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◇119 冬の訪れ





 最近とみに寒くなった。そろそろ秋も終わりに近づいている。

 肌に寒さを感じていると、貧民街スラムで暮らしていた時の冬のことを思い出す。

 この世界の貧民街スラムでは暖をとることが難しい。まきがなかなか手に入らないのだ。

 地球と違い、まきを拾えるのは森にいる獣や魔獣を倒せるような者たちだけだ。だから、必然的にまきは高くなる。

 貴族ならまきを買えないということはないし、暖房の魔導具だってある。

 しかし貧民街スラムで暮らす人々にはわずかなまきで暖をとるか、とにかく服を着て暖まるしかない。

 私を育ててくれた薬師のお婆さんは、それなりにお金を持っていたので、なんとかまきを買うことはできた。それでも昼間は使わず、寒くなる夜だけ使っていたが。

 何度か寒さで凍死した人を見たこともある。それだけこの世界の冬は厳しいのだ。

 エステルのところのユーフォニアム領から、庶民向けのダウンジャケットを売り出すつもりだが、貧民街スラムの人たちまでは回らないだろうな……。

 何年かすれば古着として回るかもしれないが、中身のダウンが減ったペラッペラのやつだろう。それでもいくらかはマシかもしれないけども。

 煌びやかな皇都にも貧民街スラムはある。

 正確に言うと皇都の城壁外にあるのだが。流浪の民や、町や村を追い出された者、あるいは外国からの流れ者なんかが住み着いている場所だ。

 歴史の授業で習ったところによると、なんでも昔、近くの町で大火事があって町自体が無くなってしまったんだそうだ。

 一時的な避難場所として、皇都の城壁近くの場所に住むことを許可したら、そのまま居着いてしまった人たちがいて、どんどんとそこに流れてきた訳アリな人たちによって貧民街スラムができあがってしまったと……こういうわけだ。

 強制的に出ていけ、というのは、死ね、と言ってるのも同じだから、上の方も困っているらしい。

 なにせ、税金も払ってないわけだから、国も助ける理由はないわけで。国としては住むのは目をつぶるけど、何が起きても知らんし、こっちに迷惑をかけるならその時は出てってもらうよ? というスタンスを取るしかないのだ。

 冬になるとやはり貧民街スラムでは、少なくない数の死者が出るらしい。

 皇都の近くには森もあるけど、歩いて三時間くらいかかるし、全く魔獣や魔物が出ないわけじゃない。狼や熊など危険な動物もいる。貧民街スラムの人たちがまきを取りに行くのも命懸けなのだ。


「私の店にまきが売ってればなあ。ホームセンターとか召喚できれば……。いや、ぼったくり金額だからな……。あれって七、八百円くらい? ていうと、七、八千円か。一晩でその金額じゃあ、無理だよねえ……」


 貧民街スラムの人たちのために何かできないもんかしら……。こういうのって『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』って言うんだっけ?

 わからないことは聞いてみよう。私は家庭教師をしてくれているストラム老に尋ねてみることにした。


「なるほど。貧民街スラムの人たちのために……ですか。教会などが炊き出しを行なったりはしていますが……」

「ああ、炊き出し。それって貴族がやってもいいんですか?」

「まあ、問題はありません。ですが、かなりのお金がかかりますよ?」


 うん、お金なら私のお店で稼いだものがあるからなんとかなると思う。

 よし、それなら八百屋『八百熊』の野菜をたっぷり使った美味しいミネストローネなんかを振る舞っちゃおう!

 なんて喜び勇んでいたのだが、貴族が炊き出しを企画するのは問題ないのだけれども、公爵令嬢本人が出張ってやるのはやはり世間的にはまずいらしい。

 そういうことは使用人に全て任せてやらせるのが普通なんだと。

 貴族本人がやってしまうと、そんな金もないのに見栄を張って、やりたくもないのにやっている、と取られてしまうんだそうだ。ひねくれた見方するよね、貴族ってさあ……。

 公爵家の評判を落とすわけにもいかないので、渋々私は炊き出しを七音の一族に頼むことにした。ついでに貧民街スラムでの情報を集めてもらうことにする。

 

「皇都の貧民街スラムですが、やはりこの冬はかなり厳しいようですね。今回の炊き出しは喜んでもらえたようですが、公爵家ばかりがずっとやるわけにもいかないですし」


 数日後、七音の一族から上がってきた報告を律から聞く限り、やはり貧民街スラムの人たちは苦しいようだ。なんとか手助けしてあげたいけど、こればっかりは子供の私には難しいよねえ……。

 それにただ施しをしてあげるだけでは、なんの解決にもならないかもしれない。日本でも生活保護受給者がなかなかそこから抜けられないなんて話も聞いた。

 やはり経済的な自立が必要になる。仕事を得て、ちゃんと税金を払い、皇都の市民として受け入れられるようになれば……。

 仕事ねえ……。あ、そういえば、宰相さんが進めていた、トマトを栽培するのに土地を開拓するって話はどうなったんだろ?

 例の呪病騒ぎで一旦白紙になっちゃったんだっけ? まだ続行しているのかな? 貧民街スラムの人たちを開拓村へと送って、生活ができるだけの生産ができれば……。今度宰相さんに聞いてみるか。

 村を開拓するってのはそれほど悪いことじゃないんだよね。領主がどれだけバックアップができるかってことになるんだけども。

 そこらへんフィルハーモニー領(うち)はどうなのかな? もっと領地の勉強しないとなあ……。

 私は木枯らしが吹き始めた窓の外を眺めながら、そんなことを思っていた。



          ◇ ◇ ◇



「帝国の第一皇子の病が治った?」

「はい。使者の方が【聖剣の姫君】には大変お世話になったと……。第一皇子からの感謝の気持ちを伝えて欲しいとのことで」


 皇王ウィンダムは宰相から聞いた話に眉根を寄せた。どうやら規格外の姪っ子がまたなにかやらかしたらしい。

 息子エリオットと帝国の皇女との婚約話もそうだが、あの子が関わるとどうにも突拍子もない方向へ話が広がってしまう。悪い方向にいくわけではないのだが、とにかくその対処が大変なのだ。少しは自重してほしいと思う皇王であった。


「第一皇子が体調面で憂いがなくなったとなると、第二皇子派は苦しい戦いとなるな」

「皇帝が第二皇子寄りというところだけが拠り所となってきますな」


 現皇帝はかつて三十年ほど前、皇国を攻めた人物である。現皇王であるウィンダムにとっては、生まれる前のことであるが、決して良い印象は持ってはいない。

 さらに言うなら、皇帝の娘であるはずのリーシャを蔑ろにした人物だ。いずれ義理の娘となるこの少女をウィンダムはけっこう気に入っていた。それ故に、親としての立場からどうしても好きにはなれないと思った。


「皇帝ももう五十を超える。さすがに退位するべき時期だろう。穏便に回復した第一皇子に継がせるのか、それとも自分の野望を継ぐ第二皇子を強引に帝位に据えるのか……見ものだな」

「どちらにしろ、帝位に就けなかった方は黙ってはおりますまい。荒れますな」


 宰相の言う通り、近く帝国で大きな政変があるだろう。その時、皇国としてはリーシャの身になにかあっては困ることになる。レティシア皇女がいる以上、滅多なことはないと思われるが……。

 第一皇子が回復し、レティシア皇女がそちら側についた以上、第二皇子派としては今さらリーシャを害しても、そこまでの決定打にはならない。むしろ政権を得た時に、リーシャの存在によって、皇国と和平を結び、国を建て直す時間を稼がなくてはと思うだろう。

 とはいえ、危険なことには変わりない。


「なんとか理由を作り、政変が落ち着くまでリーシャ殿下を我が国で預かるようにした方がいいかもしれんな……」

「向こうの状況次第ですが……考えてみましょうか」


 ウィンダムが執務室のソファにもたれ、大きなため息をつく。


「子供が多すぎるというのも考えものだな」

「少なすぎても困るんですがね。我が国の皇室の血は細く、少々不安なのですが」

「ぐむ……」


 帝国への皮肉が大きなブーメランとなって自分に返ってきた。

 確かにシンフォニア皇国の皇族は少ない。ウィンダムには側妃が二人いるが、どちらにも今のところ子供はいない。決して避けているわけではないのだが。


「王など賢くなくとも愚かでさえなければ誰にでも務まるわ。優秀な者がそばにいればな。もし余が明日死んでもそなたさえいれば国は回ろう?」

「大きな信頼を喜べばいいのか、私ばかりに頼らず、自分でもっと回せと叱るべきなのでしょうか?」


 お互い顔を見合わせて笑い合う。なんだかんだでいいコンビであった。

 二人は休憩を取り、保存してあったキッチンカーのホットドッグを取り出してもぐもぐと頬張る。手軽に食べられるこれらは、仕事の合間に食べるのにはうってつけのものであった。


「そういえばサクラリエル様からポモドロの生産をする村を開拓してはどうかという話がありましたな。貧民街スラムの民を使ってはどうかと」

貧民街スラムか……。確かにあのままにはしておけんからな。村を開拓するのは悪いことではないと思うが……いい場所はあるか?」


 ホットドッグのケチャップを舐めながら、ウィンダムが宰相に尋ねる。このソースを自国でも作れるようになれば、大きな利益となる。


「皇領となった元ラグタイム侯爵領ではどうかと」

「なるほどな。あそこなら皇都からも近い。移動も難しくはなかろう。十年は税金を免除、開拓した土地は自分の物にしていいとすれば、向かう者も少なくなかろう」

「まあ、早くとも冬が終わってからになりますがね」


 さすがに冬に開拓地に行けというのはむごい。まずは貧民街スラムに移住者募集の触れを出さねばならないし、ある程度の援助金も出さねばなるまい。

 農具も食料もなしで開拓しろというのは無理がある。


「サクラリエルが開拓に便利な道具を売っている店を召喚してくれんかなぁ」

「ははは! いいですな、異界の道具ならあっという間に村が出来上がるかもしれません」


 そんな冗談で笑い合う二人。その時、公爵家にいた少女が大きなくしゃみをしたことを知る由もなく。



          ◇ ◇ ◇



 かくして季節は冬へと移る。運命の歯車は凍りつくことなく回り、善きも悪きも因果を引き寄せる。

 物語は回る。悪役令嬢の望む望まぬに関係なく。








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