◇112 エリオットの提案
本日二話投稿しております。ご注意を。2025年もありがとうございました。来年もまたよろしくお願い致します。良いお年を。
ズパン! と小気味良い音を立てて茨が斬り裂かれ、その奥にあった観音開きの扉が内側にぶっ倒れる。だいぶ抑えたつもりだったんだけど、思ったより力が入ってしまったようだ。
「これは……」
踏み込んだその部屋はかなり殺風景な部屋だった。シャンデリアや絨毯、椅子に机にベッドにカーテンと、部屋の必需品というようなものはあるが、絵画や花瓶、彫刻品や装飾品といったものがまったくなかった。
正直言って、とても皇女の部屋とは思えない。地味すぎるし、何よりも椅子も机も一つしかない。つまり『誰かが訪れること』を考えられていない部屋なのだ。
「リーシャ!」
私の背後からレティシア皇女が駆け込んで来る。薄暗い部屋の中を見回し、ある場所に視線を向けた。
ベッドの上。そこに膝を抱え、蹲るネグリジェ姿の少女がいる。そしてその周囲には彼女を閉じ込めるような鉄の檻が存在していた。
いや、あれは檻というより……。
「鳥籠……?」
だよね。レティシア皇女に続いて部屋に入ってきたエリオットがその檻を見て言葉を漏らす。
天蓋のあるベッドの間に挟まるようにしてそこにあるのは、上部がドーム状になっている、よく見る鳥籠の形をしていた。
そしてその鳥籠にもベッドから伸びた茨が巻き付いている。
これは鳥籠に捕えられているのかな? なら【聖剣】で……。
《小さき主よ、それを壊してはならん。その鳥籠はその娘の最後の精神的支柱……いわば心の支えだ。その鳥籠を壊せば二度とこの娘は目覚めんぞ》
「えっ!?」
響いてきた琥珀さんの声に私は振りかぶりかけた【聖剣】を止める。
この鳥籠が心の支え? どういうこと?
「リーシャ! 聞こえますか!? お願い、返事をして!」
レティシア皇女がベッドの外から声をかけるが、膝を抱えたままのリーシャ皇女はぴくりともしない。
『帰って……! もう私に構わないで……! みんな私が死ねばいいって思ってるんでしょう!』
リーシャ皇女の心の声が部屋中に響き渡る。
慟哭。激しい感情が私たちの身体に響いてくる。怒りや悲しみ、寂しさや嫉妬のような感情の渦に身体がふらつきそうになった。
これは彼女が今まで押さえつけてきた思いだ。言葉にできなかった切なる思い。
「そんなこと思うはずがないわ! 私は……!」
『お姉様だって、私を邪魔だと思っているくせに!』
「違う!」
リーシャ皇女の言葉にレティシア皇女は髪を振り乱してそれを否定する。
「貴女を邪魔になんか思ったことはない! 私は……私は貴女を大切に思っている!」
『嘘よ……! いつも呆れていたじゃないですか……!』
「違う……! 私は……笑うことが苦手で……。微笑みたいと思っても、どうしても緊張して表情が固まってしまうんです……。あれはそんな自分が嫌で、自分に呆れていたのよ……」
あ、ひょっとしてあの表情って笑おうとしてたの? 無表情で睨みつけてくるから、怒ってるようにしか見えんよ……。
そのレティシア皇女からはいつもと違い、悲しみの表情がきちんと伝わってくる。それだけ必死なのだろう。
レティシア皇女の言葉が届いたのか、少しだけリーシャ皇女が顔を上げた。
『私はいつも一人だった……。誰も私を気にもしない。お姉様だってこの部屋に一度も来てくれなかったじゃないですか!』
「それは……! その、貴女の勉強の邪魔になると思って……。いえ、これは言い訳ね……。私は貴女にどう接していいかわからなかった……」
レティシア皇女が目を瞑り、後悔するような声を漏らす。
「私には何人もの弟妹がいるけれど……。私はフロスト兄上と同じ正妃の娘で、他の子たちは側妃の子供たち。どうしてもその背後には母親の影響があり、親しくすることはできなかった……」
『私はお母様がいませんからね……』
「そうね。だから貴女だけはなんの柵もなく接することができた。お母様もお兄様も何も言わなかったし……。だけど貴女は常に怯えていて、私の顔色をいつも窺っていた。私は私で貴女と何を話せばいいのかわからなかった。貴女を喜ばせるような面白い話もできないし、優しい言葉をかけてあげることもできない。できることといったら、皇女としての在り方を教えてあげることだけ。それだけはきちんと教えてあげなければと……。それはいずれ必ず貴女の身を守る鎧となると知っていたから……」
『……………………』
レティシア皇女の厳しい言葉にはそんな思いがあったのか。鉄仮面な表情と生真面目な言葉から、誤解されていたんだね。リーシャ皇女にさえも。
「貴女が毒を盛られたと聞いたとき、私はどんな手を使ってでも、この国を滅ぼしてやると思った」
ちょっ!? おっかないこと考えるねーちゃんだな!? 確かにあの時、ブチ切れ寸前って感じだったけれども……!
エリオットも、うわぁ……って顔で引いてるよ!?
「ですが、それがダルケル兄上の差し金とわかったとき、私は死にたいくらいに後悔しました。この状況を引き起こしたのは私なのだと。私が二人の兄の間で、中立などと不確かな立場に甘んじていたために、リーシャが利用されたのだと。あのままリーシャの死が皇国の仕業だとされたなら、間違いなく私はダルケル兄上の側についたでしょう。貴女の仇を討つために、皇国を永久凍土にしていたと思います」
『お姉様……』
そう聞くとかなり危なかったんだなあ……。エリオットたちが乱入しなかったら、まんまと嵌められていたのかもしれない。帝国と戦争になったら、簡単に負けはしないと思うけど、甚大な被害が出ていたと思う。
「リーシャ。もう一度だけ、私を信じて下さい……! 今度は必ず貴女を守る。私はフロストお兄様と一緒にダルケル兄上を廃し、お父様も退位させるつもりです。帝国を生まれ変わらせ、誰にも貴女を蔑んだ目を向けさせない。そのチャンスを私にくれませんか……?」
『……私、も、お姉様を信じたい……。でも……やっぱり、怖い……。お姉様にいらないって言われたら、もう……! 私にはなにもないから……!』
「そんなこと絶対に言わないわ!」
レティシア皇女がそう叫ぶが、リーシャ皇女は黙り込む。自分に自信が待てないのだろうか?
『私はお姉様のように強くもなければ、サクラリエル様のように特別な力もない……! なにもない空っぽの人形だから……!』
特別な力……ねえ。
そんな力でもないと死んじゃうかもしれない私とどっちがいいのかしらね? こっちだって大変なんだから。
「市井に生きる普通の人は、『ギフト』も特別な力も持ってないわ。それでも自分のやれることをやって懸命に生きているの。力がなければ何もできないなんて言い訳じゃない? 貴女は自分で変わろうとは思わなかったのかしら?」
「サクラリエル?」
私はちょっと強めな言葉をリーシャ皇女に投げかけた。エリオットが声をかけてくるが今は無視する。
私はリーシャ皇女に少し腹が立っていたのだと思う。貧民街に生きる子供たちは、毎日が辛くても生きるのに必死だった。私だってやれることを探して一生懸命に生きようとした。それをこの子はあっさりと諦めようとしている。
なんで藻掻かないの? なんで自分を変えようとしないの? なんで手を伸ばさないの?
「自分にはなにもない? こうして心配してくれているお姉さんがいるじゃないの。それは貴女のために、父親である皇帝や兄である第二皇子を敵に回しても構わないとまで言ったレティシア殿下に対しての裏切りだわ。第二皇子が貴女を切り捨てたように、貴女もレティシア殿下を切り捨てるのね?」
『ち、違う……! 違う! 私は……私はお姉様を切り捨てたりなんかしない! それだけは絶対に……! お姉様だけは……お姉様だけが私の味方だから……!』
「リーシャ……!」
泣きながらリーシャ皇女が鳥籠の中から手を伸ばし、その手をレティシア皇女がしっかりと握る。
『お姉様……! ごめんなさい……! 私は自分に自信がなかったの……! お姉様の妹である資格がないって……! こんな妹はお姉様に相応しくないって……! だから消えてしまえって……!』
「資格なんか必要ないのよ。貴女は私の大切な妹。ただそれだけが事実なのだから」
『本当にごめんなさい……! 心配かけて、その優しい気持ちを裏切ろうとして……! 私、もう一人になりたくない……!」
いつの間にかリーシャ皇女の周りにあった鳥籠が消えていた。部屋の薄暗い雰囲気もいくらか和らいでいる。
これって大丈夫なの? 彼女の精神的支柱とやらが消えちゃったけども。もう必要ないってこと?
鳥籠なんかに縋らずとも立ち向かう勇気を手に入れた……のかしら? それとも精神的支柱とやらがレティシア皇女になった……?
よくわからんが、大丈夫っぽい。
首を捻る私を置いて、手を取り合う二人の前にエリオットが一歩踏み出した。
「……レティシア殿下」
「なんでしょうか、皇太子殿下?」
「実際のところどうなんですか? リーシャ皇女は帝国で安全に過ごせるのでしょうか?」
それな。
「それは……リーシャがはっきりと私という後ろ盾を得たと示せば、馬鹿なことをする輩は減ると思います。そもそも皇女であるリーシャに危害を加えるなど、本来ならば許されることではないので。ダルケル兄上も今回の企みが失敗したからといって、執拗にリーシャを狙うようなことはしないと思いますし……」
「ですが、それでは帝国におけるリーシャ殿下の評価は低いままですよね? なんならレティシア皇女のお情けでその地位にしがみついていると思われる可能性もある。第二皇子だって、またなにかにリーシャ殿下を利用しようとするかもしれない。リーシャ殿下が帝国にとって、高い価値のある存在だと皇帝陛下や第二皇子に思わせた方が手を出しにくいのでは?」
「皇太子殿下……? いったいなにを言いたいのですか?」
レティシア皇女の訝しげな目がエリオットに向けられる。妹になにかするなら許さないぞ、という気迫が感じられた。
その視線に臆することなく、エリオットはこほん、と咳払いをひとつ。
「リーシャ殿下。どうでしょう、僕と婚約しませんか?」
『はい? …………はい!?』
「「はぁっ!?」」
エリオットによる突然の爆弾発言に、リーシャ皇女は顔を真っ赤にさせて固まり、私とレティシア皇女はびっくりして変な声が出てしまった。
ちょっ、なに言ってんの、この馬鹿皇子!?




