◇116 ポイントカード
「ふぬ?」
目覚めるといつものベッドの上ではなく、咲き誇る花々の香り芳しき庭園の中。
もうそれだけで状況が理解できた。またいつものアレなんだろう。
むくりと起きると、近くにあったガゼボでお茶をしている見覚えある三人の女神様と、見覚えのない一人の女の人が見えた。あの人も九女神の一人なんだろうなあ……。
「あ、起きた?」
「……おはようございます」
にこやかに手を振ってくるリンゼヴェール様に、座ったままぺこりとお辞儀。
天界の庭園とはいえ、野晒しに放置されていると不安になりますよ。
「ここにいる貴女はあくまで精神的な存在。汚れたりはしないから安心しなさいな」
「あ、はい」
くう、また心を読まれた? リーンベルテ様がニヤリと笑っているから、確実に読まれたな。
「え、と、そちらの方は……」
私はリンゼヴェール様、サクラクレリア様、リーンベルテ様と一緒にお茶をしている、金髪ロングの女神様に目を向ける。ふと、彼女の両目が右目が青、左目が緑と違う色をしているのに気がついた。
「貴女がサクラリエルさんですね? 私はユミナリア。貴女の住む世界を作った九人の一人です」
「ユミナリア……様」
未来を見通すという審判の女神、ユミナリア様だ。九女神の中でもリーダー格と言われ、その審判の目で人間の悪を見抜き、断罪するという……。
え? 私、断罪されちゃう?
「しませんよ。なんかそんなふうに広まっているの、私としては不本意なんですけど……」
「ユミナは悔い改めない者には容赦ない。即・天・罰」
ユミナリア様に、サクラクレリア様が茶々を入れる。
「天罰というか……その人の破滅への未来しか見えなくなるだけです」
「それってもう決定ってことよね? 天罰と同じじゃなくって?」
「リーンさんまで。もう」
女神様たちはわいわいと仲良く話している。どうやら断罪されるわけではないようだ。ちょっとホッとする。
と思ったのも束の間、ユミナリア様が笑顔でこっちへおいでおいでと手招きしている。えっ、なに? 怖いんですけど。
「ごめんなさい。ちょっと見せて下さいね?」
「なにを!?」
がっしと肩を掴まれ、目を覗き込まれる。ユミナリア様の両目が一瞬だけ金色に変化したと思ったら、すぐに元に戻った。
「……なるほど。リンゼさんの言う通り、危なかったですね。今までの因果が良い方に動いたというわけですか」
「え?」
意味がわからず、私が目をぱちくりさせていると、ユミナリア様の後ろにいたリンゼヴェール様が口を開いた。
「あのね、サクラちゃん。もしも今回の暗殺が成功していたら、どういうことになっていたと思う?」
「え? 皇国と帝国の間で戦争……?」
「うん。その結果、たくさんの人が亡くなってしまう未来があったの。そしてその中には貴女のお祖父様や、友達であるジーン君のお父様も入ってた」
その言葉を聞いた瞬間、ぶわっと全身から汗が吹き出す感覚に襲われた。
お祖父様やジーンのお父さん……騎士団総長さんが死ぬ? あんなに強いのに!?
「そしてお祖父様を殺された貴女はその怒りに任せ、戦争に参加して【聖剣】を振るい、帝国に壊滅的なダメージを与えてしまう。皇国は救われるけれど、その後、何年も貴女はその罪に苛まれる……という未来があったのよ」
「ゲーム的に言えば間違いなくバッドエンド、よね」
リーンベルテ様が軽い口調でそう言うが、確かに鬱々としたバッドエンドだ。
なんでもレティシア殿下も私と戦って死ぬらしかった。妹の仇を、と全身全霊で向かってきた彼女に手加減はできなかったらしい。
自分が薄氷の上に立っているということを思い知らされる。いや、未来なんていろんな可能性があるんだから、どんな人だって絶望的な未来はあるのだろうけれども。
「その未来が覆ったのは、今までサクラちゃんがしてきた行動が、因果を変化させ、実を結んだからよ。人と人との繋がりは未来を変える力がある。それを貴女は示してくれたの」
「胸を張りなさいな。私たちから見てもよくやっていると思うわ」
「ぐっじょぶ」
サクラクレリア様がびっ、と親指を立てる。今までのことが認められたみたいで嬉しかった。お祖父様が戦争で亡くなる未来なんて冗談じゃない。
あそこでエリオットたちが飛び込んで来なかったら、どうなっていたかわからない。本当にあの三人は皇国を救ったんだなあ。
「まあ、貴女という存在が帝国に伝わったお陰で、皇女たちは皇国に来ることになったわけだから、そもそもの原因は貴女なのだけれども」
「うっ」
リーンベルテ様の言葉が胸に刺さる。いやまあ、私が原因かと言われれば否定しにくいのですけれども……。
「前にも言った通り、サクラちゃんの悪役令嬢としての運命がそういった原因を引き寄せているの。なにげないことが大きな事件や災いになってしまう可能性が、他の人より大きいのね」
「ん。不幸体質。ちょっと違う?」
不幸体質て。サクラクレリア様の言葉にモヤッとする。
ううん……ゲームでのサクラリエルは悪役令嬢として、いくつものルートに登場するし、それ以外のルートでもネタ的に不幸になる場面が用意されていたりした。
サクラリエルという人間そのものが、不幸な星の下に生まれたってことなのかしらね……?
「そう悲観しないで下さいな。確かに不幸を呼び寄せる可能性は高いですけど、それを打ち破る強さと力も貴女は持っています。貴女が諦めなければ、必ず道は開けると信じて下さい」
女神様にそう言ってもらえると、少しは安心できるかな……。ゲームでのある程度の未来知識、前世の記憶、そして【店舗召喚】と【聖剣】。
これらを駆使してなんとか生き残らねば。
「ふふっ。九女神はハッピーエンドが好きだから。これからも頑張ってね?」
「が、頑張ります……」
リーンベルテ様の言葉に私は若干の圧を感じた。やめて。妙なプレッシャーがかかるやんか……。不幸になりたくないから頑張るけどさあ……。
あ、そういえば。
「あの、前々から聞こうと思ってたのですけど、私の『ギフト』、【店舗召喚】ってどういうタイミングでレベルアップ……召喚できる店舗が増えているんですか?」
「うーん、そっちは召喚の女神・サモニア様の決めることだから……。よくわからないの。あの方も『スターライト・シンフォニー』のことを知っているから、たぶんゲームでのイベント関連とかで増えてるんじゃない、かな?」
私の質問に、リンゼヴェール様が自信なげに答えてくれた。やっぱり予想通り、イベントで増えているのか。
「あの方も気まぐれだから……。連絡はつかないのかしら?」
「ん。保養地に旅行に行くって言ってた」
「あら、また? じゃあしばらくは会えないわね」
リーンベルテ様とサクラクレリア様の会話から察するに、どうやらサモニア様は気まぐれで旅行好きな女神様らしい。保養地ってどこだろ? 神様の世界にも避暑地みたいなところがあるのだろうか。
サモニア様から『ギフト』を授かることは、本当に稀らしいけど、それって気まぐれだからかしらね?
リーンベルテ様が小さくため息をついた。
「私たちの【加護】も基本的に貴女の『ギフト』に活用できるようにしているから、サモニア様がいらっしゃれば、もう少し役に立つようにできるんだけどね」
マジか。サモニア様旅行から戻ってこないかな。いや、今でも充分に活用させてもらってますけども。あ、でも【入店禁止】はあまり使う機会がないかな……。あれを使う時って、必然的にかなりピンチの時だからねえ……。
「私も【加護】を与えようと思いますけど、なにかリクエストはありますか?」
「えっ?」
思いがけないユミナリア様の言葉に一瞬呆けてしまった。リクエストしていいの? マジで?
「もちろん、できることとできないことがありますけどね。そこまで突拍子のないことじゃなければ、ある程度は大丈夫かと思いますけど」
「ちょ、ちょっと考えていいですか!?」
私はユミナリア様に手のひらを広げて、考える時間をもらった。
ジャストモーメント! シンキングタイム!
こんなチャンスは滅多にない。こちらで【加護】の内容を決められるのだ。可能か不可能かはわからないが。
えーっと、なにがいい? なにが必要だ? デパートとか召喚したかったけど……。
「狙ったものを召喚できる【加護】ってのは……」
「残念ながら、それは私たちの領分を超えていますね。召喚に関してはサモニア様の領域ですから」
くそう、ダメか。そもそもなんでランダムなんだろう?
「特別な召喚でなければ、基本、召喚術ってのはそういうものだからね。ランダムで呼び出したものと契約して、また喚べるようになる。貴女の店舗も契約しているから何回も好きに喚べるのよ?」
リーンベルテ様がそんな説明をしてくれた。いつの間にか私は店舗と契約してたらしい。契約詐欺とかないよね?
しかし困ったな。狙ったものが召喚できないとなると……あとはなんだ?
商品がいつも一緒ってのがちょっと不満だったけど。コンビニは冬で冷やし中華とかないし、ファッションセンターの服とかは春服しかないからさあ。あと微妙に古い。私の感覚で、だけれども。
「商品を新しいものにするってのは……?」
「うーん……それも召喚に関することだからサモニア様の領分かしら……」
これもダメか。なんだろう、難しいな……。
あ。
「あの、ぼったくり価格を訂正ってのは……」
「ぼったくり? ……ああ、あの金額のことですね。うーん、できなくはないですけど……」
ユミナリア様が少し悩み、リンゼヴェール様が苦笑している。なんかマズったか?
「サクラちゃんのお店で使われたお金ってどこにいくと思う?」
「え? それは……サモニア様のところ?」
私の店で使われたお金がどこに行くのかなんて考えたこともなかった。【店舗召喚】はサモニア様からもらった『ギフト』だから、サモニア様のところに行くんじゃ? 違うの?
「サクラちゃんのお店で使われたお金はね、精霊たちによって世界各国にばら撒かれてるの。落ちているお金としてね」
「え!? あのお金、ばら撒かれてるんですか!?」
とんでもない言葉に一瞬ギョッとした。まさかそんな使われ方してたなんて。そんな私を見て、リーンベルテ様がくすくすと笑う。
「考えてもみなさいな。普通、お金ってのは誰かの手に渡って、さらにまた誰かの手に渡るものでしょう? この世界から消えたらマズいじゃない。経済が回らないわ」
「あ、ああ……。なんとなくわかります」
そりゃそうだ。普通、誰かの消費は誰かの利益になっているはず。この世から消えてしまっては困るよね。
でも落ちているお金としてばら撒かれてるって、騒ぎにならないのかな?
「それこそ銅貨とか鉄貨とかに両替されて、世界中の至るところにばら撒かれているから騒ぎになんかならないわ。なるべく人が見つけやすいところに落としているみたいだけど」
「だから、それを減らすってのはどうなんだろう、ってちょっと考えてしまったんです。なるべく貧民街とか、貧しい人たちが多いところに撒く様になってるっぽいので」
うむむ、そう言われると……。私たちが使ったお金が貧しい人たちの元にいき、それが生きるために使われているなら、それを減らしてしまうのもな……。
「そうですね……では、お店を召喚するたびにポイントが貯まる様に致しましょう。ポイントカードです」
「ポ、ポイントカード?」
ポイントカードって、いわゆるポイントを集めると値引きされたり、なにかがもらえたりする、あれ?
確かにお店にはよくあるシステムだけども……。
「でも溜まったポイントを使って、お店の商品を値引きで買ったら、結局ばら撒かれるお金が減るのでは?」
「いえ、このポイントカードのポイントの使い道は、お金の値引きではありません。そのポイントに応じた特典が貰える様にします」
ユミナリア様は手を翳し、なにもないところから厚手の紙でできた一枚のカードを取り出した。
ああ、カードってそういう……。てっきりクレジットカードの様なプラスチックのやつを想像してたわ。
手渡されたポイントカードにはマス目があり、そこに一個のスタンプが押されていた。これって琥珀さん? 白虎のスタンプが押されている。シンプルだけど確かにポイントカードだな。スタンプカードとも言うが。
「初めの一個はサービスです。五回召喚で一スタンプもらえるようになってますから」
「はあ……。これってお店を五回召喚するたびに押されていくんですか?」
「そうです。そして、その赤いマスのところまで溜まると特典が貰えます。なにが貰えるかはお楽しみ」
いたずらっぽく、ユミナリア様がウインクをしてきた。くそう、可愛いな。
赤いマスはまず一つ目にあって、そこからは十、二十、四十、八十、といった間隔にある。
一つ目はサービスでもらえるとして、そこから九マス……次まで四十五回召喚が必要なのか。
今、私は一日にキッチンカーなら十台くらい呼べる。それを使えば……!
「あ、同じ日に召喚した同じ店舗は一回と数えます。じゃないとズルできますからね」
「はーい……」
くそう、釘を刺された。キッチンカースタンプ爆押し作戦が……!
うーむ、店舗によって使う魔力は違うので、正確にいくつとは言えないが、今現在、平均して毎日三、四店舗くらいは召喚しているはずだ。
次の特典まで二週間くらいかな……。意外といい【加護】なのかもしれない。『特典』ってのが何かはわからないけども。
「ポイントがいっぱいになったらリセットされるので安心して下さいね。このカードは無くしても自動で戻ってきますので」
「えっと、二周目も貰える特典ってのは同じ物なんですか?」
「いえ、違う物ですよ。毎回違う物ですし、後半の方がいい物とも限りません。ランダムです」
またランダムかい! 【店舗召喚】と変わらないじゃん! これはあれだな? 特典ガチャってことだな!?
リーンベルテ様がくすりと笑う。
「特典ガチャ。言い得て妙ね」
はい、確定!
ユミナリア様が『違います、ポイントカードですぅ!』と言っているが、どう見ても特典ガチャです。
いったいなにが貰えるのやら……と思ったところで、いつものように目の前が暗転し、私はまた微睡みの中へと落ちていく。
「どうか貴女の未来が明るいものでありますように」
意識を失う瞬間、ユミナリア様のそんな声が聞こえたような気がした。




