◇115 嘘の万能薬
「すごいです! こんなに可愛いぬいぐるみがたくさん!」
ぬいぐるみ専門店『りとるぽけっと』に入ったリーシャは目をキラキラさせてぬいぐるみたちに向かっていった。
彼女と同じく招待したエリオットもその後に続く。
「どれもこれも可愛い。みんな欲しい」
「相変わらずとんでもないのう。さすがサクラリエル、侮れんやつめ!」
「ふわぁ、動物さんたちがいっぱいです!」
秋涼会で一緒だった、ルカ、ティファ、エルティリアちゃんもぬいぐるみの山にテンションが上がっているようだ。
「異界の店を呼び出す『ギフト』……。【聖剣】に加えてこんな力まで持っているとは……」
「はっ、とんでもないねえ。らーめん屋だけじゃないってことかい。こりゃティファが騒ぐはずだよ」
「素晴らしい……! やはりサクラリエル様は神に選ばれしお方……!」
レティシア殿下、ネロ殿下、ルーレットさんの同級生三人組もぬいぐるみ専門店を見回しながら呆れたようなため息をついている。いや、若干一人違うような……?
お土産に持っていってもらおうとみんなを招待したのだが、思ったより大人数になっちゃったな。
他にもミューティリアさんや、お祖母様、皇妃様も来ちゃったし。
基本的には女性ばかり。男性はエリオットとお父様、皇王陛下だけだ。
皇王陛下はまた美味しいものが食べられると思ってきたらしいが、当てが外れてしょんもりしてる。
お父様と皇王陛下は連れ立って、召喚場の外にあるガゼボ(四阿)の方へ行ってしまった。まさか昼から一杯とかしないよね?
「お祖母様もぬいぐるみに関心があるなんて思いませんでした」
「あら、可愛いものはいくつになっても和めるものよ? 部屋に一つあるだけで幸せな気分になるしね」
なるほど。ちょっと気持ちはわかる。前世の専門学校生時代、嫌なことがあったら家のぬいぐるみに愚痴を延々と聞かせ続けていたという友人を思い出す。一種の精神安定剤のようなものなのだろうか。
「リーシャはどれが気に入りましたか?」
「え、と、どれも可愛くて悩みますけど……やっぱりこのウサギのぬいぐるみでしょうか」
リーシャが三十センチほどのウサギのぬいぐるみを手に取る。
「あれ? これって初めて会った時に渡したウサギに似てますね?」
確かにあの時の動物フィギュアのウサギにポーズが似ているな。ニンジンを両手で持っている。素材はプラスチックと布で全く違うけれども。
「ええ。あのウサギは私に幸運を運んできてくれました。今も肌身離さず持っています。ウサギは私の御守りなんです」
「そう言われると少し照れますね……。ではそのウサギは僕からプレゼントしますよ。帝国へ連れて行って下さい」
エリオットの言葉に『ありがとうございます!』と笑顔になるリーシャ。ふむ、第一ミッション完了、というところか。
幼い婚約者同士のほっこりとする場面である。が、それを見て変にライバル心を動かされた人物がいた。
「サクラリエル様、あちらの大きなぬいぐるみも買えるのでしたね?」
「え? はい、買えますけど……」
がっしとウサギの特大ぬいぐるみを掴み、そのままリーシャの下へと持っていくレティシア殿下。引き摺ってる。引き摺ってるから。
「リーシャ、これは私からのプレゼントです。これを抱いて今日は一緒に寝ましょう」
「わあ……! 嬉しい! ありがとうございます、お姉様!」
妹の綻ぶ笑顔に鉄仮面の口角がちょっとだけ上がるレティシア殿下。妹好き過ぎるだろ……。それに対してエリオットは苦笑いするのみだ。
あれ帝国に持っていくの……? 馬車にくくりつけていくんだろうか。いや、雨が降ったら最悪だから、馬車の中に入れるか。どっちにしろ場所を取るお土産だわ。
「レティシアのあんな姿初めて見るよ……」
「よほど嬉しいんですねえ」
同級生であるネロ殿下とルーレットさんが珍しいものを見たとばかりに口を開けている。
レティシア殿下も今までとは違い、リーシャと真っ直ぐに話すようになった。迂遠な言葉ではなく、気持ちをストレートに伝えるようになり、リーシャの方も怯えることなく、姉の言葉を待つようになった。
結局、姉妹揃ってコミュ症だったってことなんだろうが、ちゃんと会話してからわだかまりも解けたようでよかったよ。
それぞれお目当てのぬいぐるみを買い、『りとるぽけっと』を出る。
新たに『ラヴィアンローズ』を呼び出し、みんなでお茶にすることにした。一応、『秋涼会お疲れさまパーティー』だ。
例の話もレティシア殿下にしないといけないからね。
「それで、私に話とは?」
店内で一番端っこの席。ここの席には私と琥珀さんにレティシア殿下だけ。別席に座るリーシャとエリオットが気になるのか、さっきからチラチラと見ているけど、ちょっとだけ付き合ってよ。悪い話じゃないからさ。
「まずはこれを」
私は四次元ポシェットからポーションの小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。薄桃色の液体がちゃぷんと揺れる。
「これは? ポーションですか?」
『騒ぐなよ? これは万能薬だ』
「エリッ……!?」
琥珀さんの言葉にレティシア殿下が声を上げかけて、自らの口を塞ぐ。
自分の名前を呼ばれたと勘違いしたのか、エリオットがこっちに視線を向けるが、なんでもないと手振りで示してやり過ごす。
『騒ぐなと言った』
「す、すみません……! し、しかし万能薬といえば、伝説の秘薬……! 御伽話に出てくるものではないですか……!」
『神々に頼んでな。これっきりということで分けてもらった。これで其方の兄の病も治るだろうよ。いいか、このことは他言無用だ。皇太子以外には話すな』
「っ、ああ……! か、神々よ、感謝します……!」
レティシア殿下は震える手で万能薬を取り、胸に押し抱く。
────うん、まあ嘘なんだけどね。
あれは万能薬なんてものじゃない。リオンの作った付与ポーションである。
昨日、エステルに【聖なる奇跡】をあれに付与してもらったのだ。
それであっという間にどんな病も治す、万能薬の出来上がりってわけ。
本当の万能薬なら、病気どころか、身体の欠損まで治っちゃうものらしいからね。
入手先は琥珀さんに口裏を合わせてもらって、神様からもらったってことにした。また次も、となったら困るからね。琥珀さん経由で女神様たちにも了承はいただいている。
まあ、そもそも付与ポーションの素材が貴重すぎてそう何個も作れないのだけれども。
けど、リオンとエステルに頼んでいくつかは持っておいた方がいいかもしれない。エステル自身が病にかかる可能性もあるし、今回のようにエステルの秘密を見せたくない場面もあるだろうし。
とにかくこれで帝国の皇太子である第一皇子が元気になれば、レティシア殿下たちの政権奪取もより現実味が増すだろう。さらに次の皇帝となる皇太子に大きな恩を売れる。こちらとしてはその方が助かる。
しかしなあ……。こうなると完全にあの俺様皇子のルートが無くなるんじゃないかな。第二皇子が皇帝にならないってことは、同腹の俺様皇子もそこまでチヤホヤされなくなるんじゃない?
レティシア殿下もリーシャのこともあるから厳しくするだろうし、性格が変わっちゃうかも……。
……うん、まあ変わったところで別に困らないか。あんな性格、矯正した方がいいに決まってる。
外伝の主人公の子には悪いけど、貴女の恋人候補、一人減りました。好みだったらごめんなさい。
レティシア殿下は万能薬を持ってリーシャのところに行き、妹をぎゅっと抱きしめた。
「お、お姉様?」
「リーシャ、きっとなにもかもうまくいくわ。帝国は生まれ変わる。フロストお兄様のもとでね」
二人の対面席にいたエリオットが、また何かしたでしょ? という目を向けてくるが、当然スルーだ。
『やれやれ。今回はこき使われたな』
「ごめんねー。ほら、特別に三つホールで選んでいいから。どれにする?」
私はため息をつく琥珀さんの前にケーキのメニュー表を差し出した。
すぐにご機嫌になった琥珀さんがフンフンと鼻息荒く写真のケーキを見比べている。
『ショートケーキは外せんな……。定番はそれとして、後はいつもは食べないやつを頼むか……? いやいや、ホールで頼むならやはり好物の方が……』
なんか悩み始めたので、こっちはこっちで別に注文する。今日は『贅沢苺のタルト』の気分。
注文すると、イチゴが『嘘っ!?』って山ほど乗ったタルトと紅茶が出現する。
パクリと一口いただくと、口の中いっぱいに苺の酸味とクリームの甘さが広がっていく。しゃーわせ……。
一苦労した後のデザートは格別だね! いやもうほんとどうなることかと……。
結果だけ見ればいい方に転がったのかな。エリオットが婚約するとは思わなかったけど……。
「サクラリエル! ここのケーキを国に持って帰りたいのだが、よいか!?」
「私も。お兄にも食べさせたい」
苺のタルトを楽しんでいると、ティファとルカが突撃してきた。
「別にいいけど、国まで持たないんじゃない?」
「大丈夫じゃ。時間が止まる収納箱を持ってきているからの」
「同じく。抜かりない。サクラリエルの美味しい食べ物をいっぱい持ち帰るつもりだったから」
そこまでする……? いや、嬉しいけどさあ。食べ物だけじゃなくて、他にもいろいろお店はあるんだけども。
んん……? 今現在、召喚できる店は、駄菓子屋、風呂屋、ホットドッグのキッチンカー、質屋、酒屋、服屋、模型店、洋菓子店、ラーメン店、八百屋、おにぎり屋、回転寿司、コンビニ、そしてぬいぐるみ店の十四店舗。
……ほとんどが飲食店だな……。いや、基本的に私が行ったことのある店って飲食店が多いから仕方ないんだけども。
日本で一番多い店舗は理容室・美容室って聞いたことがあるけど、私の場合、基本的にいつも同じところで切ってもらってたから、たぶん前の人生では三店舗くらいしか行ってないんじゃないかな……。
そのうち理容室も呼べるようになるかもね。……でも召喚したら誰が切ってくれるんだろ……?
飲食店みたいに『モヒカンで!』とか頼んだら、一瞬でカットされるのかしら? それはそれで怖いな……。




