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◇114 店舗召喚14





「……なにゆえに?」


 次の日の朝、自宅のベッドの上で目覚めた私は、レベルアップをした右手の紋章を見て首を傾げていた。

 なにかイベントをこなしたっけ? 帝国が関連する話は、あの俺様皇子が出てきていない以上、スチルイベントもムービーイベントもないはずだけれども。

 あっ!? ひょっとして、エリオットの婚約(告白)イベントか!?

 あれって本来なら主人公であるエステルにするべき告白なんだけど……。相手が違くてもいいの?

 いや……思い返してみれば、暗黒竜だってゲームで倒したのはエリオットだし、エステルの覚醒も私がきっかけじゃなかった。

 

「なら、いいか……」


 考えてもわからないことは置いておくに限る。私はベッドから這い出ると、アリサさんに着替えさせてもらって、いつものように朝食の席でお父様お母様にレベルアップの報告をした。


「……本当に、なにか大きな問題が起こるとサクラリエルは新しい店を手に入れるね……」

「狙ってるわけじゃありませんよ?」

「いや、うん。わかってるけども」


 心外だとばかりに口を尖らすと、お父様がコーヒーを飲む手を止めて苦笑した。

 まあ、狙っていったこともあるが。それはこの際言うまい。


「しかしエリオット殿下がリーシャ殿下と婚約か……。サクラリエルは、その、かまわないのかい?」

「なにがです? 喜ばしいことじゃありませんか」

「ああ、そう……」


 お父様が小さく肩をすくめると、くすくすと隣のお母様が笑う。なんだ?

 朝食を終え、アリサさんに律も加えていつものように召喚場へ向かうと、玄関ホールでエステルとユリア先生が待っていた。今日は剣術稽古の日だからね。

 当然ながらビアンカもいる。もはやユリアさんに預けているキッチンカーで、ここに来る途中にビアンカの家に寄って一緒に来るのがお決まりになっていた。


「おはようございます! エリオット殿下とリーシャ殿下がご婚約なされたそうですね! 本当におめでたいことですわ!」

「そ、そうね……」


 エステルがいつもの数倍テンションが高い。顔はニッコニコだし、なぜかツヤツヤしている。小さく『これで邪魔者は消えた!』とか聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 三人を連れて新しい店を喚びだすために召喚場へと向かう。剣術稽古はそのあとでやることになった。もうみんな慣れたもので誰も疑問に思わないようだ。

 次はなんのお店かな。食事処だとさっき朝ごはん食べたからなあ。失敗した。

 召喚場に着き、魔力を込めて『ギフト』を発動させる。


「【店舗召喚】!」


 おっ、そこそこ魔力を取られた。模型店くらい? 少し大きめな店舗らしい。

 光が収まり、目の前に現れたのは白と薄いピンクの、まるで小さなお城のようなファンシーな建物だった。

 ガラス張りになったショーウィンドウの中には、いろんな動物たちのぬいぐるみが所狭しと置かれている。ああ、この店か。

 『ぬいぐるみ専門店 りとるぽけっと』。

 私が前世、専門学校に通っていた都市にあった店だ。姪っ子のプレゼントを買いに、一回買い物に来た記憶がある。

 ううん、飲食店じゃなくて良かったのか悪かったのか……。


「素敵! ぬいぐるみのお店なんですね!」


 テンションが上がったのはエステルだ。ショーウィンドウの中に入っている、人よりも大きなクマのぬいぐるみに目を輝かせている。

 この世界にもぬいぐるみはあるが、正直言って、そこまで出来は良くない。いや、出来が良くないというか……以前もあったが、この世界、デフォルメという概念があまりないのだ。

 なので、リアル色が強くあまり可愛くはない。そして綿を詰めた柔らかなものではなく、おがくずやボロ切れを詰めたようなものが一般的だ。一応、貴族用のぬいぐるみとかは綿が詰められたりはしているが、とても高価である。

 逸るエステルを背後に感じながら、カランコロンとドアベルを鳴らして扉を開く。


「わあ……!」


 背後からエステルの声を受けつつ、私たちは『りとるぽけっと』の店内に入った。

 大小様々なぬいぐるみが私たちを出迎える。犬や猫、動物のぬいぐるみから、カエルやカッパ、恐竜のようなぬいぐるみまで置いてある。

 意外に思ったのはアニメとかゲームなどのキャラクターものが少ないということだ。あと世界的に有名なぬいぐるみなんかも。オランダで生まれた口がバツ印のうさちゃんとか、りんご三個分の体重のねこちゃんとか。

 全裸にジャケット一枚のクマのぬいぐるみもないな。似たようなものはあるけど。

 店内の一角に、ぬいぐるみの作成キットが置いてあった。ぬいぐるみを自分の手作りで作ることができるやつだね。専門の裁縫セットまで売ってる。綿も売ってるのか。


「お母さん、これ可愛い!」

「あら本当。可愛い犬……いえ、イノシシかしら……?」


 ユリアさんがエステルの持つぬいぐるみに首を傾げているが、どちらも違います。それ、カピバラです。確かネズミだよ。


「これは可愛いわね……。小さな子の贈り物にはとてもいいわ。領地へ戻る子供のいる方にお土産に渡そうかしら」


 お母様がフクロウのぬいぐるみを手に持ち、なにやら画策している。派閥の強化に抜け目がない。

 逆にお父様はそれほど関心がないようだ。店内をぶらぶらと眺めている。

 律もそれほど関心はなさそうだが、鳥のぬいぐるみは気になっているみたいだ。シームルグのオボロに似ているからかな?

 意外にビアンカやアリサさんが目をきらめかせている。うーむ、可愛いは正義だな。


「しかしこれ、おっきいなあ……」


 ショーウィンドウのようになった出窓の左右にもたれる、私よりも大きなクマとウサギのぬいぐるみ。

 立ったらお父様よりもデカいぞ……。お値段は……五万超えか。なかなかにお高いね、君……。

 異世界ぼったくり金額になっているから五十万円するのか……。まあ、貴族なら買えなくはないけど……。

 巨大ぬいぐるみはこの二体と、奥にいるだらっと寝そべった犬とワニだけだね。あっちのは抱き枕になりそうだ。

 レッサーパンダのぬいぐるみはちょっと欲しいかな。おっ、白い虎のぬいぐるみ発見。


「これ琥珀さんに似てない?」

『どこがだ。我はもっとキリッとしておる』

「そお? あっ、青い竜のぬいぐるみもある。こっちも可愛い!」

『ふん、青いトカゲなぞ。我の方が可愛いわ!』


 くわっ、と琥珀さんが吠える。なんで張り合ってるのかわからん。

 あっ、こっちはキーホルダーみたいにぶら下げるタイプのぬいぐるみだ。こっちも可愛いね。


「はああ……。一日中ここにいたいです……」

「それほど?」


 エステルがぬいぐるみの可愛さ爆撃にやられている。気持ちはわからんでもないが。


「なんとも変わった生き物だけど……。異界にはこういう魔獣がいるんだろうか?」


 お父様が飾られているキリンのぬいぐるみを眺めながらそんなことを呟く。魔獣じゃないけどね。動物園の人気者だよ。


「エステル、この鼻の大きなぬいぐるみ可愛いぞ!」

「こっちのはお腹に小さな子供を入れてます!」


 ビアンカとエステルがコアラとカンガルーのぬいぐるみを見せ合っている。どっちもこの世界にもいないんだろうなあ……。

 こっちの世界でぬいぐるみを作ると、魔獣とか魔物とかになるんだろうか。ゴブリンのぬいぐるみ……ないな。ゴブリンはない。

 あっ、これはパペットのぬいぐるみじゃないの。腕にはめて口をパクパクさせるやつだ。ここはやっぱり牛とカエルを両手につけるべきだろうか。


「サクラちゃん、これってお寿司よね?」

「……お寿司ですね」


 私がパペット芸人になるか迷っていると、お母様が大きなマグロのトロのぬいぐるみを持ってきた。これってどういう……? ああ、ぬいぐるみというより、クッションなのか。枕代わり?

 トロだけじゃなくてサーモンと玉子、エビまである。

 あんなの枕にして寝たら、生臭そうな夢を見そうなんだが。

 とりあえず各々(おのおの)欲しいものを買って、その後はいつものように買い占めての運搬作業だ。

 ちょっと手間取ったのは例の特大ぬいぐるみがドアにつかえて取り出すのに苦労した。たぶん本来なら注文だけして、後で自宅にお届け、というシステムなんだろうな。

 ぬいぐるみは可愛いが、公爵家としてはあまり利用価値がなく、召喚優先度は低いかな。少なくとも毎日召喚するお店ではない。


「お土産には最適だけどね」


 あ、このぬいぐるみ、リーシャにあげたら喜ぶかな。いや、この場合エリオットも呼んで、婚約者からのプレゼントとした方がポイントが高いんじゃない?

 皇国と帝国は今は仲が悪いけど、レティシア殿下の言う通り、向こうの皇国友好派を取り込み、皇太子である第一皇子を味方につければ、第二皇子を、さらには皇帝をも引きずり下ろすことも可能かもしれない。

 そうなればリーシャの地位はとても重要なものとなる。帝国における皇国の代弁者とも言えるし、いずれは皇国に来て皇妃になるわけだから、粗末にはできない。

 レティシア殿下に加え、皇国友好派がリーシャを守るだろう。味方それを手放すわけにはいかない第一皇子派もね。

 この話が向こうに行ったらリーシャを蔑ろにしていた奴らは顔が青ざめるだろうな。

 ただ唯一の懸念は第一皇子の病気だな……。もしも第一皇子がポックリと逝ってしまったら、第二皇子が帝位に就くことになる。

 第二皇子とて、エリオットの婚約者となったリーシャを殺すようなことはデメリットが多く、もうしないと思うけど……何が起こるかわからないからな……。

 というか、ゲームでは第一皇子って亡くなっているよなあ……間違いなく。

 時期はいつなのかはわからないけど、それは確かだ。

 どんな病気でもエステルの『ギフト』、【聖なる奇跡】なら治せるんだけど、危ない帝国にエステルを行かせるわけにもいかないし、それ以前にエステルの『ギフト』をバラすわけにはいかない。

 どうしたもんか……。第一皇子が皇国に来てくれたらまだやりようがあるんだけども……。まあ、無理よね。

 ……いや、待てよ? あれ、使えるか? 琥珀さんにちょっと口裏を合わせてもらえば……。


「エステル、ちょっと頼みがあるんだけど……」

「いいですよ。なんですか?」

「あのね……」


 私はカピバラのぬいぐるみを抱いてご機嫌なエステルに話を持ちかけた。





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