隣のプレリュード王国の令嬢だろうか。
プレリュード王国には私も何ヶ月かいたからなんとなくだけどわかる。薬師のおばあさんは『王国』としか言わなかったから、ゲームに出てくるプレリュード王国だとは思いもしなかったけれど。
あ、プレリュード王国自体は『スターライト・シンフォニー』には出てこないよ? そこの出身である生徒がモブにいるってだけで。
でも続編の『スターライト・シンフォニー2:再演』では新しい攻略対象がプレリュード王国の王子、で……。
………………。
……ちょっ、ちょっと待って。
「あ、あの、よろしければお名前をお伺いできますか……?」
努めて平静に、私は銀髪の少女に話しかけた。どうか人違いでありますように、と願いを込めて。
「ルカリオラ・ド・プレリュード。私にも『らむね』ちょうだい」
嘘だと言ってぇぇぇぇ!? なんで……! なんで『2』の悪役令嬢がここにいるのぉぉぉぉ!?