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◇111 必要のない皇女

今年最後の更新が暗い話なのもなんなので、夕方にもう一話更新します。





 アレグレット帝国第九皇女、リーシャ・エ・アレグレット。それが私の肩書きと名前。

 だけど、その肩書きは何の意味もないことを私は知っている。

 私の母はレティシアお姉様に仕える侍女だった。裕福ではあったが平民出の商人の娘であった。

 それがたまたまお父様……皇帝陛下に見初められて側妾となったらしい。

 平民出の母が後宮入りするために、一旦男爵家の養女となってから嫁いだらしいが、私はその男爵家……義理の祖父母の家の人間を一度も見たことはない。名を借りただけの存在だったのだろう。

 母は私を産むとすぐに亡くなった。死因は知らない。誰も教えてはくれないからだ。

 母の死の理由を後宮では誰も口にしない。

 私は母が殺されたのではないかと疑っている。なぜなら側妃様たちは皆、母共々私のことを悪し様に罵るからだ。


『あの女の娘では仕方ないわね』

『所詮は平民の子。みっともない』

『下賤な血の娘なぞ、なんの価値もないのに』


 なにかを失敗するたびに、そんな言葉を投げつけられた。側に仕える者も見て見ぬふりだ。私は彼らに期待することをとうにやめている。

 正妃様には心無い言葉をかけられることはなかったが、声をかけてくれることもなかった。私はあの方にはいない者とされているのだろう。

 お父様も私に関心を持たない。お父様はそもそも自分の子供たちにあまり興味がないため、それだけは救われた気がした。

 興味がないのは私だけではないのだと……。そんなくらい喜びに縋ることくらいしか私にはできなかった。

 唯一の楽しみは本を読んでいる時だ。名ばかりでも皇女という肩書きを持つ以上、それなりの教育はされるので、本を読むことは許されていたから。

 だけど本を読み、世界を知ることで、私を取り巻く環境がいかに苦しいものであるかを知ることになった。

 暖かい家庭、優しい両親や兄弟姉妹、心を許せる友達……。本の中にある幸せな物語に憧れるとともに、絶対に私には手に入らないものとして、とても残酷な現実を突きつけられる。

 私には四人の兄と六人の姉、そして一人の弟がいるが、とても本のような暖かい関係ではない。

 兄弟姉妹は本来もっといたそうだが、何人かはもうすでに亡くなっているらしい。

 それは病死や戦死といわれているが、果たして本当にそうなのだろうか……。

 側妃様同士は全員仲が悪い。当然、その子供たちも仲がいいわけはない。

 お兄様、お姉様の私に対する態度はだいたい二通り。私を蔑むか、無視するかだ。

 第一皇子で皇太子であるフロストお兄様は身体が弱いため、ほとんど会ったことがない。

 第二皇子であるダルケルお兄様は、私を見るたびに怒鳴りつけてくる。視界に入るな、と。同腹の第六皇女のお姉様、第八皇子のディアスお兄様も同じだ。叩かれたことも何度かある。

 他のお兄様、お姉様には無視されている。偶然会って挨拶をしてもそっけない態度を取られるか、返事が返ってくることはない。

 物心ついた時には嫁入りされていた二人のお姉様は会ったことがないのでわからないが、第四皇女のレティシアお姉様だけはちょっと違っていた。

 『鉄仮面』、『氷の皇女』などと噂されるお姉様はなにを考えているのか私にもわからない。

 私が失敗することに怒っているのか、呆れているのか……なにもわからないのだ。

 ただ悪かったところは指摘してくれる。そういった意味ではレティシアお姉様は公平であると思っている。

 とても厳しい人ではあるが、もともとお母様が仕えていた関係で、そこまでは嫌われてはいない……と思う。

 おそらくレティシアお姉様は、私が皇族の一人として情けないのが許せないのだ。

 私に怒りを向けているのは他のお兄様お姉様と同じだが、レティシアお姉様は私を皇族の一人として見てくれている。……少なくとも、今は。

 たぶん、これ以上は無駄と判断したら、レティシアお姉様は私に関わることをやめると思う。お姉様は無駄なことはお嫌いだ。もっと有意義なことに時間を使おうとするだろう。

 それは私にとってはとても怖いことに思えた。誰も私のことを見てくれないこの城の中で、お姉様だけは見てくれている。それが皇族の誇りや義務からきたものであっても、私には嬉しいことだったのだ。

 いつしか私はレティシアお姉様の言う通り、皇族としての務めを果たすことだけが、自分の価値なのだと思うようになった。

 いずれ私は皇族の駒として、帝国の利益になるところへ嫁ぐことになるだろう。それだけが自分の生かされている理由なのだから。嫁ぎ先でどんな扱いをされるかはわからないが……。

 そんな折、私とレティシアお姉様がシンフォニア皇国へと行くことになった。

 当初は私だけだったらしい。だけど私一人を行かせるのは不安だと、レティシアお姉様も同行することになったようだ。

 お姉様は私が皇国で失敗し、帝国の恥となることを危ぶんだのだろう。

 初めての外交に大きな不安を覚える。失敗したらどうしよう……。

 なにも難しくはない。余計なことを言わず、お姉様に従っていればいい。うん……。

 帝国を出る前にダルケルお兄様から『国のためにせいぜい役に立ってこい』と嗤いながら言われた。初めから期待などしていないくせに……。

 ダルケルお兄様の命令で侍女頭のクーポ子爵夫人がついてきたが、さすがにお姉様の前ではいつもの嫌味は封印している。それだけはありがたかった。まあ、お姉様のいないところでは愚痴愚痴と言われたけど……。

 私は皇国で皇妃様主催のお茶会へ出席する。

 お姉様によると今回のことは、私と同い年の公爵家令嬢、サクラリエル様がどういった人物なのかを確認するという面もあるのだそうだ。

 現皇王陛下の姪にして【聖剣】の使い手に選ばれし、暗黒竜を屠ったと言われる少女。神獣を従えているとの話まである。

 帝国にまで聞こえてくる彼女の噂は、容姿端麗、八面玲瓏、才気煥発、知勇兼備、勇猛果敢、博識多才……と、どれもこれも褒めちぎるものばかりだった。

 多少の尾鰭はあるにしても、とても優秀な人物であることには変わりないだろう。

 たぶん目の前にいるお姉様と同じ……なんでもすぐにできてしまう天才なのだ。

 どうしても神様は不公平だと思ってしまう。どうしてこうも違うのだろう。向こうは誰からも必要もされていて、私は誰からも必要とされていない。

 大きな劣等感を感じながら皇国へと私は向かった。

 初めて訪れる皇国は帝国に比べて賑やかで明るいように思えた。

 城にいる者に笑顔が多い。こちらを警戒している人も多いが、それほどの悪意は感じなかった。帝国の城にいるときよりもよっぽど……。

 帝国はいつもピリピリしていて、いつも争い事が起こりそうな雰囲気だった。

 この国ではそんな空気は全くない。私はシンフォニア皇国を羨ましく思った。


「初めましてレティシア殿下、リーシャ殿下。シンフォニア皇国皇太子、エリオット・リ・シンフォニアです。このたびはようこそおいで下さいました」


 皇国に到着した私たちを出迎えたのは、エリオット皇太子殿下だった。

 この方も私と同い年なのに、堂々としている。物腰が柔らかく、こちらを侮蔑した目で見てくることもない。ダルケルお兄様やディアスお兄様とは大違いだわ。

 何度か私の方を見て微笑んでくれたが、恥ずかしくて俯いてしまった。そのせいでお姉様に睨まれてしまう。

 帝国の皇族として、彼のように堂々としていろと言いたいのだろう。だけども私は彼と目を合わせることはできなかった。自分の臆病さが嫌になる……。

 やがてフィルハーモニー公爵家の御令嬢、サクラリエル様が現れた。たまたまお城にサクラリエル様がいると聞いたお姉様が会わせろと呼び出したのだ。


「サクラリエル・ラ・フィルハーモニー、お呼びにより参上仕りました」


 初めて見るサクラリエル様は私の想像していた方とはまったく違った。

 私よりも小さな女の子。本当に同い年なのだろうか。翡翠の目に桜色の髪。可愛い女の子としか見えない。失礼だけれども、とても竜を倒したとは思えない。なにかの間違いなのだろうか?

 サクラリエル様はとても優しい方だった。エリオット皇太子殿下と同じように。二人は従兄妹いとこだという。お似合いだと思ったけど、婚約者ではないそうだ。

 優しいお二人のお陰で話が弾み、サクラリエル様が小さな動物の置物をプレゼントしてくれたが、それを侍女頭のクーポ夫人に奪われてしまう。

 この人は私のやることなすこと全てが気に入らず、常に嫌がらせをしてくる。初めは腹も立っていたが、今じゃもう諦めの方が先に来る。なに言ってもやっても無駄なのだと……。

 だけどエリオット殿下が機転をきかせて一つだけ取り戻してくれた。嬉しい。本当に優しい方だ。

 私は手の中の小さなウサギをバレないように隠して部屋へと持ち帰った。

 部屋に誰も居なくなってから、こっそりと眺める。ニンジンをかじるウサギ。丸くて可愛い。

 動物を飼えない私にとってこの子はとても貴重な存在だ。大切にしよう。

 幸い小さいから、どこにでも隠しておける。私の宝物だ。

 小さな宝物を手に入れて浮かれていると、クーポ夫人に嫌味を言われた。なにも責任がない方はお気楽でいいですわね、と。嫌な気分になったが、我慢した。手に隠したウサギを握りしめると気持ちが落ち着いてくる。

 その後も何度かエリオット殿下が訪れてお話をしてくれた。殿下はとても気さくな方で、こちらを慮ってくれる。私がなにか言うたびにいちいち粗を突いてくるクーポ夫人が邪魔だったが、皇太子殿下との話は楽しかった。

 そして秋涼会当日。

 皇妃様主催のお茶会はかなり大規模なもので、私が案内されたテーブルには、プレリュード王国のルカリオラ王女、メヌエット女王国のティファーニア王女、エルフの里の長の娘であるエルティリア様がいた。

 軽く挨拶を交わしたら、すぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。

 帝国では全く見たことのないお菓子をなにげなく口にすると、あまりの美味しさに思わず固まってしまう。な、なんなのでしょう、この味は……! 今まで食べたお菓子の中で一番美味しい……!

 サクラリエル様がお声をかけてくれるまで、その味に酔いしれてしまった。恥ずかしい……。普段ろくなものを食べさせてもらってないんだな、と思われなかったろうか……。その通りだけど……。

 サクラリエル様、ルカリオラ様、ティファーニア様、エルティリア様はずいぶんと仲良しのようだ。気安い言葉で話し合っている。羨ましい……。私にもこんなお友達がいたら、と思わずにいられなかった。

 話題はサクラリエル様のことから帝国のことへと移る。

 ティファーニア様からフロスト兄上とダルケル兄上のことを聞かれたが、私にはなにも答えることができなかった。お二人のことをほとんど知らないからだ。

 クーポ夫人がしゃしゃり出て、私とお兄様たちは同列ではないと説明し始めた。だから私が知らなくても仕方がないのだと。私を庇い立てるように見せて、その実、貶めている。

 悔しかった。それに反論できない自分が……。

 本当に情けない。私なんかが皇女である必要はあるのだろうか……。

 情けない自分を飲み込むように、クーポ夫人が注いだ甘いジュースを口にする。

 次の瞬間、喉の奥に焼け付くような痛みが走り、ドクン、と耳に自分の鼓動が跳ね上がる音を聴いた。

 手からグラスが落ちる。

 ぐらりと視界が揺れて、私は椅子から転げ落ちた。咄嗟にサクラリエル様が支えてくれたが、倒れる瞬間、吊り上がった笑みを浮かべたクーポ夫人の姿が見えた。

 そうか……。私はもう必要ないと判断されたんだ……。

 クーポ夫人の背後にはダルケルお兄様がいる。『帝国の役に立ってこい』とは、そういうことか。私の死を利用してダルケルお兄様は事を起こす気なのだ。

 夫人やお兄様に対して、怒りとか悲しみとかそういった気持ちは湧いてこなかった。ただ、虚しい。誰にも必要とされない私は、生まれてきた意味があったのだろうか……。

 もう疲れた……。死んだらお母様に会えるだろうか。……いや、もう誰にも会いたくない。誰にも邪魔されない鳥籠のような場所で、このまま静かに消えてしまいたい。

 ただ……ポケットに入っている、あのウサギの子だけは気がかりだった。

 

 








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